一倉の奇襲から一週間。
何とか電話で室井を掴まえて事情を説明し、とりあえず理解はしてもらえた。
「そうか、大変だな。一倉には二度と行くなと伝えておく」
声のトーンは幾分低かったものの、青島の現状に同情さえしてくれた。
やはり気持ちのいいことじゃないにしろ、大人な対応をしてくれた室井のおかげで、青島も少しだ
け気持ちが軽くなっていた。
開店準備をあらかた終えた青島がモップを片付けてフロアに戻ってくると丁度ドアが開かれるとこ
ろだった。
開店時間まで30分はある。
青島はフライングしたお客だと思った。
今客を入れたって、いるのはママと自分だけである。
「お客様、申し訳・・・・・・・・・」
愛想笑いをした青島の表情が、そのままの形で停止した。
「・・・・・・・・・お客じゃないのだが」
ぽつりと呟いた室井に、青島は絶叫しそうになった。
が、一つも声に出ていない。
あまりの衝撃の強さに。
口をぽかんと開けたまま絶句した青島に、室井は困った表情を浮かべた。
自分から尋ねてきたくせに、室井まで無言になる。
一言も発せず見詰め合っているのか睨み合っているのか定かではない二人に、助け舟を出してくれ
たのはママだった。
「葵ちゃん。どうしたのー?」
硬直している青島の背中にママが声をかけてくれた。
それに漸く反応を示した青島が、ゆっくり振り返る。
「ああ、いえ、あの・・・」
一倉のときのように誤魔化さないととは思うのだが、言葉が出てこない。
ママが首を傾げて視線を青島から室井に移した。
室井は一瞬身構えてから一礼をした。
つられたように、ママも返礼をする。
―あああ。ダメだよ、室井さん。怪しすぎるよ・・・。
普通、客は店のママに礼をしたりはしない。
やっと頭が働きだした青島がフォローしようとするより前に、室井が口を開いた。
「・・・・・・あ、葵の恋人です」
「!!!?」
室井の発言に、青島は再び絶句する。
息をするのも忘れたような青島とは対称的に、ママの方は目を輝かせた。
先週は元彼で、今週は今彼だ。
ママにしてみれば、これ以上ないくらい面白いネタだろう。
「まあまあまあ!葵ちゃん、恋人いたのね〜」
一倉のことに触れないのは、ママなりの気遣いかもしれない。
修羅場になったら可哀相だとでも思ってくれているのか。
それどころではない青島はほとんど素に近かった。
「いや、あの、ええと・・・っ」
「申し訳ないが、少し二人で話しをさせて頂けないか」
ひたすら動揺している青島に構わず、室井がママにかけあう。
「あら、もしかして、ここで働くことで揉めてるの?」
「・・・そんなところです」
「まあ、心配しなくても大丈夫よぉ!健全なお店なのよ?これでも」
オーバーな身振りで説明をした後、ママは頬に手を当てて室井に同情するような視線を向けた。
「でも、そうね。恋人が水商売してるのであれば、気になるわよね。どうぞ、ゆっくり話し合って
ちょうだい」
優しい人だと思う。
だが、今はママの親切な心使いにも感謝できない。
奥の個室を使っていいと言われて、室井は未だに呆然としている青島の手を引いた。
ドアを閉めた音で、青島は漸く戻ってきた。
「む、むろいさぁん。どうして来たんですかぁ・・・」
情けない声をあげる青島に、室井は眉間に皺を寄せた。
「・・・すまない」
「いや、謝られても・・・」
あれほど電話で来るなと言ったのに。
室井も了承してくれたのに。
そもそも、青島が仕事をしているところに室井が来ること自体考えらなかった。
「しかもあんなこと言っちゃうし・・・」
あんなこととは、室井の「恋人宣言」だ。
それを悟った室井は、眉間の皺を深くした。
「迷惑だったか」
「はい?」
「・・・・・・一倉を初めての男だと紹介したのに、俺だと困るのか?」
「!」
青島は目を剥いた。
一倉が店に来たことは室井に話したが、何があったかは話してはいなかった。
隠さなければならないことは何もないが、さすがに一倉を「昔の男」扱いしたことを話す気にはな
らなかったからだ。
どうやら、先週の出来事を一部始終一倉から聞いたらしい。
しかも一倉のことだから面白おかしく話が広がっているはずだ。
室井を煽ることを趣味にしているような男だ。
日頃の恨みを晴らしたつもりだったが、ただでは転ばない男である。
しっかり仕返しをされたわけだ。
青島が心の中で一倉を罵っていると、室井は溜息を吐いた。
「別に君と一倉を疑っているわけじゃない」
「う、疑われるようなことは一つもないですって」
「・・・でも、気分良いものじゃない。君の初めての男は」
俺だろう、なんて真顔で言われたら爆死してしまいそうだったので、青島は慌てて室井の口を手の
平で押さえた。
じろりと室井が青島を睨む。
―いったいどうやって煽ったんだ、あの男はー!
