■ リハビリ
松葉杖をゆっくりと前に出す。
次に、もっとゆっくり足を前に出す。
左右交互に繰り返す。
そんなことを、青島は延々と続けていた。
信じられないくらい、身体が重い。
腰もまだ痛む。
冷や汗が流れていた。
それでも、青島は止めない。
限界まで頑張る、と決めたのは青島自身だ。
リハビリを頑張って、早く退院するのだ。
「……っ」
痛みに顔を顰めるが、また一歩踏み出す。
―痛いのは当たり前、刺されたんだから。
そう言い聞かせて、歯を食いしばる。
「がん、ば、れ…おれ…っ」
足が動くということは、まだ頑張れる。
まだ限界じゃない、そういうことだ。
体重がかかるせいで、松葉杖が震える。
足は動いたが腕が限界だったのか、態勢が大きく崩れた。
―倒れる!
そう思ったが、青島の身体には重力に逆らうだけの力は残っていない。
成すすべなく傾いだ身体を、背後から支える腕があった。
「無茶をするな」
ぶっきらぼうな声に、抱きかかえられるように支えられたまま、慌てて振り返る。
「む、室井さん!」
「リハビリはいいが、怪我を増やしてどうするんだ」
ジロリと睨まれる。
久しぶりに会ったというのに、いきなりお説教だ。
だが、青島も素直に聞きはしないから、どっちもどっちだろう。
「まだ増えてませんよ」
「増えてからじゃ、遅いだろ」
「増える前のお説教は、早いでしょ」
「それが転びかけた人間の言う台詞か」
眉間に皺を寄せている室井に、青島は苦笑した。
確かに青島の方が分が悪い。
「それもそうっすね…助けついでに、起こしてくれません?」
背後から支えられているとはいえ、態勢は崩したままだった。
室井は青島を見下ろしたまま、ポツリと呟く。
「このままだったら、蹴り帰されることはないと思ってな」
青島が目を丸くすると、室井は黙って青島の身体を起こし、ちゃんと立たせてくれた。
手だけが、背中に触れている。
「痛みは?」
青島は鼻で笑った。
「大したことありませんよ」
本当は痛い。
リハビリをすると、暫くは余計に痛む。
それでも強がった。
無理をしているわけではなく、そうするだけの気力を失っていなかっただけのことだ。
室井は暫くじっと青島を見つめていたが、やがて「そうか」とだけ呟いた。
青島に泣き言を言わせたいわけではないのだろう。
青島も今は、泣き言を言いたくなかった。
それを汲んでくれているのか、室井はそれ以上聞かなかった。
「もう、病室戻ります」
「そうか」
「来ます?」
「…ああ」
頷いた室井に小さく笑って、青島はゆっくりと歩き出した。
病室に戻るまでが、リハビリだ。
室井の手が、背中から離れる。
青島は振り返り、後ろをついてくる室井に笑った。
「ありがとうございました」
「ん?」
「助かりました」
怪我が増えずに済んだと伝えたら、室井は苦笑してまた頷いた。
病室に戻りベッドに座ると、タオルで汗を拭う。
「蹴り帰せなくなっちゃいましたね」
悪戯っぽく笑って室井を見上げると、室井は眉間に皺を寄せた。
その顔が可笑しくて、屈託なく笑う。
「助けてもらっちゃったからなぁ」
嘯くが、どっちみち蹴り帰せるわけはなかった。
気持ちとしては、こんなとこに来るくらいなら仕事しろと言ってやりたいが、顔を見たらそう伝えることも難しい。
会いたくないわけでは、なかったから。
「わざわざ蹴り帰さなくても、長居はしない」
「そうっすか」
「それに、もう見舞いには来られない」
「…そうっすか」
異動の日が近いのだと、青島は悟った。
だから、会いに来てくれたのだ。
静かに見下ろしてくる室井を、青島もじっと見つめ返した。
短い沈黙が下りる。
本当に短い沈黙だった。
「退院はいつ頃になりそうだ?」
「一応、今月中の退院を目指してます」
「無理はするなよ」
「さっきも聞きましたよ」
「何度言っても言い足りない」
「それは、俺が言うことを聞かないからですか?」
