我侭が許される日












居酒屋を出ると、青島はコートのファスナーを上まで引き上げた。

「さみぃ〜っ」

ぶるるっと小さく身震いをして、フードまで被る。

12月も、もうすぐ半ばである。

夜になればかなりの冷え込みで当然だ。

「酔いも覚めちゃうなぁ」

「大丈夫よ、足元危ういから」

続いて出て来たすみれがそう言って笑う。

「それって、大丈夫じゃないんじゃないですか?」

最後に出て来た真下が突っ込んだ。

突っ込む真下の足取りも、ついでに表情も怪しい。

この中では、真下が1番酒に弱いのだ。

「お前ほどじゃないよ」

今度は青島が笑いながら突っ込んだ。

酷いなぁと言いながら真下も笑っている。

三人とも、表情がとにかく緩い。

つまり、皆酔っ払っているのだ。

まだ一軒目だが、ペースが早かったせいか、すっかり出来上がっていた。

「この後、どうします?カラオケでも行きますか?」

時計を見ながら尋ねてくる真下に、青島は少し考えて首を振った。

「腹いっぱいだし、夜勤明けだし、帰ろっかな」

「そうね、明日も仕事だしねぇ」

思い出して、すみれは少し憂鬱そうだが、三人とも明日も仕事である。

真下も納得したように頷いた。

「そうですね、今日はこれで解散しましょうか」

「うん、二人ともどうもね」

青島が礼を言ったら、二人ともふざけて返事を寄こした。

「一人の部屋が寂しいからって、帰ってから泣かないようにね」

「僕の時もご馳走してくださいね、あ、当日はダメですよ?雪乃さんとデートしますから」

子供じゃないんだからとすみれに苦笑して、雪乃さんを誘ってから言えと真下に失笑する。

何はともあれ、二人がお祝いしてくれたことは確かで、それは素直に嬉しかった。

おめでとうと言いながら手を振ってくれる二人に手を振り返して、青島は二人と別れた。




12月13日。

今日は青島の誕生日だった。

正確には、後一時間程、誕生日のままだ。

できたら室井と過ごしたかったのだが、室井は仕事で何時に帰れるかも分からないと言っていた

から、今年も誕生日を一緒に過ごすことは諦めたのだ。

室井と付き合いだしてから、イベント事を一緒に過ごしたことは、まだ数えるほどしかない。

そんなことには慣れっこで今更へこんだりはしないが、それが寂しくないわけではない。

だから、今日、すみれや真下が一緒にお祝いをしてくれて嬉しかった。

主に金を出したのは真下だが、二人でご馳走してくれたのである。

青島は寒さにもめげず、ホクホク顔で自宅に向かった。

酔いも手伝って、歩く足取りは何となく軽やかになる。

―帰ったら、室井さんにメールしようかな。




夕べ遅くに、少しフライングしたお祝いメールが届いていた。

捜査会議に入る前に送ってくれたらしい短いメール。

捜査中に青島のことを考えていられるほど器用な男ではないはずだが、昨日ばかりは後少し後少

しと、時計を気にしていてくれたのかもしれない。

会えなくたって幸せだと思えるのは、想っていてくれているという事実があるからだ。

「ま、会えた方が、もちろん幸せだけどね」

独り苦笑すると、青島が吐いた息が白く舞い上がった。

それを見ると、また思い出したように寒くなる。

自分の手に息を吹き掛けながら歩いていると、白くなった吐息の向こうに自宅マンションが見え

る。

青島の部屋の窓に電気がついているのを見つけ、青島は一瞬足を止めた。

が、すぐに駆け出す。

慌ただしくドアを開け、乱暴に靴を脱ぎ、鞄を玄関に放り出すと、リビングに飛び込む。

ソファーに座ったまま、室井は目を丸くしていた。

「お、お帰り、おめでとう」

青島の勢いに驚きつつも、律儀な第一声。

青島は瞬きを繰り返して、室井を凝視する。

それが間違いなく室井だと認識すると、青島は目を剥いた。

「なんで?なんで、いんの?」

「仕事が少し早く終わったから勝手に寄せてもらったんだが・・・」

「なんで電話寄越さないの!」

思わず怒鳴り付けると、室井の眉が寄った。

「恩田君たちにお祝いしてもらうと言ってたから」

「だから?遠慮したんですか?」

室井を責める理由は無いはずなのに、口調がキツクなる。

忙しいだろうに、時間を作って会いに来てくれたはずなのに。

青島の帰りを、ただじっと待っていてくれたはずなのに。

だからこそ、会いに来てくれたのなら連絡して欲しかったと思うのは、青島の我侭でしかない。

我慢が利かないのは酔っ払っているせいだろう。

「一言連絡くれたらもっと早く帰って来たのに!」

理不尽に室井に怒鳴る。

さすがに室井もムッと顔をしかめたが、怒鳴り返したりはしてこない。

「だから、邪魔をしては悪いと思ったんだ」

折角の君のお祝いだしとか、恩田君たちの方が先約だしとか、室井らしい説明が今の青島には腹

が立つ。

「アンタ、俺の恋人だろっ?」

今度は室井が目を剥いた。

「会いたいから帰って来いって、我が儘言える唯一の人じゃんっ」

なんで我が儘言わないんだ!と怒られても、室井も困るだろう。

青島自身、妙なことを口走っている自覚はあった。

自覚があっても止まらないのも酔っ払っているせいだろうか。

「危なくカラオケまで行っちゃうとこだったんですよ?俺が酔い潰れでもしてたらどうするんで