心の中で絶叫する青島。
怒っているわけではないのだろうが、眉間に深い皺を刻んでいる室井。
青島は深いため息を吐いた。
「一倉さんは困らせてやろうと思っただけですよ」
室井の口から手を離して、そう呟く。
「室井さんには・・・・・・イヤな思いさせたくないでしょ」
ボゾボゾと言う青島に、室井は少しだけ表情を緩めた。
ある意味、一倉は良くて室井はダメなのだ。
一倉は困らせてやるつもりで元彼だと紹介して、尚且つ店内にまで連れ込んだ。
だけど室井は困らせたくないし、出来るだけ迷惑を掛けたくは無い。
だから室井が今彼だなんて言い出して、青島は困惑したのだ。
・・・一倉が聞いたら怒り出しそうだが、自業自得とも言える。
室井がそっと青島の頬に手を伸ばしてきた。
青島は黙って好きなようにさせる。
「嫌な思いはしていないが、」
「ん。ならいいです」
「迷惑かけてないか?」
再び聞かれて、青島は笑みを零した。
捜査上ということだろう。
そう思うならここまで来なければいいのだが、それだけ青島のことを気にかけてくれたということ
だろう。
「全然。・・・もしかしたら、ちょっと男関係派手だと思われてるかもしれないですけど」
青島がそういって笑うと、室井も苦笑した。
「そうか・・・」
そういって、室井が顔を近づけてくる。
青島は目を閉じようとして、ハタと気付く。
「あっ、ちょっ、ストップ!」
ギリギリのところで、再び室井の口元に手を当てる。
今度は睨まれはしなかったが、少しだけ不服そうだ。
「あの、ほら」
「・・・何だ?」
青島は困り顔だ。
「俺、こんなだし」
こんな、というのは、女装のことである。
いきなりのことですっかり忘れていたが、室井には絶対見せたくないと思っていた女装姿をさらし
ていたのだ。
今更気付いたってどうしようもないが、青島は化粧した顔でキスするのだけは断固阻止したかった。
室井は一瞬だけ目を見張ると、青島の手をそっと外させた。
「俺は構わない」
「!」
俺は構う、と思ったが口には出せない。
室井が優しい目で見つめてくるから。
―卑怯だよなぁ、室井さんて。
半ば八つ当たり気味にそう思っていると、再び室井の手が頬に掛かる。
青島は、慌ててその手を取った。
「青島」
今度ははっきりと不服そうだ。
「わ、わかりました」
「・・・?じゃあ・・・」
「室井さん、ちょっとそこに座ってください」
と、青島が指したのは休憩用においてあった椅子だ。
首を傾げる室井。
「何故」
「いいから」
青島が言うと、訝しげにしながらも素直に椅子に腰掛けてくれる。
一つ深呼吸すると、青島は徐に室井に近づいた。
「青島?」
その手で室井の視界を塞ぐ。
それから、徐に唇を重ねた。
室井の視界に女装姿が入らなければそれで良いと青島は思ったのだ。
ちょっと化粧臭いだろうが、それには目をつぶってもらうことにして。
青島は少しだけヤケ気味に、好き勝手に室井の唇を奪う。
そして顔を離してから、その手を離した。
呆然とした室井は、青島の顔を見ると苦笑した。
「・・・考えたな」
クスクス笑う室井に、青島は鼻の頭を掻いた。
いつもと違うキスは微妙に照れくさかった。
「青島」
「はい?」
「俺は、そう悪くないと思うが?」
何が?とは聞くまでも無く、青島は憮然とした表情になる。
「嬉しくない」
むすっとした青島に、笑いながら小さな謝罪をよこし、室井は立ち上がった。
「邪魔をして悪かった」
「あ・・・いえ。どんでもないっす」
もう帰る気らしい室井に、青島は思わずもうちょっといて欲しいなどと思ってしまい苦笑する。
来て欲しくないと言ったのは自分だったのに。
会ってしまえば、別れ難いのだ。
ドアを開けようとした室井は立ち止まって振り返る。
青島がどうしたのか聞くよりも先に室井は口を開いた。
「君が君なら、どんな姿でも良いらしいな、俺は」
青島はママが入ってくるまで、真っ赤な顔をして立ち尽くしていた。
END
(2004.5.23)
拍手で続きを読みたいと仰ってくださった方々。
お待たせ致しました。
そして、こんなデキで申し訳なく・・・(苦笑)
事件は解決していませんが、お話は完結(笑)
なんとか、室井さんも出せました。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました!