■ 離れていても


定時を少し過ぎてから美幌署を出た室井は、真っ直ぐ自宅に向かった。
美幌署に異動になってからも、たまに外食して帰ることがあるが、大抵は自炊している。
元から料理は苦にならない。
幸いとは言えないが、今はそうする時間もあった。
自宅の冷蔵庫の中身をぼんやりと思い浮かべながら郵便受けの中を覗くと、夕刊と珍しいことに手紙が一通入っていた。
手に取り、間違えてもキレイとは言い難い癖の強い字を見て、目を見開く。
慌ててひっくり返して、差出人を確認した。
『青島俊作』
やっぱり癖の強い字で、そう書かれてあった。
室井は一瞬だけ呆けて、慌てて部屋の鍵を開ける。
開けようとして一度鍵を取り落とすくらいだから、相当慌てていたのだろう。
鍵を開け靴を脱ぎ部屋に上がり、ソファーの上に鞄を放ると、室井はおもむろに手紙の封を切った。
中から出てきたのは、何故か絵葉書一枚。
封筒で葉書を送ってくるというのも不自然だが、更に不自然なことにその絵葉書には何も書かれていなかった。
「……?」
室井は拍子抜けしつつ、首を傾げる。
念のため封筒の中を覗いてみるが、やっぱり空っぽだった。
手紙を入れ忘れたのか?と思ったが、そんなバカなとも思う。
例え本当にそうだったとしても、白紙の絵葉書の意味が分からない。
その絵葉書が何か特別なのかと考えてみても、特に変わった印象はない。
そこがどこだか場所は分からないが、キレイな風景写真の絵葉書だった。
首を傾げたまま、三度ばかり絵葉書を見直し、もう一度封筒の中を確認する。
何もないということを確認すると、室井は益々困惑した。
「どういうことだ、これは?」
ただ単に青島が粗忽者だっただけなのか、室井に何か伝えたいことでもあったのか。
どちらにせよ、室井には青島の意図がさっぱり分からない。
手の中の絵葉書をじーっと眺めて、テーブルの上に丁寧に置いた。
そして携帯電話を取り出す。
青島とはもうずっと話していない。
最後の会話は、青島が刺された直後のソレだった。
青島の退院だけは湾岸署に確認を取ったが、青島本人とは未だ連絡を取っていない。
話しがしたい気持ちはもちろんあったが、何を話せば良いのか分からなかった。
青島の身体のことは気になる。
元気だという話しは袴田に聞いた。
元気だが、未だにリハビリを続けているらしい。
頑張れ、無理はするな、掛けてやりたい言葉はあったが、室井は気後れしてしまっていた。
室井に言われるまでもなく、青島のことだから頑張っているだろうとも思う。
見舞いに来たら蹴り返すと言った男だ。
室井の心配など不要かもしれない。
それになんとなくだが、青島にはわざわざ言葉にして伝えなくても良い気がしていた。
室井の勝手な思い込みかもしれないが、青島には言わなくても伝わっている気がするのだ。
ただ、気になっていることは他にもあった。
室井の降格を青島はどう思っているだろうか。
青島のせいではなかったと伝えてやりたい気もしたが、伝える方がかえって気にさせるかもしれない。
そんなことを延々と考えていたら、どんどん気後れしてしまい、退院した青島に連絡を取れ損ねていたのだ。
携帯を握りしめた状態で少し考えこんでいたが、心を決める。
良い切欠かもしれないと思いながら、青島のナンバーを呼び出した。

