あ、心配しないでくださいよ!
今度は普通の会社ですから〜。
サラリーマンになりすますのは、得意ですからね。
ささっと解決して来ますよ!
青島がそんな話を室井にしたのは、一月ほど前だった。
ささっとなんて言っていたが、そんなに簡単に解決しないことは二人とも分かっている。
長ければ数ヶ月も潜入しっぱなしなこともある。
その間、青島には会えない。
本音を言えば潜入捜査には入らないで欲しいのだが、そんなことは間違っても言えない。
青島は警察官であることに誇りを持っている。
そんな青島に、心配だから、寂しいから、潜入捜査に行かないでくれとはとてもじゃないけど言え
なかった。
だけど、それが本音だということも間違いではない。
「折角飲みに誘ったのに、しけた面してるじゃないか」
一倉に言われて、物思いに耽っていた室井は眉間に皺を寄せた。
久しぶりに一倉に誘われ、飲みに来ていたのだ。
「・・・別に」
「っていう面か、それが。全く、たかが青島一人いないだけで」
言われて、室井はさらに表情を険しくする。
「だから、そんなじゃない。それから、たかがとか言うな」
釘を刺しておくところはしっかりと刺しておく。
一倉の暴言には慣れているが、こと青島が絡むと聞き流すことが出来ない。
一倉もそれを分かっているくせに、室井をからかうことを止めないのだ。
笑いながら、室井のグラスに酒を注ぐ。
「お前が恋愛で左右されるとはねえ」
「されてない」
「どこがだ。思いっきりされてんじゃないか。青島に暫く会えないからって、へこんでるくせに」
「へこんでない」
「お前のことをずっと淡白なヤツだと思っていたが、激しい勘違いだったな」
「何が言いたい」
「べっつにー」
何が、べっつにーだ。気色が悪い。
と、思ったが、声には出さない。
相手をするのがバカバカしいからだ。
一倉に構わず酒を呷る。
会社員と思しき男女の団体が入って来て、不意に店内が騒がしくなる。
酒がすでに入っているらしく、賑やかなのだ。
居酒屋なら当然の光景に、一倉が溜息を吐く。
「若いっていいねぇ・・・・・・あ」
何を爺臭いことを、と思いつつ室井は怪訝そうに一倉を見る。
何かを発見したらしい一倉が、室井を見てにやりと笑った。
「おい、良かったな」
「何が?」
「会いたかったんだろ?」
一瞬なんのことだか分からなかった室井は、はっと気がついて振り返った。
まだ20代であろう男女の中に青島の姿を発見して、室井は唖然とした。
「30過ぎの男が、上手くなじんでるじゃないか」
一倉が感心しているのか、からかっているのか、微妙な発言をする。
室井は動揺したまま一倉に向き直った。
店内が騒がしいので意味があるとは思えないが、思わず声のトーンを落とす。
「お、お前、なん、どうっ」
「落ち着け」
「お前、青島が来るって知ってたのか!?」
「バカいえ。いくら俺だって、そんなことまで分かるか」
ストーカーじゃねーんだ、と呆れる一倉。
確かに、某企業に潜入捜査に入っている青島の行動を、室井でさえ知らないのに一倉が知っている
わけがない。
「ただまあ、会社がXXだったら、遊ぶ場所はこの辺りだろうなーとは思ったが」
「・・・やっぱり、確信犯じゃないか!」
「人聞きが悪い。確率の問題で言えば、ものすごく低いんだぞ?俺はむしろ、お前の怨念のような
気がするがな」
「それこそ、人聞きが悪い!」
「じゃあ、青島の愛情でどうだ?」
それなら嬉しい、などとでも言えるとでも思っているのか、この男は。
痛む頭を押さえながら、室井は唸った。
それから、ちらりと青島を盗み見る。
不幸にもというか幸運にもというか、青島たちは室井たちの席から良く見える位置に座っていた。
スーツ姿なんか見慣れている。
見慣れているが、刑事をしているときとは雰囲気の違う青島に、室井は正直驚いた。
同僚と見られる歳若い連中に何の不自然もなく紛れ込んでいる姿は、どこからどうみても普通のサ
ラリーマンである。
尤も、元から刑事らしくは見えない青島だったが。
「へぇ。どこから見ても立派なサラリーマンじゃないか」
一倉も感心したように呟く。
「あんまり、じろじろ見るな」
室井は視線を逸らし、一倉を咎める。
が、その一倉はというとニヤニヤしながら、青島の方を見ていた。
「おい」
「お前こそ、ちょっとは見た方がいいぞ」
「・・・?」
嫌な笑いを浮かべたまま一倉が顎で促す。
室井は怪訝そうな表情を浮かべる。
そのまま仕方なく首を回して見て、眉間に皺を寄せた。
青島の隣に座った女性が、青島の腕に手を掛けて青島に寄り添っていたからだ。
「ありゃあ、女にもてそうだな」
軽口を叩く一倉を、室井は無言で睨んだ。
それから、もう一度青島を振り返える。
幸いというかなんというか。
青島が困った顔で笑っているので、室井は少しだけ落ち着く。
すっかり酔っ払っているらしい彼女に、辟易しているようだった。
これでニコニコ笑っていたり青島も彼女に擦り寄ったりしていたら、さすがに室井もキレたかもし
れない。
「よし、からかってこよう」
一倉の言動にぎょっとさせられることはしょっちゅうだが、ここまで驚くことは中々無い。
それくらい室井は驚いた。
「お前、青島が今何をしてるか分かってんのか!?」
一倉に向かって体を寄せてなるべく声を落としながらも器用に怒鳴った。
「俺らもスーツだし、分からないだろう」
一倉が肩を竦める。
確かに警察官の制服を着て飲みに着ているわけではないし、二人が警察官だとわかるようなものを
身に着けているわけではない。
警察手帳は持っているが、見せびらかして歩いているわけもない。
が、室井は眉間に深い皺を刻んだ。
「そういう問題じゃない。刑事の仕事を刑事が邪魔をしてどうするんだ」
「挨拶してくるだけだ」
「お前が挨拶だけですむか。・・・だから、そういうことじゃなくて、お前が話しかけること自体が
邪魔だと言っている」
「失礼なヤツだな。これでバレるようなら、青島の演技力がたかがしれてるってことじゃないか」
「青島は役者じゃなくて刑事なんだ!・・・いや、だから、そういうことじゃなくて!お前が邪魔を
しなければすむ話なのに、なぜ青島を試さなければならない!」
そんなのは、一倉が楽しいからなのだろうが、室井はつっこまずにはいられない。
青島のためにも、警察官としても、一倉の暴走だけは止めたい。
などと室井が決意をしていることなど知りもせずに、一倉は鼻で笑った。
「本当はお前こそ青島と話したいくせに」
室井は一倉を睨んだ。
「・・・分かってるなら、大人しくしていろ」
素直に答えると一倉が目を丸くした。
「おや?珍しく素直だな」
「うるさい」
否定するのが面倒くさくなっただけだ。
―どうせ、事実だし。
半ば投げやりに思う室井。
話したいに決まってるし、触れたいに決まってる。
「とにかく―」
「あ」
釘を刺そうとした室井の言葉をさえぎって、一倉が声を上げる。
「一体、何だ」
「・・・チャンス到来ってね」
また顎で指されて、室井はしぶしぶ青島を振り返った。
丁度、寄りかかっていた彼女に謝って、席を立つところであった。
向かう先はトイレのようである。
・・・チャンス到来?
と、訝しげに一倉を見る。
「今がチャンスだろ」
「何が?」
「だから、行って話して来いって言ってんだよ」
「・・・バカ言うな」
言われて見れば、トイレに立ったすきになら目立たないかもしれない。
だが、それでも室井には躊躇われた。
室井が警察官だとバレるとは思わないが、潜入している青島にとって知人と会うことは負担でしか
ない気がする。
余計な緊張感を与えたくはないし、ましてや失敗に繋がる可能性があるような行動は取れない。
恋人であると同時に同じ警察官として、相手の立場を考えてやる必要がある。
室井がそう思っている矢先に、一倉がニヤリと笑った。
「お前が行かないんなら、俺が行こうかな」
「!・・・だからっお前はっ」
「おあつらえ向きに密室だしな。多少悪戯したって・・・」
室井は一瞬頭に血が上り怒鳴りそうになるのを押さえると、すぐに席を立った。
トイレに向かって数歩歩いてから、振り返ると一倉が手を振っていた。
一瞬カッとなって席を立ったが、歩き出してすぐに理解したのだ。
一倉に乗せられたのだと。
室井は嫌味なまでに笑顔な一倉を見て、溜息を吐いた。
今更戻って座るわけにも行かない。
後は自分に素直になるだけである。
室井は、トイレに向かった。
トイレのドアを開けると、こちらに背を向けた青島が洗面台に手を付いて俯いていた。
もしかしたら具合が悪いのではないだろうか。
急に不安になった室井は、先程まで躊躇っていたくせにツカツカと青島に近づいた。
「大丈夫か?」
後から声をかけると、青島が勢い良く顔を上げる。
洗面台の鏡越しに、ぎょっとした青島と目が合う。
「む、室井さん!?」
当然だが酷く驚かせたらしく、くるりと振り返り上ずった声を上げた。
室井は苦笑した。
「久しぶりだな」
「久しぶりですね・・・じゃなくて、ええと、何で?どうしたんです?こんなとこで・・・」
まだ混乱気味な青島に、室井は偶然だと説明する。
多少一倉の陰謀めいた偶然だと。
「・・・確かに偶然なんでしょうけど、一倉さんだからなぁ。魔法くらい使いそうですよね」
話を聞いた青島が苦笑してそんなことを言う。
首を竦めた室井は、小さく笑った。
「じゃあ、俺は一倉に感謝しないといけないのか」
