■ それが、僕らの罪


「わっ、すごい。雪乃さん、作ったの?これ」
すみれのデスクに広げられたお菓子を見て、青島が声をあげた。
雪乃が照れくさそうに笑う。
「ええ、昨日、お休みだったから」
お一つどうぞと手渡されたのは、マドレーヌだった。
「一つだけだからね」
と、何故だが釘を刺してくるすみれに構わず、青島は早速頂いてみる。
口の中に広がる甘みに、表情を崩す。
甘いものは嫌いじゃない。
「美味い!すごい美味いよ、雪乃さん!」
青島が笑顔を零すと、雪乃も嬉しそうに笑う。
「良かった」
「ちょっと、一個だけだからね」
しつこく釘を刺すすみれに、青島が呆れ顔になる。
「なんですみれさんが言うのさ」
「私のために焼いてきてくれたのよ、雪乃さんは!ね?」
「え、あ、はい、ええと…」
「目で脅すの止めなさいって」
「人聞きが悪いわねぇ」
「あの、二人とも…」
ぎゃあぎゃあと言い合う青島とすみれに困った顔の雪乃。
平和な刑事課に、袴田の声が響いた。
「これはこれは、室井管理官!」
その声に青島が振り返ると、課長に出迎えられている室井と目が合った。
青島が小さく礼をして微笑むと、室井も小さく頷き返してくれる。
それから視線を袴田に移して、何やら話しこんでいた。
「やーらし」
ぼんやりと室井を見ていた青島に、背後からすみれの声がする。
呆れ気味に振り返ると、ニヤニヤ笑われた。
そして、やや小声でからかわれる。
「アイコンタクト?」
「目で会話していたんですか。さすがですね〜」
すみれどころか雪乃にまで訳の分からない感心をされてしまい、青島は顰め面になる。
「あのねぇ」
「だって、違わないでしょ?」
「別にそんなんじゃないよ。挨拶でしょ、あんなの」
「無言で挨拶ですか」
「やーらーしーいー」
「すみれさん!」
バカな会話をしていると、袴田との話が終わったようで室井がとっとと刑事課を出て行く。
青島はおや?っと思う。
すみれも思ったようで、青島を見上げた。
「いいの?青島君。帰っちゃうわよ?これ」
と、眉間に人差し指を立てるすみれ。
「…ん。ちょっと行って来る」
いつもだったら事のついでに青島と無駄話をして帰ったりするのだが、今日はまっすぐ出て行ってしまった。
それほど忙しいのかもしれない。
けれどそれならそれで、挨拶だけでもしておきたかった。
室井が忙しいのなら、頑張っての一言くらい言わせて欲しいと思ったり。
そんな気持ちで青島は室井の後を追って、刑事課を出た。


「室井さん!」
廊下で室井の後姿を見つけて声をかけると、止まって振り返ってくれる。
青島の顔を見ると、室井はどこかぎこちない笑みを浮かべた。
「ええと、忙しかったですか?」
「いや…あ、そこそこには」
「?」
煮え切らない返事に青島は首を捻る。
「あ、と。俺、何かしました?」
不自然な室井の態度に、思わず尋ねる。
知らぬ間に何かしてしまっただろうかと、不安になったのだ。
室井が慌てて首を横に振った。
「い、いや、何もない。君は何も悪くない」
「ええと…?」
「何でもないんだ」
繰り返されて、とりあえず室井が怒っているわけではないことを確信してホッとする。
ただ、まだなんだか腑に落ちない。
ぎこちない室井の態度の理由が気になる。
「何か、ありましたか?」
心配になり、尋ねてみる。
青島に関わることではなくても、何か室井の気にかかることがあったのだろうかと思ったのだ。
室井は首を横に振って溜息を吐いた。
「違うんだ。大したことじゃない」
「そう、ですか…」
そう言われてしまえば、青島にこれ以上聞けることもなく。
納得するより仕方ない。
ちょっと困惑した青島に室井は苦笑を浮かべた。
「……呆れるなよ?」
「はい?」
室井の言葉の意味が分からず、首を傾げる。
室井は辺りを見回してから、青島の耳もとで小さく呟いた。
「恩田君と柏木君と楽しそうにしているのを見て、面白くなかったらしい」
他人事のように言われた言葉に、青島は目を丸くして絶句する。
嫉妬した、ということなのだろう。
室井は驚いている青島を見て苦笑を深めた。
「ガキみたいだな…忘れてくれ」
笑って「また電話する」と言い残し、室井はさっさと湾岸署を出て行ってしまった。
その後姿が見えなくなる頃。
青島は赤面しながらその場に立ち尽くしていた。


顔の熱が取れるのを待って刑事課に戻ると、すみれがマドレーヌを銜えながら青島の帰りを待っていた。
「あれ?雪乃さんは?」
「魚住さんと出かけたー。どうだった?室井さん」
「ん。特に何も、普通通り」
青島はさりげなく言う。
言ったつもりだったのだが、すみれはニコリと微笑んだ。
「嫉妬したって?」
ぎょっとする青島をよそに、マドレーヌを何食わぬ顔で食べるすみれ。
女性の感とは恐ろしいものだと、半ば感心する勢いで思った青島は次の台詞で脱力した。
「美しすぎる私たちが罪なのよね」
ごめんね、青島君。
などと言われて、青島は頭痛を覚える。


この人に嫉妬するなんてエネルギーの無駄使いですよ、室井さん。


心の中でそう思った。










END

2004.6.10

あとがき


すみれさんに台詞を言わせるがために、室井さんに嫉妬させてみました。
色々と間違ってますね(笑)

室井さんの嫉妬話はまたちゃんと書きたいです。
嫉妬話好きなのですよーv



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