■ 可愛い男
「懇親会?」
室井は露骨に嫌な顔をした。
珍しく定時に上がれそうなので、帰り支度を始めていた時だった。
一倉が妙な提案をしてきたのは。
室井のそんな反応は予想の範疇だったのか、一倉は平然と頷いた。
「たまには、身内の絆を深めるのも悪く無いだろ?」
何が絆だ、と室井は思う。
酒を飲んだくらいで絆が深まるなら、室井も青島も苦労はしていない。
「俺はいい」
室井は一倉を無視して、机の上を整理する。
折角早く帰れるのである。
家に帰ってゆっくりしたかった。
―…青島は夜勤じゃないんだろうか。
ぼんやりと思いながら青島に電話してみようと思っていると、一倉がわざとらしく溜息を吐いた。
「お前が行かないと、青島が悲しむだろうなぁ」
室井は一瞬動きを止めて、慌てて一倉を振り返る。
「何?」
「懇親相手は、湾岸署だぞ」
室井が目を剥くと、一倉は満足そうに笑った。
「たまには本庁と所轄で親睦を深めるのもいいだろ」
「は?」
「達磨に18時半の約束になってる。もちろん青島も来るぞ。お前は行かないのか?」
暫く呆然としていた室井は、眉間に皺を寄せた。
「お前は何を考えているんだ」
「何だよ、所轄と仲良くしようって言ってんだ。お前の望むところだろ」
白々しい発言に、室井の表情が益々曇る。
「心配しなくても、神田署長たちは呼んでない。刑事課の連中とうちのキャリアが数名だけだ」
「そういう問題じゃ……うちのキャリア?」
「ああ、新城と真下と、後沖田君も来る。草壁と大林にも声を掛けたが都合悪かったみたいだな」
室井は渋面になった。
―このメンツと、湾岸署で飲み会だと?
それは恐ろしい展開になりそうだった。
「俺は行かないぞ」
「青島も来るのにか」
室井はぐうっと唸る。
そうだった。
青島も来るのである。
青島には会いたいが、そんな酒の席には出たくない。
―青島が帰ってくるのを青島の部屋で待ってるか…いや、しかし、そんな飲み会ならいつ解放されるか分かったもんじゃないな…。
室井が苦悩していると、一倉がサラリと問題発言をした。
「青島はコンパニオンみたいなもんだろうなぁ」
室井はまたも目を剥く。
「何だと?」
「うちと湾岸署なら、当然向こうの接待だろ」
「お前、さっき懇親会だと言っただろ」
「懇親会という名の接待だ」
室井は怒りを通り越して、脱力した。
もう何が何だか分からない。
なぜそんな懇親会が開かれることになったのかも分からない。
だけど、分かったことが一つだけある。
室井の選択肢は、最初から一つしかなかったのだ。
青島が参加させられている時点で。
「で?どうする?」
楽しげな一倉を睨みつけて、室井は全力で溜息を吐いた。
「……行く」
「いらっしゃいませ〜」
達磨のドアを開けた室井は、出迎えてくれた青島を見て硬直する。
そんな室井を見て苦笑すると、青島は背後のすみれを振り返った。
「ほら、やっぱりひかれた」
「そんなことないわよ、ね?室井さん」
すみれが意味ありげに微笑んでくるが、室井はそれどころじゃなかった。
「おめぇ、何し…っ」
思わず出かかった方言を飲み込む。
ニヤニヤと笑う一倉やすみれの視線が痛い。
が、この際気にしていられない。
むしろ、青島に室井の視線を気にして欲しかった。
「君は、何てカッコをしてるんだ…っ」
必死に抑えた声で言うが、室井の動揺は声にも顔にも駄々漏れである。
青島は困ったように頭を掻いた。
「何って……、バニーボーイ?」
「バ…」
室井は絶句した。
そして、青島の頭の上に突き出た二本の耳は、やはりウサギの耳なのか…と何故か絶望的な気分で思った。
幸い、というか当然なのだが、編みタイツは履いていなかった。
だけど、いつものようなスーツではなく、バーテンの制服のような服を着ている。
またそれが似合っているものだから、室井は余計に落ち着かない。
「これでも、編みタイツだけはカンベンしてもらったんですけどね」
室井が凝視するから落ち着かないのか、青島は困った顔でウサギの耳に触れたりしていた。
編みタイツなど冗談ではないと室井も思う。
―青島の足なんぞ、誰が見せるか。
室井にはなんの権限もないが、真剣にそう思っていた。
青島の足は室井の足じゃないのに。
「ほら、青島君、お二人にお飲み物をお持ちして」