『手紙届きました?』

それが久しぶりに聞いた青島の第一声だった。
室井は妙に緊張している自分に気が付いた。
手の平が熱い。
「…手紙なんか入って無かったぞ」
『絵葉書入ってたでしょ』
「白紙だった」
『薄情者には見えない字で書いてあるんですよ』
裸の王様かと思いながら、室井は違う言葉を口にした。
「俺は薄情者か」
電話の向こうで青島が笑う音がした。
『ええ、ええ、薄情者ですよ。可愛い部下が入院してるってのに見舞いにも来ないし』
確かにそうだが、それは室井ばかりのせいじゃない。
「蹴り帰すって言ったの、君だろ」
『蹴られに来るくらいの愛情があっても良いんじゃないっすか?』
意外な返事に室井は目を丸くする。
そんな我が儘な、とは思わなかった。
思わずポツリと呟く。
「見舞いに行ってもよかったのか…」
見舞うよりも仕事こなして結果を出す方が、青島にしてみれば嬉しいのかと思っていたのだ。
それも室井の気後れに拍車をかけていた。
『ま、あんなこと言った俺も悪いんですけどね…』
苦笑気味な青島の声に、青島の後悔が伝わる。
だから室井も後悔した。
―会いに行けばよかった。
今更だ。
今更だが無性に青島の顔が見たかった。
手術後に麻酔で眠ったままの青島の寝顔を見た。
顔を見たのはそれが最後だった。
『それにしたって、電話も寄越さないなんて酷いんじゃないっすか?』
青島にまた責められる。
これには反論が無かった。
気後れしていたというだけで、他に明確な理由もない。
「元気か」
激しく今更なことを尋ねたら、面を食らったのか青島の返事に少し間があった。
『元気ですよ、課長に聞いてるでしょ』
青島は袴田に室井から電話があったことは聞いていたらしい。
室井も口止めは特にしていなかった。
秘密にするようなことでもない。
「リハビリは続けてると聞いた」
『ああ…んな大袈裟なもんじゃないんですけどねー』
「痛むか?」
笑い声がする。
『痛いなぁなんて考えてる余裕もないっすよ』
毎日忙しくてそれどころじゃないと教えてくれる。
止むを得ずの長期休暇になってしまったために、やらなければならないことも沢山あるのだろう。
痛む腰を押さえながら走り出す青島の姿が見えるようだった。
「頑張りすぎるなよ」
頑張るなとは言えない。
青島には頑張ってもらわないと室井も困る。
青島が全てではないけれど、青島がいるから室井も頑張れるのだ。
青島とは、間違いなく心のどこかが繋がっていた。
『了解っす』
照れ臭そうな青島の声が、話を変えた。
『室井さんこそ、元気っすか?』
「ああ、変わりない」
『本当に?いじめられたりしてません?』
「どういう意味だそれは」
憮然とした室井に、青島が朗らかに笑う。
『いや、上手くやってんなら良いんですけどね』
これも一応心配してくれているからこその発言なのだろうと思うことにする。
『室井さん』
「なんだ」
『話したい、ことが』
電話をしているのだから、今話せばいい。
そうは言えなかった。
青島の、少しだけ心細そうな声を聞いて、そんなことは言えなかった。
青島が望んでいるのは、ただ話しをすることではないはずだ。
携帯を握る手に力が篭る。
「もう少し、待っててくれ」
ちゃんと顔を見て、目を見て話せる時が、必ず来る。
また一緒に歩ける時が、必ず。
「一日も早く、戻るから」
今の室井にはそう約束することしかできないが、約束した以上、室井はきっと現実のものにする。
青島は、それを知っている。
『待ってます』
少し笑った、青島の声。
『こっちで頑張りながら、待ってますよ』
これもきっと、現実のこと。




「そういえば、青島」
『なんですか?』
「あの絵葉書、結局何だったんだ」
『ああ…あははは』
「?」
『何でもいいから、連絡くれー』
「???」
『って言う、、アピールだったんですよ』
「アピール?」
『そ。あのハガキ使ってでいいから、返事を寄こせ…っていう』
「返事も何も、手紙は入ってなかったぞ」
『だから……手紙入ってないぞーっていう手紙でもいいから寄こせっていう意味だったんです』
「そ、そうだったのか?」
『全く伝わらなかったみたいですね』
「…俺にそんなまどろっこしいアピールが伝わると思ったのか?」
『ん、まあ、無理かな?とは思ってたんですけど』
「……」
『でも、結果オーライ。電話もらえたし』
「それなら、そんな手間をかけてくれなくても、先に電話をくれればよかったのに」
『……はぁ』
「青島?」
『これでも、勇気いったんですけどね』
「!」
『アンタ、ちっとも連絡くれないし』
「それは……すまなかった」
『無視されたらどうしようかなーとか、考えたし』
「するわけないだろ」
『……ないですか?』
「ない」
『そっか』
「そうだ」
『へへっ……俺は分かりませんけどねー』
「おい」
『無視されたくなかったら、連絡くらいください』
「…ああ」
『絶対ですよ』
「また電話する……していいか?」
『あはははは、なんで不安そうなんですか』
「……」
『イイに決まってんでしょ!』










END


2006.5.30

あとがき


う〜〜〜ん?あーーー…また微妙なお話になっちゃいました;

書きたかったのは、青島君が白紙の絵葉書を室井にさん送るところだったんですけど、
青島君はこんな回りくどいことしないと思います…。
なんで電話寄こさないのこの薄情者ー!と電話してくるような気がします(笑)

この二人は付き合っているのかいないのか、特に決めておりません。
お好きなほうでとらえて頂けると嬉しいです(^^)


電話も手紙もメールも、それぞれに良いところがある気がしますね。
直接会わなくても交流の図れる手段があるというのは有り難いことです。
凄く凄く有り難い。
青島君と室井さんも感謝するといいよ!(偉そう)



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