■ 鬼は外?福は内?


青島は自宅の玄関で待機していた。
何をかと言えば、室井が来るのを、である。
数時間前にメールを貰って、今夜来るつもりがあることは分かっていた。
分からないのは、何時頃に来るのかだ。
だから、ずっと玄関の前で、外からドアが開くのをジッと待っている。
既に、30分近く経っていた。
青島だって暇じゃないのだ。
今日だって慌しく仕事をし、室井が来るというから勢い勇んで帰ってきて、帰って来てから取るものも取らず、玄関に張り込んでいる。
豆の袋だけを手にして。


40分が経過しようとする頃、インターホンが鳴った。
それでも青島は動かない。
目だけがキラリと輝く。
―きたっ。
さしずめ、獲物を狙うハンターの目だ。
青島は豆を握った右手に力を込める。
やがて、外から鍵を開ける音がした。
合鍵を使っているのだから、間違いなく相手は室井である。
青島は右手を翳して待ち構えた。
ドアが開いた瞬間、姿を現した男に、青島は全力で豆をぶつけた。
「っ!」
反射的に腕で顔を庇って背ける室井に、しつこく数回ぶつける。
「あ、青島!いきなり何をっ」
「今日、節分ですよ?忘れたんですか?」
「だからって、お前…っ」
「豆まきです、日本古来からの美しい風習です…よっと」
最後の一掴みを室井にぶつけ、空になった袋をその場に放り投げると、青島はくるりと踵を返して、リビングに戻った。
呆気に取られている室井にも、床や玄関にいいだけ散らばった豆にも、見向きもしない。
青島が40分近くも玄関で待っていて、やりたかったことはこれである。
有無を言わさず力任せに、室井に豆をぶつけてやりたかった。
ただ、それだけである。
なんなら、室井にはもうお引取り頂いても構わない。
青島の気は済んだ。
室井に豆をぶつけたいという、気持ちだけは。
つまり、怒りは収まっていない。
室井とはケンカの真っ最中だった。
ズカズカとリビングに戻ると、アメスピを手に床に腰を下ろした。
「おい、青島、いくらなんでもあんまりじゃないのか」
額に青筋を浮かべた室井が、後をついてリビングに入ってきた。
青島は室井に目もくれないで、煙草に火をつける。
「厄払いしてやったんだから、感謝してくださいよ」
「厄払いも何も、全力で豆をぶつけただけじゃないか」
「豆まきって、そういうもんでしょ」
「あんなに殺気だってやる行事じゃないだろ」
「鬼を追い出そうっていうんだから、殺気だってる方がいいんじゃないっすか?」
「お前、鬼じゃなくて俺を追い出す気だったじゃないか」
煙草の煙を吐き出して、青島は室井を見上げた。
「どっちでも、大差ないでしょ」
室井の眉が大きくつりあがる。
大股で歩み寄ってくると室井も床に膝をつき、青島の手から煙草を奪った。
そのまま灰皿に押し付けて消してしまうから、今度は青島の眉がつりあがった。
「なにするんすか!」
「話をする時くらい、煙草吸うのを止めろ!」
「別に話すことなんかない!」
「俺にはあるんだ!そうメールしたろ!」
確かに室井からのメールには、『今夜行くから、ちゃんと話そう』と書いてあった。
そのメールに返事も出さずに、スーパーで豆の袋だけを買って、室井よりも先に自宅に戻るべく大急ぎで帰宅し、玄関で室井が来るのを待ち構えていたのだ。
ケンカ中の恋人同士。
歩み寄ろうとした室井に対して、はっきり言って青島の方が大人気ない。
「…話し、聞くだけ聞きますよ」
青島は室井を睨みながら、アメスピの箱から新しい煙草を取り出す。
「室井さんが、謝ってくれるならね」
眉間に皺を寄せた室井が、今度は箱ごと煙草を奪い取る。
「何故俺が謝らないといけないんだ」
話し合おうとしただけで、別に謝ろうという心積もりだったわけでもないらしい。
室井もあまり大人気があるとは言い難いかもしれない。
お互い、とにかくムキになっていた。
「室井さんが悪いからでしょ!」
「悪いのはお前だろう!」
「話し合う余地無しですね!」
「この、ほんじなす!」
「ああ、じゃあ、もう、別れますか!」
青島が思わず言った言葉に、室井が息を飲んで絶句した。
言った青島自身も沈黙する。
続けて文句を言おうと開いていた唇を、そのまま閉じる。
いきなり部屋の中が静かになった。
微妙に気まずい空気の中、お互いに視線を逸らさない。
睨みあうというほど険悪ではないが、見詰め合うというほど熱っぽさのない眼差し。
長い沈黙を破ったのは、青島だった。
「……それは、無いですけど、」
勢いで言ってしまっただけで、本気ではない。
青島だってそんなことは微塵も望んでいない。
速やかに訂正するだけの理性は働いていた。
室井がホッとして少しだけ力を抜くのを確認すると、青島は続ける。
「だからって、室井さんを許したわけじゃないですからっ」
ケンカを止める気は無いらしい。
「…俺だって」
室井の額に青筋が戻る。
第二ラウンドが始まったらしい。
「大体室井さん横暴なんですよ」
「俺のどこが横暴なんだ」
「煙草取り上げた」
