■ 同じ思いを
青島が刑事課に入ると、一斉に視線が集まる。
青島は照れ笑いを浮かべると、軽く手を上げて挨拶をした。
「青島君!」
真っ先に近付いてきたすみれが、笑顔を見せた。
「今日からだったんだ」
「うるさいのが帰って来たなぁ」
そう言いながらもどこか嬉しそうな和久に、雪乃がやんわりと付け足す。
「和久さん、説教する相手がいないって、ぼやいてたんですよ〜」
「うちの一番の問題児だからな」
和久が照れ臭そうに言った。
それにすみれも乗っかる。
「そうよね〜青島君がいないと静かだけど、その分物足りないっていうか」
軽口を叩きながらも、皆温かく迎えてくれているのが、青島には分かる。
それももちろん嬉しいが、賑やかな湾岸署に戻ってこれたことが凄く嬉しかった。
雪乃が微笑んだ。
「おかえりなさい、青島さん」
さすがにちょっと胸が熱くなる。
自分の居場所はやはりここだと思った。
「ただいま」
言った途端に、入電が入った。
皆の表情が急に引き締まる。
青島も一緒だ。
コートを掴んだ魚住が、青島を振り返った。
「病み上がりだからね、無理しなくていいよ」
青島は笑って首を振った。
「リハビリにもなるし、俺も行きます」
元気だねぇと言いながら苦笑した魚住と一緒に刑事課を出る。
魚住に同感とばかりの三人は、軽く駆け出した青島を苦笑しながら見送った。
「もう刺されるんじゃないわよー!」
すみれの声に振り返らずに、青島は片手を振ってみせた。
青島は先日退院したばかりだった。
ハードなリハビリが効いたのか、当初の予定よりも一週間も早い退院だ。
暫くはリハビリを続けて経過を見てから復職するつもりだったのだが、どうにも落ち着かないので早々と職場復帰を決めてしまった。
今の青島はやる気に満ちている。
動きたい。
捜査したい。
そういう気持ちで、いっぱいだった。
***
溜め込んでいた報告書と格闘していた青島の机に、誰かがコーヒーを置いてくれる。
顔を上げるとすみれが自分の分のコーヒーを片手に立っていた。
「ありがと」
「どういたしまして。……ねぇ」
すみれは和久の席に腰を降ろした。
「もう帰ったら?病み上がりなんだし」
すみれは夜勤だが、青島は違うのだ。
大きな事件も無いし、もう帰宅しているはずの時間だった。
青島は紙をぺらぺらと振ってみせた。
「長いこと休んでたから、なんか報告書とか申請しないといけないものとかいっぱいあって」
肩を竦めた青島を、すみれがじっと見つめてくる。
瞳を覗き込まれるように見つめられて、青島は少し身体を逸らした。
「な、なに?」
「青島君、頑張りすぎ」
きょとんとした顔で、すみれを見返す。
「……そう?」
「復帰してから、働きすぎ。元気なのはいいことだけど、」
そう言って、ちょっと言葉を区切る。
「無理してるようにも、見える」
青島は苦笑すると、頬を掻いた。
「そう?」
無理をしている自覚は薄かった。
確かに気は焦っている。
やりたいことがいっぱいあるし、やらなければならないこともいっぱいあるのだ。
それに夢中になるあまり、無理していることに気が付いていないだけかもしれない。
だけど、のんびりするつもりは無かった。
どこか心配そうなすみれの視線に青島は笑ってみせる。
大丈夫だと言おうとしたが、すみれに遮られた。
「室井さんのこと、気にしてる」
気にしないわけがない。
忘れたことなど、一日もなかった。
目を伏せながら、そう思った。
「…室井さんのため?青島君が頑張るのは」
青島は視線を逸らしたまま、苦く笑った。
「俺が出来ることは、他にないからね」
青島を、現場を信じたせいで、室井は本庁にいられなくなった。
そのことに青島が責任を感じないわけがない。
だが、青島にも分かっている。
現場を信じたのは、室井の意思だ。
室井は信念を貫き通しただけなのだ。
それは青島のせいじゃない。
だけど、やっぱり青島に無関係ではない。
室井の信念は、二人の約束に直結している。
室井が信念を守り通すなら、青島にだってやらなければならないことがある。
現場で頑張ると室井に約束した。
室井が諦めない限り、青島は絶対に投げ出さない。
そして室井は青島が投げ出さない限り、絶対に諦めないだろう。
「見せしめなんか、クソくらえだ」
思わず呟いた一言に、すみれは目を剥いた。
青島は伏せていた目をすみれに向けると、ニッと笑った。
「あの人が戻ってくるまでの間に、本庁のお偉いさん方に、所轄も中々やるなって少しでも思わせたいじゃない?」
室井が信じたことを、後悔しない現場でありたい。
そのためには、今まで以上に頑張ること。
青島に出来ることはそれだけだった。
すみれは笑みを零すと、頷いた。
「アンタたちって、本当に似たもの同士よね」
性格は全然違うのになぁと、可愛らしく首を傾げている。
青島が何のことだろうと思っていると、すみれは続けた。
「青島君は刺されたっていうのに室井さんのことばっかりだし、室井さんは飛ばされたっていうのに青島君のことばっかだし」
思わず目を丸くした青島に、すみれは苦笑した。
「室井さん、美幌に行っちゃう前に一度だけ私に会いに来てくれたのよ」
「室井さんが…?」
「誰かさんは見舞に来たら蹴り帰してやるーなんて言ったせいで、会えなかったみたいだけど」
すみれの意地悪に、青島は顔を顰める。
そのことは、後から和久に聞いて、死ぬほど後悔した。
