■ 最後に一言
室井が病室を訪ねると、青島はベッドの上で身体を起こして座っていた。
入ってきた室井は見て、笑顔を見せる。
室井は笑顔を返してやることは出来なかった。
自分の命令のせいで青島が刺された。
あれ以来顔を合わせるのは初めてである。
「蹴りかえす」と言われたせいだけではなく、会わせる顔がないと思ったからでもあった。
情けないが、失望させていたらと思うと怖くて会いに来られなかったのだ。
しかし、室井は青島の退院を待たずに異動が決まってしまった。
美幌署にどれくらいいることになるかも分からないし、本庁に戻るのだって何年先になるか分からない。
北海道に引越す前に、どうしても話しておきたかった。
確認しておかなければならないこともある。
だから、来たのだ。
「遅いじゃないっすか!」
見舞いにくるのが、ということだろう。
以前となんら変わりない青島の笑顔に、室井は少しだけほっとする。
「蹴りかえす…と言わなかったか?」
「あ、それ、和久さんに聞きました。来てたんですってね」
バツが悪そうに苦笑いする青島。
「もぉ〜冗談に決まってるでしょ〜」
軽く笑う青島につられて、室井も少しだけ笑みを浮かべた。
「元気そうだな」
「ええ。ぴんぴんしてますよ。心配して損したでしょ?」
「いや…安心した」
シーツの上に投げ出してあった青島の手を握る。
すると、青島は少しだけ驚いた顔をした。
微笑して、その手を軽く握り返してくる。
その温もりにほっとしたのは室井だけじゃなかったようだ。
「すまなかった」
言わなければとずっと思っていた一言を告げると、青島は予想をしていたのか苦笑を浮かべる。
「言われるだろうなぁと思ってました。俺が刺されたのは俺の不注意で室井さんのせいじゃないです」
「しかし」
「室井さんの命令、嬉しかったです。現場の刑事が皆、そう思ってますよ」
屈託なく笑われて、それ以上は謝れなかった。
室井も間違った選択だったとは思っていない。
青島を信頼して現場に確保の指示を出した。
降格された今も、後悔はしていない。
だが、青島が刺されたことに責任を感じていないわけもなかった。
後少しだけ応援を待たせていれば、刺されたりはしなかったかもしれない。
「それより室井さん」
難しい顔をしていた室井は、呼びかけられて青島を見つめた。
「異動に、なったんですってね」
「ああ…誰かに聞いたのか?」
「ええ。署の連中が見舞いにくるたびにね、噂話をして帰るもんですから」
苦笑して首を竦める青島。
「美幌署の署長ですってね」
「ああ」
「神田署長みたいにならないでくださいよ?」
「なれと言われても、難しい」
「あは。それもそうですね!」
青島は声を上げて笑う。
それが収まると、一つ深呼吸をして室井を見つめた。
「室井さん」
真剣な声に、室井はいやな予感がした。
「…何だ」
「別れましょう」
穏やかに言った青島に反し、室井は胸を締め付けられる。
確認したかったことは、今後の二人のことだった。
別れは、言われるかもしれないとは思っていた。
それがここに来るのを避けていた一番の理由だった。
「失望、させたか」
室井には青島に別れを告げられる理由は、それしか思い浮かばなかった。
怒ってはいないようだし、室井に気にするなとも言ってはくれたが、室井は青島の期待や信頼に応えてやれなかったと思っていた。
酷く辛そうな顔をしている室井に、青島は慌てて首を振った。
「違います!さっきも言った通り、室井さんが命令してくれて嬉しかったし、それに従って良かったって思ってます。刺された今でも」
「じゃあ、何故!」
穏やかに話し続ける青島に、室井は声を荒げた。
自分に愛想をつかしたからこそ、別れを切り出したのではないのか。
そうじゃなければ、何故別れなければいけなのか。
離れるから?