返してよと言いながら、青島は室井に手を伸ばした。
アメスピの箱を取りかえそうと思ったのだ。
もちろん、室井がすんなり返してくれるわけもない。
「だめだ、どうせだから禁煙しろ」
「ほら!横暴じゃないか!」
「どうせお前は聞かないだろ!」
確かに何度減煙、禁煙を勧められたか分からないが、実行したことは一度も無い。
それをもってして横暴と罵ることはできないだろう。
むむっと睨み合いながら、隙を見てまた手を伸ばす。
室井はその手を避けながら、アメスピの箱を青島の手の届かないところへ放り出しまった。
「あ!何す…っ」
取りに行こうとする青島の腕を掴み、行かせまいと身体を押さえつけてくる。
「離してくださいよ!」
「嫌だ!」
押さえつけてくる室井に抵抗しようと青島が余計に暴れるものだから、二人とも衣服や髪が乱れ、ついでに呼吸も乱れてくる。
子供みたいな取っ組み合いだが、子供と違うのは体力が続かないことか。
40前後の二人だから無理もないが、そもそもそんな歳のいい大人が取っ組み合いのケンカなどしていていいものか。
身体を押しのけようと伸ばした青島の腕が、目測を誤って室井の頬を掠める。
「っ」
痛みか衝撃で顔をしかめた室井に、虚を突かれた青島が一瞬無防備になり、その隙をつく形で室井は青島を床に押し倒した。
ぜいぜいと肩で息をしながら見下ろしてくる室井を、青島は下から睨みつける。
「どいてくださいよ」
「煙草は諦めろ、話しを聞け」
「謝ってくれんの?」
「誰が」
「……」
「……」
どこまでも平行線である。
青島は仏頂面で室井の下から這い出ようと身を捩るが、その身体をまた室井が押さえつけようとする。
弾みでうつ伏せになった青島を、上から圧し掛かるようにして押さえつけた。
「重い!」
首だけ振り返って文句を言ったら、室井は少しだけ目を細めた。
「…何を今更」
項に寄せられた唇に、思わずビクリと反応してしまう。
軽く赤面しながら、青島は顔を顰めた。
「卑怯だっ」
「お前が話を聞かないからだ」
「だからって…っ」
耳の裏に湿った舌が這い、耳朶を甘噛みされる。
そのまま首筋を吸われるから、青島は小さく声を漏らした。
「っ、ちょっと、待って…!」
「…話を聞くか?」
床に押さえつけるように重ねていた手を優しく撫ぜるように握りながら、室井が耳元で囁く。
もう一度胸中で「卑怯者」と叫びながら、青島は振り返って上目使いで室井を見た。
「そっち、向きたい」
「……青島」
身体を押さえつけていた腕が緩み、室井の身体が少し離れる。
青島はその隙をついてくるりと身体の向きを変え、足で室井の身体を向こうに追いやると、室井から離れた。
呆気に取られている室井に、青島はニヤリと笑う。
「身体で解決なんて、させませんよ」
室井は目を剥いて眉間に皺を寄せた。
「お前が話を聞かないのが悪い」
「だからって、なんで押し倒すの」
「話さず、触れずに、どうやって仲直りするんだ」
それは一理あるなと素直に思ったが、今の状況で言葉にするわけがない。
ただ、必死に自分と仲直りしようとしている室井は、愛しく思った。
残念なことは、一つだけ。
ケンカがまだ終わっていないことである。
「さぁね、そんなこと自分で考えてくださいよ」
「お前も考えろ」
「ヤダね、悪いの室井さんだもん」
「いや、青島が悪い」
会話はさっきから一向に変わっていないが、お互いの表情には余裕が生まれてきていた。
怒りは確実に薄れてきている。
ただ、お互いここまでくると、素直にひけないだけである。
じっと睨み合って、室井が伸ばしてきた手を払うが、
もう片方の手でその手を掴まれ引き寄せられる。
「逃げるな」
耳元で囁かれて、青島は挑戦的に室井を睨む。
「なんで俺が逃げないといけないの」
「なら、ここにいればいいだろう」
そう言って、ぎゅっと抱きしめられると、どうしたものかなと思う。
抱き返したい気持ち半分、抵抗したい気持ち半分。
室井の唇が、また首筋に触れる。
青島が答えを出すまで、後少し。




翌日。
出勤前に、仲良く玄関で豆を拾う二人の姿があった。










END


2007.2.3

あとがき


慌しく書きましたが、間に合って良かったです!
節分室青v初書きのような気がします。違ったらすみません(^^;

例によってバレバレな気がしますが、
書きたかったのは室井さんに全力で豆をぶつける青島君だったりします(笑)
後、殴り合いではなくて、ケンカして揉み合う二人。
子供みたいでかわいくないですか?(病気)
でも、仲直りは大人な方法だった気がします(笑)

てか、そういう続きが書きたいです。
忘れた頃にUNDERにアップするかもしれません。
でも、エチ話は、勢いがないと書けないからなぁ;
書けたら、なるべく早めに書きたいです!

ではでは。
ハッピー☆節分の日、ということで!(そんな言葉はないし、しまりも悪い…)



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