■ midnight visitor2
夜中に帰宅した室井は、部屋の電気を付けようとして手を止めた。
溜め息を吐くと、そのまま電気も付けずに、コートを脱ぎソファーに放り投げる。
スーツの上着も脱ぎ、ネクタイを引き抜きながら、寝室に向かった。
酷く疲れていたから、すぐに寝てしまうことにしたのだ。
明日も仕事かと思うと、うんざりする。
室井にだって、たまにはそんな夜もあった。
そんな時は自分で気持ちを切り換えるしかない。
かと言って、酒を飲むような気分にはなれず、愚痴を溢す相手はいない。
気分転換と言っても、こんな時間から趣味のきりたんぽ鍋作りに興じる元気も無い。
他に出来ることがないのなら、寝てしまうに限る。
疲れているから、余計に気持ちがささくれ立つのだ。
休養を取ることも大事なことだ。
室井はパジャマに着替えると、ベッドに入った。
冷たい布団がまた少し神経に触り、眉間に皺が寄る。
こんな些細なことが気になるのは、精神的に穏やかではない証拠である。
室井はぎゅっと目を閉じると、さっさと眠ることにした。
『ピンポーン』
閉じたばかりの目を見開く。
幻聴でなければ、室井の部屋のインターホンが鳴っている。
こんな時間に来客など有り得ない。
そう思った室井は、嫌な予感がした。
いつぞや、似たようなことがなかったか。
いやまさかと思っているうちに、しつこくインターホンが鳴らされて、嫌な予感が益々募る。
室井はベッドから出ると恐る恐る玄関に向かい、覗き穴からそっと外を見て目を剥いた。
やっぱりとは思ったが、どうしてとも思う。
とりあえず、けたたましく鳴らされるインターホンに負けて、さっさとドアを開けた。
「今何時だと思ってる」
開口一番文句を言ってやったが、青島はニコリと笑うだけだった。
「夜分にすみませ〜〜〜ん」
言いながら、えっへっへ〜としまりなく笑うから、謝られている気は全くしない。
青島にもそんな意思はないだろう。
この、泥酔している青島には。
「お邪魔しまーす」
室井は入れとも何とも言っていないが、青島が室井の身体を押し退けて勝手に入ってくる。
当たり前のように強烈な酒の臭いがして、室井は顔を顰めた。
「お前…おい、青島、靴」
「はいはい、分かってますよー」
適当に靴を脱ぎ放り出すとふらふらと歩き出すが、危ういその足取りに堪らず後から手を出し支えてやる。
肩を抱くように身体を支えてやると、青島がちらりと室井を見た。
暗い部屋の中だが、確かに視線がぶつかり、室井はどきりとした。
そんな自分を誤魔化すように、眉間に皺を寄せる。
「お前、俺んちをホテルかなにかと思ってないか」
「あははは、ちょっとね、近くで飲んでたもんだから、室井さんの顔を見にね」
へらへらと笑う酔っ払いの戯言に喜びそうになる自分が腹立たしい。
寝室にたどり着くと電気を付けて、青島の身体をベッドに放り出した。
ベッドに横になったままもぞもぞとコートを脱ぎ出す青島を見て、また眉間に皺を寄せた。
青島に背中を向けて、押し入れから布団を引っ張り出す。
次に会う時までに答えを用意してくると言ったのは、青島だった。
とてもではないが、答えを用意してきてくれたとは思えない。
あれから、一ヶ月経った。
室井はずっと待っていた。
湾岸署で大きな事件もなく、自分で作りでもしない限り青島に会う機会などなかった。
何度か誘おうかと思った。
今までと同じように、酒でも飲みに行かないか、と。
そして、青島の気持ちをちゃんと聞きたかった。
だが、青島から誘ってこないのは、答えの用意ができていないからではないかと思った。
それならば、室井は待つべきだと思ったのだ。
だから、室井は待った。
その結果がこれだ。
また、泥酔した青島に乱入されて、曖昧なまま終わるのかと思えば、いささか腹が立つ。
