■ そんなこと言わないで


珍しく青島と映画を見に行く約束をして、珍しく外で待ち合わせをしていた。
待ち合わせ場所まで行き青島の姿を見つけて、室井は声をかけるのを躊躇う。
青島が女性と楽しそうに話していたからだ。
最初はナンパでもされたのだろうかと思ったが、青島が親しげに笑うのを見て顔見知りの女性だと判断する。
青島が何かを言うと、彼女が青島の肩を叩いて笑った。
室井が声をかけるのを躊躇う理由はどこにもないはずだ。
青島が待っているのは自分なのだから。
だが、どうしてか、近づくことさえ躊躇われた。
すらりとした長身の女性で、青島を少し見上げて話している。
横顔を見る限り、妙齢だが美人といえた。
豊かな表情を見ていると、青島と似た雰囲気を感じる。
そんなことを考えていると、ますます声をかけられない。
どうしたものか迷っていると、青島が振り返った。
そして、目を丸くしてから、笑って手を振ってくる。
ここで踵を返すわけにもいかない。
もちろんそんなことをする必要は全く無いのだが、どうしてか室井は逃げ出したいような気分に襲われた。
青島の笑顔に後押しされるように、ゆっくり二人に近づく。
「遅れて、すまない」
時間通りには着いていたのだが声を掛けそびれため、約束の時間を少し過ぎていた。
室井が謝ると、青島は笑って首を振った。
「いいえ〜、大して遅れてませんよ〜」
いつもとなんら変わりない笑顔に迎えられて、室井はひっそりと安堵の溜息を吐く。
何となく視線を彼女に移すと小さく会釈をされた。
室井もすぐに返す。
「じゃあ、俺、もう行くね。映画始まっちゃうから」
青島が彼女に言うと、彼女は頷いて手を振った。
「ん、じゃあね!」
そう言って去って行く彼女に、青島は笑って手を振りかえした。
彼女が人ごみに消えてしまうと、青島は室井を振り返った。
「じゃあ、行きましょうか」
映画の時間を気にしてか、時計を確認して室井を促す。
それに頷いて、青島と並んで歩く。
「青島……今の女性は?」
少し躊躇ってから声を掛けると、青島が室井をちらりと見て苦笑した。
「昔付き合ってた人です」
さらりと言われて、室井は目を剥いた。
そんなところじゃないかという気はしていたが、当たったからといっても嬉しくとも何ともない。
「大学時代だからもう十年以上前のことです。室井さん待ってたら偶然会って、ちょっと懐かしくなってバカ話してました」
「…そうか」
「あのぉ、何か疑ってます?」
顎を引いて上目使いに様子を伺ってくる青島。
室井は苦笑して首を振った。
「いや、そういうわけじゃない」
浮気の心配をしているわけではない。
偶然会ったというのは本当だろうし、第一青島が浮気をするとは思っていない。
ただ、酷く落ち着かなかった。
青島と並んだ彼女の姿を思い浮かべると。
「なら、良かった…妬いてもらえないのは残念ですけど」
目を細めた青島に、室井は失笑した。
「何言ってる」
「いや、冗談ですって」
急ぎましょう、と先を促す青島の後を、室井は黙って追いかける。
疑っているわけではないが、妬いていないわけでもない。
そう思ったが、口には出さなかった。




映画を見て、夕飯を外で済ませて、室井の自宅に二人で帰る。
軽く飲みながら、楽しそうに話す青島の話を聞いていた。
室井は無口な方だが、青島と一緒いればそれほど無口というわけでもない。
ちゃんと言いたいことは言うし、青島に聞いて欲しい話はちゃんとする。
ただ、青島の話を聞くのが好きなので、聞き手に回ることが多いというだけだ。
今日もそうだった。
青島の話を聞いて頷いたり、疑問に思えば尋ねたり。
少なくても、室井はいつも通りにしているつもりだった。
だが、青島の目には室井の態度が不自然に見えたようだ。
不意に青島が、飲みかけのグラスを置いた。
「青島?」
室井が不思議そうに声を掛けると、青島は難しい表情で室井を見つめた。
「室井さん」
「…どうした?」
「もしかして、気にしてます?」
青島が聞いてくるのは、昼にあった彼女のことだろう。
室井自身気にしないようにしてはいるが、ずっと心に引っかかるものがあるのは事実だった。
本当に青島のことを疑っているわけではないのだ。
青島だってもう三十代半ばで、室井と知り合うまでに付き合った女性など何人もいるだろう。
室井自身だってそうだし、過去のことなどいちいち気にしていたら交際など出来ない。
では、何が気に掛かっているのか。


