■ 想いの分だけ


青島はテーブルの上を眺めて、一人悦に入っていた。
「ちょっと……上出来じゃない?」
どこか自慢げに、呟く。
自慢しようにも、部屋の中には青島しかいないので、単なる独り言だ。
「やればできるじゃん、俺も」
ふふんと笑いながら、床に腰を下ろしテーブルにつく。
テーブルの上には、青島の力作の料理が並んでいた。
肉じゃがとさばの塩焼きに、ご飯と味噌汁。
キュウリの浅漬けは室井作である。
先日室井が泊まりに来た時に一緒に買い込んだ材料が余っていたので、今日は青島一人だったが夕飯を作ってみたのだ。
冷蔵庫が充実していれば、青島だってたまには料理をする。
それを見越してか、室井は青島の部屋に泊まりに来ると多めに買い込んで来るのだが、青島はそれがわざとだとは気付いていなかった。
「いっただっきまーす」
両手をパンっと合わせて合掌し、箸を握った途端、床の上に放り出してあった携帯電話が鳴った。
顔を顰めた青島だが、職業柄居留守を使うわけにもいかない。
手を伸ばし、ディスプレイを見て、顰めた顔を綻ばせた。
着信は室井からだった。
青島は躊躇うことなく、通話ボタンを押した。
「もしもーし」
『室井だが…今、大丈夫か?』
「ええ、もう、家ですよー」
今日は珍しく定時に上がれたのだ。
だからこそ、ちゃんと夕飯が作れたのである。
「室井さんは?仕事終わったんですか?」
『ああ、今帰り道だ』
言われてみれば、電話の向こうが少し騒々しい。
車の音や、時々人の話し声も聞こえる。
帰り道に歩きながら電話をくれたらしい。
「そうっすかー、お疲れ様ですー」
時計を見れば、20時をいくらか過ぎていた。
室井も今日はいくらか早く帰れたようである。
「何かありました?」
『いや……なんとなく電話しただけだ』
意外な返事に目を丸くした。
青島だって中々しないからお互い様だが、用事が無いと室井はあまり電話をしてこない。
珍しいなぁと思って単純に驚いただけなのだが、室井は少し気まずそうに呟いた。
『すまない、忙しかったか?』
青島は見えもしないのにぶんぶんと首を振った。
「いや、全然。飯食うところでした」
『…なら、邪魔を』
「いやいやいやいや」
慌てて否定する。
「全然平気っすよ、えーと、ちょっともごもご言うかもしれないけど」
暗に、電話しながらでも食べるから平気だと伝えると、電話の向こうで室井が小さく笑った。
『そうか』
張り詰めたところのない、柔らかい声。
室井の気持ちが仕事から解放されて、オフになっているのが分かる。
生真面目すぎる性格が災いしてか、仕事を完全に忘れる時はない。
それでも、室井が青島と過ごす時間を大事にしてくれているのは、青島自身良く知っていた。
どういう心境で室井が青島に電話をしようと思ったのかは分からないが、きっと深い意味はない。
穏やかな声がそれを教えてくれる。
強いて理由をあげれば、声を聞きたくなっただけだろう。
そんな瞬間くらい、青島にだってある。
だから理解できた。
会っているわけではないが、青島の声を聞いている今の瞬間も、室井にとって力の抜ける心休まる時間であればいいと思う。
青島は左手で携帯を握り、右手で握った箸を動かしながら、微笑んだ。
「今日はねー、ちゃんと料理したんですよー」
まるで子供が褒めて褒めてと言うようなトーンで話す。
『……えらいな』
ちょっと間が空いたのは、笑いを堪えたせいだろう。
声が少し震えていたせいで、青島にもそれが伝わる。
青島は唇を尖らせた。
「あ、なんか、バカにしてません?」
『してない』
「本当にぃ?」
『自炊してバカにする理由もないだろ』
バカになんてしてないと繰り返す室井に、青島もまぁいいかと思い直す。
そもそもいい大人の自炊など、自慢できることでも褒められたことでもないのだ。
力作ができたと悦に入っているところに、室井がタイミング良く電話をしてくるから、つい調子に乗っただけである。
「まぁ、自分で作って一人で食べるのも、味気ないんですけどねー」
『一人暮らししていたら、それも仕方ないだろ』
「そうなんですけどねー」
行儀悪く箸でじゃがいもを刺し、口に運ぶ。
「ん、んまい、やー、やっぱり、俺もやればできるんだよなぁ」
性懲りもなく自画自賛すると、室井がはっきりと笑った。
『上手く出来たみたいで良かったな。何を作ったんだ?』
不思議ともうバカにされている気はしない。
むしろ、青島のしょうもない自慢に付き合ってくれるような暖かさを感じる。
青島は今夜の献立を説明しながら、キュウリの漬物を噛んだ。
「室井さんはこれから飯?」
『ああ、何食べるかな…』
「うちに食べにくればいいのに」
『これからか?』
「サバは一人分しかないから、半分コね」
『いいからしっかり食え』
「ちょっと、親父が子供に言うみたいな言い方、やめてくださいよー」
苦笑すると、電話越しに室井も苦笑する声が返ってきた。
室井自身もそう思ったのかもしれない。
口煩いことはないが、室井は何かと青島の世話を焼きたがる。
突っ込むまで気付かなかったりするので、本人は無意識でしているようだった。
子供扱いされていると思えばすこぶる面白くないが、単純に室井の愛情と思えばわりと嬉しい。
なにごとも気の持ちようだよなーと思える青島は、多少お気楽なのかもしれない。