何より、青島の言葉を真に受けてじっと待っていた自分がばかみたいである。
青島にとっては、意味のある約束ではなかったのかもしれない。
もしくは、答えを出して、これなのかもしれない。
室井のことなど、どうでも良くなったのかもしれない。
―そうではないだろう。
室井は溜息を吐きながら、自分の考えを自分で否定する。
青島がそんな男ではないことは、室井も良く知っている。
室井とどうともなれないと悟ったのなら、そうと言ってくれるはずだった。
青島の恋愛の仕方など室井は全く知らないが、それでも青島は室井に対して真っ直ぐでいてくれる。
それだけは確かだった。
青島をそんなふうに疑うのは、室井の精神が疲れているからだ。
室井は考えるのを止めると、引っ張り出した布団をベッドの横に引いた。
ふと青島を見ると、ベッドに座りコートと上着を脱いで、室井を見ていた。
「……?どうした、気分でも悪いのか?」
尋ねると、青島は目を細めて笑みを溢した。
酔っているとは思えない笑みだった。
「青島…?」
「室井さん、ちょっとこっち来てください」
ニコニコ笑う青島に、また眉間に皺が寄る。
「早く早くっ」
手招きされて仕方なく傍に寄ると、青島の手が室井の腰に伸びてきた。
ぎょっとした室井が抵抗する間もなく、青島に抱き締められ、ベッドに押し倒される。
見上げる目の前に、青島がいる。
「…青島っ」
室井が赤面し怒鳴ると、青島はふっと微笑んだ。
「室井さん…」
青島の手が頬に触れた瞬間、室井の目の中には青島しかいなかった。
唇にぬくもりを感じ、その意味を理解すると、室井は青島の肩を押し返した。
「…っ、よせ、青島っ」
唇は解放されたが、青島は室井の上からどかない。
今度は首筋に顔を埋めてくる。
濡れた舌の感触に、室井の身体が熱くなる。
青島が室井の身体に触れているのだから、それも当然だった。
気が遠くなりそうだった。
「青島、いい加減に…っ」
「室井さん、黙って…?」
首筋から顔を上げた青島が、誘うように薄く微笑んだ。
「一度くらい、いいでしょ?」
気持ちいいことしましょうと囁かれ、唇を塞がれ、舌を差し込まれる。
強い酒の香りと、熱い舌と、自分より柔らかい唇の感触。
身体がどんどん熱くなる。
それとは逆に、心は急激に冷えていった。
一度くらい?
それはどういう意味だ?
一度くらいなら、遊びで済むということか?
一度だけ?俺とは、一度だけの関係で十分だということか?
それが青島の答えか―。
室井は自分の心が冷えきるのを感じた。
結局青島の中で室井は、酒の勢いであろうとなかろうと、一度寝れば十分な相手でしかなかったのだ。
青島の背中に腕を回し、襟首を掴むと引っ張るようにして、その身体をひっくり返した。
そのまま青島の上に乗り上げる。
突然の室井の行為に驚いたのか、青島が目を丸くして室井を見上げている。
室井は青島を見下ろしたまま、パジャマの上着を脱ぎ捨てた。
「君の望む通りにしよう」
言い捨て、青島に覆い被さり唇を塞ぐ。
舌を差し入れ熱い口内を愛撫しながら、青島のYシャツを剥ぐ。
急に反応がなくなった唇に構わずキスをしながら、室井は青島の身体に手を這わした。
こんなことがしたかったわけではない。
こんなふうに触れたかったわけではなかった。
愛しくて、大事に思っていたはずなのに。
一度だけ、それも酔った勢いで済ませるだけの、それだなんて。
室井は青島の首筋に顔を埋め、肌に強く吸い付いた。
痕になればいい。
せめてしばらくの間だけでも、青島に何か残したかった。
例えこんなに無意味な行為でも、青島に自分の痕跡を。
「っ」
青島が何かを堪えるような声を漏らした。
それが少しだけ気にかかり、室井はようやく青島の顔を見た。
きつく目を閉じ、唇を噛んでいる。
