43.「むしろ」












風呂場で湯加減を見ていたはずの青島が、複雑な表情で戻ってきた。

それを見た室井は首を傾げる。

「どうかしたか?風呂、溢れ返ってたのか?」

「いや・・・そんなんじゃないんですけど」

苦笑して室井を手招きする。

不思議に思いながらも青島の後をついて、風呂場に向かう。

脱衣所に入りかかったところで、室井は異変に気が付いた。

「・・・何だか、すごい甘ったるい匂いがするな」

思わず眉間に皺が寄る。

湯気と一緒に漂ってくる甘い香り。

それもほんのりどころかかなり強烈である。

青島が指をさすので風呂場を覗くと、湯船がピンク色だった。

幸いにも乳白色なので、毒々しい感じはしない。

強いて言えば、ちょっといかがわしいくらいだ。

「すみれさんがね、くれたんですよ。この入浴剤」

なんとも言えない表情で、青島が入浴剤のパッケージを見せてくる。

桜の湯、と書かれてある。

そう聞くと確かに少し心引かれるお風呂だが、実際はそうでもない。

女性ならピンク色のお風呂も可愛らしくていいかもしれないが、入るのは中年男性2名である。

何よりもいただけないのは、この甘ったるい匂いだ。

「入るだけでムネヤケしそうじゃないですか?」

「酔いそうだな・・・」

「ここまでくると鼻につきますよね」

「そうだな・・・それに何となくベタベタしそうだ」

「リラックスどころか、ストレス溜まりそう・・・」

ピンク色の湯船を覗き込んで、二人は顔を見合わせた。

青島が肩を竦めた。

「すいません。風呂入って、疲れ取ってもらおうと思ったんですけど・・・。これじゃあむしろ余計

に疲れそうだ」

お湯を抜いて入れ直しましょうかと言ってくれるが、それも申し訳ない。

正直に言うとちょっとキツイが、入っているうちに鼻が慣れるかもしれないし。

室井はそう割り切ると首を横に振った。

「大丈夫だ」

「でも」

「勿体無いし、入ろう」

「すみません」

申し訳なさそうにしている青島に室井は苦笑する。

気にするなという意味を込めて青島の頭を軽くぽんぽんと叩くと、青島が小さく微笑んだ。

「湯加減は大丈夫です。もう入れますよ」

先に入れという意味だろう。

青島に一番風呂を譲ったらまた気にするかもしれないと思い、室井は逆らわずに頷いた。

ところが、どういうわけか青島がTシャツを脱ぎだしたから、室井は目を丸くした。

「青島?」

脱いだTシャツを洗濯機に放り込んだ青島が、室井を見て方目をつぶった。

「リラックスできなそうにないから、お詫びにサービスしますよ」

背中流しますと言われて、室井は一瞬呆けた。

それから、苦笑する。

「そんなに気にしなくてもいいのに」

「たまには一緒に入るのもいいでしょ」

ニコリと微笑まれて、室井は呟いた。

「・・・一緒に入ってくれるなら、毎回この入浴剤でも構わないが」

むしろその方が嬉しい。

などと思いながらちらりと青島を見ると、ぎょっとしたように見返される。

「・・・・・・サービスって言っても、背中流すだけですよ?」

何を思ったのか、そんな釘を刺してくるから、室井は吹きだした。

「分かってる。君と一緒の方が疲れが取れそうだと思っただけだ」

「・・・・・・俺にリラクゼーション効果があるとは、知りませんでした」

笑いながら頭を掻いている。

照れているのだろう。

本当にリラクゼーション効果がありそうだと思ったが、これ以上言えば青島が照れるだけだし、バ

カップル全開過ぎて自分でも頭が沸いているような気がしてくるから止めることにする。

「一緒に入るのはいいですけど・・・俺はやっぱりこの入浴剤はカンベンだなぁ」

ボソリと呟いた青島の言葉に、室井は風呂場に目を向けた。

何度見てもピンク色の湯船。

そして漂ってくる、凶悪なまでに甘ったるい香り。

「・・・やっぱり、厳しいな」

「でしょ?それじゃあ、せいぜい二人で苦しみますか」

とても風呂に入るだけとは思えない宣言をする青島。



―まあ、二人でならいいか・・・。



などとうっかり思ってしまい、室井はやっぱり頭が沸いているかもしれないと思った。
















END
(2004.8.28)


我が家の入浴剤がモデル(?)です。
すっごい甘い匂いするんですよ。
かなりキツイです。
甘いモノ好きですけど、食べられないものは好きじゃないです(おい)
入浴剤、入れすぎなのかなぁ・・・。

あまりにも衝撃的な入浴剤だったので、うっかりネタにしてしまいました(笑)
「サービス」・・・風呂場でサービス発言は危険な気がします。
青島君、無事かな・・・。