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「真下?お前なんで、ここにいるんだ?」

聞き込みから帰って来たばかりの青島は、刑事課に真下がいるのを見て目を丸くした。

「お久しぶりです!せんぱぁい」

警視になったはずなのにちっとも変わらない真下に、青島は苦笑した。

これでキャリアとは何事だとは思うが、真下のような人間が昇格していくのを青島は楽しみにし

ている。

「聞いてよ、青島君」

自分の席で報告書を書いていたらしいすみれが、椅子ごと振り返ってぼやく。

「真下君ねぇ、雪乃さんにチョコレートの催促に来ただけなのよー?」

「ち、違いますよ!湾岸署に用事があったんです。必要な書類が・・・・・・」

「あんなの、FAXで送れば済む用事じゃないの」

すみれに冷たくあしらわれ情けない表情の真下。当の雪乃はまだ外出から帰っていない。

二人のやり取りを見ながら、「ああ、そういえば」と青島は呟く。

「今日、バレンタインか」

「うわ!青島君。忘れてたの〜?」

「寂しいですね、先輩・・・」

すみれの呆れた声と真下の可哀相なものを見るような視線に、青島は憮然とした表情になる。

「仕方ないでしょ。ここのところ、義理以外に心当たりがないもんでね」

学生時代やサラリーマン時代には人懐っこい性格と愛嬌のある顔のせいかそれなりにモテていた

が、警察官になってからは縁遠かった。

相変わらずモテはするのだが、如何せん交際している時間が無い。

大抵の女性は忙し過ぎる恋人は好きじゃないのだ。

そして恋人が出来たところで、青島にとってバレンタインは忘れてしまう程度の行事だった。

―俺らの場合、俺があげるべきなのかね、やっぱり。

ぼんやりと思う。

室井のことだから青島の好意を踏みにじるようなことはしないだろうし、それなりに喜んでくれ

るような気がしないでもない。

だがあれは可愛い女の子から貰うから嬉しいのであって、野郎が送って喜ばれるものじゃない気

もする。

「青島君?」

トリップしていた青島は、すみれの怪訝そうな声で帰ってくる。

「ん?あー、まー、あれだよね。イベントあると恋人と一緒にいれるから、その点はいいよね」

青島がふと呟いた本音に、すみれも真下も「おや?」と思う。

「青島君〜。さては、恋人出来たなぁ〜」

「ず、ずるいですよ!せんぱぁい!」

含みを持たせてにやりと笑うすみれと何がずるいのかいまいち釈然としない真下に、青島は嫌そ

うな顔をする。

「・・・・・・・・・そんなんじゃないけどさ」

「隠す所が怪しい〜」

「隠すような相手なんですか?まさか、刑事課の人ですか!?」

真下のとんちんかんな質問に、青島も一緒に冷やかしていたすみれまでも呆れ顔になる。

「だから違うつーの。だいたい、刑事課だったらすみれさんか雪乃さんになっちゃうだろう」

「はっ!まさか!」

「だーかーらー・・・」

あきらかに雪乃とのことを警戒をしている真下に再度否定しようとすると、突然すみれが青島の

腕に自分の腕を絡めてきた。

少し首を傾けて青島に寄りかかるようにする。

「あら、私っていう選択肢はないわけ?真下くん」

げんなりした表情の青島に、呆れ顔の真下。

「色っぽい関係には、全く全然一つも見えません」

きっぱりと言い切ったため、すみれが膨れる。

「失礼ねぇ。私が悪いんじゃないわよぉ。青島君に男の魅力が足りないのよ〜」

「ちょっと。それは失礼だよ、すみれさん。すみれさんこそ色気より食い気のくせに」

「それこそ失礼よ!私のどこが・・・」

腕を組んだままで揉めだす二人に、原因を作った真下が「まあまあ」と宥めに入って「黙ってな

さい」と怒られる。

「チョコレート買っても自分で食っちゃうくせに!」

「何言ってんのよ!ちゃんとあげてから貰うわよ!そんなの基本でしょ」

「もー止めましょうよぉ・・・」

