49.「愛してる」












青島は自分の髪を梳く手の感触で目を覚ました。

ゆっくりと覚醒する頭で、その手は室井のものだと判断する。

場所は青島の自宅のベッドの中。

それならば、その手の持ち主は夕べ泊まった室井しかありえない。

事の後、二人ともそのまま眠ってしまったのだ。

室井に抱き寄せられたような記憶もあるが、良く覚えていなかった。

目が覚めてみたら、隣で眠っているはずの室井が起きていた。

横になって眠っている青島の背後に腰をかけて、後ろから髪を梳かれているらしい。

暖かい手が、優しく何度も触れてくる。

青島は目を開けない。

室井の手がひどく心地よかったからだ。

きっと青島が起きたと知ったら、止めてしまう。

それが何だか勿体無かったのだ。

―折角だから、もう少し。

青島は背後に室井の存在を感じながら、表情が緩まないように注意した。

背後の室井からは見えないかもしれないが、念のために。




室井はしばらくの間、そのまま髪を梳き続けていた。

あまりの心地よさに青島が再び眠りに落ちそうになった、その時。

ふいに剥きだしの肩に小さな温もりを感じて、青島は一瞬にして完全に目を覚ました。

それが室井の唇だったからだ。

その唇が、そのまま首筋を掠める。

そして、髪にキスされる。

心地よさを通り越してちょっと動悸が激しくなった青島は、瞳を閉じたままでちょっと困惑した。

―も、もしかして、まだする気かなぁ。

嫌じゃない。

嫌じゃないけど、ちょっとキツイなぁ。

などとぼんやり考えていた青島は、突然の室井の声に驚く。

「青島・・・」

思わず反応しそうになる身体を、何とか押さえる。

別にそこまして寝た振りをする必要は全くないのだが、今更起きてましたとも言いにくい。

だから、青島はそのまま動かなかった。

もう一度、さらっと髪を撫でられる。

「愛してる」

小さく囁かれて、青島は硬直した。

弛緩しきっていた体が一気に硬くなる。

そして、顔が急速に熱くなるのを感じた。

もちろん恋人同士というのだから、気持ちを伝え合っている。

四六時中言うような性格ではないから頻繁に聞くことはないが、それでももう何度も室井から「好

きだ」という気持ちを貰っている。

だけど、初めてだった。

愛してる、は。

―な、何で、今言うんだ!

心の中で叫びつつ、ますます起きれなくなった青島は必死で寝た振りを続ける。

「・・・青島」

先程より、少しだけ声が大きくなっている。

それに気が付きながらも、青島はぎゅっと目を閉じる。

「起きてるだろう」

言われて、思わずビクッと反応を返してしまう。

YESと言ったようなものだ。

それでも、青島は返事をしない。

今更どんな顔をすれば良いか分からないからだ。

「青島、耳まで真っ赤だぞ」

苦笑した室井の声に、青島の耳が更に赤くなる。

「青島」

寝そべった室井が、背後から青島を抱き寄せる。

向き合わされて眉間や頬に唇を押し付けられては、もう無視できなかった。

「な、なんですか、もうっ」

青島は身を捩って、室井の唇を避ける。

嫌だったのではなくて、死ぬほど照れくさかったのだ。

それが分かっているのか、室井は軽く抱き寄せたまま逃げる青島の肌に唇を落とす。

「っ!く、すぐったいですってば、室井さぁん」

「青島」

室井は身体を入れ替えて、青島を組み敷いた。

「君は?」

―今更、何を聞くんだ!この男はー!