すか。朝まで帰らなかったら?真下の家にでも泊まって帰って来なかったら?今日会えなかった

かもしれないじゃない」

言い掛かりに近い文句を、室井は黙って聞いている。

何も言わない室井をじっと見下ろすと、呆れているのかと思いきや、思いの他優しい眼差しを向

けられていた。

そうしたら、急速に怒りがしぼんでいく。

「俺だって会いたかったのに・・・」

俯いた青島の手を、室井が握ってくれる。

「電話しようかとは、何度も思ったんだ」

取り繕っているわけでも、慰めているわけでもない。

室井がそう言うのだから、事実そうだったのだろう。

「だったら、くれれば良かったのに」

「次からそうする」

「次なんかあるかどうかわかんないじゃない」

たかが誕生日を共に過ごすだけたが、二人には簡単なことではない。

来年の今日は休暇が取れているかもしれないし、10年後の今日も相変わらずすれ違っているかも

しれない。

次はいつになるかなど、分からないのだ。

ちょっといじけたような膨れっ面の青島に対し、室井は真顔だった。

「ずっと一緒にいるんだ、チャンスはまだある」

視線を合わせると、やっぱり真面目な目で見つめ返される。

どこまでも本気で言っているのであろう室井に、青島は力の抜けた笑みを零した。

「おじいさんになっても俺の誕生日祝ってくれんの、室井さん」

「じいさんになる頃には二人とも退職してるだろうから、きっともっと簡単だ」

「ははっ」

青島は笑いながら室井に抱き着いた。

しっかりと抱きしめてくれるから、そのまま遠慮なく室井の膝の上に乗り上げる。

60を超えた男二人で誕生日祝い。

想像すると恐ろしいまでにシュールな絵面だが、誰に見せるためにするわけじゃない。

二人の幸せのためだけにするのだから、それも悪くないだろう。

ぎゅーっと抱きしめて、ゴロゴロと懐いていると、耳元で室井が苦笑した。

「・・・機嫌、治ったか?」

そう問われると駄々っ子になったような気がして気恥ずかしい。

が、実際駄々をこねていたので、反論のしようもない。

「まぁまぁです」

開き直って言ったら、室井は苦笑を深めた。

「まぁまぁか」

「それより、室井さん」

「ん?」

「なんか言うことないわけ?」

お祝いしに来てくれたんでしょうがと催促すると、室井は呆れた顔で青島を見た。

「それならさっき言ったが」

「えっ?いつ?」

「君が帰って来てすぐだ」

確かに室井は、青島が帰ってきてすぐに「おめでとう」と言ってくれていた。

青島が全く聞いていなかっただけである。

青島は露骨にしまったという顔をしたが、気を取り直して室井の唇にキスをした。

きょとんとしている室井に、ニッコリ笑う。

「折角なんだから、いっぱい言ってくださいよ」

一度だなんてケチくさいと言いながら、また唇を重ねる。

室井の頬を両手で包んで、何度もキスを繰り返した。

膝の上に乗り上げているせいもあって、身動きが取れずにいる室井に構わず、好き勝手に唇で触

れる。

「青島・・・」

キスの合間に呼ばれて、青島は微笑む。

「いっぱい聞きたい」

舌で室井の唇を舐めると、室井の手が青島の手に触れた。

動きを止めると、室井は眉間に皺を寄せていた。

「青島、大分酔っ払ってないか」

「ええ、まぁ、そこそこに」

あっさり肯定すると、眉間皺が溝になる。

それだけで、室井が何を考えているのか、なんとなくわかる。

青島は苦笑しながらまた唇を寄せた。

「心配しなくても正気無くすほど飲んでないし、記憶も飛んだりしませんよ」

だからね、とあからさまに誘うと、室井の手が青島の背中を支えて、身体を入れ替えた。

ソファーに押し倒された形になり、室井を見上げる。

「・・・我侭言って良いんだもんな」

室井が呟いた。

「え?」

「恋人には、我侭言っても許されるんだろ?」

「・・・どんな我侭言う気ですか」

少しだけ口角を上げた室井に、そういう意味じゃないとか、俺の誕生日なんですけどとか、言って

やりたい言葉が浮かぶ。

だが、結局苦笑して、室井の首に腕を回して引き寄せた。

青島だって、室井が欲しい。

今更拒むくらいなら、端から誘わない。

青島の言いたいことは一つだけ。

「ほどほどにお願いします、ね」

室井の我侭の度が過ぎないよう、祈るのみ。

早々に観念した青島に、室井は柔らかく笑って唇を重ねた。

室井から仕掛けてくるキスの心地良さに、うっとりと目を閉じる。

あんまり気持ちよくて、こんな時なのにふっと眠気が過ぎた。

それを察したわけでもないのだろうが、室井が囁く。

「青島」

「ん・・・?」

「おめでとう」

青島は目を閉じたまま、笑った。

「ありがとうございますっ」








ちょっと気恥ずかしいような室井の我侭に、青島の眠気が飛ぶのも時間の問題だった。


























END


青島君、お誕生日おめでとう!

今年も、みっちりぎっちりお祝いしますよっ(笑)
私たちにとって、とっても大事な日ですから。
生まれてきてくれたことはもちろん。
お祝いできること自体も嬉しいです。
皆様にも一緒にお祝いして頂けたら幸いですv
来年もお祝いしようね、リカさん(笑)

「おめでとう」と「ありがとう」の企画にしたいです!
三週間、お祝いし倒すぞー!



2006.12.13  かず