■ midnight visitor3
夜遅くに帰宅した室井は、適当に食事を取り風呂に入って、早々に布団に入った。
明日の朝も早く、ほとんど寝に帰ってきたようなものであるが、それも仕方がない。
したいことはいくつかあったが、今できるのは精々明日のために休養を取ることくらいだ。
疲労した思考回路でそう決めつけて、目を閉じる。
すぐには訪れない睡魔を待っている間に、脳裏に青島の顔が浮かんで、思わず目を開けた。
開ければ、もちろんその人はいない。
室井は失笑すると、再び目を閉じた。
そういえば、しばらく会っていなかった。
―会いたいな。
目を瞑って数秒後、室井は再び目を開けた。
インターホンが鳴ったからだ。
半身を起こして、眉を寄せる。
普通に来客が来る時間ではない。
すると、思い当たる節は一つしかない。
会いたいな、とは思ったが手放しで喜べない。
いや、ただ青島がやって来たというだけなら、手放しで喜んだっていい。
会いたい人に会えて嬉しく思うだろう。
だが、過去の事例から言って、普通の状態で会いに来てくれてはいない気がした。
―二度あることは三度あるって言うしな…。
そんなことを考えながら、室井は布団を剥いですぐにベッドを降りた。
慌てて玄関に向かいドアを開けると、そこには予想通りの人物がいた。
「こーんばーんはっ、むろいさーん」
予想通り、酔っ払った青島が。
「お前は…」
赤ら顔で明らかに酒気を帯た青島に、室井は脱力した。
さすがに三度目ともなれば、呆れるより他にない。
「すいませーん、泊めてくださーい」
謝っているわりにニコニコしていて悪びれるところがない。
室井は諦めたように溜め息を吐いて、青島を中に招き入れた。
「お邪魔しまーす」
靴を脱ぎ、部屋に上がり、真っ直ぐ寝室に向かう青島の後を追う。
寝室に入るとコートを脱ぎ、ジャケットも脱いで、ベッドの脇に放り出した。
だらしないことは、今はさほど問題ではない。
青島が酔っ払う度室井の自宅に襲撃したくなるというのであれば、その方が問題である。
「おい、青島…」
「へへへ……すいません」
説教の一つもと思った室井の言葉を遮り、青島は振り返って笑った。
思ったよりもしっかりした口調に、青島が泥酔しているわけではないことに気付く。
かといって、酔ったフリでもなさそうだ。
どこかフワフワと笑う青島が幸せそうで、楽しい酒でも飲んできたのだろうかと思った。
それに小さな嫉妬を覚えたのは、その瞬間に自分が青島の傍にいられなかったからか。
どうしようもない嫉妬に自分自身で嫌気が差して、少しだけ憂鬱な気分になる。
そんな小さな憂鬱は、青島が簡単に吹き飛ばしてくれた。
「飲んでたらね、室井さんに会いたくなっちゃって」
ニコリと笑って、勝手に会いに来てすいませんと謝られれば、説教もしづらい。
室井の眉間に思わず皺が寄る。
怒っているわけではないことは、青島も気付いているだろう。
「しばらく会えなかったし…元気でした?」
ネクタイを緩めながらベッドに腰を下ろす青島を見下ろす。
「ああ、変わらない」
「そっか、なら良かった」
「君は」
「俺も相変わらずっすよー、室井さんに会えなかったのが寂しかったくらいっすね」
肩を竦めた青島に、室井の眉間が更に寄った。
平気で気持ちを口にすることもあれば、変なところを隠したがったりもする。
酒の力を借りて、酒を言い訳にして、室井の自宅にやってくるのは何故か。
「青島」
「はい?」
「君は酔わないと、俺の部屋に来れないのか?」
嫌味で言ったわけではないが、青島の表情が微かに強張った。
「…すいません」
小さく謝る声に、室井は首を振る。
「責めてるんじゃない、俺はただ…」
言いかけて、ちょっと待っててくれと言い、クローゼットを開けるとコートのポケットに手を突っ込んだ。
