■ find out・その後


「うちで酒でも飲みません?」
事件が解決し、本庁に引き上げるところを捕まえて誘ったら、室井は目を見開いて固まってしまった。
青島は苦笑しながら、首筋を撫ぜる。
「約束、したでしょ?」
あの時、湾岸署の喫煙室で初めて室井とキスをした時に、約束したはずだった。
事件が解決したら続きをしましょう、と。
自分で言っておいてなんだが、話の続きをしましょうと誘ったのか、行為の続きをしましょうと誘ったのか、今となっては分からない。
ただ、結果に大きな違いはないだろうから、どちらでも同じことかもしれない。
気持ちは通じ合ったと思っているが、まだ恋人とは呼べそうもない関係。
青島はそれを早く形にしたかった。
だから事件解決直後に、早速声をかけたのだ。
無かったことにされたくはなかった。
だけど室井の性格からいって、一度青島に触れているのに、勝手に無かったことにしてしまうということは無い気もしていた。
「先を越されたな」
硬い表情のまま、室井がポツリとつぶやいた。
「行っていいのか?」
その言葉に青島は嬉しさとホッとしたのが相まって、相好を崩した。
「もちろん」
青島につられるように、室井の表情も少し柔らかくなった。




一度本庁に戻らねばならなかった室井と駅で待ち合わせをして、自宅に連れ帰った。
「散らかってますけど」
「お邪魔します」
律儀な挨拶をらしいなぁと嬉しく思いながら、部屋に通す。
「どっか適当に座っててください」
生憎と、青島の部屋には座布団などというものはない。
青島が冷蔵庫からビールを持ってくると、室井は少し所在なさそうに床に胡坐を掻いていた。
缶ビールを手渡し、室井と向かいあわせに腰を下ろす。
「誘ったくせになんもないんすけどね」
つまみの類はコンビニで仕入れてきた乾き物やつけものなどしかない。
酒には事欠かないが、冷蔵庫の中身はいつも乏しかった。
「充分だ」
室井が緩く首を振って、言ってくれる。
青島はちょっと笑って缶を差し出し、それに室井が軽く合わせて、乾杯を済ませた。
缶に口をつけながら、青島はなんと切り出そうか考えていた。
これでも誘うのにはそれなりに勇気がいった。


ずっと好きだった人。
欲しくて欲しくて堪らなかった時期もあったが、室井の自分を見つめる眼差しに意味を見つけ、そういうことなのかもしれないと思ってからは、室井を望まなくなった。
望まないと決めていた。
生真面目すぎる室井には、青島ほど器用にはこの気持ちを抱えてはいられない。
恐らく本人は気付いていなかった頃でさえ、室井はどこか苦しそうに青島を見つめていた。
自分が青島に少なからぬ好意を抱いているなどと知ったら、室井は青島よりももっとずっと辛い思いをするだろう。
青島はそんなことは望んでいなかったし、後暗い気持ちではあったが、室井と心の底で繋がっているのだと思うと、それが嬉しくもあった。
例えば青島と室井の関係がそういうふうに変わったとしても、そういう意味での未来が二人にあるとは思えない。
いずれ必ずどこかで終わりが来る。
そうであるなら、何も自分たちで終わらすことはない。
それは青島の逃げでしか無かったのだが、青島にだって失いたくないモノくらいはあるのだ。
一生表には出さず、心の底で繋がったまま。
室井とそういうふうに続いていけるなら、それだけで充分だと思っていたのだ。
室井がどうしようもない気持ちを青島にぶつけてきた、あの瞬間までは。
限界を迎えていたのは室井だけじゃなくて青島も一緒だったのだと、あの時ようやく気が付いた。
心の底に仕舞いこんでおくだけの想いには、しておけなかったのである。
だから室井に伝えることで自分の気持ちと向き合って、その上でやっぱり室井の手に余るなら、青島が抱えていけばいいと思ったのだ。