どこのママだと思わせるようなすみれに促されて、青島は苦笑した。
室井に一瞬視線を寄こして、厨房に向かっていく。
どうやら今日は貸切らしかった。
「恩田君が着せたのか?あれに」
一倉が可笑しそうに笑いながら聞くと、すみれの背後から先に来ていたらしい真下が姿を現した。
「交渉といえば、僕の仕事でしょう」
未だに立ち直っていない室井を他所に、一倉は勝手に話を進める。
「よくアイツがあんな格好するって言ったなぁ」
「最初はね、編みタイツを履けって、脅したのよ」
一倉は目を丸くし、室井は眉間に皺を寄せる。
「死んでも履くかって抵抗したんで、じゃあ耳くらいつけてくださいよーってお願いしたんです」
真下が得意げに言った。
青島は基本的にお願いに弱い。
頼りにされるとイヤと言えないのだ。
命令より断然お願いが有効である。
しかも、ノリがいい。
仮装くらいは喜んでやりそうだった。
「うん、うまい手だな」
感心する一倉を、室井は睨む。
「海外旅行に連れていけと最初にプレッシャーをかけておいて、ダメならディズニーランドでもとランクを落としておねだりすると、上手くいったりするらしいぞ?」
そんな子供の夏休み計画と同レベルにしないで貰いたかった。
―バ、バニーボーイだ?あのバカ…っ。
室井は渋面になった。
「可愛いでしょ?」
すみれがニッコリ笑って尋ねてくるから、室井は言葉に詰まる。
その横で一倉は平然と言ってのけた。
「ちょっと可愛すぎるな、あれは」
「やめろ、一倉」
「何だよ。褒めたんだから、いいじゃないか」
室井は器用に小声で怒鳴った。
「いやらしい目でアイツを見るなと言ってるんだっ」
「可愛いっつーのの、どこがやらしいんだよ」
「言葉じゃない、お前の目がいやらしいんだっ」
「おおっ、こりゃ失敬」
ちっとも悪びれない一倉にはもう構わず、室井は心に決める。
―青島を連れて、とっとと帰ろう。
そう思った瞬間。
「あ、青島君連れて帰らないでね」
さらりとすみれに釘を刺されて、室井は目を剥いた。
どうやら室井の考えることなどバレバレらしい。
「お、何だよ。ヤラシイのはお前じゃないか」
「なんだと?」
「あんな青島連れ帰って、何する気だよ」
「そりゃあ、ナニでしょうねぇ〜」
室井がひと睨みすると、真下は速攻で口をつぐんだ。
「バカを言うな」
「ふーん、じゃあ、室井さん、アレ見ても、何とも思わないんだ?」
すみれが意地悪く言う。
何もなんて。
―思わないわけが無いだろう。
室井は強張った顔の下で思った。
さっきから室井の頭を占めるのは、「可愛い」という単語に他ならない。
後数年で40歳になろうかという男に感じることではない。
だが、可愛いものは仕方が無いではないか。
―青島はどこからどう見たって、可愛い。
―うさぎの耳なんてなくたってあいつは可愛いが、あれはまた別の可愛らしさだ。
―愛玩動物?…いや、別に青島をペット扱いする気はないが。
「おい、やっぱりヤラシイのはどっちだよ」
一倉に言われて、少しトリップしていた室井はハッとした。
「な、何が」
「しまりのない顔をするなよ。青島が見たら、ガッカリするぞ」
「俺がどうしたんですか〜?」
のほほんと割り込んできた青島に、室井は思わず眉間に皺を寄せた。
もちろん不愉快だったからではなくて、無意識にしまりの無い顔を何とかしなければと思った結果だった。
実際に自分の表情にしまりがなかったかどうかなど、室井に判断する余裕はなかった。
「な、なんすか?怖い顔しちゃって」
少し眉を寄せて、不安そうな表情。
「…っ」
室井の目には何故か、青島の頭から突き出ている耳が垂れたように見えた。
重症である。
「何でもないっ」
思わず語気を強めると、驚いたのか青島は少し目を見張った。
そして、少し悲しそうに眉を顰めてしまう。
ふざけた格好が室井の不興を買ったと思ったのかもしれない。
室井は慌てて何か言わなければと思った。
―可愛い。
―似合ってる。
本当は心の底から思ったが、自分の頭が痛い気がして、口からどうしても出ない。
代わりに、室井は必死に表情を和らげた。
根性で微笑すら浮かべてみせる。
多少力は入ってしまったが、青島もそれでホッとしたのか、ヘラっと笑った。
