■ 二人のクリスマス
『24日、非番なんですけど』
青島から電話が掛かってきてそう言われた瞬間、室井はかなり驚いた。
思わず「24日っていつだ?」と聞き返して、青島に笑われたくらいである。
24日は、もちろん24日だ。
クリスマスイブというやつである。
室井がバカな質問をしてしまうほど驚いたのには理由があった。
『なんつっても、どうせ会えませよねー』
「青島、俺も非番なんだが、その日」
『ええ…っ』
青島もかなり驚いたらしく短く叫んで、沈黙した。
たかが非番くらいで大袈裟なと思われるかもしれないが、二人が付き合い出し5年目にして、初めてクリスマスに休暇が重なったのである。
クリスマスに加え年末とあって警察も何かと忙しい揚句、二人とも未婚で表向きは恋人無しである。
理不尽ではあるが、どうしても休暇が後回しにされがちなのだ。
毎年のことだから、二人ともクリスマスに一緒に過ごすことなど、三年目辺りから早々に諦めてしまっていた。
期待をしなければガッカリもしないからである。
互いの誕生日が近いこともあって、プレゼント交換すらしないクリスマスが続いていた。
それが今年は意図せずに、休暇が重なったのである。
驚き過ぎたせいか、イマイチ実感が湧かない。
「奇遇だったな」
変な感想を漏らしたら、青島が笑い声を上げた。
『ははっ、そうっすね、全くの偶然だもんなぁ』
「一緒の休暇は、取ろうとすると中々取れないもんなんだが」
『そうそう。無欲の勝利ってやつかな』
「どうだろう?でも宝くじに当たったような感覚はあるが」
『しかも、買わない宝くじがね』
クスクス笑いながら、『で、』と青島が先を促す。
『何します?』
当たり前に聞かれて、室井もようやく実感が湧いてきた。
青島と初めて過ごす、クリスマス。
さて、何をしようか―。
『やっぱり、ケーキ買ってチキン食ってシャンパン飲んで?』
「家でやるのか?」
『外が良いですか?』
「いや、準備が大変そうだなと思っただけだ」
『それもそうっすね。室井さん、さすがに七面鳥は焼けないだろうし』
「…食いたいのか?」
『クリスマスっつったら、七面鳥でしょう』
「焼鳥じゃだめなのか」
『ムードないよ、室井さん』
「しかし二人じゃ食えんだろう」
『まぁ、そうっすけどね』
「ホテルでも予約するか?」
『あ、温泉とかもいいっすねぇ』
「いいな」
『北海道とか東北の雪深いところで、のんびり温泉に入りながら雪見酒とか憧れるなぁ』
「あ、青島、休みは一日だけだぞ」
『そういや、そうですね…』
「…どこかのスィートルームにでも泊まるか?」
『俺達二人で?スィートルームに?泊まって何するんですか、一体』
「ケーキ食べてシャンパン飲んで…寝るんじゃないか?」
『室井さんのえっち』
「そ、そういう意味じゃなくて」
『そういう意味じゃないの?』
「……じゃないことはないが」
『あははは…ま、たまには雰囲気出してそういうのも良いかもしれないけど、どうせ今からじゃ予約取れませんよ』
「そういうものか」
『あ、でも、それならレストランも厳しいか』
「結局自宅でするしかないのか」
『そうっすねー』
「自宅だと七面鳥は無理だぞ」
『いや、それはいいんですけど、何しましょうね』
「クリスマスか」
『クリスマスです』
「……」
『……』
「いざとなると、何をしたら良いのか分からないな」
室井が素直な感想を述べたら、青島が苦笑する声が聞こえる。
『ですねー』
室井自身はイベントにこだわりがないので何でも良いのだが、折角初めて一緒に過ごすクリスマスなのだから何かしたいとも思う。
何より、青島を喜ばせたいとは思うのだ。
こんな機会は、恋人らしいことをしてやれる機会は、あまりなかった。
『とりあえず、室井さんち、泊りに行っても良い?』
「それはもちろん構わないが」
『室井さんちでクリスマスパーティーしましょう』
誰にも邪魔されずのんびりと、と青島が冗談っぽく笑う。
言葉は冗談っぽくても本音ではないかと思った。
室井も同じ意見だったからだ。
誰に気兼ねすることなく、二人きりで過ごせる空間であれば、室井には文句がなかった。
「待ってる」
付き合いだして5年目にして、初めてクリスマスの約束をした。
二人用で小さいが、わざわざ青島が予約して来てくれたホールのケーキ。
飲みなれないので味など分からないからとりあえずソコソコの値段のを、と室井が適当に選んだシャンパン。
七面鳥は無理なのでその代理にと青島が買ってきたフライドチキン。
「…なんか、あんまり普段と変わらないな」
思わず室井が呟いたのは、テーブルのど真ん中にあるのが、きりたんぽ鍋だったからだ。
「何言ってんすか、ケーキもシャンパンもチキンもあるじゃない」
確かに普段の室井宅では見かけないものだが、それが取って付けたように置いてあるだけで、きりたんぽ鍋に比べるとあまりにも馴染んでいない。
だが、嬉しそうにテーブルにつく青島を見れば、これで良いのかと思う。
ちなみに、きりたんぽ鍋をリクエストしたのも青島だった。
「乾杯、しましょう」
青島がシャンパンを手に笑った。
それを見てふっと幸せな気分になるから、クリスマスも悪くないとなんとなく嬉しく思う。
クリスマスに特別な思い入れはないが、青島と過ごすことで特別に思えるのかもしれない。
互いのグラスにシャンパンを注ぎあうと、青島が悪戯っぽくグラスを掲げてみせる。
