■ サンタクロースは来なくても


徹夜も三日続くと、多少言動もおかしくなる。
「サンタクロースは誰からプレゼントを貰うんだろう」
仮眠室で寝ていたところを叩き起こされた青島は、青島と交代で仮眠を取りに来たすみれに向かって言った。
すみれは怪訝そうな顔をすることもなく、さあ?と首を傾げる。
何故そんな質問が今出てくるのか、といった疑問は特に浮かばないらしい。
すみれも睡眠不足で頭の働きが鈍いのだ。
「自分で自分にあげてるんじゃないの?」
「それはプレゼントとは言わなくない?」
「なら、サンタクロースのお父さんでしょ」
「急に夢がなくなるなぁ」
「サンタクロースのお父さんもサンタクロースなら問題ないじゃない」
「世襲制なの?サンタクロースって」
すみれは欝陶しそうな顔をして、青島を見上げた。
「一体、なんの話しなわけ?」
無意味な会話を続けて、ようやく疑問が湧いたらしい。
青島は噛み殺すつもりもない欠伸を盛大に漏らした。
「だからさ、世のため人のために尽くしてる人たちへのご褒美ってどうなってるのかなぁと」
つまりはサンタクロースなどどうでも良くて、クリスマスイヴに徹夜三日目を迎えた自分の不遇を呪っているだけである。
すみれは冷静に突っ込んだ。
「ボーナスでしょうね、来年の夏に労ってくれるわよ」
「いや、そういうことじゃなくて…」
もっと報いて欲しい!と、大抵のサラリーマンが一度は考えるようなことは青島も考えないではないが、特別差し迫って給料や賞与に不満があるわけじゃない。
くどいが徹夜三日目だから、待遇の改善は大いに望みたいところではあるが、そういう話しでもなかった。
「睡眠時間削ってでも、市民を守るためにお巡りさんは頑張ってるわけでしょ?」
また欠伸をしながら青島が言うことを、すみれは苦笑しながら聞いている。
「頑張ってるんだからさぁ、もう少しイイコトあっても良くない?」
「室井さんとデートできるとか?」
からかうつもりの一言だったのだろうが、青島は間髪入れずに真顔で否定した。
「いや、とりあえず自分のベッドで寝たい」
恋人を蔑ろにするわりに、とてもささやかな願いではある。
すみれもそう思ったのか、少し同情するような眼差しになる。
「それも切ない話しよねぇ…クリスマスに願うのが、恋人とのデートよりも睡眠って」
「ねぇ、全くだよ」
他人事のように頷くと、また欠伸が出る。
すみれと視線を合わすと、お互いに笑みを零した。
忙しい時には忙しい者同士、連帯感が生まれたりする。
目でお互いを励まし合い、青島は自分の頬を両手で軽く叩いた。
早く人間になりたーいと呟くと、苦笑したすみれに手を振って仮眠室を離れた。


室井に会いたくない。
わけがないので、本当はとても会いたい。
でも睡眠が願いということも嘘ではなくて、欲を言えば、室井の隣で、なんなら抱きしめて眠りたい。
俺は抱き枕かと呆れながらも、室井はきっと青島のわがままを聞いてくれるだろう。
室井に会えれば、の話しだが。
青島は三日徹夜しているし、室井もどこぞの所轄の特捜でカンヅメになっていると聞いた。
会える隙がないのである。
夜中だと言うのに騒がしい刑事課に戻った青島は、自分の席に腰を下ろしながら思った。
―ま、この歳になればクリスマスなんかどうでも良いけどさ。
クリスマスイヴになりたての真夜中。
フライングして盛り上がったのか、もしくは忘年会だったのか。
どこかから保護されて来たらしい酔っ払いが眠る応接のソファーを見ながら溜息をついた。
―クリスマスなんか大嫌いだ。
それは少しだけ、負け惜しみだった。




久しぶりに自宅に帰れることになり、青島は電車に揺られながら帰路についた。
クリスマスイヴとあって、車内は人でいっぱいである。
仕事帰りの青島にしてみれば逆恨みではあれど、浮かれた人並みにいささか腹立たしくもなるが、それよりも疲れが勝ってただ勘弁してくれよと思う。
ようやく新木場で降りると、よれよれになりつつも足早に自宅へ急ぐ。
予定はない。
待っている人もいない。
そんな自宅に急ぐのは、疲れた身体を癒したいがためだけだ。
通りすがりの住宅に、ささやかだけど可愛らしいイルミネーションが施されているのが目に入る。
ここ数日何度も認識したが、改めて思う。
―クリスマスなんだなぁ。
それがどうしたと思う半面、バカ騒ぎしたいという欲求にもかられる。
しかし今は、身体がベッドを恋しがっている。
そしてそれ以上に、心が恋しがっている人がいた。
まとまらない思考回路で室井を思い出しながら、青島はイルミネーションから視線をそらし、また自宅へ急ぐ。
ここでイルミネーションを眺めていたって、室井が現れるわけではない。
今の願いのうち一つだけは自力で、しかもすぐに叶えられるのだから、青島はさっさと帰って寝てしまうつもりだった。
家まで後少し。
携帯を取り出して、室井に一言だけメールを送った。
『Happy Merry Christmas!ちーっともめでたくないですけどね!』


