■ 天然の恋(3)
青島は喫煙室のソファーに腰を下ろし、煙草に火を点けた。
本庁の喫煙室は湾岸署よりも少し広いが、自販機の数は少ない気がする。
湾岸署の自販機の数が多いのだ。
誰かさんのおかげで。
―あれも、職権乱用かね。
青島は湾岸署とは少しラインナップの違う自販機を眺めながら思った。
職権乱用だとしたら、缶コーヒーを返せと言った青島にも責任があるのだろうか。
そう思うとなんだか可笑しくて、苦笑を浮かべた。
「お疲れ様」
不意に声をかけられ振り返ると、室井が立っていた。
「良くやってくれた」
室井らしいストレートな労いに、青島は照れ臭そうに口角を上げる。
青島が出向して手伝っていた事件は、数時間前に犯人を逮捕し、無事解決した。
幸いというのもおかしいが、室井の起用が功を奏し、青島が事件解決に役立ったと言って差し支えなかった。
室井の期待に応えられたことには、青島自身凄く嬉しかったしホッとしているところだった。
「役に立てて、よかったです」
室井さんもお疲れ様ですと言うと、室井は小さく頷いてみせた。
缶コーヒーを二本買って青島の隣に座ると、一本差し出してくる。
青島は有り難く受け取って、横目で室井を見た。
「自販機は、返せませんけど?」
「いらない」
自分でもやり過ぎたと思っているのか、室井が少しイヤそうな顔をしたので、青島は笑みを零した。
「次はまた君が奢ってくれればいい」
続いた言葉に、笑みを引っ込める。
深い意味などない。
とは、今の青島には到底思えなかった。
室井は青島との繋がりが、それが例えどんなに小さな繋がりであったとしても、プツリと切れてしまうことを恐れているのかもしれない。
驕りかもしれないが、何となく思った。
思ったが、青島は気付かなかったことにした。
「キャリアのくせにケチ臭いこと言わないでくださいよ」
「君こそ、缶コーヒーくらいでケチケチするな」
当たり前に室井が応じてくる。
強引には近付いて来ようとしない。
青島が本庁に出向している間中、ずっとそうだった。
二人の距離は変わったのか、変わっていないのか。
当事者ではあったが、青島には良く分からなかった。
ただ、今の関係を悪いとは感じていない。
気まずい瞬間もそれほどない。
少なくとも青島は現状を悪い方向に進んでいるとは感じていなかった。
「頂きます」
青島は室井に一声かけてから、缶コーヒーに口を付けた。
一口飲んで、横っ面に感じた視線に振り返る。
じっと見つめていたらしい室井と目が合って、固まった。
「な、なんすか?」
思わず尋ねると、室井は視線を反らすでも誤魔化すでもなく、静かに言った。
「いや…どこが好きなのか、考えてた」
一瞬聞き間違いかと思った。
目を瞬かせる青島に、室井は平然と続ける。
「君は多分イイ男なんだろうな、俺にはそういう基準が良くわからないんだが。そんな俺の目から見ても、君はカッコイイんだと思う」
え?何?俺褒められてんの?と、まともに動いてはいない脳みその片隅で思う。
が、口からは一言も出て来ない。
「今まで男の外見に魅力を感じたことなどないから、見た目が問題なんじゃないんだとは思うんだが」
―そうだ、問題なのは俺の見た目じゃなくて、室井さんの脳みそだ。
失礼なことを本気で思った。
「でも……やっぱり君の笑った顔は好きだ」
そういって小さく笑うから、青島は硬直する。
それに気付いているのかいないのか、室井は立ち上がった。
「まだ仕事が残っているので、失礼する。今回の礼はまた改めて」
言いたいことだけ言って、そのまま喫煙室を出て行ってしまう。
固まっていた青島にはその背中を見送ることもできなかった。
室井と入れ違いで、真下が入ってきた。
「あ、お久しぶりです先輩〜。今そこで室井さんに会いましたよ」
相変わらずのんきな真下に、久しぶりと思う余裕もない。
青島は機会的な動作で真下を見た。
「…真下」
「え?」
「今、ここから出て行ったのは誰だ?」
「は?誰も何も室井さんしか」
「いや、違う」
あれが室井のわけがない。
あんな台詞を吐く室井が、室井慎次のわけがない。
「あれは室井さんの化けの皮を被ってるんだ」
真下が呆れた顔をした。
「室井さんの化けの皮って何ですか一体」
怒られますよと言いながら、真下は首を傾げた。
「なんかありました?室井さんと」
そう聞かれて、初めて真下と目を合わせる。
遅まきながら、目の前にいる男が真下なのだとちゃんと認識した。
質問の意味は、まだ理解できていない。
きょとんとしている青島に、真下は怪訝そうな顔をした。
「先輩、顔真っ赤ですよ?」
青島が引き攣るのと、煙草の先から灰が落ちるのは、ほぼ同時だった。
何焦ってるんですかと、真下に笑われる。
―室井さんにあんなこと言われてみろよ。
真下が青島だったら、真下だって絶対焦ったはずだ。
―あの男が、俺のどこが好きかなんて考えてんだぞ。
―え、笑顔が好きだとか言うんだぞ。
無表情の下で室井がそんなことを考えていたのかと思えば、普通は驚くし焦るだろう。
大体あんな台詞を平然と吐く室井がどうかしているのだ。
少なくても青島の知る室井ではない。
だけど、確かに隠し事は出来ない人だ。
「だからって、普通言葉にするか?」
思わず呟くと、真下が首を傾げた。
「室井さんに何か言われたんですか?」
青島の背中がビクリと反応する。
「な、何かってなんだよ」
「え?だからそれを僕が聞いてるんですよ」
「何も言われてないよ、言われてない、俺は聞いてない」
「はぁ…」
自分に言い聞かせるように繰り返す青島に、真下は首を傾げたまま訝しげに青島を見ていた。
END
2006.10.12
あとがき
天然というか、天然タラシな室井さん(笑)
口説かれてるのだから進んでるんじゃないかと思うのですが、
室井さん自身に口説いてる意識がないと思うので進んでもない感じでしょうか。
ね?(聞くな)
自販機一つでここまでときめかせてくれたのは、踊るだけじゃないでしょうか。
いや、私が勝手にときめいただけですけど;
なんてことはない、小話でした。
思いついたら、また続きを書きたいです〜!
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