■ 微熱
青島はキリタンポ鍋を前に、ちょっと感動していた。
「どうした?食べていいんだぞ?」
取り分けたお椀を差し出して、室井が首を傾げている。
礼を言って、慌てて受け取った。
青島は鍋そのものに感動したわけじゃない。
室井が本当に鍋をご馳走してくれたことに感動していたのだ。
査問委員会の時の約束を、室井は忘れていなかった。
小さな約束だったが、そのことが青島には嬉しかったのだ。
室井から誘いの電話を貰ったのは、青島が湾岸署に無事に戻り―これも室井のおかげだが、大騒動の末また刑事課に配属になってすぐだった。
話しを聞き付けたすみれを何とかかわして、青島は初めて室井の部屋にお邪魔していた。
「足、崩したらどうだ?……らしくない」
苦笑した室井に言われて、青島はようやく自分が正座をしていたことに気が付いた。
青島も苦笑すると、胡座を掻く。
「なんだろ、なんか緊張します」
素直に言ったら、室井は少し驚いた顔をした。
青島は照れ笑いを浮かべながら、頭を掻いた。
「なんつって〜」
上司の家に来ているからだろうかとも思ったが、それとは少し違う気がした。
そもそも相手が上司だからといって、緊張するほど繊細にできていない。
しかも相手は室井だ。
―いや、だからか?だからこそ緊張すんのかなぁ。
そう思って、ちょっと考え込む。
室井相手に何故緊張しなければならないのだ。
青島は昇進に興味がない。
室井のご機嫌伺いをする必要はないし、室井とはそんな打算の付き合いはしていない。
室井もそんなことは望んでいないはずだ。
―室井さんの部屋に来るのに、緊張する理由もないはずだよなぁ。
青島はぼんやりと思った。
「青島?口に合わなかったか?」
ハッとして室井を見ると、心配そうな眼差しとぶつかって、慌てて首を振る。
「いやっ、まさかっ。ちょっとぼうっとしちゃって」
「そうか」
青島は落ち着いて、箸を動かした。
脳が余計なことを考えるのをやめると、素直に鍋に集中できる。
「美味いです」
満面の笑みで言うと、室井も少し微笑んだ。
「そうか」
その笑みが嬉しそうに見えて、可愛いところがあるんだなぁと思った。
思って、ちょっと呆れる。
―上司に可愛いって……まぁ、いっか。室井さんだしね。
親しみをこめた評価ということで、青島は勝手に大目に見てもらうことにした。
「ご馳走様でした」
青島は空になった鍋を前に、ぺこりと頭を下げた。
「美味かったです」
嘘でもお世辞でもなかった。
「室井さん、料理上手なんですね〜」
感動に近い感想を述べると、室井は苦笑した。
「料理はわりと好きなんだ」
「あ〜、いいっすね。そういうの」
俺も少しはやらなきゃなぁとぼやくと、室井が少し微笑んだ。
「いつでも食いに来い」
「え?」
「君なら……大歓迎だ」
ぼそりと言われて、青島は一瞬きょとんとした。
少しの間の後、顔が熱くなってくる。
―あ?
―あれ?
―何?何だ?
室井が青島の顔を見て、軽く目を見張った。
それはそうだろう。
青島も自分が赤面していることは自覚していた。
だけど、何故赤面しているのか分からない。
何故こんなにドキドキしているのかも。
―何をこんなことで喜んで……喜んで?
―喜んでるのか、俺?
―お、落ち着け、俺。
―室井さんだって社交辞令で言っただけだろうし。
―いや、室井さんが社交辞令を言うわけがないから、本心か。
―…………本心?
「っ」
心臓が痛くなってきた。
「青島…?」
呆然としたような室井に声をかけられて、青島はハッとする。
慌てて、冗談で誤魔化した。
「あっ…あははは、もう、室井さんてば。そんな甘い顔すると、毎晩来ますよ」
室井が真顔で青島を見つめてくる。
「俺は構わない」
青島は笑ったまま、引き攣った。
「な…に」
「毎晩来てくれて構わない。むしろ嬉しい」
何を言われているのか、青島には良く分からなかった。
分かるのは、室井が真剣なこと。
自分の顔が真っ赤なこと。
「青島…」
室井が近付いてくるから、反射的に後退る。
―近付いちゃいけない。
何となくそう思ったのだ。
だが、ほんの少し下がっただけで、壁にぶつかった。
室井は眼の前にいる。
―なんで、俺、追い詰められてるんだ?