耐えているのは、恐怖だったのだろうか。
青ざめてすら見えた青島の顔に、室井は頬を強張らせ奥歯を噛み締めた。
「…なんのつもりだ」
喉の奥から声を絞り出す。
「からかってるのか?ばかにしてるのか?」
声が震えた。
青島が目を開け、驚いた顔で室井を見上げた。
そうではないと訴えたいのか、首を振る。
「室井さ…」
室井は青島の声を聞かずに身体を起こすと、青島に背を向けた。
「誘ったお前が、何でそんな顔をする…っ」
悲しそうな、今にも泣きそうな顔をされたら、怒りに任せて抱くことすらできない。
室井は青島が好きなのだ。
「室井さん…」
背後で掠れた青島の声がするが、室井は振り返れない。
深呼吸をして、震える呼吸を何とか落ち着ける。
「…帰ってくれ」
額に手を当てるようにして、目元を覆った。
「二度と来るな」
室井の切実な願いに、青島からの返事はない。
ベッドが少しだけ軋んだが、出ていく気配もない。
しばらく沈黙が続き、室井は顔を上げた。
ゆっくりと青島を振り返り、目を剥いた。
すぐに額に青筋を浮かべ、頬を痙攣させる。
眉間に皺を寄せて、青島を凝視すると、もう一度額に手を当て頭を抱えた。
「…くそっ」
小さく悪態をつき、青島に向って手を伸ばす。
乱暴に抱き寄せた身体は微かに震えていた。
顔は片手で遮られていて良く見えなかったが、恐らく泣いていた。
「なんで、君が泣くんだっ」
泣きたいのはこっちだと言いながらもしっかりと抱き寄せると、青島が額を室井の肩に押し付けてきた。
「う…っ、ごめ…っ」
噛み殺すような嗚咽が漏れ聞こえる。
「からかっ…かな…違…」
泣いてる理由も分からないし、何を言っているのかも分からない。
だが、室井に伝えたいことがあることだけは分かった。
室井は眉を寄せて青島を見つめていたが、天井を向いて溜息を吐いた。
―ほだされてたまるか、俺は怒ってるんだぞ。
そう思うのに、自然と青島の頭に手が伸びる。
そっと撫ぜると青島の腕が室井の背中に回り、室井は視線を青島に戻した。
「なんでこんなこと」
短く問う。
怒りが無くなったわけではないが、理由があるならちゃんと知りたかった。
室井が好きになった青島なら、訳もなく室井を振り回すようなことはしない。
青島は軽いように見えて、真っ直ぐなところがある。
室井の気持ちを知りながらそれを弄ぶような、そんなことが平気でできる男ではなかった。
少し冷静になった室井は、そんなことを思い出した。
「…室井さんが、遠くなると思ったんだ」
青島が小さく呟いた。
それはどういう意味だと聞き返す前に、青島が続ける。
「前に、室井さん言ったでしょ」
「何を」
「俺が本気なら……抱くぞって」
室井は眉を寄せた。
およそ一ヶ月前、夜中に酔っ払って押し掛けてきた青島に、確かに言った。
それは間違いなく室井の本心である。
「言ったが、それがどうした」
「だから、俺が本気なら、あんたと寝れると思ったんだ」
室井は青島の頭を凝視した。
室井の肩に顔を埋めているので、表情は全く見えない。
「一度でも寝れば、少しくらい記憶に残るだろ」
室井が凝視していることなど気付いていないのか、震える低い声で青島が言う。
「一度だけ…一瞬だけでもいいから、あんたの特別になりたかった…っ」
震える身体を、室井は訳も分からず掻き抱いた。
「んなもん、出会った時からずっと特別に決まってるっ」
一度と言えば一度には違いない。
だが、一瞬ではない。
室井にとって青島は、初めからずっと、出会ってから今の今まで特別なのだ。
青島が小さく呻き声を漏らすと、腕を室井の首に回ししがみついてきた。
「だったら、結婚なんかしないでよ…っ」
しがみついてくる身体をしっかりと抱きしめ、髪を撫ぜようと伸ばした手を止める。
今なにか、青島がおかしなことを言った。
室井は首を傾げる。
「青島、ちょっと待て…」
「いやですよ、聞きません」
やけになっているのか、意地になっているのか、青島が室井の首をしめる勢いでしがみついてくる。
「っ…こらっ」
「俺が特別だなんて言って、抱くとか言っておいて、他の人と結婚すんですか、室井さんがそんな人でなしだとは思わなかった」
「誰が人でなしだ、君の方がよっぽど……いや、違う、そうじゃなくて」
室井は言いかけた言葉を飲み込み、赤い顔で青島の肩を叩いた。
「あ、青島、苦しい…っ」
「ばかになんてしてない、ふざけて誘ったわけじゃない」
でも…と呟く声が小さく頼りなくて、室井は青島の肩を叩くのをやめた。
「あんな怒った顔でされるのは悲しかった…」
それくらいなら、室井の顔を見ずに、少しでも愛してもらっていると夢を見ながら抱かれたかった。
そう呟く青島の腕から少し力が抜ける。
室井は項垂れるような青島の身体を一旦離し、青島の頬に手をかけ、顔を上げさせた。
もう泣いてはいなかったが、目が赤い。
「青島」
「…俺、不倫なんて絶対嫌ですからね」
鼻をすすりながらぶっきらぼうに言うから、室井は目を剥いた。
不倫など、室井だって死んでもごめんである。
室井が絶句している隙に、青島が淡々と語りだす。
「どうせあんたが不倫なんかしたってすぐに奥さんにバレるに決まってんだから、うまくいくはずないんです。だったら、先に俺のこと清算しておくべきでしょ。大体あんたから言い出したんですよ?気持ちが変わったからって責任取れだなんて言わないよ。でも、それにしたって…」
「青島っ」
気まずいのかなんなのか知らないが、立板に水のごとく喋り続ける青島を慌てて遮った。
「いいから、俺の話しも聞いてくれっ」
少し声を荒げると、青島の演説が止まった。
じっと室井を見る目が、不安そうに揺れていた。
一瞬キスしたいと思ったが、そんなことをしている場合でもない。
青島の身体を離すと、向かい合って座りなおし胡坐を掻いた。
「まず一つ、俺は結婚などしない」
「は…?でも…っ」
「いいから最後まで聞け」
ジロリと睨むと、青島が慌てて口をつぐんだ。
それに満足していて、続ける。
「二つ、したがって、不倫などしようがないし、する気もない」
青島の言う通りできる気もしないが。
「三つ、君のことを清算するつもりなどない。もし、君が俺を嫌いでもだ」
嫌われた場合、いつかは忘れなければならないだろうが、想っているくらいは室井の自由だ。
自然に忘れられるその日まで、清算などできるはずもない。
ましてや、一度抱いたりしたら、それこそ難しくなる。
全く自信がない。
と、いうところまで丁寧に説明してやると、青島がぽかんとした顔で室井を見つめていた。
言葉もないという感じだが、室井には好都合だ。
続きを喋らせてもらう。
「四つ、俺はこの前君に気持ちを伝えたつもりだ。それなのに、その舌の根も乾かぬうちに結婚するような男だと思われたのか」
ちょっと責めるような口調になっても仕方が無いだろうと、青島が顔色を変えたのを見ながら開き直る。
青島が大きな誤解をしていることは分かったが、室井は青島を抱きたいとはっきり言ったのである。
それなのに、たった一ヶ月で他の人と結婚を決められる人間だと思われたのかと思うと、悲しかった。
そんな軽い気持ちで、青島を想っていたわけではない。
それが伝わればいいと思った。
「室井さん、俺…っ」
言いかけた青島を片手で制して、室井は「最後だ」と続けた。
「あの時の答え、聞かせてくれないか」
次に会う時までに答えを用意してくると言ったのは青島だった。
その答えが、室井は欲しかった。
青島は大きな目で瞬きを繰り返し、呼吸と一緒に吐き出す。
「…本気、ですよ」
声が震え、俯いた。
「あんたが欲しい……好きだよ」
「俺も好きだ」
即答すると、すぐに青島に両手を伸ばす。
もう一度しっかりと抱きしめた。
すぐに青島の腕が背中に回り、背中がソクリと震えるような感動を覚える。
青島が自分を好きだと言ったのだ。
室井は目の前の青島の首筋に唇を押し付けた。
密着した微かに震える身体が愛しくて仕方が無いと思うのに、先ほど青島に乗り上げられた時以上の興奮を感じる。
―抱きたい。
今度は素直に思った。
「青島」
耳元で囁くと、青島はゆっくりと顔を上げた。
「本当に結婚しないんですか?」
キスしようかと思ったが、青島が不安そうにそんなことを聞くからそれも叶わない。
まだ言うかと思って眉間に皺が寄ったが、そういえば何故そんな誤解をしているのかもまだ聞いていなかった。
「なんでそんな誤解を」
「見合いしたって聞いて」
「見合い…?誰が?」
「室井さん」
「してないが」
「……」
「……」
沈黙が降りる。
室井には見合いなどした覚えはないし、そんな話しも今は特になかった。
身に覚えが全く無い室井に、青島は困惑した顔をした。
「嘘……な、わけないですよね」
疑っているというより、確認しているだけだった。
室井が嘘を吐けないことは、青島も良く知っている。
「え…え?でも、だって、真下が本庁で噂になってたって。室井さんが見合いで決めたって…」
「してもいない見合いでは、何も決められないだろう」
青島に惚れている現在の状況では、見合いするつもりもなかった。
「ええ?じゃあ、単なるデマですかぁ?」
呆然とする青島に、室井はそうだろうなと思い頷いたが、そんな噂が流れていることには驚いた。
元々噂話には疎かったが、自分のそれにまで疎いらしい。
ただのデマに踊らされたことがショックだったのか固まっている青島に、室井は首を傾げた。
「噂の出処とか知らないか?」
別にただのデマだからどうでもいいと言えばどうでもいい。
誰かに聞かれたら、そんな予定はありませんと応じればいいだけのことである。
だが、何故そんな噂が流れたのかくらいは、当事者として知りたかった。
「ええと…俺が真下から聞いたのは、あいつの同期のキャリアが『室井さんと一倉さんがそう話してるのを聞いた』っていう噂を聞いたって話しでしたけど」
室井と一倉の会話が噂の出処になっているらしい。
それが本当ならそんな会話を一倉としたことになるが、生憎と室井は本当に見合いなどしていない。
当然、一倉とも見合いの話も結婚の話もしていなかった。
「俺の見合いの話しなど……ん?」
言いかけて、室井は一つ思い出した。
そして、眉間に皺を寄せる。
「室井さん?何か思い当たることあった?」
「俺の見合いの話しはしたことがないが、一倉のならあった」
「一倉さんのって……だって、あの人、もう結婚してるじゃない」
「だから、昔話だ。一倉は見合結婚なんだ」
少し前に、一倉に結婚について熱く語られたことがあった。
興味がなかったし、ついでに言えば愛妻家の一倉のノロケ染みた馴れ初め話しを聞かされてうんざりしていたので、話半分に聞いていたからすっかり忘れていたが、そういえばそんなこともあった。
「あ……そうなんですか、それは意外な……」
青島は呆気に取られた顔で呟いたが、すぐにハッとしたように目を見開いた。
「まさか、その話しを聞き間違えただけとか」
室井には他に思い当たる節はなかったから、頷いた。
「恐らく」
「そ、そんなオチないですよ!俺がどれだけショックだったと思ってっ」
動揺した青島が室井の胸倉を掴み詰め寄ってくる。
胸倉を掴まれたまま、室井は少し困った顔をした。
「そんなことを俺に言われても、俺のせいじゃないぞ」
「そう…ですけど…」
また沈黙が降りる。
すぐ近くにある青島の目を見つめたまま、室井は顔を覗きこむように首を傾けた。