「ただいまぁ」
一人暮しの癖で、誰もいないはずの部屋に向かって挨拶をする。
当然返事はない。
青島は部屋に入るなり電気も付けずにコートを脱ぎ、ジャケットを脱いだ。
脱いだものをだらし無くソファーに引っかけて、そこに先客がいたことに気が付く。
先客は黒いコート。
「!」
青島は目を丸くすると寝室に飛び込んだ。
青島のベッドで行き倒れて、もとい、眠っているのはもちろん室井だった。
スーツの上着を脱ぎネクタイを緩めた時点で力つきたのか、ワイシャツとスラックスのまま、布団の中にも入らず眠っている。
青島はしばらく呆けていたが、やがて堪え切れないというふうに笑みを零した。
小さく笑い声が漏れたが、今の室井なら起きはしないだろう。
青島もネクタイを外してしまうと、そのままの格好で室井の隣に横になる。
室井の下から布団を引っ張り出すと、室井を抱き寄せて布団に包まった。
そうしてから室井の顔をのぞき見たが、眉間に皺を寄せたままぐっすり眠っていて、目覚めた様子はない。
青島は室井の眉間に唇を押し付け、少し物足りなく思い唇を奪う。
反応は返ってはこないが、満足するまで何度も重ねる。
体力の限界か気力の限界か。
物凄い勢いで迫りくる睡魔に負ける直前までキスを繰り返す。
力尽きる瞬間、室井の腕が青島を抱き返した気がしたが、青島の気のせいだったかもしれない。
確認することは叶わなかった。
青島は既に夢の中―。





遠くから目覚まし時計の音が聞こえる。
随分遠くで鳴っていた気がしたが、なんのことはない。
青島の気が遠くなっていただけで、目覚まし時計はすぐ側で鳴っていた。
「んー…」
唸りながら手を伸ばし、アラームを止める。
そのまま二度寝してしまいそうだったが、隣にあったはずの温もりがなくなっていることに気付いて、ようやく目を覚ました。
ムクリと起き上がるが、ベッドにも寝室にも室井の姿はない。
「…夢?」
青島は呟き、首を傾げる。
そんなバカなとも思う。
確かに抱きしめて眠った覚えがあった。
久しぶりに愛しい温もりを感じながら眠ったはずだった。
「幻覚だったらヤバイなぁ」
青島は困ったように呟きながら、頭を掻いた。
いくら大好きな人とはいえ、恋しさのあまり幻覚を見ていたのだとしたら一大事である。
そんなことを寝ぼけた頭で考えながらもたもたとベッドから下り、寝室を出る瞬間に、おや?と思う。
良く考えたら目覚ましのアラームをセットした覚えがない。
首を捻りながら寝室を出ると、リビングがほのかに暖かい。
コーヒーの匂いと、テーブルの上に置かれたおにぎりに、青島は笑みを零した。
「なんだ、やっぱりいたんじゃん」
そう呟いて、おにぎりの脇においてあったメモ紙を手に取る。


『おはよう。
夕べは先に寝てすまない。
更に申し訳ないが、先に行く。
コーヒーを勝手に落として飲んだが、残りが煮詰まっていたらすまない。
米があったからおにぎりは作ったが、冷蔵庫が空だったから中身は何も入ってない。
ちゃんと飯を食ってるのか?忙しいのは分かるがちゃんと食え。
時間と、紙の隙間が無くなったから、もう行く。
近いうちに、また会おう。
遅刻するなよ。  室井』


小さなメモ紙に、丁寧な文字が並んでいる。
名前の後に、取ってつけたような『Merry Christmas』の文字。
青島はそっとメモ紙をテーブルに戻した。
「結局、何しに来たのさ、アンタ」
言いながら可笑しくなって、クスクスと笑う。
笑い出すと段々とツボにはまり、とうとう腹を抱えて笑い出した。
『また会おう』も何も、お互いちゃんと顔を合わせてはいない。
青島は夕べ、室井はきっと今朝に、お互いの寝顔を見ただけである。
触れるだけ触ったから、青島には会ったという実感がなくもなかった。
もしかしたら、室井も夕べの青島と似たようなことを、寝ている青島にしたのかもしれない。
ある意味、お互いに虚しい。
だけど、どういうわけか満たされるものがあった。
―もしかしたら、室井さんも、俺を抱き枕にして寝たかったのかな。
やんわりと笑った青島は、愛しそうに室井の残したメモ用紙をもう一度眺めた。
「クリスマスも、悪くないかもね」


サンタクロースは来なくても、プレゼントは突然降って湧いたりする。











END

2007.8.4

あとがき


今更ですが、思い出したのでアップ(笑)

昨年のクリスマス企画の時に寄稿させて頂いたお話でした。
会えなくたってラブラブな二人…。



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