ただそれだけの理由で、青島が別れを選んだとはとても思えなかった。
室井は俯いて、握ったままだった青島の手を額に押し当てた。
青島はそれを振り払わず、室井の好きにさせている。
「俺を…嫌いになったのか?」
悲痛な声を絞り出すと、青島の手に力が篭る。
「違う。今も好きです」
「じゃあ、何故」
室井は抑えた声で、繰り返した。
「俺じゃあ…今の俺じゃ、室井さんの足を引っ張るだけです」
俯いているせいで青島の顔は見えない。
「一緒に頑張るって約束したけど、頑張ってるつもりだけど…まだ重荷にしかなれない」
「そんなことは!」
顔を上げた室井に、青島は微笑んだ。
何かを決意している瞳とぶつかって、室井は言葉を飲み込む。
「だから、本当にちゃんと室井さんの役に立てるようになりたいんだ」
「今でも十分」
「降格させたのに?」
「これは俺の責任だ」
青島が自分の怪我が自分の不注意だったというように、室井の行動の責任は室井が取るのが当然である。
室井がそう言うと、青島は破顔した。
「室井さんのそういうとこ、すごい好きです。尊敬もしてます」
そういうと、別れを告げた男に軽くキスをくれる。
室井は余計に悲しくなった。
何を言っても、きっと青島の気持ちは変えられない。
室井も人のことは言えないが、青島は頑固で意思が強い。
その目を見れば、青島がもう決めてしまっていることも良く分かる。
不覚にも泣きそうになったが、何とか涙だけは押しとどめた。
だが、それも青島には伝わってしまっただろう。
青島の瞳も緩んでいる。
繋いでいた手を離されると抱きしめられた。
「これから、ちょっとだけ都合のいいこといいます」
「…青島?」
「室井さんにとって不都合だったら、忘れてください。もしくは、この先不都合になったら…すぐに忘れて」
室井の肩に顔を埋めてしまっているので、青島の表情は見えない。
それでも、声から大事なことを言おうとしていることは、室井にも十分伝わった。
背中を抱き返すと、青島は一度だけ大きく息をはいた。
「俺も、現場で頑張りますよ。今までよりも、ずっと」
「ああ…」
「室井さんが傍にいなくても、それは変わらないです」
「分かってる」
「ちゃんと自分の行動に責任を取れるようになります」
「俺も頑張ろう」
「それから…」
青島はそこで一旦区切った。
少し待ってから、室井はそっと尋ねる。
「それから?」
「……もう少し室井さんの役に立てるようになったら、」
「…?」
「自分に自信がついたら…」
背中に回っていた青島の腕の力が強くなった気がした。
「もう一度、室井さんに告白します」
室井は驚いて腕の中の青島を振り返ったが、やっぱり顔は見えない。
「その時になって……もしもですよ?もしも…」
青島の言いたいことが何となく室井にも分かった。
抱きしめる室井の腕にも力が入る。
「室井さんの気持ちが」
「変わってない自信はある」
青島が言い切る前に、言ってやった。
一時の別れだって、本当はいやだ。
嫌だが、青島がすでに心に決めてしまっていることだ。
きっと室井が何を言ったって変えようがない。
それならば。
期待できる未来があるならそれに掛けたい。
近いか遠いかわからない未来。
出来るだけ近ければいいと思う。
「…んなのわかんないじゃないですか」
自分で言い出したことなのに、青島が突っ込みを入れてくる。
だが、声が笑っている。
室井の肯定が嬉しかったのかもしれない。
そう都合よく、室井は解釈した。
相変わらず顔を見せてはくれない青島を抱きしめたまま、室井は少しだけ笑った。
「分かる。絶対だ」
「好きな人、他に出来るかもしれませんよ?」
「出来てたら、諦めるつもりか?冷たいな」
「俺から別れを言い出したのに、復縁してくれないって駄々をこねてもいいんですか?」
妙な言い回しに、室井は思わず吹き出した。
そして、青島の頭を撫ぜる。
「君なら、構わない」
「………決心鈍るから、あんまり甘やかさないでくれませんか」
微かに青島の背中が震えた。
それがうつったのか、室井は再び緩みそうになる涙腺を何とか堪える。
「鈍らせてしまえ、そんなもの」
そう言うと、青島の背中がまた震える。
今度は笑っているのだ。
「ダメですよ」
「…くそ」
「ははっ……室井さん」
「何だ」
「最後のお願いです」
「最後とか言うな」
「……しばしの別れのお願い?」
「……それならいい」
二人とも笑いながらなのに、声が涙声だ。
お互い気付かないふりで、続ける。
最後ではない。
最後ではないと思いたいが、しばらくは会えない。
どちらにせよ、当分は室井は北海道に行くことになる。
「何だ?」
尋ねると、青島はようやく顔を上げた。
やっぱり涙目で、それを見た室井は自分もこうだろうかとふと思った。
「強制は出来ないけど、出来るなら」
一旦区切って、青島は笑った。
「俺を好きでいてください」
室井は頬が濡れるのを感じながら、青島に口付けた。
これが最後のキスではない。
そう願いながら。
END
2004.7.17
あとがき
まずは謝罪を。
セリフが完全に違います。申し訳ありません(汗)
「一言」ではなく「お願い」にしてしまいました。
アンケートでご要望いただいた、
「本当はラブラブなのに、切ないシリアス」のつもりです。
「1」のすぐ後の二人です。
結果的に室井さんの足を引っ張ってしまった自分が許せない青島君。
ある意味すごく自分勝手とも思いますが、
「今のままの自分では室井さんの隣にいられない」と考えてしまうことは、
仕方の無いことじゃないかなーって思います。
青島君なりのケジメの付け方のつもりで書きました。
別れ話ですがこれはハッピーエンドだと思います。
だって、別れる前から復縁を約束しているようなバカップルですよ?(笑)
潜水艦事件の時に再会しているはずですが、復縁はやはり「2」の後かなと思います。
室井さんが表彰されてからですかね。
室井さんの役に立てたと自信が持てた青島君が室井さんに告白してもとさやでしょうか。
そこまで決めてるなら、最後まで書けって話ですね(笑)
template : A Moveable Feast