「誤解は、解けたか?」
するすると青島の手が掴んでいた室井の胸倉を離した。
そのまま室井に頭を下げる。
「失礼しましたっ」
目を剥いた室井を見ることもせず、青島は室井に背を向けると布団にもぐりこんだ。
「迷惑ついでに、寝床借ります」
ああそうですか、というわけにはいかない。
室井の眉間に皺が寄る。
―この期に及んで逃げるつもりか。
誰が逃がすかと思い、青島がもぐりこんでいる布団を引き剥がす。
「おい、あお…っ」
さすがに声を荒げたが、途中で言葉を飲み込む。
横を向いて丸くなって寝ている青島の顔が真っ赤だった。
思わずじっと青島の顔を見つめていると、青島は腕で自分の顔を隠してしまった。
「……俺、最高にかっこ悪い……」
ぼそりと呟く青島の声に、室井の表情が否が応にも緩む。
誤解して、室井の部屋に乗り込んできて、室井を誘い、室井に怒られ、涙し、逆ギレしたことを思い返して、恥じているらしい。
青島に誘われた時には頭にきたが、今となってはそんなことはどうでも良くなっていた。
青島の本心を聞けた今となっては―。
「気にするな」
室井が青島の腕を掴むと微かに抵抗をみせたが、素直に腕をどけた。
だが、真っ赤な顔をそむけたまま、こちらを見ようとはしない。
室井の顔を見られないのだ。
そんな青島が愛しくて、室井は青島の顔の横に手をつき、覆い被さった。
「こっち向け、青島」
「無理」
「どうして」
「カンベンして」
「青島…」
頬にキスをすると小さく反応したが、まだ室井を見ようとはしない。
そのまま耳元に唇を押し付け、首筋に触れた。
「っ…室井さんっ」
堪らないというふうに叫んで、青島が室井を見た。
揺れる視線を捉えて、室井は小さく微笑んだ。
息を飲む青島の唇をそっと奪う。
柔らかく重ねて、ゆっくり離す。
「青島…」
名前を呼んでもう一度キスをすると、青島の腕が室井の首に回った。
「…ごめん、室井さん」
室井の首にしがみつきながら、青島が謝った。
「もう気にしないでいい」
「でも、俺、バカなこと…」
「そうでもない」
え?と顔をあげた青島の唇を塞いだ。
髪を撫ぜ、頬に触れながら、舌を絡めて、深く求める。
積極的に応じてくる青島の唇を堪能してから、少しだけ離れる。
ぼんやりと見上げてくる青島に、室井は優しく笑って強請った。
「もう一度誘ってくれ、青島」
今度はきっと、違う言葉で誘ってくれるはず。
室井の思いが伝わったのか、少しの間の後、青島は照れ臭そうに笑った。
室井さんが欲しい。
ずっと、欲しい。
青島の、本当の誘惑。
それには室井も抗えない。
END
2007.12.17
あとがき
なんだか、また、とっても恥ずかしいモノが出来上がりましたね〜(泣笑)
先のお話を書いた時に、某Sさんに
「室井さんのお見合話を聞いて焦って乗り込んでくる青島君」
というようなネタを頂きまして、萌えて書きました。
(Sさん、その節はありがとうございましたーv)
…また着地点間違えた感じはしますけども;
カッコイイ室井さんを書きたいという、
私にしては珍しい熱に浮かされて(おい)書いた二つのお話でした。
書きたいところは大体書けたかな…。
個人的には満足です(^^)
室井さんがカッコイイかどうかは別にして(するな)
でも、いつもとちょっと違う感じの室井さんになったかなぁなんて思うのですが…
気のせいじゃないことを祈りつつ(笑)
シリーズというほど続きませんが、このシリーズで書きたいお話がもう一つあります。
ラブラブ編の「真夜中の訪問者」(笑)
こう文字にすると物凄く内容が薄そうですが、実際薄いと思われます(こら)
でも、きっと書くと思いますので、またお付き合い頂けたら幸いです(^^;
お粗末様でした!
template : A Moveable Feast