■ プレゼント交換


どこからともなく聞こえてくるクリスマスソングに、室井は顔を顰めた。
12月も半ばを過ぎている。
街中だったら聞こえてきても当然の音楽だったが、警察署の中で聞こえてくるのは如何なものか。
室井が刑事課に入ると、ラジカセからクリスマスソングが軽快に流れていた。
それどころか、一体どこから持ってきたのかクリスマスツリーが置いてあり、刑事たちが群がって飾り付けの真っ最中だった。
無造作に置かれた会議用の長テーブルの上には、ケーキやフライドチキン、菓子やらジュースの類が広げられている。
さすがに呆気にとられている室井にいち早く気付いたのは、すみれだった。
切り分けたケーキを片手に近付いてくる。
「どうしたんですか?室井さん」
「…それはこちらの台詞だ」
何事だこれはと、クリスマスで盛り上がっている刑事課を見渡す。
室井に気付いた刑事たちも一様に気まずそうな顔になる。
署内でクリスマスパーティーをしているところを管理官に見られたのだから当然である。
こんな時でも平然としているのはすみれくらいなものだ。
「お酒は持ち込んでないから大丈夫ですよ」
「当たり前だ、そんなもん」
思わず突っ込んだ。
警察官が署内で勤務時間中に飲酒など、絶対にあってはならない。
すみれは悪びれたふうもなく、肩を竦めて見せる。
「ちょっとケーキ食べて、クリスマス気分味わってるだけですよ」
「わざわざツリーまで飾って…」
「雰囲気くらい、盛り上がっても良いでしょ。どうせクリスマスにはこんなことしてられないんだから」
確かに街に人が溢れかえるクリスマスシーズンは忙しくて、それどころじゃないだろう。
毎年青島を見ているから、所轄の忙しさは室井も良く知っている。
だからといって、署内でクリスマスソングをかけて、クリスマスツリーに飾り付けして、クリスマスケーキを食べて、挙句警察官がとんがり帽子を被っていたりするのは、いささかやりすぎなような気がしなくもない。
眉間に皺を寄せたままの室井に、すみれはニッコリと笑った。
「大丈夫ですってば、業務はちゃんとこなしてますから」
「…それも、当たり前だぞ」
「はいはい、そうですね」
適当な相槌にむっとする室井に、すみれはケーキの皿を押し付けてくる。
「な、なんだ」
「お裾分けです」
「いや、結構だ」
速攻でお断りするが、すみれはろくに相手にしてくれない。
「誰も買収するつもりじゃないわよ」
ケーキ一つで買収されてたまるかと思うが、すみれも本気ではないだろう。
強く押し付けてはこない。
「青島君、更衣室にいますよ」
聞いてもいないのに、教えてくれる。
話を逸らすための罠だろうが、聞かずにいられない。
「いたのか?」
あのお祭り男がこの騒ぎに参加していないのだから、不在だと思っていたのだ。
すみれが更に近付いてくると、室井の耳元で囁いた。
「どうせクリスマスも会えないんでしょ?顔くらい見てったら?」
ご丁寧に、今なら青島君一人よ、とまで教えてくれる。
室井は眉間に皺を寄せて、恐い顔になった。
苦悩したのは、ほんの一瞬。
すみれの言う通り、クリスマスに青島と会う約束はしていない。
そんな約束はできそうもないのだ。
今日会わないと、次にいつ会えるかもわからない。
そうなると、葛藤はしても、室井が取るべき行動は一つしかない。
例えそれが、すみれの思惑通りでも。
「業務に支障がないように」
すみれにそう釘をさして、室井は刑事課を後にした。