混乱する頭の片隅で思った。
「む、室井さん、ちょっと待って」
思わず制止をかけたら、静かな声が返ってくる。
「何を?」
「え?」
自分の発した弱々しい声に、青島は更に赤面した。
そんな青島を室井が優しく見つめてくるから、堪らない。
「何を待ったらいいんだ、青島」
―そんなこと…俺に聞かれたって分かるもんか…。
頭も身体も自由にならず、青島にはどうしたら良いのか分からなかった。
身体が発熱したみたいに熱くて、鼓動がやけにうるさい。
視界が揺れているような気さえする。
室井の手が、そっと青島の頬に触れた。
―近付いちゃダメだって、触れ合ったりしたら…。
自分に制止をかけて、心の中では室井を拒む。
制止をかけなければ、心の中ですら拒めないからだ。
「青島」
名前を呼ばれるだけで、その手に触れられるだけで、身体がどんどん熱くなる。
頬を撫ぜられて、肌が粟立つ。
堪らなく不安なのに、不快感は一つもない。
それが余計に不安だった。
「…っ、離し…っ」
頭と心と身体がばらばらで、口で拒みながら、身体は一つも抵抗を見せない。
「嫌なら…ちゃんと拒んでくれ、青島」
至近距離で見つめられて、視線をそらせない。
切なそうな瞳の中に、自分が見える。
それがどんどん近付いてくるのを見つめながら、青島は小さく震える唇をようやく開いた。
「ダメだ…むろ…」
薄く開いた唇に室井の唇が重なる。
ゆっくりと、だけどしっかりと重ねられる。
「青島…」
角度を変えて重ねては、その合間に名前を呼ばれる。
青島はキツク目を閉じると、頬を包む室井の手に縋って、その唇を受け入れた。
口内に室井の舌が侵入してきても、青島は抵抗できなかった。
応じることも抵抗することもできずに、されるがままになってしまう。
嫌なら拒めばいい。
青島が本気で抵抗すれば、室井だってそう簡単に好き勝手できるわけがない。
室井が嫌なら、触れられるのが嫌なら、拒めばいいのだ。
室井の唇を受け入れながら、青島は熱に浮かされたようにぼうっとする頭で、何度も何度も「拒まないと」と思った。
思ったが、思っただけだった。
歯の裏を舐め上げる室井の舌の感触に、背筋がゾクリとする。
明らかな快感に、閉じていた目を見開いた。
身を捩って、今更ながら抵抗する。
青島が抵抗を見せると、室井がすぐに唇を解放した。
「青島…嫌か?」
悲しそうな切なそうな瞳に晒されて、青島は顔を逸らして身体を引く。
耳まで赤くなってしまった青島の顔を見て、室井がそれをどう取るかなんて分かりきったことだった。
「青島」
肩に触れて引き寄せる仕草をした室井に、青島はイヤイヤをするように首を振って身体を硬くした。
「…っ、ちょっと、待って、離れてくださ…っ」
手で室井の胸を押し返す。
嫌だとか嫌じゃないとか、そんなことよりも何よりも、真っ先に分かってしまったことがある。
身体が素直に反応してしまった。
室井のキスに、興奮してしまったのだ。
「青島…?」
急に激しく抵抗を見せた青島に、室井は困惑気味に、だけど慎重に青島の様子を窺う。
不意に室井の手が青島のソコに触れた。
「!」
息を詰めて、これ以上ないくらい赤面した。
「む、室井さんっ」
高ぶりに触れられて、青島は半ば泣きそうになりながら、室井を呼んだ。
キスだけでこんなことになってしまっている自分が信じられないし、それを室井に知られてしまったことも堪らなかった。
室井は驚いた顔で青島を見つめていたが、すぐに引けていた青島の腰を引き寄せると、身体を密着させた。
「むろっ…!」
再び抵抗しようとした青島だったが、触れ合った下半身に室井の高ぶりが押し付けられて、ぎょっとする。
目を剥いて室井を見ると、室井は優しい眼差しで、自分を見つめていた。
「俺は君に触れてるだけで感じるんだ」
「っ」
室井の唇から自分に向けて発せられたとは思い難い台詞に、青島は絶句する。
「君も…そうなんだな?」
「そんなこと…」
「ないか?」
室井の手がまたソコに触れて、青島の身体が小さくはねる。
今度は触れるだけじゃなくて、撫ぜられた。
堪らなくなって、青島は腰を引きながらも、両手で室井に縋りついた。
「やめ…、むろいさ…っ」
室井の手が宥めるように青島の背中を撫ぜる。
「青島」
「…っ、離し」
「俺に触れられるのは、嫌か?青島」
室井の唇が青島の頬や耳元を掠めるたびに、ゾクゾクしてくる。
室井の声が耳に届くたびに、身体が熱を帯びる。
もう、青島にはどうしようもなかった。
縋りついた手に力を込めて、室井の首筋に顔を埋める。
それを了承と受け取ったのか、室井は青島の身体を床にそっと押し倒した。
―嫌だったら…どんなに良かったか……。
取り返しの付かないことになると分かっているのに、室井を拒めない。
嫌だと思えないのだ。
室井の手が優しく青島の頬に触れる。
「青島」
視線を持ち上げると、見たことも無いような顔で微笑まれて、また顔が熱くなった。
「君が好きだ」
青島は返事を返す代わりに、その背をキツク抱きしめた。
END
2007.10.21
あとがき
は……恥ずかしい……;
なんでしょうか。なんのせい?なんでこんなに恥ずかしいの?(笑)
いっぱい室青書いておりますが、この室青が一番恥ずかしいかもしれません…。
このお話は、以前ちょっとした企画と称してサイトにアップしていたお話です。
企画を中止した時に下げてそのままにしてあったのですが、
先日アンケートにコメントをくださった方いて嬉しくって、
思い出したように今更再アップです。
ふふ…再アップしたものの、ゴミ箱行きになる日は近い気がしますが…(笑)
とりあえず、再アップでございます!
template : A Moveable Feast