『着いた』
唐突に室井が言った。
「え?何が?」
『いや、家に着いたんだ』
「ああ…そういうことか」
がさがさと物音がするから、鍵でも探しているのだろう。
「おかえりなさい」
別に青島の部屋に室井が帰ってきたわけでも、室井の部屋で青島が待っているわけでもないが、なんとなく挨拶してみた。
『…ただいま』
室井も苦笑気味に返事をくれる。
青島は箸でサバをつつきながら、少し悪乗りした。
「飯にしますか?風呂にしますかー?」
『…何を言ってる』
少し呆れた室井の声に笑って、舌を出す。
「決まり文句でしょ?」
『希望を言ったら、出してくれるのか?』
温かいご飯に、沸かしたてのお風呂。
用意してやりたいのは山々だが、ちょっと距離がある。
「んー、俺んち、来てくれたら出しますよ」
『聞いたのは君だろ、君がうちに来るべきだ』
珍しく、青島の悪乗りに室井も付き合ってくれる。
青島は笑いながら言った。
「俺が室井さんち行くなら、飯も風呂も用意するのは室井さんの仕事でしょ。おかえりって言うのは、室井さんの方だもん」
『……それもいいな』
「え?」
小さな声を拾って聞き返すと、室井は静かに呟いた。
『いや……会いたいなって思っただけだ』
携帯電話を握ったまま、青島は目を瞬かせた。
ちらっと携帯電話に視線を投げて、見えない室井の姿を思い浮かべる。
眉間に皺を寄せた難しい顔で、こんな可愛いことを言っているのだと想像すると、なんとも可笑しい。
「来たらいいじゃない」
青島は照れ笑いを浮かべながら、軽く言った。
今日は約束していなかったが、予定外に会えるなら嬉しいに決まっている。
『……いや、今日はやめておこう』
明日の朝は早いんだと呟く。
「そっすかー」
少し残念だが仕方がないし、元々予定にないから諦めもつく。
それに先日会ったばかりだから、無理してまで会う必要もない。
「なら、今日は早く寝ないとダメですよー」
『……』
「ま、室井さんのことだから、大丈夫だろうとは思うけど」
『……』
「室井さん?聞いてます?」
急に静かになった室井を不審に思い、呼び掛ける。
携帯電話を耳から離してディスプレイを確認するが、切れてはいない。
再び耳に当てると、大変不本意そうな室井の声が聞こえてくる。
『しまったな…』
「何が?」
『声を聞いたら余計に会いたくなるもんなんだな』
青島は方眉を持ち上げて、意味なくもう一度ディスプレイを見た。
―今更何を言ってるんだろうね、この人は。
昨日今日付き合い出したわけでもないのに、今更発見したかのような言い方がおかしい。
それも、それが大変お気に召さないらしい。
不服そうな室井の声が教えてくれる。
おかしいが嬉しいくもあった。
自分に会いたくなると言って困っている室井は、愛しかった。
「会いにくればいいじゃない」
『…だから、明日は早いんだ』
繰り返される会話には、苦笑してしまう。
青島だって会いたい。
会いたいけれど、今は我慢できないほどではない。
室井に無理をさせてまで会いたいほど、会いたいわけではなかった。
室井だってきっとそうだ。
どうしても我慢できなければ、例え翌朝早くても絶対に会いに来る。
「んじゃ、夢で会いましょう」
『無茶を言うな』
「念じて寝れば、見れるかもしれないじゃない」
気軽に言って、室井の苦言も笑い飛ばす。
「いいですか?意地でも俺の夢見てくださいよ?」
『……努力はしてみるが』
青島は声もなく笑った。
携帯電話を耳にあてたまま、腹を抱えて蹲る。
青島の夢を見る努力はしてみる。
室井は青島にそう約束しているのだ。
自分でお願いしたとはいえ、これ以上ないくらい馬鹿馬鹿しい約束だ。
『青島?』
「……ちょ、ちょっと、あんまり笑わせないで……」
なんとかそれだけ搾り出すと、電話の向こうから憮然とした声が返ってくる。
『君が勝手に笑ってるんだろ』
「そ、そうですけどー……あたたたた」
『……やっぱり、君の夢を見るのはやめる』
ちょっとイジケ気味な室井の言葉に、青島は再び悶絶した。
無茶を言うなと言ったわりには、随分自由自在に夢を操るつもりらしい。
そんなふうに夢を選択できるなら、悪夢も見ずに済んでいいかもしれない。
―室井さんくらい意思が強いと、そんなこともできんのかな。
一瞬考えたが、きっとそんなわけもない。
『いつまで笑ってる気だ』
電話切るぞと言う室井に、青島は慌てて笑みを引っ込めた。
「そんなこと言わないで、俺の夢みてくださいね」
柔らかい表情のまま、優しく囁く。
「俺も見るから、室井さんの夢」
『……努力はする』
また同じ返事が返って来るが、今度は茶化さない。
「きっと見れますよ、夢」
『なんで自信満々なんだ』
くすりと笑う室井の声に、青島はニッと口元を綻ばせた。
「こんなに想ってんだから、見れるに決まってんでしょ」




翌朝。
早朝に室井から一通のメールが届く。
『夜中に三度も起きた。会いに行った方がマシだったかもしれない』
青島は再び悶絶することになる。


「一体、どんな夢見たのよ、室井さん」










END

2007.7.5

あとがき


また、書きたいところが偏ったお話ができました(笑)

書きたかったのは電話で「おかりなさい」という青島君です。
「ご飯にしますかーお風呂にしますかー」って。
いもしないくせに言うと可愛いかなーと。

たまには、会いたくてもちゃんと我慢する二人でした(笑)
社会人ですから、こんな日もあるんじゃないでしょうか〜。


元々は某様とのお電話中に浮かんだネタでした(^^)



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