それがまた可愛いから、室井は頭を抱えたくなった。
青島を見つめる周囲の視線を思えば、室井の気持ちも分かるというものである。
―しまりのない顔をしてるのは、どこのどいつだっ。
室井は思わず隣の一倉の足を踏みつけた。
「はいっ、じゃあ、始めますよーっ」
一倉の小さな悲鳴は、すみれの号令にかき消された。
室井は酒を飲みながら、青島から視線を離せずにいた。
つい目がいってしまうというのもあったが、それ以上に心配で目が離せないのだ。
恋人があんなナリをしていたら、それも無理は無いだろう。
室井が横目で見つめる中、青島はお酌をして歩いていた。
「はい、新城さん。どーぞ」
「……」
無言でグラスを差し出しながら、新城はマジマジと青島を見つめている。
視線に気付いて、青島は苦笑した。
「言っておきますけど、俺の趣味でこんなカッコしてるわけじゃないですからね」
新城の嫌味を恐れてか先に釘をさすが、新城は少し視線を逸らしただけで何も言わない。
いつもと違う新城に、青島は首を傾げた。
「新城さん?」
ひょいっと新城の顔を覗きこんだから、新城は身を逸らした。
その顔が赤くなっているのを、室井は見逃さなかった。
グラスを置いて、成り行きを見守る。
「新城さん、もう酔っ払った?あ、調子悪いです?無理しない方が…」
「へ、平気だから、近付くなっ」
思わずといった感じでどなる新城に、青島は目を丸くして、それから唇を尖らせる。
「ひでぇなぁ…そんなに嫌うことないでしょ」
さすがにちょっとへこみ気味な青島に、新城も慌てる。
「あ…青島」
「もう、いいっすよ、別に」
子供っぽくイーダをすると、うさぎの耳が揺れた。
新城はもちろん室井も固まる。
―だから…お前は何でそんなに可愛いんだ…。
離れて行こうとした青島の腕を、新城が掴んだ。
「青島…っ」
「え?」
酒ビンを持っていた腕を引かれてきょとんとしている青島に、室井が腰を上げそうになる。
だが、
「青島君、お酒が零れますよ」
新城の横から、沖田がさり気なく青島の腕を取り、新城の身体から離す。
そうしながら、ちらりと室井を見て微笑んだ。
どうやら室井のためらしい。
台場役員殺人事件の後から、沖田の室井に対する態度は柔らかい。
室井は沖田に向かって目礼をすると、ホッと力を抜いた。
どうやら沖田は青島を新城から守って―大袈裟だが、くれそうだった。
「あ…すいません」
慌てて体勢を直した青島は、沖田に軽く頭を下げて礼を言う。
沖田は青島を見て、微笑を浮かべた。
「いいえ。私にも一杯頂けますか?」
「あ、はい、どうぞどうぞ。沖田さん、強そうっすね〜」
笑いながら沖田のグラスを満たすと、方々から声が掛かる。
本当にコンパニオンのような様相を呈してきた。
「先輩!こっちにも!」
真下が言うと、青島は露骨に嫌そうな顔をした。
「ヤだよ。何でお前にお酌しないといけないの」
「え〜?そんなこと言わずに〜折角じゃないですか〜」
何が折角だか分からない真下の要求だったが、青島は仕方が無さそうに真下の隣に移る。
それを室井は目で追っていた。
「先輩、それ似合いますね」
真下が青島の頭を指して言うと、青島は呆れた顔をした。
「お前、そう言われて、男が喜ぶとでも思ってんのか?」
「いやいや。そんなにうさぎの耳が似合う男は他にいませんって」
「だから、お前ねー」
「バニーボーイとして働けますって」
真下は酒に弱かった。
「……お前、もうかなり酔っ払ってるだろ」
青島は終始呆れ顔だったが、室井は眉間に皺を寄せていた。
真下は褒めてるつもりかしらないが、青島に向かってそんなことを言わないで欲しかった。
―バニーボーイなんて、冗談じゃない。
そう思いながら酒を煽る。
「青島ぁ」
隣から一倉の声がして、室井は慌てて振り返る。
「おいっ」
「こっち来て、お酌してくれよ」
室井の咎める声など聞いちゃいない。
一倉が手招きで青島を呼びつけると、青島は苦笑した。
「はいはい…今行きますよ、もー」
青島は室井と一倉の間に入ると、ちらりと室井を見て肩を竦めてみせた。
「ほら、そこ、アイコンタクトしない」
「べ、別にそんなんじゃないっすよ」
一倉にからかわれ、青島は慌てて室井に背を向けた。
単に一倉の方を向いただけなのだろうが、室井は少し面白くなかった。
