■ midnight visitor


寝ようと思い部屋の電気を消した途端にインターホンが鳴り、室井は眉を寄せた。
現在、午前一時である。
こんな時間に突然訪ねてくる知人は、室井にはいなかった。
無視しようかと思ったが、不自然な来客は気になった。
それ以前に、しつこく鳴らされるインターホンを無視できない。
室井は溜息をついて、消した電気をまた点けた。
玄関に向うと、念のため覗き穴から外を見る。
外を見て、目を剥いた。
「なんで…」
呆然としながら小さく呟いた。
再び鳴ったインターホンにハッとして、慌ててドアを開ける。
ドアの外には見慣れた、一人の青年。
「あ、青島…?」
「やーっと開いた!」
室井の顔を見るなり、満面の笑みで指を突き立ててきた。
「もー、早くあけてくださいよー」
言いながら、室井の身体を押しのけて、勝手に部屋に入ってくる。
強烈な酒の匂いがした。
それで当然だった。
素面の青島が、こんな暴挙に出るとは考えにくい。
などと、のん気に考えている場合ではなかった。
室井はとりあえずドアを閉めると、よろよろと歩いている青島の後を追った。
「ちょっと待て、青島」
「ん〜〜〜?やぁですよ〜〜〜」
「いいから、とにかく、靴を脱げっ」
土足でづかづかと部屋に上がる青島の腕を掴んで止める。
「ん〜〜〜ああ〜〜〜」
自分の足元を見て、室井を見て、へらっと笑った。
「本当だ〜、いつのまに〜」
何が本当で、何がいつのまになのか。
室井は呆れながらもしゃがみ込むと、青島の足を掴んでムリヤリ靴を脱がせにかかる。
「足上げろ、倒れるなよ、壁に手をつけ、痛…っ、蹴るんじゃないっ、動くなっ」
「室井さん、注文おーい」
言いながらケタケタ笑う青島に、室井の眉間に深い皺が出来る。
何故、夜中の一時過ぎに、こんな目に合わなければならないのか。
理不尽な出来事に怒りを覚える。
玄関まで戻る余裕もないので脱がせた靴を適当に放り出し、室井は立ち上がった。
「もういいぞ」
「はーい、ありがとうございます〜」
そのまま、青島はふらふらと勝手に寝室に入っていった。
それを見送って、室井は溜息を吐く。
―何かあったかな。

ここまで酔っ払った青島を見ることも、酔っ払った青島が室井の部屋に突然現れることも、初めてのことだった。
仲良く査問会議にかけられてから、良く一緒に酒を飲んだり食事に行ったりするようになったし、時々互いの部屋にも泊まるようになった。
室井と青島はただの上司と部下とは言えない関係にあったが、だからといって明確にどうと言い表せる関係でもない。
無理して言葉で表すなら、親しい上司と部下、という程度に過ぎない。
何かあった時に自棄酒して前後不覚になってまで、会いに来ようと思う程度には親しいといえるかもしれない。
今の青島は、まさにそんな状況だろうと思った。
ただ酒に酔っただけであれば、青島は室井の自宅にまで来なかったはずだ。
親しくなり、遠慮は互いに少なくなったが、それでも確かに守られている一線があった。
親しくなりすぎて、馴れ合いの関係になるのはごめんである。
互いに、大切な仲間であり、唯一無二の戦友だ。
寄りかかり傷を舐めあうのではなく、共に戦える仲間でありたかった。
そのための一線はどこかにあった。
にも関わらず、互いにどこかどうにもならないような感情も抱えていた。
約束や理想、憧れではどうにも片付けられない、全く別次元の感情。
少なくても、室井にはあった。
それがあったからこそ、守ろうとしていたラインがあったのだ。
そんな関係だったから、青島がこんな暴挙に出ることは考えられなかった。
余程のことがあったのかもしれない。
―話しを聞くべきだろうか。
室井はそう思いながら、寝室に向う。
もう、怒りはなかった。