しかも室井は律義にその後も会いに来なかったので、事件後一度も顔を合わせることなく、北海道へと旅立ってしまったのだ。
電話はまだ一度もしていない。
室井からも掛かってこない。
多分青島が退院したことを知らないから、室井からは掛かってこないのだ。
分かっているのに、こちらから電話ができない。
声は聞きたいが、少しだけ怖くもあったのだ。
「退院したらきっと無茶するだろうから、気をつけてやってほしい」
すみれの言葉に息を呑む。
「私に頭下げて行ったわよ、あの男」
青島の考えることなど、室井にはお見通しと言うことか。
―いや……信頼してくれているとも言えるのかもしれないな。
室井が諦めない限り、青島も。
室井が頑張り続ける間は、青島も絶対に。
室井の中にも、そういう思いがあるのだろう。
その信頼と優しさが嬉しかった。
表情を崩した青島に、すみれが言った。
「電話、してみたら?待ってるよ、きっと」
青島が退院して、電話をしてくることを、きっと室井は待ってるだろう。
青島はすみれを見て、ちょっと俯いた。
手の中のコーヒーを眺めて、一つ深呼吸する。
コーヒーを飲み干すと、携帯を手に立ち上がった。
「ありがと、すみれさん」
「何にもしてないわよ、私は」
ほんの少しだけ室井に電話をするのが怖かったことが、すみれにはバレていたのかもしれない。
がんばれと小さく付け足して、すみれは座ったまま手を振った。
喫煙室に入るとソファーに座り、携帯で室井の番号を呼び出す。
一度電話をしようと決めてしまうと、声が聞きたくして仕方が無かった。
コールの音を聞きながら、ジッと待つ。
程なくして、電話が通じた。
『青島かっ?』
久しぶりに聞く室井の声が焦ったように自分の名前を呼んだから、青島は思わず微笑んだ。
ディスプレイに出た青島の名前に、きっと驚いたのだ。
すぐに返事が出来なかったせいで、室井が繰り返した。
『青島?』
「お久しぶりです、室井さん」
『…久しぶりだな。退院したのか?』
いくらか落ち着いた室井の声。
「ええ、つい先日」
『そっか…良かったな』
ホッとした声に、表情まで浮かぶ。
―眉間の皺が、ちょっと緩んだ。
『もう働いているのか?』
「ええ」
『そうか。病み上がりなんだ、無理するなよ』
「大丈夫ですよ、もう元気です」
『……』
―ああ…また眉間に皺を寄せてる…。
沈黙ですら、室井の表情を伝えてくれる。
瞼の裏に、室井の顔が見える。
青島は思わず瞼を手で覆った。
『ちゃんと医者の言うことを聞くんだぞ』
「わかってますよ」
『まだリハビリは必要なんだろう?』
「ええ…」
『無茶は……青島?』
「……」
『聞いてるか?青島…?』
青島は携帯を握り締めて俯いた。
声を出せない。
今声を出したら、必ず震えてしまう。
『……青島』
室井の柔らかい声。
きっと、青島の異変は伝わってしまった。
青島が室井の沈黙一つで眉間の皺を悟ったように、室井もきっと沈黙で青島の涙を悟ったはずだ。
『青島』
優しい呼びかけは、青島に本音を零させる。
手で覆い隠した瞳をキツク閉じて、奥歯をグッと噛んだ。
それでも震える声は隠せない。
「会いたいです」
一言だけしか言えなかった。
室井に言いたいことが沢山あった。
ごめんなさいも、ありがとうも、伝えていない。
変わらない信頼も、変わらない愛情も、何一つ言葉にして伝えていないのだ。
でもそれは、きっともう伝わっている。
『頑張るから』
静かな声に、青島は目元から手を離して、少しだけ顔を上げた。
『一日も早く、本庁に帰るから』
どこまでも真っ直ぐな声。
青島の脳裏には、やっぱり真っ直ぐな眼差しが見えた。
『待っていてくれ』
頬を濡らしながらも、青島の眼差しに力が戻る。
泣いている場合じゃない。
ちゃんと前を見ていないと、室井と一緒に歩けない。
―これが、俺の信じた男だ。
一つ深呼吸をして、呼吸を落ち着けた。
「俺も頑張ります。頑張りながら……待ってますから」
『ありがとう』
「声聞けて、良かったです」
『俺こそ、電話を貰えて嬉しかった』
青島は微笑むと、ソファーから立ち上がった。
今はこれ以上話すことはない。
今はこれだけで充分だった。
「また、電話しますね」
『俺もする。……青島』
「はい?」
『俺も会いたい』
それだけ言うと、一方的に電話が切れた。
青島はちょっと呆けて携帯を見つめて、それから笑みを零した。
会いたい気持ちは変わらない。
だけど次に話す時には、室井の声を聞いて泣きたくなることは無いだろう。
END
2005.6.17
あとがき
那智様から頂いた56000HITリク、
「間接的に室井さんの想いの深さを知る青島君」のつもりなんですが(汗)
間接的というか、思いっきり直接的になってしまったような(滝汗)
一応すみれさんを通して…のつもりだったのですが、
むしろその後の室井さんとの電話の方がメインになってしまいました(^^;
申し訳ありません…。
室井さんが北海道に行ってる間のお話って、そういえば書いたことがないですね。
また書きたいです。
遠恋する室青を…(笑)
那智様、大変お待たせいたしました。
ご希望に添えておりませんでしたら、大変申し訳ありませんでした!
この度は素敵なリクエストをありがとうございました(^^)
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