探すまでもなく、指先に硬質で冷たいモノがぶつかる。
それを握ると、手を引いた。
再び青島に向き直ると、叱られた後のようにしゅんとした顔をしているから、思わず吹き出しそうになった。
室井が笑いそうになったことに気付いたのか、青島が少し唇を尖らす。
今度はいじけた顔だ。
忙しい男だと思ったわりには、青島を見る室井の眼差しは優しかった。
「手を出せ」
意識したわけではないが、声もいつもよりいくらか柔らかい。
「……?」
青島は不思議そうに首を傾げながら、素直に手を出してきた。
その手の平を見つめて、室井は少し躊躇った。
自分で出せと言ったくせに、ただじっと手の平を見ている室井に、青島は益々首を傾げる。
「室井さん…?」
ここまできて躊躇っても仕方が無い。
きっといらないとは言われない。
使う使わないは青島の自由。
持っていてもらいたい。
そう思うことは、室井の自由だ。
そう言い聞かせることで、室井はようやく自分の手を動かした。
青島の手の平に、握っていた合鍵を落とす。
「酔ってても酔ってなくても、好きな時に来たらいい」
今度は意識せずに硬い声になってしまった。
青島は目をまんまるにして自分の手の平を、手の平に乗る合鍵を凝視した。
その目が室井に向く。
「これ…室井さんちの鍵?」
「他にどこの鍵を、俺が君にやれるんだ」
「そりゃ、そうだけど…」
「君がここに来るのに、もう理由なんかいらないだろ」
恋人になった今、青島が室井の自宅に来るのにわざわざ理由を作る必要はない。
酔った勢いで来なくても、酔ったフリで来なくても、室井も一々理由を探ったりはしない。
会いたいから、会いに来た。
それで充分だし、それが一番嬉しい。
そこまで青島に伝えられればいいが、照れ臭いので言葉にはしなかった。
じっと見つめてくる青島の眼差しに耐えかねて、室井は一つ咳払いをして視線を少し上に逸らした。
「君が持ってろ」
ぶっきらぼうに言う。
青島からの返事は無い。
視線を逸らしたまま返事を待つが、待っても待っても青島は何も言わない。
在らぬ方を睨んでいた室井だが、仕方なく再び青島に視線を戻した。
青島は空いた手で頬を掻いたり、顎を撫ぜたりしながら、相変わらずじっと手の平を見つめていた。
その顔が、ゆっくりと綻ぶ。
嬉しそうに細められた目と、ぎこちなく引き上げられた唇の端。
どこか困ったようにも見える笑顔で「敵わないなぁ」と呟いて、一層相好を崩した。
あんまり幸せそうに笑うから、室井は思わず青島に手を伸ばした。
肩を掴むと、青島も顔を上げる。
「室井さ…」
身を屈めて、言いかけた青島の唇を自分の唇で塞いだ。
驚かせたらしく掴んだ肩が一瞬大きく揺れたが、室井が舌を差し入れると自然と青島の舌が絡んできた。
応じてくれるということは構わないということだろうと踏んで、室井は青島の唇を貪りながらベッドに乗り上げた。
意図を察したのか、途端に青島が慌てる。
「あ、ちょっと待って、室井さん」
微かな抵抗を見せる青島の手を押さえ、耳元に唇を寄せる。
「いやか…?」
聞いてはみたものの、いやだと言われると困るなと思いながら、室井は青島の首筋に軽く吸いついた。
「んっ…、いや、全然いやじゃないですけど…っ、ちょっと、待ってってば」
身じろぐ青島に負けて、室井も動きを止めた。
ちょっとくらいなら、待ってやれる。
本当に、ちょっとだけだが。
「どうかしたのか?」
半ば室井に押し倒されていた青島は、室井の下から少し這い出す。
待てと言われたからには後を追うわけにも行かず、黙って青島の行動を見ていると、青島は腕を伸ばしてベッドの脇に落ちていた自分のコートを拾い上げた。
そして、握っていた手の平を開く。
