■ いい加減にしろ


玄関のドアの開く音がして、室井は読んでいた本から顔を上げた。
青島が帰ってきたようだ。
急に都合がついたので電話で青島の予定を確認してみると、運悪く飲み会の約束があると言われた。
自宅で待っていてもいいかと尋ねると、なるべく早く帰ると約束してくれたので、こうして待っていたのだ。
現在の時刻は9時過ぎ。
確かに飲み会だったわりに、早い帰りだろう。
折角の飲み会なのに悪いことをしたかな、と思いつつ青島が入ってくるのを待っていた室井だったが、中々入ってこないので不審に思い腰を上げる。
「青島?」
リビングのドアを開けて見ると、玄関に緑の物体が転がっている。
もちろん青島だ。
「あー、むろいさんだー」
青島のしまりのない発音に、室井は目を丸くした。
どうやら泥酔しているらしい。
―珍しいこともあるものだ。
青島は室井ほどじゃないにしろ、酒には強い。
飲んでるうちに楽しくなるらしいが、泣くことも無いし脱ぐことも無い。
酒癖は良い方と言えた。
なので、ここまで泥酔している青島を見ることはあまりにない。
折角待っていたが、これはまともに会話ができるのは明日だなとちょっと残念に思う。
だが、泥酔しながらも早めに帰ってきてくれたのは、室井との約束を覚えていたからだろう。
そう思えば文句も言えまい。
「ほら、青島。立てるか?」
室井は青島の身体に腕を回し立たせようとする。
最悪担いでベッドに運んでもいいが、出来るなら自分の足で歩いて行ってもらいたい。
「んん。それより、むろいさーん」
「うわっ!」
青島の身体を支えようとしていた室井は、突然全力で青島に寄り掛かられた。
いや、押し倒された。
強かに廊下の床に後頭部を打ち付けて、室井は小さく呻く。
それすら認識していないらしい青島が、押し倒した室井に覆い被さり、にへらっと笑った。
「えへへ」
えへへじゃない、この酔っ払い!
と怒鳴りつけてやりたかったのだが、出来なかった。
青島がキスをしてきたからだ。
唇とは言わず顔全体に。
音を立ててキスを降らせてくる。
室井は一瞬呆然としたが、すぐに我に帰る。
「ちょ、ちょっと、待て!青島!」
「むろいさんだー」
慌てる室井に、何が嬉しいのか上機嫌でキスを繰り返す青島。
しかし、室井にとってはあまり嬉しい状態じゃない。
いや、青島のキスは嬉しい。
嬉しくないのは青島が正気じゃないことだ。
このままでは室井がその気になった途端に青島が寝ている、なんてことになりかねない。
「あ、青島!分かったから、とりあえず離せ!」
「いやですよ〜、せっかく、むろいさんにあったのに〜」
言いながらも、室井の鼻先にキスをしてくる。
室井は叫びたいのをぐっと堪えて、酔っ払いを諭しにかかる。
「心配しなくても、明日は非番だから泊めてもらう。明日までいるから。ここに」
傍にいるからと諭すと、青島はキスを止めた。
納得してくれたのかと安心したのも束の間。
起こしかけた室井の身体を再び押し倒し、深く唇を重ねてくる。
舌を絡めて強く求められれば、室井に拒む術などない。
呆気にとられたのも一瞬で、すぐに青島に応える。
今すぐにでも身体を入れ替えて押し倒したいのを堪えながら、青島の唇を吸った。
満足したのか、しばらくして青島から唇を離す。
「むろいさん…」
「とりあえず、上からどいてくれ…」
それからじゃないと話も出来ない。
間違いなく押し倒してしまう。
室井としては、正気じゃない青島を抱くのは嫌だった。
自分だけ夢中になって、明日の青島はそれを覚えていないだなんて虚しい。
「ほら、青島…」
室井は何とか半身を起こして、青島の身体をどかせようとする。
それに構わず、青島は室井の首に両腕を巻きつけた。
「いい加減にっ…っ!」
唇に軽いキス。
そしてニッコリ微笑まれる。
「しましょう」
絶句する室井に、青島は再び軽いキスを仕掛けてくる。