寝室に入ると、青島が室井のベッドに横になっていた。
顔を覗き見るまでもなく、両の目はしっかりと開いていた。
室井を捉えて、微かに細められる。
「青島、何かあったのか?」
話す気はないかもしれないと思いながら、それでも聞くだけ聞いてみる。
何があったのか知らないが、室井には聞いてやることくらいしかできない。
酒に飲まれてまで室井の元にやってきた青島に、してやれることといえばそれくらいだ。
室井は青島に近付きベッドの縁に腰を下ろした。
「話したいことがあれば、全部話せ」
じっと見つめてくる目を、室井は静かに見返した。
「…室井さーん」
酔っているのかそうでないのか分からないような、軽い声。
「なんだ」
「セックスしませんかー?」
当然のように、室井は目を剥いた。
その顔が可笑しかったのか、青島は歯を見せて笑う。
「あははは、驚きました?」
「…なんのつもりだ」
「んー、ほら、今なら、酒のせいにできるしー、いいかなぁーと」
へらへらと笑う青島に、また怒りを覚える。
だが、今度は一気に湧いた怒りが一気に収まり、急激に気持ちが静まった。
軽々しく酔ったせいにして、これまで触れたことがなかった心の深くに触れられた気がして、腹が立つ。
だけど、そこまで自棄になっている青島を見れば、痛々しい。
溜息を一つ吐いて、ベッドに手をつき、横になったままの青島に覆い被さる。
少しだけ青島の目が見開かれたが、本人はきっと気付いていない。
「本気か?」
無表情に問う。
「え?」
「君が本気なら、抱くぞ」
今度こそ、大きく目を見開き、身体を硬直させた。
別に、「ふざけるな」と脅したわけではない。
青島が本気だというのなら、本気でそうするつもりだっただけである。
青島にとっては酔った勢いに過ぎなくても、室井が青島を欲していたことには変わりない。
それを青島はきっと知っていた。
でなければ、酔った勢いでセックスしようだなんて、冗談でも誘わなかっただろう。
室井の気持ちを知りながら、そう言葉にしたのだ。
だったら、お言葉に甘えるまでである。
青島がいいのなら、室井は遠慮するつもりはなかった。
「酔った勢いではないけどな」
「室井さん…?」
「俺は素面だ」
室井が真剣だと悟ったのか、青島の表情も変わった。
途端に困ったような、戸惑った顔をする。
後悔も、見てとれた。
だが、冗談だとも、嫌だとも言わない。
きっと言えないのだ。
誘ったことを後悔しているくせに、傷つけると思うのか室井を拒めない。
その程度には、青島も室井を確実に想ってくれている。
室井は苦笑すると身体を起こし、青島の髪を乱暴に掻き混ぜた。
「話したいことがないなら、もう寝ろ」
柔らかく言って、ベッドから降りた。
青島にベッドを譲って、自分は来客用の布団を敷いて寝ることにする。
押入れから布団を出そうと思って青島に背を向けると、小さな声が聞こえた。
「……ごめん」
振り返ると、青島は両腕で顔を覆っていた。
表情は見えないが、見える口元が笑っていないことは確かだった。
声もただ低く、重い。
「俺、最低だ…」
唇を噛んで何かに耐える。
酔いなど、どこかに行ってしまったらしい。
もしかしたら、元々それほど酔ってはいなかったのかもしれない。
かなりの深酒をしていたのは事実だろうが、どこかで冷静さが残ってしまっていたのかもしれない。
怒りや悲しみが強すぎると、そういうこともある。
酔ったつもりでやり過ごそうとしていたようだが、それもできなくなり、素の青島が顔を出したようだった。
その様が痛ましく、逡巡したが、結局室井は青島の傍に戻った。
またベッドに腰を下ろし、青島の腕を軽く叩く。
「気にするな」
「…しますよ、さすがに」
いじけた声が返ってくるのが、可笑しい。
自然と室井の眼差しが柔らかくなる。
「俺に話したいことは?」
考えているのか返事に間があったが、はっきりとした声が返ってきた。
「今は、ないです」
「そうか、それならいい」
寝ろと、布団をひっぱりかけてやると、青島は腕を持ち上げて室井を見た。
少しだけ笑みを浮かべている。
「室井さん、かっこよすぎるよ」
どこがだろうかと思ったが、青島にそう思われるのならそれに越したことはない。
そう思いながらも、意地悪を言う。
「今の君がかっこ悪いんだ」
「ひでぇ」
