■ 疲れた……


約束の時間から1時間遅れて青島の自宅にやって来た室井は、酷く疲れた顔をしていた。
―何かあったのかな。
青島は一目でそう思った。
「お疲れ様です」
「すまない、遅くなって…」
「気にしないでください」
事件が立て込めば予定が狂う。
そんなことは、お互いにいつものことだった。
1時間遅れでも会えただけ今日はマシである。
さっさと室井をリビングに通して、青島はキッチンに向かう。
「飯、食いますよね?」
「ん…」
覇気のない返事。
何となく心ここに在らずな室井に、青島は心配になる
室井がここまで沈んでいる姿はあまり見ない。
なんでもかんでも溜め込みやすい性格だが、ちゃんと自分の中で整理することができる人だから、滅多に弱っている姿を見せたりしないのだ。
その室井が辛そうにしている。
青島は味噌汁に火を入れながら、室井に何かしてやれないかと考えていた。


「室井さん」
「…ん」
「美味いですか?」
「ああ…」
「ちょっと焦がしちゃって」
「…そうか」
「苦くないです?」
「ああ…」
だめだな、これは。
青島は軽く溜息を吐いて、そう思う。
会話になっているから話を聞いていないわけではないようだが、返事がものすごく上の空だ。
室井の箸が止まるのを待って、青島は箸を置いた。
「室井さん」
ちょっと大きな声を出す。
室井の身体がピクリと動いて、青島と視線を合わせてくる。
「あ、ああ。すまない…」
ぼんやりしている自覚があるようで、青島が怒っていると思ったのだろう。
謝罪を寄こす室井に、青島はニコリと笑う。
「寝ましょう」
「は?」
室井が目を丸くして聞き返す。
それには取り合わず、青島は立ち上がると室井の腕を引っ張った。
誘導されるがまま寝室に向かいつつ、室井は動揺する。
「あ、あおしま。怒ったのか?」
「なんで、怒ったから寝るになるんですか」
「…不貞寝?」
青島は苦笑すると、室井の両肩を掴んでベッドに座らせる。
困った表情の室井に構わず、そのまま押し倒した。
「あ、青島!」
驚いた室井の声に、青島は苦笑する。
「取って食いやしませんよ」
そう言うと、室井の横に寝転がった。
それから徐に室井に抱きついて、その背に両腕を回した。
「寝ましょう」
リビングで誘ったように、青島はもう一度繰り返す。
それから室井の背中に回した手で、その背中を軽く叩いた。
一定のリズムで。
まるで子供をあやすように。


何が出来るか、考えた。
簡単に愚痴を零す人ではないが、青島に聞いて欲しいことがあればちゃんと話してくれるはず。
話を聞いてあげたいが、話したくないこともあるだろう。
話せないことかもしれない。
室井から言い出さないということは、そういうことだ。
だったらきっと聞くべきじゃない。
室井が話したいならいくらでも聞くが、無理に話をさせてすっきりするのは室井じゃなくて青島だけだ。
何かをしてあげたいが、何をするべきかわからない。
何かを言ってあげたいが、何を言うべきかわからない。
ならば、今自分が出来ることを。


青島は室井の背中を黙って叩き続けた。
腕の中で室井の力が抜けるのを感じる。
じきに室井の両手も青島の背中に回った。
それでも青島は室井の背中を叩く手を止めない。
「…青島」
室井の静かな声。
「はい」
「すまない」
何に対する謝罪かは、はっきりと分からない。
心配を掛けていることか、何も言えないことか。
どちらにしても青島はそんなものが欲しいわけじゃない。
「必要ないです」
「…そうか」
「はい」
自分の手が室井を癒せていれば良いなと、青島はぼんやりと思う。
「青島」
「はい」
「明日から、また頑張るから」
「はい」
無理しないで。
一人で頑張らないで。
俺にも背負わせて。
言いたいけど言えない。
「ちょっとだけ」
「はい」
「…疲れた」
「はい」
青島が室井にしてやれることは、今はこれだけ。


背中を叩いている手はそのままで。
空いた手で室井の背中をきつく抱きしめる。
少しだけでも、今だけでも。
穏やかな眠りを。


青島は室井が寝てしまうまで、その手を止めなかった。










END

2004.5.19

あとがき


疲れたと零せる場所は大事かな、と思います。
お互いにとってお互いがそうであると良いですよね。

青島君はいてくれるだけで癒されますよね〜v(阿呆)



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