■ わかってるさ


昨夜から、室井が青島の自宅に泊まりに来ていた。
生憎と休暇だったのは室井だけで、青島は出勤しなければならない。
だが、休みのはずの室井は、何故か青島より早起きだった。
朝食を作り、青島に食べさせ、Yシャツにアイロンまで掛けてくれるという甲斐甲斐しさである。
「嫁さん貰ったみたい」
と言って笑うと、室井が嫌そうな顔をした。
「バカなこと言ってないで、早く仕度しろ」
「はぁい」
クスクス笑いながら、ネクタイを締めた。
スーツを着込むと、玄関に向かい靴を履く。
腰を下ろして靴を履く青島の背後に立った室井が、あれこれ確認してくる。
「忘れ物ないか?」
「ええ」
「定期は?」
「大丈夫っすよ〜」
「財布は?」
「だ、……いじょうぶじゃないみたい」
えへ。と笑って室井を見上げると、呆れた顔をしながらもリビングに取りにいってくれた。
黒い皮の財布を持って、戻ってくる。
「ほら…」
「すいません」
「他には?」
「もう、無いです」
「本当か?携帯は?ハンカチは?チリ紙は?」
嫁さんというより母親のような室井に、青島は失笑した。
しかし、財布を忘れた身としては、偉そうなことは言えない。
「携帯は上着のポケット。ハンカチは胸ポケット。ティッシュは、何か鞄にいっぱい入ってます」
路上で配っている、ポケットティッシュである。
青島は何でもかんでも貰ってくるので、常に鞄の中にはいくつものポケットティッシュが入っているのだ。
青島の返事に満足したのか、ようやく大人しくなったかと思いきや。
「車に気をつけろよ」
「ええ…」
「寄り道するなよ」
「…室井さん」
「遅刻しないように」
「分かってますよ!」
あまりにもしつこい室井に、青島は痺れを切らして、立ち上がり振り返った。
「俺をいくつだと思ってるんですか!いい大人ですよ!」
いい大人だが心配だから言ってるんじゃないか、と室井の顔に書いてある。
失礼な、と思いつつ青島が室井を睨んでいると、室井は承知したのか諦めたのか「そうか」と短く呟いた。
「行って来ますよ」
「青島」
「何すか!」
「真っ直ぐ帰って来いよ…待ってるから」
「!」
また注意かとうんざり気味の青島の、意表を衝いた室井の台詞。
青島は一瞬呆けて、それから破顔した。
手を伸ばして室井の襟首を引っ張るとその唇を軽く奪う。
「わかってますよ!」
今度は満面の笑みで答えると、室井も笑みを零した。
それを見届けて、青島はもう一度言った。
「行ってきます!」










END

2004.9.3

あとがき


奥さんというよりお母さんですね、室井さん(^^;
青島君、かなり低次元な心配されてます。

そして、やっぱりバカップル。



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