■ from beginning to end
インターホンを押すと、間を置かずにドアが開いた。
青島がひょっこり顔を出す。
室井の顔を見て笑みを溢すから、つられて室井の表情も緩んだ。
「いらっしゃい、室井さん」
「お邪魔します」
「どうぞー。あ、迷いませんでした?俺んち、すぐ分かりました?」
青島がドアを支え室井を招きいれながら聞いてくれる。
室井が青島の自宅に訪れるのは、初めてのことだった。
「大丈夫だ」
「なら、良かった」
青島はホッとしたように目じりを下げた。
新木場の駅まで迎えに来ようとしてくれたが、断ったのは室井だった。
初めてだったのだから迎えに来てもらった方が安心ではあったが、青島の住んでいるところを自分の目でしっかりと見たかった。
青島がいつも見ている景色を、ゆっくりと眺めたかったのだ。
それに、青島が待つ部屋に向うというのも、少し魅力的だった。
ドアを開けてくれた青島を見て、やはり待っていてもらって良かったと思った。
「散らかってますけど、適当にゆっくりしてください」
部屋にあがり、青島が勧めてくれるまま、床に腰を下ろす。
言うほど、散らかってはいない。
室井が来るから片付けてくれたのかもしれない。
テーブルの上には、青島が用意してくれたおでんの鍋がある。
「とりあえず、ビールでいいっすか?」
台所に向いかけた青島が振り返った。
「ああ…、青島」
頷きながら、青島を呼び止める。
「はい?」
「呼んでくれて、ありがとう」
そう言ったら、青島は一瞬だけきょとんとして、すぐに笑みを浮かべた。
照れ臭そうな笑顔。
「当たり前でしょ、恋人なんだから」
その言葉に、室井も小さく微笑んだ。
夕飯に誘ってくれたのは、青島だった。
『飯食いません?…俺の部屋で』
電話でそう誘ってくれた青島は、いつもより少しだけ饒舌だった気がした。
緊張していたせいだと気付いたのは、「もちろん」と返事を返した後、更に口数が増えた青島に気付いてからだった。
きっと、気が抜けたのだ。
それが分かったのは、室井が青島を好きだからだ。
室井自身、何度も誘おうとして、できないでいたからだ。
いつだって、切欠をくれるのは青島だった。
とっつき辛い室井に声をかけてくれたのはもちろん青島からで、初めて飲みに誘ってくれたのも告白をしてくれたのも、ひと気のない湾岸署の喫煙室で隠れてキスをしたのも青島からだった。
室井が後手後手になっていたのは、欲求がなかったせいではない。
青島に惚れたのは、きっと室井が先だった。
話したい、一緒にいたい、そう思う気持ちは強かった。
行動に出られなかったのは、言い訳に過ぎないが、自分に自信がなかったせいかもしれない。
断られたら悲しいし、嫌がられたら立ち直れない。
情けないことに、付き合いだしてからも、そんな思いは消えなかった。
青島だって、不安はあったはずなのだ。
「いいですか?」という青島の問いかけに室井が頷くたび、青島は素直に嬉しそうな顔をしてくれた。
その顔を見るたび、室井は幸せな気分になった。
―青島もそんな気持ちにしてあげられているだろうか。
自信はあまりなかった。
「味、薄くないです?大丈夫?」
「ああ、美味い」
「なら良かった、あ、ビールどうぞ〜」
「ありがとう…」
「寒くなったら、やっぱおでんですよね〜」
「この前は、鍋だって言ってなかったか?」
「寒くなったら、鍋とおでんです」
調子良くへらっと笑う青島に、室井は苦笑した。
確かに、寒くなったらどちらも美味い。
青島の気持ちは分からなくなかった。
「…凄く美味い」
大根を食べながらもう一度呟くと、青島が笑った。
さっきとは、違う笑顔。
伏し目がちになりながら、頬を少しだけ高揚させ、口元を歪める。
曖昧な笑顔で、首の後ろ辺りを撫ぜた。
「料理、あんま得意じゃないんですけどね」
言ってから、堪えきれないように、相好を崩した。
「へへ…嬉しいです」
青島の素直な気持ちが伝わってきた。
また、じんわりと幸せな気持ちになる。
室井のこの気持ちは、青島にちゃんと伝わっているのだろうか。
―可愛い。
その瞬間の室井の気持ちといえば、真っ先に思ったのがこれだった。
嬉しそうな照れ笑いを見れば、可愛くて愛しくて、触れたくなる。
―触りたい。
上気した頬に触れ、撫ぜて、キスをしたい。
―触りたい。
「室井さん?どうかしました?」
首を傾げた青島が、室井を見つめていた。
「触りたい」
唐突に室井の口から欲求が飛び出してきた。
青島が目を丸くして固まった。
言った室井ですら固まってしまったから、無理もない。
室井はややしばらく呆けていたが、自分で言った言葉を理解すると赤面し口元に手をあてた。
「い、いや、何でも…」
慌てて首を振るが、何でもないも何もない。
そんな言い訳にもならない言葉で、前言など撤回できるはずもない。
焦る室井を他所に、青島は頬を掻くと両手を広げて見せた。
「ええと〜……どうぞ?」
室井がぎょっとすると、青島は困ったように笑った。
「だって、恋人でしょ?」
触ってだめなわけないじゃないと言う青島に、室井はまた呆けた。
バカみたいな面で青島を見返すと、今度は青島が慌てた。