真っ赤な顔をした青島が、心の中で絶叫した。

青島だって今まで「愛」なんて言葉を使ったことはないが、ちゃんと何度も気持ちを伝えている。

大体「愛」でもなければ、ゲイでもない青島が室井に組み敷かれている理由がないではないか。

などと青島が思ってみても、すでに言葉にしてしまっている室井の方が圧倒的に強気だ。

「俺は、ちゃんと言ったぞ?」

上から青島を見下ろしながら言う室井の表情には、ゆとりがある。

青島は室井を睨んだ。

「人が寝てる隙に言うのが、ちゃんとですか」

「起きてたじゃないか」

「言うまで気付いてなかったくせに」

青島の突っ込みに、室井は一瞬言葉に詰まる。

図星だったのだろう。

「・・・でも、君は聞いただろう」

「勝手に耳に入ったんです!」

言ってしまってから、青島はしまったと思った。

これでは、「聞きたくなかった」と言ったようなものじゃないか。

そうじゃない。

本当は、嬉しい。

すごく、嬉しい。

だけど、嬉しいと伝えるより照れくささが勝ってしまっただけなのだ。

「・・・迷惑だったか?」

室井がどこか不安そうな表情で尋ねてくるから、青島は自分の失言を更に後悔した。

「ちがいますって!そんなわけないでしょ!」

室井の悲しい顔など見たくもないので、抱き寄せてその首筋に顔を埋める。

「青島?」

「ちょっと、待ってくださいよ」

困惑気味の室井に、それだけ言って黙らせる。

そして室井に抱きついたまま深呼吸を繰り返す。

やけに激しかった動悸が落ち着いてくる。

思っていることを口にするだけ。

そう難しいことじゃない。

自分に言い聞かせて、青島は口を開く。

しかし出てくるのは伝えなければならない想いではなくて、吐息ばかり。

口を開いては吸った酸素と一緒に飲み込む。

それを何度か繰り返すと、青島を抱き返しながら室井が笑った。

「ふっ・・・。無理するな。君の気持ちを疑ったりはしていないから」

事実その通りなのだろう。

穏やかに笑う室井は、どこか楽しそうだった。

こうなると、「そうですか」と引ける青島ではない。

室井が勝手に言った一言でも、貰った愛情は返さなければいけない気になってくる。

意地になるような内容ではないが、意地になっているらしい。

「ちょっと待ってって言ったでしょ」

埋めた室井の首筋に、軽く噛み付いた。

ちょっと困った顔をして、室井は苦笑した。

「こら、青島・・・」

青島はくすぐったそうにしている室井の頬を両手で掴んだ。

額を付き合わせて、見つめる。

というより、睨んでいるというほうが近いかもしれない。

力が入りすぎているのだ。

室井が吹き出した。

愛の告白をしようという男がガンを飛ばしてくるのが、可笑しかったのかもしれない。

が、青島は真剣そのものである。

「ちょっと、室井さん」

「いや・・・っ、すまない・・・」

「笑わないでくださいよ」

「・・・くっ、君こそ、睨まなくてもいいだろう?」

「睨んでませんよ。見つめてるんです」

「そうか?睨まれてる気がするが」

「気のせいです。それより室井さん」

「ん?」

「愛してますよ」

くだらない会話の最後にあっさり言うと、目を丸くしている室井の唇に軽く触れた。

数回瞬きを繰り返して、室井が悔しそうに呟く。

「しまったな・・・」

「何がですか?」

「心の準備が出来てなかった」

青島が苦笑する。

「でも、聞いたでしょ?」

先程の室井の台詞を繰り返す青島。

室井はますます残念そうな表情になる。

「青島」

「はい?」

「もう一回言ってくれないか?」




青島は鮮やかに笑った。

「ありがたみなくなっちゃうから、また今度」

























END
(2004.6.20)


砂どころか、血を吐きそうな勢いです。
「愛してる」なんてお題ですからね。当然ですよね!(開き直り)

「愛してる」は常用外ですよね(笑)
そうそう使わないかな、と思います。
青島君の言うとおり、ありがたみがなくなっちゃいますからね。

大事な時に言って貰うと嬉しいと思いますが、何でも無い時に突然言われても嬉しいかな〜。