■ 天然の恋(2)
「室井さんに告白された?」
驚いて目を見開いたすみれが、箸で摘んだカシューナッツを取り落とした。
そりゃあそうだろうなぁと思いながら、青島はビールを飲む。
仕事帰りにすみれを誘って、ご馳走するという約束のもと、二人で飲みに来ていた。
ここ数日頭を悩ませて、青島はすみれに相談に乗ってもらうことにしたのだが、いきなりこんな話を聞かされたら普通の人は驚くだろう。
だがすみれは次ぎの瞬間には、やけに納得した顔をした。
「そっか、そっかそっか」
「何がさ?」
「室井さんが」
言いながら、またカシューナッツを摘む。
ちなみに、カシューナッツと鶏肉の炒め物だ。
「青島君を好きなら、納得いくなぁと思って」
青島は眉を寄せた。
告白された本人が凄まじく納得がいっていないというのに、すみれは何故か納得しているという。
どこをどうすれば「室井が青島を好き」という図式を納得できるというか。
青島にはさっぱり分からなかった。
「室井さんてさー、なんか青島君に対しては特別なのよ」
「特別?」
「うん、最初は同じところ目指してるからかなーって思ってたんだけど」
確かに警察官としては、青島と室井は特別な関係だった。
警察を変えるだなんて、大それた約束を交わす仲である。
普通とは言い難い。
そこは青島も否定しないが、それ以上の関係があったわけではないのだ。
今までの二人は。
「俺にとっても、そういう意味では室井さんは特別だけど」
「うん、そうよね、そうなんだけど、室井さんってそれだけじゃないと思うのよ」
「…よく、わかんない」
「でしょうね、私にもわかんないわ」
きっぱり言われて、青島はまたそりゃあそうだと思った。
すみれは室井じゃない。
聞いたところで、室井の気持ちがすみれの口から出てくるわけがないのだ。
悶々としている青島に、すみれは苦笑した。
「なんとなーく、室井さんて青島君に憧れてんのかしらとか、思ってたの」
「なんで室井さんが、俺になんか憧れんのさ」
室井が憧れるなら副総監とかではないだろうか、と思う。
上を目指している室井にとって、尊敬できるのは副総監のような警察官だろう。
それを指摘すると、すみれは首を振った。
「警察官としての憧れならそれもあるでしょうけど、人としてなら青島君でもアリなんじゃないの?」
「…すみれさん、俺に憧れる?」
「ないわねぇ」
ありえないとは思っていたが、そうあっさり否定されると面白くない。
憮然とした青島に、すみれは胸を張ってみせる。
「生憎と、今の自分を気に入ってるの」
それは物凄く納得のいく回答で、青島は笑みを零した。
「なるほど」
「室井さんみたいに不器用な性格してると、青島君みたいな人に憧れたりするのかなーって勝手に思ってたんだけど」
俺みたいなってどんなだよとちょっと思ったが、答えを聞くのも怖いので黙ってすみれの話を聞く。
「憧れじゃなくて、恋だったみたいね」
話を聞いて、思わず顔を強張らせた。
自分でふった話題だが、心臓によろしくない。
―室井さんが俺に恋をしているなんて…。
悪い冗談にしか思えなかった。
「冗談、とかないかなぁ」
「青島君は冗談だと思うの?」
「…思わない」
「なら、そういうことは言わないことね」
室井さんに失礼だわと言われて、また納得させられてしまう。
室井が冗談で青島に告白なんぞするわけがないから、室井の告白は事実だということだ。
そして、それが事実なら、それを疑うのは確かに室井に対して失礼だろう。
「ごめん」
謝ったら、すみれは吹き出した。
「私に謝ってどうすんのよ」
「それもそうだね」