「メリークリスマス」
そんな言葉を口にして乾杯などしたことのない室井は、頬を強張らせつつそれに応じた。
「…めりーくりすます」
ぎこちない言い方が可笑しかったのか、青島がまた笑う。
可愛いなぁと思いつつ、仏頂面でグラスに口をつけた。
鍋にがっついている青島を眺めて、室井は苦笑する。
「ケーキは後から食べるのか?」
既にケーキの箱は、邪魔臭いとばかりにテーブルの下に追いやられていた。
それを指差すと、青島も箸を動かす手を止め、顔をあげる。
「ん、ああ、そうっすね、デザートに」
「そうだな」
室井は頷くと、ケーキの箱を冷蔵庫にしまった。
テーブルに戻ると、青島がまたシャンパンを注いでくれる。
「ありがとう…」
「いーえ、てか、減り悪いよ、室井さん」
今度は青島が苦笑した。
青島の指摘通り、室井のグラスの減りが悪い。
シャンパンが美味しくないわけではない。
わけではないが、二人で一本を飲もうと思うほどシャンパンが好きなわけではないのだ。
しかも、鍋を突きながら飲んでいると、どうしても日本酒が飲みたくなる。
室井は眉間に皺を寄せて、素直に言った。
「日本酒が飲みたいな…」
「うわっ、ダメですよ、室井さん、そんなこと言っちゃ」
「そ、そうか?」
「そうですよ、俺だって飲みたいのに」
「……」
視線を合わせると、二人して笑みを零した。
つまり、青島もシャンパンを持てあましているのだ。
「よし、さっさと飲んで、日本酒に切り替えましょう!」
そう言うと、青島はグラスをぐいっとあけて、室井に突き出した。
注げと言っているのだ。
「無理しないで、残しても良いんだぞ」
「ダメです、飲みますよ、クリスマスだし」
青島の変な意地に、室井は苦笑する。
青島が断念しないのなら、室井がするわけにもいかない。
青島のグラスにシャンパンを注いでから、室井も自分のグラスを空ける。
「お、いい飲みっぷり」
「…日本酒が飲みたい」
言いながら手酌でシャンパンを注いだら、青島が爆笑した。
「お、俺ら、なんか間違ってません?」
こんなのクリスマスパーティーじゃないと言いながら、腹を抱えて笑っている。
確かにクリスマスパーティーとはもう呼べないだろう。
ケーキは冷蔵庫の中でまだ出番すらきていないし、シャンパンは最早ただのお荷物である。
「難しいな、クリスマスというのは」
呟いたら、青島が咳き込んだ。
そこまで笑われる覚えはないのだが、変なツボに入ったらしく、ひーひーと笑い続けている。
「…大丈夫か?」
多少心外だが、あんまり辛そうだから思わず尋ねた。
青島は大丈夫だと首を振ったが、まだ震えているのであまり大丈夫そうでもない。
それでも喋れる程度には落ち着いてきたようだ。
「難しいこと、ないと思いますけどね」
「そうか?」
「別に、こうしなきゃって決まってるわけじゃないですし」
楽しければそれでいいじゃないと笑うから、室井は思わず突っ込んだ。
「ケーキだ、シャンパンだ、七面鳥だと騒いだのは、君の方だぞ」
「ええ、だから、俺は満足してますよー」
笑いながら、グラスを空ける。
「室井さんと、クリスマスできたもん」
いひっと笑う青島の顔を見れば、なるほどクリスマスは難しいことではないんだなと素直に思う。
喜ばせたいと思っていたことを、思い出したのだ。
嬉しそうな顔が見られて目的は果たされているわけだから、これで良いのだろう。
室井と青島のクリスマスは、きりたんぽ鍋でシャンパンを飲みつつ、日本酒を恋しがるクリスマスで充分なのだ。
「クリスマスには違いないな」
「ええ、曲がりなりにも」
自分で言った言葉が可笑しかったのか、青島がまた笑う。
空になったグラスを差し出してくる青島に、室井は黙って手招きをした。
「?」
首を傾げて身を乗り出してくる青島に、自分からも近付いて軽く唇を触れ合わせる。
特に意味はないけれど、触れたくなったから触れてみた。
きょとんとしている青島に、室井は真顔で言った。
「レストランじゃなくて、良かった」
触れたい時に触れられないところじゃなくて、良かった。
そう言うと、青島が照れくさそうに頬を掻いた。
「室井さんって、たまにさー…」
「ん?」
話を聞きながら、青島のグラスにシャンパンを注ぐと、ボトルが丁度空になった。
飲めば飲めるものである。
「日本酒が飲めるな」
思わずつぶやいたら、青島のツボにまたはまったらしい。
「色気があるんだか無いんだかわかんないよ、室井さん!」
また笑われたと思って眉間に皺を寄せるが、笑い続ける青島を見ているうちにどうでも良くなる。
―青島が幸せそうだし、まあいいか。
クリスマス本来の幸せとは掛け離れている気がするが、二人が幸せならそれで良いのだろう。
END
2007.8.4
あとがき
これもクリスマス企画のお話。
二人はどうやってクリスマスを過ごすのかなーと思いまして…。
たまには気取ってレストランとか行ってても可愛いです。
中年男性二人でディナー(笑)
女性二人でディナー行っても可笑しくないですが、
なぜ男性二人だと可笑しいんだろうなぁ(^^;
青島君は営業マンだったので、ある程度マナーとか詳しそうですね。
室井さんはどうだろう…接待でレストランでディナーってこともないだろうし…。
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