「あ、あ、俺のことじゃなかったです?何か違うもの?うわ、だったら、恥ずかしいなっ」
途端に真っ赤になり、両手を下ろす。
取り繕うように笑う青島に居た堪れなくなり、室井は力一杯否定した。
「違うんだ」
「あ、はい、ええと、なんですか?」
「じゃなくて、君じゃないんじゃない」
「…うん?」
「だから…」
室井はなぜか背筋を伸ばし姿勢を正すと、膝の上に拳を置いた。
「青島に、触りたい」
高校生だってもう少し上手に口説くんじゃないかと思うような、バカ正直な訴え。
もっとスマートにやれないものかと自分でも思うが、できないものは仕方が無い。
室井が青島に対してできることといえば、誠実であることくらいだ。
誤魔化さずに、ちゃんと本音を伝えたい。
上手ではない口説き文句だったが、青島は呆れたり嫌がったりすることはなかった。
ただただ嬉しそうに微笑む。
「はい、どうぞ」
再び広げられた腕に、室井は誘われるように近付いた。
躊躇うわけではなく、だけど緊張してゆっくりと手を伸ばすと、青島の頬が強張っていることに気付く。
緊張しているのはお互い様だ。
そう思うと、少し気が楽になる。
だけど、大事な人だから、大事に触れる。
そっと抱きしめ背中を抱くと、青島の腕が背中に回った。
初めて、ちゃんと抱き合った。
青島の煙草の香りがきつくなり、服の上からでも明確なぬくもりを感じる。
もう少し強く抱きしめてみる。
青島をもっと感じられるような気がして、首筋に顔を埋め深く息を吸った。
「…っ」
本当に小さくだったが、青島が呻いたような気がして、顔を上げる。
横目で青島を見るが、青島は室井の肩に額を押し付けていて表情が見えない。
だが、見えている耳がなんとなく赤い。
「…青島」
「なんすか」
返事はしてくれるが、顔はあげない。
こうなると、堪らなく顔が見たい。
―今、どんな顔をしているのだろう。
好奇心が湧いたわけではない。
純粋に、青島のことを知りたかった。
抱きあった時に青島がどんな顔をするのか、室井はまだ知らない。
「青島、顔をあげてくれないか」
「イヤです」
「どうして」
「なんとなく、イヤです」
即答で断られて、室井は苦笑した。
顔が見えなくても、表情が分からなくても、照れていることだけは良く分かった。
「青島…」
囁いて、見えている耳元に唇を押し付けてみる。
抱きしめたままの青島の身体が、ビクリと小さく跳ねた。
それが恥ずかしかったのか、青島は益々室井の肩に額を押し付けた。
逆効果だったようだが、思わぬ可愛い反応だったので、室井の表情は緩くなるばかりだ。
そこに何度か唇を押し付けると、観念したのか青島が顔を上げた。
「……くすぐったい」
文句を言うくせに、表情は想像以上に柔らかかった。
上気したままの頬が妙に色っぽい。
下がった目じりは優しく、上がった口角は嬉しそうだった。
―俺が触れることで、こんな顔をするのか。
感動は、すぐに衝動に変わる。
―もっと触れたい。
そう思うと、青島の頬に手を添え、顔を近づけた。
室井の意図を悟ったらしく、青島もすぐに目を閉じる。
ゆっくりと唇を重ねると、角度を変えて何度も触れた。
青島の手が頬に触れる室井の手に掛かりぎゅっと握られて、そっと唇を離した。
ぼんやりとした視線とぶつかる。
まだ足りないと思ったが、どこまで触れれば満たされるのか分からなかった。
どこまでも触れたいといえば、青島はまた「どうぞ」と言ってくれるだろうか。
迷いながら、握られた手を強く握り返すと、青島が小さく微笑んだ。
「…初めてっすね」
何がだろうと思った。
「室井さんから、触れてくれんの」
抱き合うのは初めてでも、キスをするのは初めてではない。
だけど、室井から青島に触れるのは、これが初めてだった。
そんなことが嬉しいと、青島の顔に描いてある。
自分の顔にも描いてあるのだろうか。
自分の顔は、生憎と自分では見られない。
青島に、こんな想いは伝わっているのだろうか。
―不安なら、ちゃんと自分で伝えればいい。
室井は青島の頬にキスをした。
「ずっと触れたかった」
目が合うと、青島の頬がまた赤くなる。
「知ってた、気がします」
自信はなかったけど、とぼそぼそと呟く。
「そうだといいなぁって、ずっと思ってた」
青島の両手が、室井の頬に触れる。
引き寄せられて、室井は目を細めた。
「俺もずっと触れたかったから」
囁く青島の唇を塞いだのは、結局室井の方だった。
―どこまでも触れたい。
その思いもお互い様だったことは、この夜に知ることになる。
END
2007.11.24
あとがき
びっくりするくらい中身のないお話ですみません;
何が書きたかったって、可愛い青島君です。
それも書けたんだかどうだか;
この室井さん、ちょっと天然の恋の室井さんのようだな(笑)
ここまでくるには、青島君がもしかしたらちょっと頑張ったのかもしれません。
馴れ初めじゃないと思ったら、こんなに初々しい二人…
困ったものです(お前がな)
意味のないお話になってしまいましたが、
お付き合いくださって有り難う御座いました!
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