■ 道の途中


新木場の駅を出て、室井と二人、並んで歩く。
飲んだ帰り道だからすっかり日も沈んでしまっているが、街頭の下だけぽっかりと明るい。
その道を青島の自宅に向かって、ほろ酔い気分で進んでいた。
「大分あったかくなってきましたね〜」
「もう、3月だもんな…」
「早いっすね、もうすぐ春か」
「年々季節が早く過ぎていく気がするな」
室井がちょっと眉をひそめた。
あっという間に歳を取る気がしているのだろう。
その気持ちは青島にも良く分かる。
子供の頃とは時間の流れが違って感じるのだ。
日暮れまで遊んでいた子供の頃には一日が長かったが、現在の慌しく過ぎる毎日では一週間すらあっという間だ。
子供の頃には理解できなかった時間の有り難味を、今は身に染みて感じる。
時間は決して戻らないから、無駄にはできない。


「室井さん、戻りたい時ってあります?」
不意に思い立って聞いてみた。
室井が不思議そうな眼差しを寄越すから、「タイムマシンがあったら、何才に戻りたいですか?」と付け足す。
子供みたいな質問がおかしかったのか、室井は少し笑った。
それでも律儀に考えてくれるから、青島もじっと待つ。
待ちながら、自分ならいつかなと考える。
「…幼稚園の入園式」
室井がぽつりと言った。
「なんでです?」
「知らない人ばかりで怖かったのか、ずっと泣いて母にしがみついていたらしい」
今になってもたまにからかわれるんだと渋面になった室井に、青島は笑った。
「室井さん、可愛い〜〜〜」
「三十年以上も前の話しだぞ」
言わなくても分かるようなことだが、わざわざ釘をさしてくるから余計におかしい。
「その時に戻ってどうすんですか?」
「根性で我慢してくる」
真顔で言うから、青島はまた笑ってしまった。
子供なのだから我慢することはないのだが、室井にとってはそれは失敗だったらしい。
子供の頃の室井を想像してみる。
ぱっちりおめめで凛々しい眉の、賢そうな男の子。
きっと可愛かったに違いないと思うのは、恋人の欲目だろうか。
その頃の室井にも会ってみたかったと思う。
「友達になれたかな」
思わず呟くと、室井が首を傾げた。
「その頃の室井さんと俺、会ってたら友達になれたかなぁ…って」
「俺が幼稚園児の時、君は赤ん坊だぞ」
「あ、そっか。4つ違うんだっけ」
「……友達になりたかったのか?」
喜んだらいいのか悲しんだらいいのか、分からない顔。
室井が複雑な表情を浮かべる理由に思い至って、青島は笑った。
「友達から恋人にって発展もありでしょ」
そう言うと、室井も苦笑して頷いた。


「…他にもあるが」
戻りたい時が、他にもまだあると室井が言う。
「お、いつですか?」
あまり後悔をしない人だと思うが、入園式の失敗談のようなことは、いくら室井でもまだあるのかもしれない。
室井の昔話を聞くのは、ちょっと楽しい。
今の室井が傍にいればそれで充分だけど、知らない頃の室井のことも知れたら嬉しい。
そう思っていた青島に、意外な返事が返ってきた。
「君の名詞を、見ないで鞄にしまってしまった時だ」
言われて、目を丸くする。
一瞬なんの話かと思ったが、すぐに思い出した。
出会ったばかりの頃の、青島が運転する車中でのことだった。
サラリーマンの延長で青島が差し出した名詞を、一目見ることもなく室井は鞄にしまってしまったのだ。
もう何年も前のことで青島もすっかり忘れていたが、やった本人は未だに気にしているらしい。
「んなの、もう気にしないでいいっすよ」
青島は笑ったが、室井は難しい顔を崩さない。
「あれは、あの頃の俺は良くなかった。人として、間違っていた」
渋面で呟くから、室井の後悔を一つ知る。
真っ直ぐ過ぎるくらい真っ直ぐな室井でも、後悔することくらいはあるらしい。
真っ直ぐだからこそ、融通を利かせられずに間違う。
そんなこともあるのかもしれない。
青島は不器用な室井が大好きだが、それゆえに室井が苦しむようなことは望んでいない。
もう少し楽に生きられればいいのにと思ったが、言葉にしたことはなかった。
それができるくらいなら、青島なんぞに言われるまでもなくそうしているからだ。
そうできないから、室井はどこまでも真っ直ぐなのだとも思った。
「まあ、室井さんらしいなぁとは思いますけどね、別に俺のことは後悔してくれなくていいですよ」
本人が気にしていないのだから、青島のことまで引きずることはない。
室井がちらりと青島に視線をくれる。
「…君には感謝してる」
「俺?」
視線がぶつかると、また真っ直ぐに前を向いた。
「忘れかけていたことを、沢山思い出させてくれた」
警察官になりたいと願った理由。
上を目指さなければならないと思った訳。
自分が成すべきこと。
どれも忘れてはいけないことだった。
忘れてしまえば、室井が警察官でいる意味など、どこにもなくなってしまう。
それを思い出させる切欠になったのが、青島との出会いだったのだ。
室井はそう言った。
「…俺こそ、感謝してますよ」
青島は頭を掻いた。
室井の存在がなければ、もっと警察に失望しただろう。
困っている人を助けたい、守りたいという青島の分かりやすい正義を、理解してくれる唯一のキャリアと言っていい。
青島が警察を諦めずに頑張ろうと思えたのは、室井がいたからだ。
青島よりも遥かに厳しい立場に身を置いて、それでも信念を曲げずに頑張ってくれている室井がいる。
青島が諦めない理由はそれだけで十分だった。


出会えたことに感謝はすれど、辿った道に後悔はない。
あれもこれも、二人には必要な出来事だった。
二人が成長するために、前に進むために、きっと必要なことだったのだ。
青島はそう思った。
「戻る必要なんか、ないっすよね」
「うん?」
「だって、進むべき道は見えてんだもん」
迷子になっているわけじゃない。
過去に戻って、分岐点を探す必要はないのだ。
青島は室井を振り返って笑った。
「どこまでも、一緒に行きましょうね」
何も見えない道の先を指差すと、室井も小さく笑った。
「よろしく頼む」
「こちらこそっ」



とりあえず、この道の先にあるのは青島の自宅。
同じ時間を心行くまで共有したら、明日はまた別々に同じ道を歩む。
一年経っても十年経っても、二人の目指す先は一緒。
同じ未来に、二人はきっといる。










END


2007.3.3

あとがき


あまり記念日っぽくもお祝いっぽくもないお話になってしまいました(^^;
過去を振り返ってみて、今が素晴らしいと思えたら素敵だなーと。
いや、ちょっと違うかなー。
今が素晴らしいければそれに越したことはないけれど、
今があるのは過去があったおかげ、と思えたらいいなーとかとか。
そんな感じかしら。どうかしら(おい)

戻りたい過去がないわけじゃないです。
そこに戻れば確実に楽しい!とか幸せ!とか思えるポイントってありますから。
でも、トータルで考えれば、今が幸せ。今がいい。

未来を見据えている二人もそうであればいいなー…っと思います。
んが、よく分からないお話になってしまいました(笑)
とりあえず、幼稚園児室井さんは可愛かったんじゃないかと思うのですが(そこ?)


三周年を迎えられたのは、皆様のおかげ!
本当に有り難う御座いました!


あ…お雛様ですよー。
すみれさんのお話が書きたいなー(突然)



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