言いながら浮かべた笑みは、明るい。
いくらか元気になったようで、室井も内心安堵していた。
不意に青島が室井の袖を引いた。
甘えるような仕草に、なんとなく嫌な予感がする。
「ね、室井さん」
「…なんだ」
「いっこ、わがまま聞いてもらってもいい?」
誰が嫌だと断れるというのか。
想い人にこの体勢で強請られて。
「……なんだ」
眉間に皺を寄せて繰り返すと、青島がにこりと笑った。
「一緒に、寝てくださいよ」
ほらやっぱりろくなことじゃなかったと思って、室井の眉間の皺が溝になった。
そして、精一杯呆れた口調で言う。
「お前、人の話し聞いてたのか?」
本気で抱くぞと言ったのに、そしてそれを青島は理解したはずなのに、このわがまま。
もちろん、今度のはセックスしようという誘いではない。
青島は純粋に単純に一緒に寝ようと誘っているのだ。
室井には拷問に近い。
「や、わかってますけど…」
青島はえへへ…と、困ったように、どこか照れ臭そうに笑った。
「ダメ、すか?」
伺うような眼差しに、室井は低く唸ったが、青島に袖を引かれた時点でほとんどアウトだったのだ。
今更悩んでも仕方が無い。
室井は青島に掛けた布団をはいだ。
「ほら、もっとそっち詰めろ」
一瞬だけ、青島が泣きそうな目をした。
それをすぐに笑みに変えると、室井の分のスペースを作ってくれる。
室井は電気を消すとそこに納まった。
当たり前だが、青島のぬくもりを否が応にも感じてしまう。
やっぱりまずかったかと思ったが、
「ありがと、室井さん」
そう呟く青島の声が嬉しそうだったから、まあいいかと思いなおした。
これまでだって、何度か同じ部屋では寝ているのだ。
ちょっと、かなり、距離が近いだけである。
耐えて耐えられないことはない、はずである。
「今度、俺が夜中に押しかけた時は、よろしく頼む」
室井にそんなことができるか分からないが、言ってみた。
青島の小さな笑い声が返ってくる。
「りょーかい」
少しの間の後、青島が寝返りを打った。
背中を向けられて少しホッとして、室井も青島に背を向ける。
今はまだ、背中合わせくらいでいいのかもしれない。
何があったか分からないが、青島だって落ち込むことがあるだろう。
その時に頼ってもらえたことは、素直に嬉しかった。
物理的に何をしてあげられるわけではないが、きっと青島もそれを室井に求めたわけではない。
その証拠に何も話してはくれなかった。
ただ、室井に会いに来てくれた。
ちょっとのわがままで困らせてはくれたが、結局のところ少し甘えたかったのだろうと思う。
青島の望みを叶えてやれたのであれば、室井はそれでよかった。
青島が笑ってくれるのなら、それで―。
そう思いながら、室井は目を閉じた。
眠りにつく直前に、小さな声を聞いた気がした。
「アンタがいて良かった」
きっと気のせいではない。



翌朝、揃って玄関を出るときに、青島が言った。
「今度会う時までに、答え用意しときますから」
「答え?」
「…本気か、ってヤツ」
室井が目を剥くと、青島は照れ臭そうな笑みを浮かべた。











END

2007.12.1

あとがき


くっついていないので、馴れ初めじゃないと言い張っておきます。
言い張っても無駄ですか?そうですか…;
てか、それでもくっついてないつもりかお前ら、と突っ込んであげてください。
あ、突っ込まれるのは私の仕事ですね。
申し訳ありません(笑)

荒れる青島君とカッコイイ室井さんが書きたくて、書いたらこんなことになりました。
目標とちょっと違ったデキになった気がします。
しかも、私の「カッコイイ室井さん像」が益々分からないことに(笑)
度量があるところを見せたかったのかもしれません。
でも、ちっさいことでは怒るんですよね、室井さん。
すみれさんに東北大の話しをふられてムキになったり、
青島君に方言真似されて怒ったり。
ああ、かわいい(ん?)

しかし、この二人もマイペースですね。
天然の恋の二人に近いかも。
てか、最近、そんな話ばっかり書いてる気もします;
すみません…


タイトルはそのまま、真夜中の訪問者です(笑)
我ながら酷い…



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