■ 君と二人で


室井は湾岸署に来ていた。
用事は大したことではない。
部下に託してしまえばそれで済むような小さなことだ。
室井がわざわざ出向いた理由は青島に会うため、ただそれだけだった。


刑事課に入ると幸い袴田はいなく、見知った刑事たちが軽く会釈をして寄越す。
室井はそれに応じながら、密かに青島の不在を確認した。
「青島君なら、屋上」
背後から声を掛けられハッとして振り返ると、すみれが立っていた。
室井の脇を抜けて自分の席に行くと、ちらっと室井を見て肩を竦めた。
「今は行かない方がいいかも。八つ当たりされますよ」
そう言ってちょっと笑ってみせた。
「あなたも大変ね」
いつも所轄と本庁の板挟みで、と他人事のように言う。
室井は眉間に皺を寄せた。
「君が言うな」
「こりゃ失敬」
悪びれずに言って、少し柔らかい視線を室井に寄越した。
「あなたに関係ない事件の時まで、背負い込まなくていいですよ。……無関係でいて欲しいわけじゃないけど」
室井は軽く目を見張った。
すみれの気遣いの言葉に驚いたのだ。
あからさまに驚いたせいか、すみれは頬を膨らませて腕を組んだ。
「何ですか?」
「…なんでもない」
室井はすみれを優しい人だと認識しているが、生憎とストレートに優しい言葉を掛けられたことが、ほとんどない。
室井自身そういう真似が器用にできるタイプではないから気にしてはいなかったが。
慣れないすみれの反応に、どうしたら良いのか分からなかったのだ。
すみれは溜息をつくと、「まぁ、いいわ」と呟いた。
そして、もう一度室井を見据える。
力強い眼差しに、室井の背中にも力が入った。
「青島君は自分で立ち直るわよ」
この言葉一つで、良く分かる。
すみれがどれだけ青島を信用しているか。
それはきっと、室井とそう変わらない強さだ。
「分かってる」
室井は頷いて、続けた。
「私の助けがいるなどと、自惚れてはいない」
微笑したすみれに背を向けて、室井は歩き出した。
数歩も行かずに振り返る。
「教えてくれて、ありがとう」
それだけ言うと、階段に向かった。


関係者以外立ち入り禁止と書かれているドアは、簡単に開いた。
これは不用心じゃないんだろうかと思いながら、屋上に出る。
何があるわけでもない屋上。
目当ての背中はすぐに見つかった。
夕日が落ちかかった薄暗い屋上に、青島はポツリと立っていた。
煙が見えるから、きっと咥え煙草だ。
そっと近付くと、振り返らずに青島は言った。
「今日はもう閉店しました。また明日どうぞ」
いじけた子供のような投げやりな言葉が飛んできて、室井は思わず吹き出しそうになった。
きっと誰かが「事件だ」と青島を呼びにきたのだと思っているのだろう。
室井は静かに声を掛けた。
「まだ勤務時間中だと思ったが?」
一拍おいて、青島は凄い勢いで振り返った。
室井を見て目を丸くする。
「室井さん…」
「湾岸署に用事があったからついでに寄った」
室井は聞かれもしないのに言い訳をした。
湾岸署に用事があったのなら、それはついでとは言わない。
―日本語がおかしかったな……まぁ、いいだろ。
室井は気にしないことにした。
目を瞬かせて、青島は苦笑する。
「そうですか、お疲れ様です。あ、用事済んだなら、本庁まで送りますよ」
「まだ済んでない」
「なら、ここにいたらまずいでしょ」
言って、青島は顔を顰めた。
室井を追い返すような発言は、普段の青島なら絶対にしない。
言った後から後悔しているのは、鈍い室井にも分かった。
青島は煙草を持った手で頭を掻きながら、室井に背を向けた。
「行ってください。……今は、話したくない」
室井は気にすることもなく、青島の横に並んだ。
「そうか」
「…室井さん、」
「話したくないなら、話さなくていい」
横目でちらりと青島を見ると、青島は眉間に皺を寄せていた。
やっぱり気にせず、室井は告げる。
「俺もまだ帰りたくないから、帰らない。君も勝手にすればいい」
子供なのは俺か、と思いながら室井はひっそりと笑った。
もう青島を見てはいない。
少しだけ見慣れない景色に、視線を投げる。