「あの、すまないが・・・」

微妙に情けない真下の声に続いて遠慮がちに声を掛けられて、ぎゃあぎゃあと騒いでいた3人が

ぴたりと止まる。

視線の先には見慣れた管理官の姿。

「む、室井さん!」

青島が声を上げると、どうやら声を掛けるタイミングに困っていたらしい室井が小さく挨拶を寄

こす。

挨拶を返しながら、青島はふと今の自分の状況を思う。

相手がすみれとはいえ、女性と腕を組んだ状態だ。

言い争っていたわけだからいい雰囲気には見えなかったとは思うが、自分が同じ立場だったら間

違いなく面白くないはず。

そう思って室井を見ると、少しだけ表情が硬かった。

言い訳するのも可笑しいしどうしたものだろう、と青島が考えている間に、すみれはさっさと青

島の腕を解放した。

「いいところに、室井さん」

珍しく室井さんをウェルカムする発言をしたすみれに、青島も室井も首を捻る。

相変わらずマイペースなすみれは、机の引き出しを開けて中からラッピングされた箱を出した。

「義理です」

にっこり笑って差し出されたのは、間違いなくバレンタイン用のお菓子である。

サイズから見てホールのケーキのようだ。

室井は一瞬呆けてから、受け取った。

「あ、ああ。どうもありがとう・・・・・・」

すみれからの贈り物だから驚いたのか、そこまで「義理」だと強調されたのは初めてだったせい

か、室井の反応は鈍かった。

隣にいた青島は憮然とした表情になる。

妬いているわけではない。

相手はすみれだ。

「ちょっと、すみれさん。確かに室井さんには世話になってるけど、俺たちには無いのに室井さ

んにだけあげるってのはどーよ」

不満だったのはそこらしい。

確かに同僚にはチロルチョコ一個くれなかったすみれが、室井にだけホールのケーキを渡すのは

どういう了見だと思う。

いや、理由ははっきりしている。

お返しへの期待の差だ。

青島も分かってはいるが、思わず聞いてしまったのだ。

しかし、すみれから返ってきたのは意外な返事だった。

「やーねぇ。そのケーキは私と雪乃さんから、室井さんと青島君によ」

「は・・・・・・?」

「室井さんが来たら一緒に渡そうと思ってたのよ。まさか今日来てくれるとは思ってなかったけど」

日持ちするケーキを選んだのよー、と続ける。

どうやら初めから雪乃と連名のケーキを、室井と青島に贈るつもりだったらしい。

青島と室井は顔を見合わせてから、すみれに礼を言った。

「そ、それは、どうもありがとう・・・・・・」

「わざわざ、すまない」

「いいのよぉ。それより、ホワイトデー楽しみにしてるから」

満面の笑みで返されては、苦笑するしかない。

室井は珍しく表情を和らげて頷いた。

「承知した。柏木君にもよろしく伝えてくれ」

「了解」

満足げなすみれの横で真下が恨めしそうに青島を見る。

室井に文句が無いあたり、真下らしい。

「ずるいですよぉ〜、せんぱぁい」

いくらすみれとの連名でも、雪乃からのケーキは真下にとって羨ましくて仕方ないらしい。

が、恨めしそうにケーキを見つめる真下の首根っこを捉まえたすみれは、ずるずると引っ張って

いく。

「あんたはいいの」

「そんな!」

「ちゃんと雪乃さん、用意してくれてるわよ」

「!!」

「義理だけどね」

「!!!!」

そのキャリアとは思えない姿を見送った二人は、室井の手の上のケーキを眺めてから顔を見合わ

せて苦笑した。

「今日はバレンタインだったんだな」

室井も忘れていたらしく、青島と同じことを呟いた。

似たもの同士である。

「室井さん、時間大丈夫ですか?」

「ああ」

「じゃあ、喫煙所でも行きますか。ここだと署長とかに見つかるとうるさいし」

幸い刑事課には署長どころか袴田課長すらいなかった。

もしかしたら、またゴルフの練習でもしているのかもしれない。