―それは考えても仕方の無いようなこと。


室井がそう思いながらも心に焼きついた風景を思い返していると、青島が顔を覗きこんでくる。
「隠し立てする必要の無いことだったから、はっきり言ったんですけど。まずかったです?言わない方が良かった?」
青島は青島らしい誠実さで、自分に話してくれたのだ。
「いや、話してくれて良かったと思う。それに、たまたま会っただけの昔の恋人との仲を疑うほど、君を信用していないわけでもないんだ」
素直に話すと、青島は少し肩の力を抜いた。
「ならいいんですけど…。でも、室井さん、何か気にしてる」
納得しているのかいないのか、そんなことを言われる。
相変わらず、変なところが鋭い。
青島自身のことになると、結構鈍いくせに。
そう思いながら、室井もグラスを置いた。
「くだらないことだ」
「はい?」
「…君の隣に彼女が並ぶのは極自然な光景だった」
ポツリと呟く。
室井の心に焼きついたのは、微笑みあう二人の姿。
青島と彼女だったら、並んで歩くのも極自然で、お似合いだったと思ったのだ。
もちろん、今更自分を卑下するわけではない。
青島が自分を選んでくれたのだから、後悔などしていない。
だけど。
「君なら、もっとふさわしい相手がいたかもしれないのに…」
そこまで言いかけると、突然青島に胸倉を掴まれた。
青島を見ると、むっとした顔をしている。
怒らせたらしい。
「何すか、それ」
「青島」
「俺は、アンタが好きなんだ」
真っ直ぐな視線に射抜かれる。
「他の人とお似合いだなんてその本人に言われて、喜ぶとでも思ってんですか」
「青島…」
「そんなこと、言わないでくださいよ…」
胸倉を掴んだまま、声を落とした青島の髪をそっと撫ぜる。
「青島」
返事がなく、強い視線だけを室井に向けてくる。
室井はその視線を嬉しく思う。
青島の視線の強さは、そのまま室井を想ってくれる気持ちの表れ。
それだけで自分に自信が持てるから、不思議だ。
室井は青島の髪を撫ぜながら、優しく声をかける。
「人の話は最後まで聞け」
微笑して、青島の額に唇を押し付けた。
「青島には、もっと相応しい相手がいるかもしれないのに、」
続きを言うために、もう一度繰り返す。
「例えそうだとしても、もう離してやれない」
そう言うと、青島が目を丸くして室井を見つめてくる。
「そう言おうと思ったんだ」
「…室井さん」
「後悔はしてない。君は俺のもんだ。誰にもやらない。ただ、ちょっと」
「ちょっと、何ですか」
「君に悪いことをした気になっただけだ」
俺なんかに引っかかってと笑うと、青島は呆れた顔をした。
「なんすか、それは」
そう呟いたが、どこか安心したようだった。
苦笑して、室井の首に両腕を回してきた。
「そんなの、俺だって同じですよ」
「そうか」
「ええ…誰にもあげませんか。アンタは俺んだ」
「そうか」
室井は微笑んで、青島を抱きしめた。










END

2004.8.19

あとがき


10000HITの時のアンケートでご要望のあった
「青島君の昔の恋人が出てくる話」です。

ですが、昔の恋人、名前すら出てきませんでしたね(汗)
室井さんがもっとジタバタしないと面白くないですよね…。
何度も書き直したのですが、これ以上はどうにも出来ませんでした(^^;
色々と力不足で申し訳ないです!



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