「青島」
不意に声を掛けられて、青島は思考を止める。
室井を見ると、缶ビールを床に置き、真剣な顔で青島を見ていた。
自然と緊張してくる。
緊張するような話をするために室井を誘ったのだ。
青島も缶ビールを置いて、少し姿勢を正した。
「はい」
「触ってもいいか」
「…はい?」
意外なお願いに、青島の目が丸くなる。
「触ってもいいか」
もう一度尋ねられて、青島はきょとんとしたまま頷いた。
「どうぞ」
いきなりのお願いに驚きはしたが、不愉快でも迷惑でもなかった。
室井の好きにしたらいいと思う。
「失礼する」
妙な断りをいれる室井が可笑しくて半笑いになった青島だったが、ゆっくりと伸びてきたその手に、笑みを引っ込めた。
近付いてくるきれいな指先を見て、また緊張する。
ただの友達と触れ合うのとは訳が違うのだということを、室井の指先が頬に触れて実感した。
冷えた缶ビールを握っていたせいか、その指先は少しひんやりしている。
それなのに触れたところからじんわりと熱くなってくる。
室井が自分に触れるということは、そういうふうに熱を伴う行為なのだ。
青島の熱が室井の手にうつったのか、それとも室井自身の熱か。
頬に触れている室井の手の平が温かくなってくると、その手が首筋を撫ぜた。
キスした時の息苦しさを思い出し、青島の頬に赤みが差す。
ただ室井の手が触れているだけで、唇を塞がれているわけでもないのに、妙に息苦しかった。
そうしておいて、室井は一言も話さない。
痺れを切らしたのは、青島の方だった。
「室井さ…」
「青島」
言いかけた青島の声を、室井が遮る。
「…なんすか」
「キスしてもいいか」
ダメだという理由はない。
青島は室井のことが好きなのだ。
むしろ自分からしたいくらいだ。
だけどまだ聞きたい言葉を聞いていない。
大事なことは形ではないかもしれないが、形になっていないと不安定なままだ。
それがイヤだから、室井を誘ったのだ。
室井をちゃんと自分のモノにしたかった。
それを何と言葉にしようか迷っていると、今度は室井が痺れを切らした。
「青島」
催促するように名を呼ばれる。
青島はからかうように笑った。
「あの時は断らなかったじゃない」
最初のキスの時はいきなりだったことを指摘すると、室井は眉を顰めた。
「あの時は…それどころじゃなかったんだ」
「じゃあ、今は余裕あるんだ?」
考え無しに口を突いた言葉だったが、それが誘い文句になることに気付いて、しまったと思った。
だが、時既に遅しである。
「室井さん、ちょっと…」
「言われてみれば、その通りだな」
室井が真顔で顔を寄せてくるから、青島の背中が反射的に少し反る。
手が後頭部に回された。
「余裕なんか、今もなかった」
至近距離で囁かれて、唇が触れてくる。
抵抗などできるわけもなかった。
触れてしまえば、止められない自覚もあったのだ。
だから言葉が欲しかった。
でも今は、侵入してくる舌に思考もなにもかも奪われて、何も考えられない。
ただ愛撫してくる舌に応じて、積極的に求める。
青島の手が室井の襟首を掴み、もどかしげに首筋に移動した。
「青島…」
キスの合間に囁く声にゾクリとする。
室井の心と身体が、自分を欲しがっている。
どういうふうに欲しがっているのかは、そのまま床に押し倒されてはっきりと理解した。
「青島…青島…」
耳朶を甘噛みされて、首筋に吸いつかれる。
そうしながら、室井の手が青島のネクタイを解き、ボタンを外していく。
熱に浮かされたような行為なのに、繰り返し呼ばれる自分の名前と見下ろす強い眼差しが、室井が正気であることを教えてくれる気がした。
どういうわけか、目の奥が熱くなってくる。
「室井さん」
名を呼び、自分の襟首を開く室井の手に、自分の手を重ねた。
忙しなかった室井の動作が嘘のようにピタリと止まる。
自分を見下ろす眼差しは熱いままなのに、少し不安が見える。
抵抗する気はない。
青島も室井が欲しい。
その前にどうしてももう一つ、欲しいモノがあった。
「なんか…言うこと、あるでしょ」
少し呼吸を乱したまま、訴える。
こんなことを要求するのは照れ臭いが、一言くらいあっても良いんじゃないかと思うのだ。
青島の要求が何かくらいは室井もすぐに理解したようで、唇に軽くキスをして困った顔をした。
「…後からじゃ、だめか?」
言えないわけでも言いたくないわけでもなく、後にして欲しいと言う。
その意図が分からなくて、青島は首を傾げた。
「何で?」
「今言うと、その……したいから言ってるように聞こえないか」
青島は口をポカンとあけて、酷く気まずそうな室井を見上げる。
―誰が「好きだ」って嘘吐いてまで、俺なんか抱きたがるんだよ。
呆れ気味に思った。
ゲイの人なら中にはそういう人もいるかもしれないが、室井は恐らく違うだろうし、大体室井にそんな嘘が吐けるはずもない。
生真面目な室井らしい心配だが、だからこそ可笑しかった。
次第に込上げてくる笑みに身を捩っている青島を見下ろして、室井は眉間に皺を寄せた。
「笑うな」
「はは…だって。それなら、先に言ってくれれば良かったのに」
いざという時になる前に、一言先に言ってくれれば良かったのだ。
そしたら、青島だって恥ずかしい台詞を吐かなくてすんだ。
それは青島の事情だが、それにしたってキスの前に一言だけ言ってくれれば、青島は室井を止めなかった。
「タイミングを計ってたんだ、あれでも」
室井は難しい顔のまま、呟いた。
「そうだったんですか?」
「そしたら、君が誘ってくるから」
「いや、俺は別に誘ったわけじゃ」
「なら、俺が勝手に誘われたんだ」
開き直ったのか堂々と言い放って、相変わらず怖い顔で見下ろしてくる。
怖い顔すら愛しく感じるのは、青島の愛のせい、きっと。
苦笑しながら室井の首に両手を回すと、室井の眉がピクリと動く。
首に両手を回しただけで誘われてくれるのだろうか。
そう思うと照れ臭く、やっぱり可笑しかった。
「責任取るって、言っちゃいましたしね」
室井を見上げたまま、青島は笑った。
初めてキスした時に、そう約束した。
誘った責任を取ることも、やぶさかではない。
そういうことだ。
青島の了承を理解した室井は一つ頷いて、青島の額に唇を押し付けた。
「俺も約束は守るから」
「分かってますよ」
笑ったまま、瞳を閉じた。
室井が約束を破るわけがない。



