06.「意味不明だし」












「あ・お・し・ま・く〜ん」

すみれの猫撫で声に寒気を覚えた青島が身震いしながら振り返ると、すみれが眉間に皺を寄せた。

「ちょっと。人が愛想良く呼んでるんだから、嬉しそうな顔したらどうなのよ」

うっかり青島は本音を零す。

「無理言わないでよ」

「無理って何よ」

絡まれて青島はげんなりした。

ここは、これ以上余計なことを言わない方が身のためである。

「ごめんごめん。それで?何よ」

「飲みに行くわよ!」

「はい?」

「もう、帰るだけでしょ?」

定時は過ぎてるし、事件もないし、確かにもう帰るだけなのだが。

「約束、してたっけ?」

「してない。だから、今誘ってるんじゃない」

「・・・・・・・・・そうね」

すみれの言うとおりだが、何だか納得いかない。

せめて都合くらい聞いて欲しいものだ。

「どうせ、室井さんと約束もないんでしょ?」

かといって、室井限定の都合を聞かれるのも面白くないのだが。

青島は苦笑する。

「俺、室井さん以外に遊ぶ人いないと思われてる?もしかして」

「ううん。室井さん以外なら私を優先してくれると思って」

「・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そう」

どんな認識なのかはこれ以上怖くて聞けないので、青島は深く追求するのを諦めた。

「で?どこ行くの?」

諦めたら、気持ちの切り替えは早い青島。

さくさく帰り支度をしながら、すみれに尋ねる。

「だるま」

頷いた青島に満足したのか、機嫌の良くなったすみれが満面の笑みで応えた。

が、青島は首を傾げる。

「だるまぁ?他のとこにしようよ。署長たちいたら、うるさいでしょ」

署長たちは接待であろうが無かろうが、だるまで飲んでいることが多い。

別に避けて通るほど嫌いな上司ではないが、接待でもしているところに遭遇してしまったら色々と

面倒臭い。

「大丈夫よぉ。今日はいないはずだから」

疑いつつも、青島はすみれの言うことをあっさり信用した。

すみれだって署長たちがいるところで飲みたいとは思わないだろう。

そう思ったからだ。

「でも珍しいね。だるまに行きたがるの」

「ん。たまにはね」

青島の疑問に適当に相槌を打って、すみれはさっさと刑事課を出て行く。

「ほら、行くわよ。青島君!」

「はいはい・・・」

青島は首を竦めてその後を追った。




騙された。

いや、嵌められた。

青島がそう思ったのも無理はない。

「やあ、青島君と恩田君。奇遇だねぇ」

神田の間延びした声を聞きながら、青島は隣のすみれを睨んだ。

そんなことはどこ吹く風といったすみれは知らん顔をしている。

座敷には、秋山はもちろん袴田の姿もある。

問題はそんなことじゃない。

「今丁度、室井管理官と一倉捜査一課長のご接待をしてたところなのよ〜」

目を見開いた室井と、にやりと笑う一倉。

青島は、すみれに低く耳打ちする。

「どういうことさ、すみれさん」

「何のことかしら〜」

「知ってたんでしょ、室井さんと一倉さんが来てること」

「ふふふ。署長たちがね行くって言ってるの聞いちゃったのよ」

そしたら青島君連れて行かないわけにいかなじゃない。

そう言われても、青島にはどんな理論だとしか突っ込みようが無かった。

「ほら、何してるの二人とも。ちゃんとご接待して」

袴田に言われて、青島はげんなりした。

やっぱりそういうことになるのか。

何故だかすみれの方は楽しそうだ。

「恩田君、ほら、お酌して」

いつもだったら「それ、セクハラ〜」くらい言うはずのすみれは、ニッコリ笑って室井と一倉の間

に入った。

怪訝そうにすみれを見ながら青島はすみっこに腰を下ろした。

まさか、喜んで室井の横に座るわけにもいかない。

「青島」

一倉に呼ばれる。

すでに碌な予感はしていないが、青島は愛想笑いを浮かべた。

「はい?」

「隣に来て、相手してくれないか」

「・・・・・・はい」

言われれば、署長たちの手前動かないわけにもいかない。