「え?」
「君に会えた」
青島が目を丸くする。
何だかんだと一倉を責めたが、青島に会えたことを喜んでいないわけじゃない。
電話で話すことくらいは出来るが、次にいつ会えるかは分からなかったからだ。
一倉のお節介だか暇つぶしだか、この際魔法だろうが呪いだろうが。
感謝したくもなるというものである。
「あはは、そっか、そうですね」
青島は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。
「俺も感謝しなきゃ」
この二人から感謝されることはあまりない一倉だけに、この会話を本人が聞けば見返りに何を求め
られるか分かったものではない。
が、とりあえず本人はいないので、素直に感謝しておくことにする。
優しい目で青島を見つめていた室井は、思い出して青島に尋ねた。
「そうだ。具合、悪いんじゃないのか?項垂れていたようだったが・・・」
青島は「ああ」と呟いて、苦笑する。
「いや、大丈夫です。ちょっと、疲れただけ。俺の歓迎会してくれてるんですけどね・・・」
首筋を撫ぜながら、ちょっと困った表情を浮かべる。
「そうか・・・。彼らは皆同僚なのか?」
「ええ。俺、ちゃんとサラリーマンしてました?」
「ああ、違和感無くて、ビックリしたくらいだ」
素直にそう答えると、青島は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た室井は、思わず青島に触れようと手を伸ばす。
「あ、さ、触らないで」
触れる直前に、はっとした青島が身体を引いた。
空振りした手を見つめて、室井は眉間に皺を寄せた。
避けられたことに傷つかないわけもない。
「・・・俺に触られたくないのか」
青島が慌てて首を横に振る。
「まさか!」
「じゃあ、なんで避ける?」
「ええと、あの・・・」
視線を泳がせて言葉を探す青島を、室井は睨みつけた。
下手な言葉で言い逃れさせてやるつもりはない。
じっと見つめると、青島が諦めたように溜息を吐いた。
「・・・俺、今、すごい欠乏してるんです」
「・・・・・・?何が?」
いきなり栄養素の話でもし始めたのか思いつつ、室井は律儀に聞き返す。
「室井さんが」
「・・・・・・は?」
目を丸くした室井に、青島は居心地悪そうに再び視線を泳がせた。
「一月会えないことはたまにありますけど。何か今回は特に寂しいなーと思って」
肩を竦めて、ちらりと室井を見る。
「ちょっと触れたら、止められる自信なくて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そんなことを言われると」
「あ、困りますよね」
「すごく触れたくなって、困る」
そういうと、青島が目を丸くした。
「あ・・・と、室井さんも、寂しかった?」
室井を伺うように訪ねてくるから、思わず眉間に皺が寄る。
「当たり前だろう」
「そっか」
嬉しそうに笑う青島。
室井も青島と同じ気持ちだった。
青島も寂しいと思っていてくれて、嬉しい。
室井は右手を差し出した。
「室井さん?」
「手、貸せ。それくらいなら、いいだろ」
そう言って促すと、青島はそっと室井の手に自分の手を重ねた。
青島の温もりを感じながら、室井はぎゅっとその手を握ると。
本当はもっと触れたいが、我慢しているのは室井一人ではない。
事件解決に向けて頑張っている青島の邪魔はしたくない。
「・・・早く、解決できるといいな」
「はい。頑張りますよ!」
手を強く握り返しながら、青島が笑う。
「捜査が終わったら、速攻会いに行きますから」
「待ってる」
「浮気しないで待っててくださいよ」
本気で浮気の心配をしているわけではないのだろう。
明るい瞳が室井の顔を覗きこんでくる。
「誰に言ってる。君こそ、OLさんとあまりに仲良くなるなよ」
「それこそ、誰に言ってるんですか!室井さん一筋!」
意味なく胸を張る青島に、室井は苦笑した。
END
(2004.8.14)
10000HITのアンケートで頂いたご要望を元に書きました。
潜入捜査青島君で色々な萌えネタを送って頂きまして、それをいくつかまとめた感じになってます。
回答して下さった方、ごちゃごちゃになってしまい、ご要望と違っていましたら申し訳ありません!
書き出したのは随分前なのですが、書き終えたのは今日でした・・・。
時間が掛かったわりに、な出来で申し訳ないのですが(^^;
ここでも耐える男、室井さん。
本当はキスくらいさせるつもりだったのですが、トイレでキスってえちくさくないですか?(笑)
いや、えちくさいの全然いいんですけど(いいのか)
キスだけで止まらなくなっちゃったら一大事だろう、と。