青島に会いに来たことに意味はない。
ただ本庁で、「湾岸署の青島がまた事件を巡って本庁と揉め事を起こしたらしい」という噂を耳にしただけだ。
良くも悪くも目立つ男だ。
青島を嫌うキャリアが多いことも知っている。
青島は自分の信じる正義を決して曲げない。
それは警察全体が忘れがちな正義で、腐った警察官僚にはさぞかし耳が痛く、正義を貫き通そうとする青島は煩わしい存在でしかないのだろう。
そのせいで、青島に対する本庁の風辺りは強かった。
それでも青島は自分を曲げない。
変えない。
変えられないから、苦しんでいる。
―そういう所が、俺達は似てるんだろうな。
室井はそんなことを思いながら、もうじき完全に落ちるであろう夕日を見つめた。
「……室井さん、バカだ」
耳に青島の声が届くが、室井は青島を振り返らなかった。
「バーカ、バーカ」
青島を見ないまま、いじけた声を聞きながら思わず笑みを零す。
「子供か、君は」
「室井さんほどじゃないっすよ。大人の男なら、一人にしてって言われたらしてやるもんです」
フンと鼻で笑いながら言う。
室井は肩を竦めた。
「話したくないとは言ったが、一人になりたいとは言わなかった」
「……屁理屈」
むうっと、唸るような声。
室井はちらりと青島を見た。
青島も室井を見ていたが、唸るほど怒っているわけではなさそうだった。
どちらかと言えば悲しそうに見えたのだが、室井は何も言わなかった。
少しだけ見つめあって、室井は身体の向きを変えた。
正面に回り青島を見上げると、手を伸ばす。
嫌がられるかもしれないと思ったが、青島は抵抗することなく、室井の手を待っていた。
青島の後頭部に手を回し、自分の肩に額を押し付けるように、引き寄せる。
青島はやっぱり抵抗しなかった。
室井の背中を抱き返したりはしなかったが、素直に室井の肩に顔を埋めてくれる。
「……少し、借ります」
室井は青島の首筋に手を当てたまま、ただじっとしていた。









「諦めませんよ、俺は」
青島がポツリと言った。
「ああ」
「信じたモンは、自分の手で守らなきゃ」
揺るがない信念は、いつだって青島の胸にある。
室井と一緒に。
「頑張ろうな」

励ましでも応援でも慰めでもない。
室井が青島にあげられるのは、共に戦うという決意だけ。
青島が室井にくれるものも、それだけだ。
それだけで、充分。

青島はゆっくりと顔を上げると、室井の目を見つめた。
眼差しに力が戻っている。
単純と思われがちな青島だが、これが彼の強さの一つでもある。
痛みも悲しみも感じないような、鈍感な人間ではない。
青島はそれを心のどこかで受け止めて、抱えて歩くのだ。
投げ出すことはできないが、完全に飲み込むこともしない。
だから青島は、立ち止まらない。

至近距離で視線を合わせたまま、青島は小さく笑った。
「頑張りましょうね」
「ああ…頑張ろうな」
室井は繰り返した。
特別意味の無さない言葉でも、二人が諦めないためには必要な言葉。
頑張れなくなったら、そこでお仕舞いだ。
「仕事、戻りますか!」
ポケットから携帯用の灰皿を取り出し、吸殻を捨てると、青島は伸びをした。
室井は少しだけ相好を崩す。
「やっぱり、君は単純だな」
「あ、ちょっと、それ失礼」
「訂正する。立ち直りが早くて助かる」
「あんまり、訂正されてる気がしません」
むっと唇を尖らせた青島に、ちょっと笑ってみせて、室井は踵を返す。
「戻ろう」
「あ、はい」
青島はすぐについてくる。
ゆっくりと室井の後を歩きながら、小さく呟いた。
「今度は……俺が、肩貸しますから」
肩越しに少し振り返って見ると、青島は口角をあげてみせた。
そして大股で室井を抜くと、真っ直ぐ前を見ながら歩き出す。
その背中を見て、室井は目を細めた。



目を伏せたくなる時も、耳を塞ぎたくなる時も、立ち止まりたくなる時もきっとある。
全てを投げ出したくなる瞬間も、痛みから逃げ出したくなることもきっとある。

だけど。
それでもきっと、ずっとこうして歩いて行くだろう。
青島と二人。
時には肩を貸し、たまには背中を押し合いながら。
目指す場所に辿り着くまで。



―信じるのは自分の信念と、貴方の存在。










illustration by Sousuke
END


2005.9.17

あとがき


宗助様から10万HITのお祝いに頂いてきた「mistletoe」に
ひっそりこそこそとSSを書いてしまいました;
凄く好きなイラストで、だからこそ雰囲気を壊したくなくて、
頑張ったつもりなのですがーがー…。
もうこれは、謝るしかございません。
宗助様、並びに宗助様のファンの皆様、申し訳ありませんでした(土下座)

所詮私には硬質な文章など書けないのですね(涙)
いい加減学びなさいよって話です。
ごめんなさいごめんなさい。
少しでもイラストの二人の深い繋がりを感じとって頂けることをお祈りしつつ…。


青島君の身に何があったのか、
難しいことが分からないもので詳細は書いておりません;
申し訳ありません。
ただ室井さんには関係がなかったようです。
それは青島君もすみれさんも、室井さんも承知の上という感じでしょうか。

この後、「容疑者」でもあって、今度は青島君が肩を貸してあげるといいです。
んで、背中を押して(叩いてかな)見送ってくれるといいです。
「頑張りましょうね」って言いながら。



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