ちらりと室井を見れば、すみれにお酌されつつ困惑した表情で青島をやはり見ていた。

こんな状態で目があったところで、何が出来るわけでもない。

青島は何とか顔面に笑みを貼り付けると、「がんばれ、室井さん」と心の中で応援した。

すみれが何を考えているのか分からないからだ。

もっとも青島を呼びつけた一倉が何を考えているかも全く分からないのだが。

ことのついでに、青島は「がんばれ、俺」と心の中で付け足した。




この化け物め。

青島はクラクラする頭の片隅で思いながら、一倉のグラスに酒を注いだ。

一倉のペースに付き合って飲むなんて、はなっから無理な話なのだ。

このままじゃ間違いなくつぶされる。

そう思いつつ、にこやかに返杯してくる一倉に青島は仕方なく付き合っていた。

接待と称した飲み会のはずなのに、室井と一倉を青島とすみれに押し付けて神田たちは神田たちで

べろべろになっている。

こちらもつぶれるのも時間の問題だろう。

青島はすみれを恨めしそうに見やった。

「良い飲みっぷり。さすが、秋田の人は違うわ〜」

どこのホステスだ、と青島は心の中で突っ込む。

「恩田君、そろそろ君は止めた方が・・・」

さすが室井さん、と青島は思う。

引き際を知っている。

「何よぉ。自分だけ飲んで、平刑事に飲ませる酒はないって言うの?」

「そんなことは言ってないだろう」

「なら、注いで」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

室井が気を使ったところで、酔っ払ったすみれがいうことを聞くはずもないのだ。

結局、すみれに絡まれつつ、室井はすみれのグラスに酒を注いだ。

「ありがとうー、あ」

すみれが上機嫌でグラスに手を伸ばすが、それがぶつかってしまいグラスがひっくり返る。

上手い具合に室井の方へ。

膝の上にグラスが落ちてしまった。

「!」

「あ、わ、ごめんなさい」

すみれが慌てて、お絞りで室井のズボンを拭う。

「い、いや、大丈夫だ。自分で・・・」

室井はすみれからお絞りを取り上げて自分で拭こうとするが、すみれはお絞りを離さない。

いい加減困り果てている室井を見て、青島はつい吹き出した。

幸い室井は酔っ払いすみれに絡まれてそれどころじゃなく、見咎められることも無かった。

が、その代わり青島の横に座っていた一倉が青島を見ていた。

「余裕だな」

唐突に言われて、青島はきょとんとする。

「はい?」

「妬いたりしないのか?あれに」

くいっと手で室井とすみれを指す一倉。

確かに、見ようによっては仲良くやっているといえなくもない。

青島は苦笑した。

「いや、すみれさんだし」

「恩田刑事なら安心てこともないだろ。浮気されない自信でもあるのか」

―もしかして俺も絡まれているのだろうか。

一倉の突っ込みに、青島は困惑気味に思った。

後頭部を掻く。

「・・・自信があるわけじゃないっすけどね。浮気するほど器用な人じゃないから」

「それは、言えてるな」

室井不器用説にはあっさり同意する一倉。

青島は苦笑しながら続けた。

「俺が振られることはあるかもしれないけど、室井さんが浮気することは有り得ないでしょ」

「・・・妬けるな」

「は?」

意味の分からない一倉の発言に、青島は目を丸くする。

「室井のことを随分信頼してるんだな。それが、妬ける」

「・・・・・・ど、ど、ど、どっちに妬いてるんですか?」

「聞きたいか?」

横目で見ながら笑われて、青島は思わず動揺する。

「ききき聞きたくはないですけど、聞かないとそれはそれで不安というか・・・。いや、知らないほ

うがいい気も・・・」

「なんだそれは、意味不明だぞ」

「・・・一倉さんこそ、訳分かんないですよ」

言った青島自身も何を言いたいのか分からなかったが、一倉のセリフだって充分意味不明だ。

一倉は青島を見つめると、にやりと笑った。

あまり穏やかじゃない一倉の瞳に、青島は悪い予感がした。

「室井の方は、どうだろうな?」

「は、」

い?

