■ 天然の恋(4)


捜査協力の礼がしたいからと青島を飲みに誘ったら、「刑事が捜査に協力するのは当たり前でしょ」 と無下に断られた。
その翌日、一緒に酒を飲みたいともう一度誘ったら、今度は了解の返事をくれた。
どうやら、誘う口実に『仕事』を使ったことがバレバレだったらしい。
青島に分からないと思ったわけでも、今更隠すつもりだったわけでもなかったから、驚かないしそれほどショックだったわけでもない。
ただ、青島の「そんな安い手には乗りません」というアピールだった気がして、室井は苦笑しただけだった。
―誘うなら正々堂々と。
そう青島に要求されている気がした。
確かにその方が自分らしくもある。
青島が室井にソレを要求してくれることは、何となく嬉しくさえあった。
室井の都合の良い考えかもしれないが、恋をしている人間などそんなものだ。
唐変木な室井だって、例に漏れない。



乾杯もそこそこに、青島はいきなりビールジョッキを半分空にした。
「あーうまいっ」
言いながらも、人相が少し凶悪である。
あからさまに、機嫌が悪い。
何かしただろうかと不安に思ったが、青島が室井に対して怒っているのなら、一緒に飲みに来ることは叶わなかっただろう。
これは接待ではないのだ。
青島が我慢して、嫌々ながら室井と飲みに来るとは考え難い。
すぐにもビールを飲み干してしまいそうな青島に、結局素直に尋ねてみた。
「青島、何かあったのか?」
途端に青島がドンとジョッキをテーブルに置いた。
「聞いてくださいよ、室井さんっ」
目を丸くした室井に、青島が身を乗り出してくる。
どうやら話したくて仕方がなかったらしい。
「今日、新城さんが署に来たんですけど」
それだけで青島が不機嫌な理由が分かる。
青島と新城は合わない。
新城の所轄を見下した態度が青島には気に入らず、キャリアに対しても物怖じしない青島の態度が新城には生意気に見えるのだ。
室井自身目の当りにもしたこともあるが、新城は青島の姿を見ると小姑の如くいびり倒しているらしい。
青島が不機嫌な理由は、それ以上聞かなくても大体理解できた。
「わざわざ俺を指名して、大した用事もないくせに運転手させられて、あちこち連れ回されて、礼の一つも言いやしない」
グビグビとビールを飲む。
ジョッキはもうほとんど空だった。
「挙句が、『道には詳しいんだな。タクシーの運転手にでもなったらどうだ』ですよ!?警察官の俺に言うセリフじゃないでしょっ?」
嫌味しか言えないのか、あの男は!と絶叫しながら、青島は再びジョッキをテーブルに勢い良く置いた。
既に中身はない。
室井は通りすがりの店員にビールをもう一つ注文した。
「聞いてます?室井さん」
じろっと見つめられて、室井はとりあえず頷いた。
「ちゃんと聞いてる。新城にも困ったものだ」
「本当ですよっ」
今度は枝豆をむさぼり食べながら、顔を顰める。
その姿すら可愛く見えるのだから、室井こそ困ったものである。
それを顔に出さないように気を付けながら、室井も枝豆に手を伸ばした。
「嫌味を言わずにいられない性格なんだろう。聞き流せ」
「難しいこと言わないでくださいよ。貶されてるってのに、聞き流せます?」
むうっと唇を尖らせて言う。
それも尤もだが、新城が相手では聞き流すより他にない気がした。
あの性格は死んでも直らない気がする。
青島の愚痴はまだ止まらない。
「あの人と一日中一緒だったんですよ?」
室井の眉がピクリと動く。
「狭い車内で二人きり、息が詰まるったらないですよ」
憤る青島をよそに、室井も全く違う理由で新城に憤っていた。

―青島と二人きり?
―一日中?
―狭い車内で?

自然と眉間に皺が寄った。
「羨ましいな…」
場違いな室井の呟きに、青島が睨んでくる。
「何が羨ましいんすか」
「い、いや」
「新城さんに嫌味言われたいわけですか?」
「そうじゃなくて」
そんなことはごめん被ると慌てて否定する。
青島がじゃあ何が?と突っ込んでくるから、室井は仕方がないから答えた。
「君と一日中一緒というのが、羨ましかっただけだ」
素直過ぎたのか、青島はぎょっとしたように目を見開いた。
余程衝撃的だったのか、顔から怒りが消え失せる。
代わりに少しだけ眉を寄せ、困った顔になった。
「…何、言って」
呟く声が頼りなげだ。
青島は時々こうして、室井が自分に惚れているという事実を思い出すようだ。
普段は忘れているのか、意識しないようにしているのか。
どちらにせよ、室井にしてみれば、忘れてもらうわけにはいかない。
「困らせてるか?」
尋ねたら、青島はまた眉を寄せた。
何かを言おうと唇を開きかけるが、店員がジョッキをテーブルに置くからまた閉じる。
少し口角が下がっていた。
青島は無表情になると口角が下がるから、怒っているわけではない。
表情からは不愉快なのかどうかはよめなかった。
一口だけビールを飲んで、青島は頷いた。
「困ってますよ」
これまた素直な返事に、室井は苦笑するしかなかった。
「…そうだろうな」
困らせている自覚はあった。
室井に好きだと告白されて、曲がりなりにもアプローチされれば、青島が困らないわけがない。
青島の確かな信頼や好意は、室井も感じている。
だからこそ、青島はより困っているはずだった。
青島が室井を嫌っていたら、青島はもっと楽だったはずだ。
本来プラスの感情であるはずの好意が、青島の重荷になっているに違いない。
それを知りながらも、室井はやめることができない。
青島の困った顔を見るたび申し訳ないと思うのだが、青島のことを好きでいることはやめられそうになかった。
諦めることは、まだできない。
「…じゃないですからね」
少しの沈黙の後、青島は俯きがちに呟いた。
「うん?」
聞き返したら、視線だけを持ち上げて室井を見る。
「迷惑なわけじゃないですからね」
目を見張った室井に、青島はボソボソと付け足した。
「困っては……いるけど」
そう言って、またビールをグビグビと飲み干す。
青島なりの、精一杯の譲歩。
それを感じて、室井は小さく笑みを溢した。
「ありがとう」
「何の礼ですか」
肩をすくめた青島に、室井は柔らかく微笑んだ。
「困ってくれて……悩んでくれて、ありがとう」
一瞬変な顔をした青島だったが、やがて耐えられないというふうに笑った。
「どういたしまして」


青島が好きだ。
恋焦がれていないわけではない。
欲しいという気持ちはずっとある。
だけど、時間を共有することを許されている今が、どれだけ幸せなのかも良く分かっていた。
本当なら、室井が告白した瞬間に終わった恋でもおかしくなかった。
その恋は、今も続いている。
続けることを、青島に許されている。
それはつまり、可能性はゼロじゃないということだ。
室井はそう信じている。


可能性がある限り、室井は決して諦めない。










END

2007.1.17

あとがき


うーーーん、盛り上がらなかった;(おい)
書きたかった場面だったのですがね。
室井さんの口実に乗っかってくれない青島君と、
素直に「困ってる」と言う青島君が書きたかったんですが…。

結局(2)からあまり進んでないのかなぁ、この二人;
でも、デートまがいなことをしているわけだから、多少進んでる気もします。
どうなんでしょうか。
どうなんでしょうかね?(聞くな)

もう一つ、ネタがあるので、近いうちに書きたいです〜。



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