室井が頷くのを見届けると、青島は机の引き出しに入っている割り箸を持って喫煙所に向かった。






包装紙に書かれた店の名前を読んで、青島は苦笑する。

お菓子にこだわりのない青島や室井でも知っている有名なブランドのケーキだ。

「お返しが怖いなぁ・・・」

食べ物にこだわるすみれからの贈り物なので、変なものは返せないだろう。

包装紙を剥ぎながらぼやく青島に、室井は肩を竦める。

「何を返したらいいんだ?」

「食い物です」

即答すると、室井が笑った。

「そうか」

「そうです。すみれさんへのお土産、贈り物の相場は食い物と決まってるんです」

「・・・そうか」

湾岸署のものすごくローカルな相場である。

「どうぞ。室井さん」

室井は礼を言って箸を受け取ると、律儀に両手を合わせて「いただきます」と言った。

青島もつられるように手を合わせる。

ホールのケーキを男二人で箸で突付いているというちょっと奇妙な状況なはずだが、二人とも疑

問は特にないらしい。

「あ、美味い」

「本当だな」

実にのん気な会話を交わして、ケーキを突付く。

青島はちらりと室井を見る。

まさか今日室井と会えるとは思っていなかった。

青島も室井もバレンタインを忘れていたのだから何をするでもないが、会えるだけで充分嬉しい。

それにバレンタインのお陰でこうして室井とゆっくりしていられると思えば、やっぱりバレンタ

インは特別な日なのだと思う。

青島は現金な自分を少しだけ笑った。

「室井さん」

「ん?」

「さっき、妬きました?」

にやりと笑って言うと、室井は嫌そうに眉間に皺を寄せた。

・・・・・・君たちが仲が良いことは嫌というほど知っている」

それで妬いたら自分がバカみたいだから妬かない。

難しい表情のまま呟く室井に、青島は微笑んだ。

つまりは妬いたということだ。

「室井さん」

素早く辺りに人がいないこと確認した青島が一瞬だけ室井の唇を掠め取る。

目を見開いた室井に、青島は自分の唇に人差し指を当てて微笑した。

「来年はちゃんと用意しますから、今年はこれで勘弁してください」

室井はしばし呆けて青島の顔を見つめた。

それから苦笑する。

「君が忘れていたら、俺が用意しよう」

「ああ、いいっすね。忘れた方がホワイトデーに3倍返しで!」

「何だか、バツゲームみたいだな」

「イベント事は参加することに意味があるんですよ〜」

恋人同士のバレンタインデーとは思えない会話だが、青島は嬉しそに笑った。

イベントそのものが大事なわけではない。

普通の恋人とは違うし、互いに忙しいから会うことすらままならない。

だからこそ一緒にいられるときは大事にしたいし、たまには恋人らしい事もしたいのだ。

「とりあえず」

「はい?」

「今年のホワイトデーはさっきのの3倍でいいんだな?」

「・・・・・・そう来ますか」

口角を上げて言った室井の台詞に、ちょっと早まったかなと思わなくもない青島だったが、それ

でもやっぱり嬉しそうに笑った。





























END
(2004.3.10)


こんな時期にすいません…。今更、バレンタインデーです(笑)

サイトを開いてやりたかったことの一つが、「イベント話」でした。
2月25日に開設して、最初のイベントはなんだろう…と考えたら、ホワイトデーなんですよね。

ホワイトデーの話だけじゃ盛り上がらないので、じゃあバレンタインデーと対で。
と思って、バレンタインデーの話をアップしてしまいました。

そのわりにバレンタインデーもちっとも盛り上がってません…(汗)
私が書くと盛り上がらないことこの上ないです。
なぜだろう???
それなりにいちゃいちゃしてるとは思うのですが、どうでしょう…?

季節外れで申し訳ありませんでした。
ホワイトデーのために書いたのですが、ホワイトデーの話がアップできるかどうか不安です(おい)