と、言うより先に、一倉が青島に向かってグラスをひっくり返した。

当然、酒が青島のシャツやスーツを濡らす。

「すまん、手が滑った」

呆然として口を開きっぱなしだった青島に、一倉が棒読みで言った。

「拭いてやろう」

一倉がおしぼりを手に取ったのを見て、青島はようやく悟る。

すみれと同じことをして室井の反応を見ようというのだろう。

・・・この男は。

呆れて口もきけない青島に構わず、一倉が青島の身体に触れる。

「い、いいいですって。自分でやりますから」

室井同様ご遠慮申し上げたが、もちろんすみれ同様一倉も聞き入れてはくれない。

こうなると、すみれもわざとだったのかと青島は疑いたくなった。

いや、それどころではないのだが。

「俺のせいだから、気にするな」

「や、だ、大丈夫ですから。本当、一倉さん」

「いいから、いいから」

などと言いながら、青島のネクタイに手をかける一倉に青島はぎょっとする。

「ちょ、待ってくださいよ、なんすか、一体」

「スーツは濃い色だから良いが、シャツは染みになったら困るだろう。濯いで貰うから」

脱げ。

言われて、青島は卒倒しそうになった。

女性でもあるまいし上着を脱ぐことに抵抗はないが、ここは飲み屋だ。

飲み屋で仮にも警察官の自分に脱げと言うのか。

青島が激しい頭痛を覚えた瞬間、一倉にネクタイを引き抜かれる。

―考えたくも無いけど、もしかしたらもしかしなくても、一倉さんに剥かれてないか?俺。

などと考え込んでいるすきに、一倉が青島のシャツに手を掛けた。

その手を静止するように、もう一つの手が掛かる。

青島が驚いて見上げると、いつの間にやらすみれの手から逃れた室井がしかめっ面で立っていた。

「いい加減にしろ、一倉」

一倉の手を掴んだまま、睨みつける。

「む、室井さん」

助けてもらったのは有難いが、険悪なムードになるのだけは勘弁だ。

過去に何度も、青島が絡んだことで室井は一倉と揉めている。

とはいっても、一倉の方は飄々とかわしているので、室井が一人で怒っているだけなのだが。

今回もそれは変わらないようだ。

青島はニヤニヤ笑っている一倉の表情を見て、うんざりした。

「残念だったな、青島」

「・・・はい?」

「室井は信頼してくれていないらしいぞ?」

どうやら、見たかった室井の反応が見られたらしい。

上機嫌な一倉に、青島は乾いた笑みを浮かべる。

「違う」

一倉とは対称的に、恐ろしく不機嫌そうな室井。

「何が?」

「青島のことは信じてる。信じられないのはお前のことだ、一倉」

青島は軽く感動したが、そんな場合ではない。

「おや、手厳しいな。青島は恩田刑事のことも信頼してるようだったぞ」

「恩田刑事をお前と同列にするな。失礼だ」

―大差ないですよ。

青島は怖いから声には出さずに突っ込んだ。

「男の嫉妬は醜いぞ、室井」

「酒に酔って部下に絡む方が、みっともないだろう」

「酔ってなきゃ、絡んでもいいのか?青島に」

―なぜ、俺限定・・・。

青島はキャリア二人の口げんかを最早呆れ果ててただ眺めていた。

「っ!良いわけあるか!」

酔っ払っているせいもあってか一倉の挑発に乗りたい放題の室井は、そう怒鳴ると青島の腕を掴ん

で立ち上がった。

「お先に失礼する」

酔いつぶれている署長たちに構わず、室井はすみれに挨拶をした。

青島と室井で遊んで気が済んだのか、すみれは機嫌が良さそうにひらひらと手を振ってみせた。

「了解」

「おい、一倉。恩田刑事を送って帰れよ」

つぶれている署長たちを一瞥してから一倉を睨みつけた室井に、にやにや笑いながら一倉は頷いた。

それを見届ければこんなとこに用事はないとばかりに、室井は青島の手を引っ張った。

「帰るぞ、青島」

「室井、忘れモンだ」

一倉が差し出したのは、さっき一倉が引き抜いた青島のネクタイ。

室井の額に青筋が浮かぶ。

室井がさっさと一倉の手からそのネクタイを奪い取る。

―それは俺の忘れ物だよなぁ。なんでわざわざ室井さんに言うかな。つーか、室井さん怖いよ・・・。

などとぼんやり思っていた青島に、一倉は駄目押しの一言をくれた。




「青島」

「・・・はい?」

「明日は午前休だな」

「一倉!」

「嫉妬した後なんかは、結構燃え」

「黙れ!」

「・・・どこのオヤジですか、一倉さん」






















END
(2004.4.25)


なんでしょう、これは(笑)
微妙なギャグで申し訳ないです。
無駄に長くなってしまいました・・・(汗)
読んでくださった方、ありがとうございました。

本当はもっと青島君に酔っ払ってもらおうと思ったのですが、
室井さんを気にしつつ一倉さんに絡まれていたせいで、やけに冷静になってしまいました。
まあ、あれじゃあ、酔いも醒めますよね(笑)