「青島君、かなり参ってる」
苦笑気味なすみれをちらりと見て、青島は溜息をついた。
参っているに、決まっているではないか。
相手はあの室井慎次。
好きか嫌いかと聞かれれば、青島だって好きだった。
だけど明らかに、室井のそれとは違う。
尊敬しているし、大事な人だと思うが、そこに恋愛感情はない。
はずだった。
だから青島は頭を悩ませていたのだが、すみれは不思議そうな視線を寄こした。
「だったら、お断りすれば良いだけじゃないの?」
「そう…なんだけど」
「青島君はさ、何を悩んでるわけ?」
室井に告白されたこと。
室井が青島を好きだという事実。
青島が悩んでいるのはソコだが、よく考えたらソコは青島が悩んでも仕方が無いことだった。
だって青島が悩んだからといって、室井の気持ちが変わるわけではない。
ソコは室井が悩むべきところだろう。
青島が考えないといけないのは、室井の気持ちを受け入れるか否かだけだ。
困っている青島を見て、すみれの方が先に答えを出していた。
「こればっかりは仕方が無いんじゃない?」
同性同士だしお友達から始められるものでもないでしょ?と言われて、その通りだと思う。
室井の気持ちをそういうふうには受け止められないのだから、後は断るしかないのだ。
青島が悩むべきことはない。
後は精々その後の付き合いを円滑にする方法を模索するくらいだが、室井のことだから青島の負担になるような付き合い方をしたりはしないだろうと思う。
そしたら、もう、青島に悩むことは無い。
それでも、青島の心に引っかかるモノがあるから、スッキリしないのだ。
スッキリしていないのが顔に出ていたのか、すみれは苦笑した。
「つまり青島君は、室井さんをフリたくないわけだ」
青島は目を剥く。
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ、フレばいいじゃないの」
「…そうなんだけど」
言葉を濁す青島に、すみれは鋭く言った。
「困ってはいても、イヤじゃないんじゃない?室井さんの気持ち」
その通りだった。
室井の気持ちは困る。
室井のことは好きだけど、そういうふうには受け入れられないから困る。
だけどイヤだとか、気持ちが悪いだとか、そんなふうには全く思えなかった。
男に告白されたことなどないから分からないが、それでも普通だったら拒否反応が出ただろう。
だけど、室井に告白された青島は、ただ困っているだけだ。
青島のエゴでしかないが、自分がフルことで室井を傷つけるのがイヤだった。
青島にとっても、室井は大事な人だったのだ。
「どーしよー…」
頭を抱えた青島に、すみれは小さく笑う。
「少し、時間掛けてみたら?室井さんも今すぐ答えを寄こせって言ってるんじゃないんでしょ?」
「それは言われて無いけど…」
それどころか、実は答えを望んでいるそぶりもない。
あの日はあのまま帰ってしまったし、その後室井から連絡も無い。
だけどそのうちきっと、室井は何かしらの行動に出るだろう。
言うだけ言って、そのままにしておく男ではない。
責任感の塊のような男である。
室井が何かしらの行動に出た時、青島も何かしらの答えを用意しておかないといけないだろう。
そう思っていた。
「なるようにしか、ならないわよ。男女の仲なんて」
「俺と室井さん、男女じゃないし」
「そうだったわねぇ」
他人事だと思ってと思いながら睨むと、すみれは肩を竦めた。
「ま、考えなさいよ。それは青島君にしかできないことだもん」
他の誰でもなく、こればかりは青島が考えて答えを出すしかない。