「そうだとしたら、何度言っても無意味だな」
「聞きますよ、覚えました」
ちょっと間を空けて、青島はやんわりと笑った。
「忘れません」
室井は真顔で青島を見ていた。
「当たり前だ」
そう、当たり前のことだった。
青島は照れ臭そうに笑うと、一つ頷く。
「室井さんこそ、美幌署で神田署長みたいにならないでくださいよ」
「なる方が難しい」
「それもそうだ」
破顔した青島に、室井の表情も和らぐ。
久しぶりに見た、優しい顔。
青島は思わず室井の袖を軽く引いた。
「青島?」
しまった、と思う。
ほとんど無意識に手を伸ばしたのだが、意味がなかったわけではない。
自分の欲求は分かっている。
素直に求めることに少し抵抗があるのは、あまりに久しぶりだからか。
それでも、つまらない意地を張っている場合ではないことも分かっている。
求めたくても、求められなくなるのだ。
ずっとじゃない。
それでも暫くの間は。
―触れ合えない。
青島がむうっと唇を尖らせると、室井はもう一度尋ねてくる。
「青島?」
「遠い」
「は?」
「俺から近付くのは大変なんですよ」
「……」
「だから、そっちから来いって言ってんです」
偉そうに言ったが、言った内容は酷く可愛らしいものだった。
自覚があるだけに、青島の態度もでかくなる。
開き直らずにはいられない。
「ほら、さっさとする」
時間無いんでしょと催促すると、しばらく固まっていた室井の手が、あっさりと動いた。
青島の後頭部に手を回し、身を屈めてくる。
青島は目を閉じた。
触れ合わすだけのそれだったが、今の青島には充分だった。
一度ぎゅっと抱きしめられ、こめかみにキスをし、頭を軽く叩いて、室井は離れた。
「蹴り帰される前に、そろそろ退散しよう」
優しい抱擁とは裏腹に色気のない別れの挨拶。
青島は怒ろうかと思ったが、噛殺せずに笑みを零した。
「くどいよ、室井さん」
「言ったのは君だぞ」
「もしかして、ショックだった?」
「物凄く」
きっぱりと言う室井があまりにも男らしいから、青島は笑ったまま腰を押さえた。
笑いすぎて、腰の傷に響いたのだ。
心配しようか怒ろうか迷っている室井が更に笑いを誘うが、一つ深呼吸をして、口元に笑みを浮かべるだけに留める。
室井を見上げ、敬礼をした。
「行ってらっしゃい、室井さん」
室井の表情が、スッと引き締まる。
慣れた敬礼が返ってくる。
「行ってくる」
すぐに帰って来る。
室井は言葉にはしなかったが、青島にはそう聞こえた。
閉じたドア。
室井はもうそこにいない。
それを悲しむことはない。
きっと、すぐに会えるから。
「早く退院しないとな…」
戻ってきた室井が見舞いに来たら困るから。
そんなことを思って、青島は一人笑った。
END
2006.9.22
あとがき
青島君のリハビリであり、
しばらく小説を書いていなかったので、私のリハビリでもあります(苦笑)
でも、なんか本当に書けなくなってる〜;
・・・いつもと変わりませんか?(笑)
いつにも増して、散文的ですね。文章が。
内容的には、いつもの私となんら変わりない気がしますが…(それもどうだろう)
読みづらかったら申し訳ありません;
OD1の後の別れのつもりです。
重たくならない二人の別れ(一時的な)を書きたかったんです。
後、リハビリする青島君。
青島君、きっと頑張ってたんだろうなーって妄想して書きました。
室井さんも、これからまた頑張るんですよね。
ちゅーして(その言い草はどうか;)、と素直に強請れなかったのは、
OD1の前の顛末があって暫く触れ合ってなかったからではないかなぁ、と。
仲直り自体はOD1の中で済ませてますけどね!
やっぱり踊るが大好きだ〜と、折に触れ再認識する日々です。
大好きだ〜(笑)
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