手の平には、室井が渡したばかりの合鍵。
室井の視線に気付いたのか、青島は室井を振り返ると、照れ臭そうに笑った。
「失くしたら、困るから」
そう言うと、コートのポケットに鍵を落とし、再びコートを床に置いた。
「これで安心」
満足したように笑う青島の腕を掴んで、室井は今度こそ青島を押し倒した。
今度は抵抗されることもなく、すぐに青島の腕が背中に回った。
緩む顔を見られないようにキツク抱きしめ、首筋に顔を埋める。
合鍵を大事に思ってくれていることが凄く嬉しかった。
室井の気持ちごと大事にされている気がして嬉しかったのだ。
「…君のことだから、すぐに失くしそうだが」
照れ隠しのように冗談を言ったら、青島の身体が揺れた。
「ひでぇ」
言いながらも笑っている。
しばらく揺れる身体を抱きしめていたが、大人しくなったのを待って青島の耳元にキスをした。
「ん…」
くすぐったそうに、鼻にかかった声を漏らす。
パジャマの裾から、少しだけひんやりとした青島の手が侵入してきて、背中にじかに触れた。
そのまま撫ぜられて、室井の身体の奥が熱くなる。
誘われるまま、青島のネクタイを引き抜いて、襟首を開いた。
むき出しになった素肌に唇を押し付けると、青島が吐息を漏らした。
「酔わなきゃ来れなかったわけじゃないんだ…」
吐息と一緒に、小さく呟く。
「何…?」
聞き返しながらも、室井は青島の肌に触れるのをやめない。
シャツのボタンを外しながら、鎖骨の辺りを吸って、胸を撫ぜる。
息を詰めながら、青島の手が室井の髪に触れた。
「気安く行ってもいいのかな…って迷いがなかったとは言わないけど」
「いいに決まってる」
顔も上げずに即答したら、青島が笑った。
笑いながら、室井の頬を掴んで上げさせる。
「でも、酔っ払って会いに行っても、室井さんが俺に甘い顔してくれんの知ってたから」
だからちょっと甘えちゃいましたと言って、室井の顔を引き寄せる。
引き寄せられるまでもなく、室井は青島の唇を塞いだ。
角度を変えて何度も深く重ねて、時々軽く触れ合わせては、合間に囁く。
「いつ来ても構わない…」
ただでさえ、互いに忙しくて会える時間が短いのだ。
時間が許すなら会いに来て欲しいし、会いに行きたい。
それはお互い様なのだから、遠慮しているとその分だけ時間が勿体ない。
室井もそれに気が付いた。
気が付いたことは、恋人と少しずつ共有していけばいい。
「…あんまり甘やかすと、図に乗りますよ?」
そう言いながらも、目が嬉しそうに笑っている青島に、室井も小さく笑みを返した。
「でも、できたら、なるべく酔わずに来てくれ」
***
数日後、夜中に突然青島がやってくる。
手土産は青島の部屋の合鍵。
「俺のも持ってて」
差し出された鍵を受け取り、青島にキスをして、室井は笑みを溢した。
室井が笑った理由を察してか、青島は自信満々に言い放った。
「今日は酔ってませんよっ」
それが普通だとは言わずに、笑って頷いておいた。
END
2008.1.22
あとがき
ちょっと甘えっ子な青島君になってしまいました(笑)
どこまでも付き合いのいい室井さん…
寝入りっぱな起こされると、椿さんも機嫌悪いらしいですから、
怒ったっていいんですよー;(どんな理屈だ)
ちょっとは男前を維持できましたかね?どうだろう?
結局、青島君にメロメロンな室井さんでしたかね。いやん(笑)
このシリーズ、一番最初のお話が一番ましでしたね(^^;
でも、まあ、書きたいところは書けたからいいかな…。
お付き合いくださって、有り難う御座いました!
くどくなりましたが、真夜中の訪問者はこれにて終了〜。
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