すみれの言うことはつくづくその通りで、反論の余地もなかった。
青島は頬杖を付いて、深い溜息を吐いた。
苦笑しながら箸を動かすすみれをちらりと見る。
「俺の、何が好きなんだと思う?」
「それこそ、私に聞かないでよ」
本人に聞いてみれば?と言われて、青島はもう一度深い溜息を吐いた。
***
すみれに相談した結果、なんの解決策も見出せないまま時間が過ぎる。
尤も、すみれが悪いわけではない。
元々答えを出せないような相談を、青島が持ちかけているのだ。
室井とのことを青島がどうしたいのか。
これがはっきりしていないと、どうすることもできやしない。
青島だって真剣に考えてはいるのだが、答えは中々でなかった。
このまま当分室井と顔を合わせなければいいなぁと酷く後ろ向きな希望を持っていたが、その希望はあっけなく打ち砕かれる。
出勤してきた青島は、刑事課に入った途端硬直した。
室井がいる。
「あ、青島君」
室井と話していた袴田が青島に気付いて、青島を手招きした。
一瞬回れ右をしたくなったが、室井がちらっと青島を見たので、根性で堪える。
「おはようございます…」
とりあえず挨拶をすると、室井も小さく「おはよう」と返してくれた。
室井の様子は普段と変わり無い気がした。
それは多分普段から室井の態度が硬いからだ。
今更多少ぎこちなかろうが、それほど変わって見えないのではないだろうか。
それは青島にとっては有り難かった。
ホッとしたのも束の間、
「青島君、君、暫く本庁に通って」
袴田の一言に目を剥いた。
「は?」
「本庁の捜査に手を貸して欲しいんだって、室井管理官が」
あまり良い思い出ではないが、過去にも室井に引き抜かれ本庁の捜査に加わったことがあるから、不自然なことではなかった。
だけど、「今」というのは、タイミングが悪すぎる。
青島は慌てて袴田に申し出た。
「でも、ほら、俺、今抱えてる捜査で手一杯だし」
「それなら、魚住君と森下君に頼んだから、心配要らないよ」
「いやっ、でもですねぇっ」
「それほど長く掛からないと思うから、頼めないだろうか」
室井が真顔で言うから、言い募ろうとしていた青島は口を閉ざす。
室井が捜査で青島の手を借りたいというのだ。
いつもなら、素直に受け入れただろう。
正直なところ、お誘い自体は嬉しく思う。
だけどどうしたって、室井の気持ちが引っかかった。
―俺を本庁に呼ぶ理由は、捜査のためだけじゃないんじゃないのか?
そう考えてしまうのは仕方のないことだし、事実全く無関係ではないかもしれない。
だけど、自意識過剰な気もしたし、室井に失礼な気もした。
本庁は青島にとって居心地の良い場所ではないが、捜査に関わらせてもらえること自体は青島にとっても嬉しいことである。
青島は少し悩んで、結局頷いた。
それを見た室井が酷くホッとしていたのだが、青島は気が付かなかった。
袴田に見送られ、二人揃って湾岸署を出る。
並んで歩くも、会話はない。
いつもなら余計なことをベラベラ喋る青島も、さすがに何も頭に浮かばなかったのだ。
―会話…会話会話。
頭の中で呪文のように繰り返すが、やっぱり何も浮かばない。
「青島」
「うぁいっ」
いきなり声を掛けられて、返事がひっくり返ってしまった。
しまったと思ったが、一度口から出てしまったものは仕方が無い。
愛想笑いを浮かべながら横目で室井を見て、もう一度やり直した。
「…はい?」
室井は眉間に皺を寄せながら、青島と視線を合わせる。
「心配しなくても、取って食ったりしないから」
「食っ…」
赤面し、絶句した。
―俺を食う気があるのか、この男は!