そういえばなんで更衣室に?
そう疑問に思ったのは、更衣室の前に立ってからだった。
湾岸署に来ると、どうも調子が狂う。
室井は一つ溜息を吐いて、更衣室のドアをノックした。
「はい、どうぞー」
中から聞こえてくるのは、聞きなれた人の声。
室井は微妙に癪ではあったが、すみれに感謝しつつドアを開けた。
「失礼すー」
言いかけて、絶句する。
入って来た室井を見て、青島も絶句した。
着替えの手を中途半端に止めて、硬直している。
青島はトランクスの上から、真っ赤なズボンを履いている途中だった。
先の刑事課の惨状を知っているだけに、その赤いズボンが何なのか分からないはずもない。
だけど、どうしても聞かずにいられなかった。
「何をやっているんだ、お前は」
呆れた室井の声に、青島は愛想笑いを浮かべた。
「いやぁ…やっぱり、クリスマスパーティーにはサンタクロースが必要でしょ?」
やはり青島はサンタクロースの扮装をしているらしかった。
室井の眉間に皺が寄る。
それを見た青島が、慌てて言い訳を始めた。
「これからどんどん忙しくなっちゃうから、今のうちに少しだけクリスマス気分を味わいたかったんですよ」
「一体ここをどこだと思ってるんだ、君たちは」
「だ、大丈夫ですって、仕事はちゃんとしてますから」
言い訳はすみれとほぼ一緒である。
室井は溜息を吐いて、繰り返した。
「何をやってるんだ」
しょうがないヤツだと思いながらも、彼ららしい緩さに室井も大分慣らされていた。
それ以上お小言が出ないと悟ると、青島は悪びれたように笑った。
「あははは…サンタクロースの衣装を着ろって、すみれさんに脅されちゃって」
「その衣装はどこから持ってきたんだ」
「あ、これっすか?これはねー」
「待て」
「え?」
「いいから、とりあえず、ちゃんと履け」
室井が指摘すると、青島は思い出しように、慌てて赤いズボンを引っ張り上げた。
腰紐を引き絞ると、そのズボンがやけに大きいことが分かる。
ダボダボで、青島の足がもう一本くらい入りそうな感じだ。
「これはですね、去年に交通課がイベントで使った、着ぐるみのピーポ君の衣装です」
道理で大きいはずである。
そういうものの活用法だけは見落とさない辺りさすが湾岸署だと、室井は呆れ気味に感心した。
「ちょっと大きくて不格好なんですけどねー」
青島は苦笑しながら上着を羽織る。
確かに上着もダボダボで、不格好である。
首周りが開き過ぎるし、肩は落ちてしまっているし、丈も長い。
だが、そのダボダボ具合が妙に可愛らしくもあった。
そう思い、思ってしまった自分に、室井は顔をしかめる。
「あ、やっぱり、見苦しい?」
顔をしかめた室井に、青島は苦笑して自分の身体を見下ろした。
的外れだったが、墓穴を掘るのは目に見えているので、室井もわざわざ訂正しない。
「…帽子、忘れてるぞ」
床に落ちてた帽子を広い、青島の頭に被せてやる。
頭を下げたまま、目だけ持ち上げて、青島は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
至近距離でそうされては、何となく離れがたい。
被せた帽子をそのまま掴んでいると、青島は首を傾げた。
「室井さん?」
「ヒゲはないのか?」
「は?ヒゲ?」
青島が目を丸くした。
「サンタクロースは白いヒゲがなかったか」
「あ、あー…ありましたね。でも、ほら、これ、ピーポ君だし」
苦笑した青島に「そうか」とだけ言って、唇を掠め取る。
青島がまた目を丸くした。
「…ヒゲはない方が良いな」
そう言って、室井はようやく手を離した。
愛しい恋人の可愛い顔は見えている方が良い、色んな意味で。
少し呆けていた青島だったが、ニヤリと笑うと自分の唇に指先で触れる。
「キス、しやすいからっすか?」
室井が嫌な顔をすると、青島は笑みを深める。
「だったら俺も、ない方が良いな」
今度は青島から近付いてきた。
三日月になった大きな瞳が近付いてくるのを、室井はじっと待つ。
唇が触れる瞬間、青島が会えて嬉しいと囁いた。
ちゅっと音を立てて軽くキスをすると、本当に嬉しそうに笑う。
「サンタクロースが誰よりも先にプレゼント貰っちゃったな」
室井と会えたことを指しているのか、キスしたことを指しているのか。
そんなことはどちらでも構わなかったが、青島は一つ間違えている。
青島がプレゼントを貰った瞬間に、もう一人、全く同じプレゼントを貰っているのだ。
「誰よりもってことはないだろ」
「え?」
また青島の帽子を掴むと、目に掛かるほどグッと下にひっぱる。
「わっ…室井さん?」
いきなり視界を塞がれて驚いている青島に、室井は柔らかい笑みを零す。
驚きつつもされるがままの青島が愛しい。
視界は帽子で塞いだまま、青島の頬を掴んで引き寄せた。
「…俺がいる」
サンタクロースからかどうかは分からないが、少なくとも青島からはクリスマスプレゼントを貰った。


三度目のキスは少しだけ長くなる。










END

2007.8.4

あとがき


クリスマス企画のお話はこれが最後。

プレゼント交換。してませんけど、「プレゼント交換」です(笑)
サンタクロース青島君。可愛いじゃないかと。
おひげついていても、可愛いんじゃないかと。
あ、ラスクリのケンジさん。思い出しますね(^^)

こう見ると、とにかくラブラブな三本でしたね(笑)
お付き合い、有り難う御座いました!



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