―落ち着け。青島は正気を失ってる。
―いくら相手が恋人でも意識のない人間をどうこうするなんて。
―いや、青島は意識があるじゃないか。ちゃんと。だったら…。
―待て。正気じゃない人間が、意識があると言えるのか?
―いや、しかし…。


室井が混乱する頭で考えている隙に、青島のキスはどんどん深くなる。
「むろいさんは、したくない?」
キスの合間にそう尋ねて、不安げに見上げてくる。
その瞳に、室井は眩暈を起こしそうだった。
「おれは、したい…」
室井の我慢はここまでだった。
青島のキスを中断させると、自分の上に圧し掛かった青島を強引にどかせる。
驚いて少し悲しそうに見上げてくる青島を、室井は何も言わずに抱き上げた。
まるで荷物を持ち上げるように担ぎ上げた。
「青島」
「は、はい?」
「俺もしたい」
それだけ言うと、室井はそのまま寝室に向かった。


***


翌朝。
青島はシーツに包まっていた。
頭からすっぽりとシーツをかぶり顔だけ出した状態で、ベッドに胡坐を掻いて座っている。
室井はというと、その青島の目の前でやはり胡坐を掻いて―こちらは下だけ履いた状態で、座っていた。
眉間に深い皺が刻まれている。
青島は一瞬怒っているのかと思った。
正直、何がどうなってこんなカッコウで寝ていたのか、まだ思い出せていない。
だけど、まるっきり覚えていないわけでもなかった。
「…あのぉ〜?」
難しい顔をしている室井に、青島は恐る恐る声をかけた。
室井はピクリと小さく反応して、難しい表情のまま青島を見つめてくる。
「すまない」
謝られて、青島は苦笑を浮かべた。
「あー…と。俺、室井さんのこと、襲いました?」
そう聞くと、室井は目を丸くした。
「覚えてるのか?」
「最中のことは実はあんまり。ただ、帰って来て、室井さん見て、押し倒した覚えはあります」
「…そうか」
少し安心したのか、室井の表情が和らぐ。
「もしかして、気にしてます?」
覗き込むように室井を見つめると、室井は視線を逸らしバツの悪そうな顔をした。
「酔っ払って正気じゃない君に手を出すつもりはなかった」
「だから、襲ったの俺でしょ?室井さんが気にすることないです」
どうやら気にするどころか後悔しているらしい室井に、青島は困った顔をした。
本当に、押し倒した自覚はあった。
アレだけ酔っ払いながらも。
前後不覚になるほど泥酔していたのは、すみれたちに飲まされたからだ。
帰る機会を伺っていた青島を不審に思ったすみれたちに洗いざらい吐かされ、あげく帰りたかったら全部飲んでから帰れとちゃんぽんさせられた結果が、昨日のあれである。
そして、酔っ払った勢いに任せて室井を押し倒し、強請った覚えもちゃんとある。
「確かに正気じゃなかったでしょうけど…室井さんを欲しいと思ったことは間違いなかったです」
青島がそういうと、室井は視線を合わせてきた。
ちょっと照れながらも微笑む。
「謝るなら、俺の方でしょ?室井さんを襲ったのは俺なんだから」
「青島…」
シーツに包まったままの青島を、室井が抱き寄せる。
「怒られるかと、思ったんだけどな」
「まさか。でも勿体無かったな」
シーツの中から首だけ伸ばして、室井の唇を掠め取る。
「久しぶりだったのに、何も覚えてない」
ぎょっとする室井の唇をもう一度奪う。
「悲しいかな、身体だけ満足してます」
そういうと、室井が苦笑した。
「すまない。俺は身も心も満足させて貰った」
「それは、ずるい!」
笑いながら、室井の首に両腕を回した。










END

2004.8.6

あとがき


最後まで台詞を言わせてもらえてません、室井さん(笑)
青島君の魅力には逆らえないということで…。

熱帯夜が続いていると、こんな話が浮かんだりします。
全ては暑さのせいです。
…最近の言い訳の全てがそれだなぁ(笑)



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