■ 行く先


「次はどこですか」
久しぶりに会った青島の開口一番がソレだったから、室井は苦笑した。
「広島だ」
「広島…」
驚いた顔はしなかった。
地方への異動は予想通りだったのだろう。
もう一度口の中で「広島…」と繰り返した。
それきり何も言わない。
考えているようにも見えるし、途方に暮れているようにも見える。
室井は聞く必要のないことを聞いた。
「怒ってるか?」
室井と視線を合わせると、青島は肩を竦める。
「何で俺が怒るんですか。アンタが信念貫くことを支持してきたのは、俺ですよ?」
青島は意味なく胸を張ってみせた。
真下が撃たれた事件の時も副総監誘拐事件の時も、室井は自分のやり方を変えなかった。
それを青島はずっと支持してきたのだ。
青島が関わらない事件だからといって、それを翻す男じゃない。
分かってはいたが、本人の口からちゃんと聞けて嬉しかった。
室井は真摯に青島の気持ちを受け止めて、軽く頭を下げた。
「ありがとう」
「やめてくださいよ。礼なんて言われる筋合いじゃない」
困った声に顔を上げると、青島は真顔で室井を見ていた。
「アンタが信念曲げられないように、俺にも信じて譲れないものがあるんです」
ただそれだけのことだと青島は言う。
室井はホッとしている自分に気が付いて、少し情けなくなった。
―まだ、青島と歩いてる。
それを実感しただけだ。
だが、室井には大事なことだった。
まだ、自分の信じた道を歩いている。
その自信だけは、絶対に失えない。
今の室井の、警察官としての室井の、全てだから。
「…大事なことを言うのを忘れてた」
室井は真っ直ぐに青島を見つめる。
「まだ、諦めてないから」
何がなど言う必要はない。
青島は満面の笑みを浮かべている。
「分かってますよ」
嬉しそうな声は、青島もまだ諦めていない証拠。
室井を信じ、期待してくれている証拠だ。
期待がなければ頑張れないわけではないが、頑張ることに意味を見出だせる。
自分のすることを無駄じゃないと信じてくれる人が、少なくても一人はいるのだ。
室井が頑張る意味は、きっとある。
「定年まで、20年ありますよ」
青島が笑顔で言うから、室井は苦笑した。
「ポジティブだな」
楽観的に見えるかもしれない。
だけど前を向くことが辛い時もある。
進むどころか、視線すら向けたくない時だってあるのだ。
青島はそれでも視線を逸らさない。
―これは青島の強さだ。
室井が強く惹かれて、何度も救われた青島の強さ。
室井は微笑した。
「でも、大事なことだな」
「でしょ」
得意げに笑う青島が、愛しかった。


「広島か…美味いもの、いっぱいありそうっすねぇ」
少し視線を持ち上げて、青島がのんきに呟く。
―これも青島なりの前向き、だろうか。
と思うと、ちょっと可笑しかった。
「カキ、送ってやるから」
「いりません」
嫌いだったかな?と首を捻っていると、青島はさらりと続けた。
「食いに行くから、いりません」
目を丸くした室井に、ニヤリと笑ってみせる。
「大人しく待ってはいませんよ。俺も歳を取ってせっかちになってるんです」
室井が北海道にいる間、青島は一度も会いに来なかった。
逆も然りだ。
相手を信じているから、離れていても頑張れる。
二人ともそう思っていたから、室井は美幌で青島は東京で、お互い頑張っていたのだ。
その気持ちが変わってしまったわけではないだろう。
「会えない時間に会いたいと思い続けるくらいなら、仕事頑張って時間作って会いに行った方が合理的でしょ」
「なるほど」
無理をすることだけが信頼の証では無い。
無理に信頼を形にする必要はないのだ。
積み重ねてきた時間が、二人の間には確かに存在した。
「距離になんて、負けませんよっ」
室井との交際だけじゃなくて、そこにはきっと二人の約束も含まれている。
これほど心強い味方はいないだろうと思う。
ひっそりと感動していた室井に、青島は笑いながら続ける。
「目指せ、週一デートです」
「それなら今より会えることにならないか?」
「あ、そか。つーか、交通費だけで潰れそうだなぁ」
自分で言ったのに困った顔をしている。
室井は苦笑しながら、青島の髪を掻き交ぜた。
「俺もこっちに帰ってくるから」
仕事頑張って、時間作って、青島がそうしてくれるように。
室井も必ず。
「君に会いに来るから」
青島が小さく笑って、抱きついてきた。
当然のように抱き返す。


「お疲れ様でした」
小さな労いは、室井の心にじんわりと滲む。
「少し、疲れたでしょ?……なーんて聞いても、うんとは言わないでしょうけどね」
からかうようでいて、どこか真剣な青島の声。
背中を軽くポンポンと叩かれる。
「ちょっとだけ、休憩しましょ」
「…青島?」
「広島に行く前に、ちょっとだけ」
今度は背中を撫ぜられる。
暖かい手の感触に、不覚にも目の奥が熱くなった。
「心休めて、痛み和らいだら、また頑張りましょうね」
室井は青島の肩に顔を埋めて、その背中をキツク抱きしめた。
「青島…君に、話したいことが」
「聞かせてください。何でも聞きたい」
「いっぱいありすぎて、何から話したらいいのか分からない」
耳元に青島の息が掛かる。
笑ったようだった。
「じゃあ、ゆっくり。室井さんの話したいように話してくれればいいですよ」
「…じいさんになってしまうかもしれない」
今度ははっきりと笑った声がした。
背中をぎゅっと抱きしめてくれる。
「付き合いますよ。じいさんになっても、アンタの話、ちゃんと聞くから」
だから、いつか全部聞かせてください。
小さく囁いた声に、室井は青島にしがみ付いたまま、頷くしかできなかった。



***



広島へ発つまでの数日間を、室井は青島の部屋で過ごした。
仕事だから見送りに行かないと言った青島に、来なくていいと応じながらキスをしたら、未練がましいと笑われて送り出された。
いつもと変わらない別れ。
―きっと、また、すぐに会える。
室井は一瞬足を止めて、ふっと微笑した。
すぐに真顔になると、真っ直ぐ前を見ながら再び歩き出す。


向かう先は、きっと。










END

2005.12.1

あとがき


やっと書けた「容疑者」補完だったんですが…ですが…;
何が書きたかったのか、いまいち分からないデキになってしまいました(いつもですか?)
色々と書きたいことはあったのですが、どうやら一番は室井さんを癒してあげたかったみたいです(笑)

すみません。
ぼちぼちまとめながら、「容疑者」補完はまた書きたいです!


室井さんが警視総監になってくれると、私は未だに信じております(^^)



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