ことの後、室井は律儀な告白をくれる。
「知ってました」
そう返事を返したら、複雑な表情でキスをくれた。
室井は知らないことだらけだったという。

青島を好きだったことも。
青島を可愛いと思う気持ちも。
青島に触れたいという衝動も。

知らなかっただけで、それらは室井の中に確かにあった。
今になって、それが良く分かった。
そう言われて、青島が赤面したことは言うまでも無い。


「言えと言ったのは君だぞ」
「一言でいいんですよ!」
悶絶した青島に、室井は不思議そうな顔をしていた。










END

2006.6.25

あとがき


思ったよりも、全然簡単にまとまってしまったなぁ(おいおい)
室井さんにはもっと悶えてもらおうかと思っていたのですが、
青島君が可哀想なのでやめました(笑)
だって、ずっと一人で我慢してたんですもの。
早く室井さんとラブラブにしてあげたいじゃないですか。

ちょっとエゴイストになってしまったかもしれません、このお話の青島君。
室井さんのことを考えつつ、自分自身のことも考えていて、
それを自分でも分かっていたんじゃないかと思います。
好きな人との別れは怖いもの。
どうしても欲しいと思う気持ちと、
このままでいいやという気持ちと、
両方あるんじゃないかしら〜なんてね〜(何)

最後分かり辛かったかな;
青島君が欲しかったのは「好きだ」という一言だけで良かったわけで、
過剰な愛の言葉が欲しかったわけではなかったのです。
恥ずかしいので(笑)

恥ずかしいのは、この私!(大笑)
こっ恥ずかしい話を書いてすみませんでした〜;



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