一瞬ズレた思考が頭を過ぎった。
「だから、心配しなくていいって」
そう言って室井が珍しく少しだけ柔らかく笑うから、青島も力が抜けた。
そっと小さく息を吐いて、頬を掻く。
「ええと、室井さんはさ…」
室井に聞きたいことはあるのだが、聞いたら青島の答えも出さなくてはいけない気がして言葉にできない。
言いよどむ青島に、室井は表情を引き締めて、頷いた。
「本気だぞ」
短い一言だったが、青島にはちゃんと伝わった。
じんわりと頬が熱くなる。
室井の潔いところは好ましく思うが、今はちょっとカンベンして欲しかった。
「そうですか…」
そしてこんなことしか言えない自分が情けない。
室井が告白してくれた時も、結局コレしか言っていない。
情けないにもほどがある。
―ごめんなさい、と言うべきだろうか。
青島は迷っていた。
すみれの言う通り、時間を掛けられるのならそうしたい。
だけど考えさせてくださいと言う時は、考える余地がある時に言うべきだろう。
青島は男で、室井も男だ。
上司で警察官で、何度考えてもやっぱり男だ。
そして、青島は女の子が大好きである。
そうであるなら、青島には考える余地がないはずだった。
考える余地がないのだから、「ごめんなさい」としか言いようがない。
だけど言いたくはないというのが、本音だった。
何も言わずに済むなら言いたくない。
でも何か言わないといけないとしたら、言うのは「ごめんなさい」しかない。
青島が意を決して口を開きかけるが、室井にそれを遮られる。
「やっぱり気持ち悪いだろうか」
少し眉を顰めて言うから、青島は慌てて首を振った。
「そんなことは、ないです」
告白された時と、答えは一緒である。
気持ち悪くはない。
「なら、迷惑か?」
その問いには、少し考える。
迷惑ではないが、今現在青島はとっても困っている。
困っているからには迷惑なんじゃないかといえば、そういう気がしなくもない。
でもそれは室井の気持ちが迷惑なのではなくて室井の告白に困っているだけで、結局のところ―。
「…良く分かりません」
思わず渋面で答えてしまった。
あまりに素直で素っ気無い答えに、室井は苦笑した。
「そうか…」
「あの、室井さん」
やっぱりはっきり言おうと思う。
こんな曖昧な受け止め方では、室井も困るだろう。
そう思ったのだが、また室井に遮られる。
「想っているくらいは、構わないか?」
「へ?」
「それも困るだろうか」
「あ、いや、そんなことはないですけど…」
「そっか」
思わぬ柔らかい表情が返ってきて、ドキリとする。
そんな嬉しそうな顔をされては、青島も照れ臭い。
室井が喜んでいるのは、青島を想うことだ。
青島はようやく室井が青島を好きだという事実を飲み込んだ気がした。
飲み込んだら、青島が想像していた以上に大変なことのような気がした。
―室井さんが、俺を想ってるって…?
いつまで、どこまでだろう。
そんなことは聞けないし、室井にだってきっと分からない。
室井が青島を好きじゃなくなるまで。
室井が他の人を好きになるまで。
その時まで、この男は青島を好きでいるつもりなのだろうか。
それはあまり良いことじゃない気がした。
青島にとってじゃなく、室井にとって。
―もしかしたら、今、ちゃんとフッておくべきだった?
選択を間違えた気がして、慌てて口を開いた。
「室井さ…っ」
「それなら、これからも宜しく頼む」
ペコリと小さく頭を下げられて、青島は開いた口をただ閉じる。
顔を上げた室井が、微笑んでいたからだ。
その顔をみたら、やっぱりダメだとは言えなかった。
言いたくなかった。
例え、室井に辛い想いをさせる可能性があっても。
「…室井さんが、選んだことだもんな」
ボソリと呟くと、室井は首を傾げた。
「なにがだ?」
「いえ、なんでも」
青島はニコリと笑うと、「こちらこそ」とだけ応えた。
―室井さんが決めたことだ。室井さんの好きにすれば良い。
青島はそう思うことにした。
投げやりになっているわけでも、室井のことをどうでも良いと思ったわけでもない。
青島自身は室井の気持ちそのものを迷惑だと感じていない。
何の因果か知らないが、青島を好きになってしまった室井がそうしたいと言うのだから、好きにすれば良いと思った。
元より、延々と悩むことは性に合わない。
「晴天の霹靂だな」
苦く笑いながら、それでも青島は少しだけ楽しそうだった。
先のことなど、誰にも分からない。
二人のことすら、青島にも室井にも分からない―。
END
2006.5.7
あとがき
グルグルする青島君でした(笑)
本当はもっとボケボケしい青島君にしたかったんですけどね、タイトルにあわせて。
この二人は本当に物凄くスローペースでくっつく気がします(^^;
できたらくっつくまでちゃんと書きたいのですが、
一応不定期連載ということにしておきたいと思います〜。
今回は青島君とすみれさんの会話が書きたくて、そこからお話を作りました。
またネタが浮かんだら、唐突に続きを書くと思いますので
気長にお付き合い頂けたら幸いです(^^)
template : A Moveable Feast