「お前も飲めよ」
「飲んでますよー、つーか、あちこちの席で飲まされてるんですけど…」
「なら、俺の酒も飲んでけ」
「てか、ここ、うち持ちでしょ?」
「けち臭いこというなよ。折角の懇親会だぞ」
「懇親会?え?これって、接待じゃなかったの?」
青島もこの飲み会の意味が分かっていないらしい。
というより、正確に分かってる人などいないだろう。
「まーいいから、飲め」
「はぁ…」
「おい青島…。飲みすぎるなよ」
背後から声を掛けると、振り返った青島が、室井に笑いかける。
「だから、そこ、いちゃいちゃしないっ」
今度はすみれにヤジられて、青島はまた室井に背を向けた。
「だから、してないっつーの!」
室井は深い溜息を吐いて、手酌で酒を飲んだ。
「しっかし、お前可愛いなぁ」
「やぁめてくださいよ〜」
ゲラゲラ笑いながら、青島は一倉の肩をバシバシと叩く。
「いや、マジでだって」
「だからぁ、嬉しくないって言ってんでしょお〜」
カッコイイと言ってくださいカッコイイと、などと無茶なことを言っている。
うさぎの耳をつけた男をカッコイイなどと、誰が思えるというのか。
室井はちらちらと青島の様子を窺いながら、眉間に皺を寄せた。
呂律が怪しいところを見ると、かなり酔っ払っている。
そろそろ止めさせなければと思っていると、横からすみれがお酌してくる。
「さ、どうぞ〜」
「……ありがとう」
ニッコリと笑うすみれが怖いので、室井は大人しく酒を注がれた。
「ぎゃっ」
青島の叫び声にハッとして振り返ると、何と一倉が青島の尻を撫ぜていた。
ぎょっとする室井の視線に気付いてか、一倉はニヤリと笑ってすぐに手を引く。
「何だ、尻尾はねぇのか」
のほほんと呟く一倉に、青島はまた笑いながら一倉の肩を叩いている。
「ないですよ〜。てか、一倉さんセクハラ〜」
明らかに酔っ払っている青島に、室井は眉間を押さえた。
「それにしても、お前もうちょっと、色っぽい声出ないのか?」
「俺の口からんなもん、出るわけ無いでしょ〜」
青島は苦笑したが、室井は心の中で「そうでもないぞ」と一瞬本気で思った。
「そうか?どれ…」
一倉の手がまた伸びてくるのを、室井が黙って見ているわけもない。
青島に触れる前に、叩き落す。
「いてっ」
「ん?」
一倉が短い悲鳴を上げると、青島は室井を振り返った。
室井は渋面のまま、青島の腕を引っ張って、一倉の傍から離す。
「もう、一倉に構うな」
仏頂面で言ったら、青島は目を丸くした。
そして、窺うように上目使いで室井を見つめてくる。
「もしかしてー…妬いてます?」
思わず顔を強張らせた室井に、青島は破顔した。
「もー…可愛いなぁ」
うさぎの耳を揺らしほわほわと微笑む青島に、その場にいた全員が思った。
―可愛いのはお前の方だ。
「……っ」
室井はガシッと青島の腕を掴んだ。
「へ?」
目を丸くした青島に構わず、立ち上がる。
「お先に失礼する」
「え?あ、ちょ、むろいさん??」
室井に引っ張られるように立ち上がると、ずるずると青島もお座敷から下ろされる。
「どうぞどうぞ〜大分楽しめたからもういいわよ〜」
すみれの鬼のような発言は、頭だかどこだかに血の昇りきった室井に聞き咎がめられることはなかった。
その夜、室井はビジネスホテルに宿泊。
当然青島も一緒である。
自宅まで我慢できなかったのは、言うまでも無い。
END
2005.9.19
あとがき
元ネタはリカさんに頂いたバニー青島君(?)のイラストでした。
なまらめんこかったので、「可愛い男」です(笑)
イラストの方は諸事情により現在は公開しておりませんが、
そのイラストと親戚の可愛い男・バニー青島(リングネームみたいな…弱そうですけど;)は
GIFTページにお預かりしておりますので、是非ご覧になってくださいなv
このお話で伝えたかったことは、ただ一つです。
バニーな青島君、なまらめんこいよね?
ということだけです。
それ以外は何もありません(汗)
苦情は受け付けます!
ダメなら、下ろします!
どうも申し訳ありませんでした(土下座)
リカさん、本当に恩を仇で返してしまいました…ごめんなさい!(額を床に擦りつけつつ)
template : A Moveable Feast