■ 鼻歌
鼻歌が聞こえてきて、ベランダにいた室井は振り返る。
鼻歌は台所から聞こえていた。
青島が茶碗を洗いながら歌っているのだ。
青島の歌が上手いのか下手なのかは室井には良く分からなかったが、青島の声は好きだった。
聞こえてくる鼻歌も、悪くない。
口元に笑みを浮かべながら、室井はタオルの皺を伸ばし、物干し竿にかけた。
久しぶりの揃いの休日。
二人揃って何をしているのかと言えば、家事である。
室井が溜まった洗濯物を干し、青島が汚れた台所を片付けている。
折角の休日に勿体ないとボヤク青島を、豪華な夕飯で釣って、この休日は部屋の掃除をすると決めていた。
鼻歌が出るくらいだから、青島の機嫌も悪くない。
洗濯物をベランダに干せるくらいには晴れていて、気持ちの良い休日だと言えた。
シャツをハンガーにかけていると、青島の鼻歌が止んだ。
少し残念だと思っていると、すぐにまた再開される。
だが、曲が変わった。
さっきの歌は、新しくはないが有名なドラマの主題歌で、そのドラマは見ていなかったが、室井でも分かる曲だった。
今度はなんだか分からない。
聞き覚えはある気がするが、思い出せない。
妙に気になる。
室井はシャツを干してしまうと、空になった籠を手にリビングに戻った。
「青島」
鼻歌が途切れる。
「はい?」
「今の歌、なんの歌だ?」
「あれ?知りません?」
青島が口にしたのは、古い古いアニメのタイトルだった。
それの主題歌だったらしい。
室井と青島はほぼ同世代だから、幼少に見たアニメが一緒でもおかしくはない。
しかし、室井は主題歌など覚えていなかった。
あまりメジャーなアニメではなかったようにも思う。
そうだと言われても、そうかもしれないと思う程度にしか、そのアニメの主題歌の記憶がなかった。
「良く覚えているな」
「なんか不意に思い出して〜」
「まぁ、分かるが」
そういうこともあるだろう。
何かの拍子に思い出して頭から離れなくなったりすることは、室井にも経験がある。
鼻歌の選曲としては些かマニアックではあるが、室井の疑問は一応解決された。
「風呂場、掃除してくる」
「あ、はい。お願いします〜」
台所に青島を残して、室井はバスルームに入る。
ジーンズの裾をおり、洗剤とスポンジを手にした室井は、また聞こえてきた鼻歌に動きを止める。
また歌が変わった。
今度は全くなんだか分からない。
やけに陽気な歌だが、意味の分からない言葉が多かった。
日本語も聞き取れるから、洋楽というわけでもないだろう。
室井はちょっと考えたが、どうしても気になるからバスルームを出た。
「青島」
「なんすかー?」
洗った皿を拭きながら、青島が振り返る。
「その歌は?」
「CMソングですけど…」
「CM?」
ピンときていない室井に、青島はもう一度歌って聞かせてくれた。
もう一度聞いてみても、なんのCMだか分からなかった。
理解不能だった言葉は、どうやら商品名だったらしい。
また違う意味でマニアックな歌である。
「最近良く流れてるんですよ」
「そうか…」
室井の注意力がないのか、青島が流行りに敏感なのか。
どちらにせよ青島の記憶力はバカにできないな、などと室井は感心するように思った。
「室井さん」
「ん?」
「俺の鼻歌、気になる?」
苦笑気味に問い掛けられる。
二度も鼻歌を止めたのだから、確かにそういうことなのかもしれない。
だが、鼻歌が迷惑で止めたわけではない。
単純に、青島が歌っている歌がなんなのか、気になっただけだった。
青島の鼻歌は、悪くない。
「いいな、とは思う」
声が好きだから悪くないと素直に言ったら、青島は照れ臭そうにはにかんだ。
「そうっすかね」
「もう止めないから、気にしないでくれ」
そう言って、室井はバスルームに戻った。
しばらくして、鼻歌が聞こえてくる。
室井は変な顔になった。
鼻歌はいい。
青島の声は好きだ。
だけどその歌がなぜ、『日本昔話』なんだ。
「いいな、いいな〜、にんげんて、いいな〜」
しかもエンディング。
―青島の選曲は絶対おかしい。
バスタブを擦りながら、室井は苦笑した。
青島の鼻歌は続いている。
END
2006.7.20
あとがき
室井さんは、日本昔話のエンディングの歌なんか知ってるかなぁ(^^;
この青島君のモデルは、私の友人です。
鼻歌の選曲がおかしいのです(笑)
そして、気になって何度も「それ何の歌?」「それ何の歌?」と彼女の鼻歌を止めるのはこの私。
これ、別に「決意」のシリーズですることないんですけどね;
一緒に暮らしている設定が良かったので、なんとなく。
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