■ 影踏み
コンビニで暴れていた男を捕まえて署に戻った青島は、ニヤニヤと笑うすみれに出迎えられて首を傾げた。
「青島君、ちょっと」
そう言って手招きをしてくる。
青島は辺りを見渡し、暇そうにしていたので、取調べが苦手な魚住に被疑者を預けた。
精一杯虚勢を張った魚住が取調室に向かうのを見送って、すみれを振り返る。
「何かあったの?」
「ついさっきまで室井さんが来てたのよ」
言われてちょっと目を丸くする。
過去形ということは、もう署内にはいないということだ。
少し残念だが、仕方が無い。
がっかりしたことを表情にださないように注意しながら、青島は頷いた。
「そう」
「あら、残念じゃないわけ?」
「仕方ないでしょ、コレばっかりは。俺にも室井さんにも仕事があるんだから」
青島が尤もなことを言うと、すみれは意地悪く笑った。
「ふーん、室井さんは残念そうだったけどねぇ」
青島の頬がピクリと反応してしまう。
それをすみれは当然見逃さない。
ニコッと微笑まれて、青島は失礼にも引き攣った。
「明日のランチ、ご馳走してくれる?」
「な、なんでさ」
脈絡の無い会話に、青島はついていけない。
そんな青島の前にすみれが封筒を差し出した。
「これ、課長が室井さんに渡し忘れた書類なんですって。青島君がいなかったから、私が届けてくれって頼まれたのよ」
青島は心の中で、「俺は室井さん担当の窓口か」とぼやいた。
少なくても湾岸署の連中は皆、そう思っているようだった。
迷惑ではないが、釈然としないものを感じる。
すみれだって恩着せがましいことを言っているが、単に本庁まで行くのが面倒くさいのである。
室井の元に向かうなら青島が断るはずがないと思っているから、お願いじゃなくて交換条件を出しているのだ。
分かってはいるのに断れない自分が悲しい。
青島は溜息をついて、すみれの手から封筒を受け取った。
「ランチね、りょーかい」
戻ったばかりだがそそくさとまた出ていく青島を、すみれが満面の笑みで見送ってくれた。
「よろしくね〜」
捜査一課に訪れた青島は、一倉の顔を見て溜息をついた。
「人の顔を見てその態度はないだろう」
さすがに一倉も苦笑している。
確かに失礼だったとは思う。
だが室井がいないというのだから、青島がへこむ気持ちも分かるだろう。
「ついさっき、上に呼ばれてな」
「はぁ…そうですか…」
一倉が説明してくれるが、青島はもうろくに聞いていなかった。
どうも今日はすれ違う。
会えないことは仕方が無い。
普段から事件が立て込めば、一月まともに会えない時だってある。
そんな時はもちろん会いたいと思いながらだが、ちゃんと仕方の無いことだと諦めもつく。
だがこうも半端に相手の姿がちらつくと、落ち着かなくていけない。
ちょっとの差で会えたのかもしれないと思うと、無性にやり切れなかった。
余程ガッカリして見えたのか、一倉が苦笑しながら言った。
「待ってるか?いずれ間違いなく戻ってくるぞ」
それはそうだろうが、そういうわけにはいかない。
子供みたいに駄々をこねるわけにもいかなかった。
青島は笑みを零すと、頭を掻いた。
「いや、もう戻ります」
「そうか?室井が悔しがるだろうな」
そうかも知れない。
が、悔しいのは青島も一緒だ。
お互い様である。
青島は苦笑しながら一倉に小さく礼をして、捜査一課を後にした。
署に戻ると、またニヤニヤ笑うすみれに出迎えられて、げんなりした。
「室井さんに会えなかった青島君に朗報よ」
疑わしい視線を向けると、すみれは膨れっ面をした。
「何よ、その顔は」
室井に会えなかったのはすみれのせいじゃないが、意味無くランチをご馳走させられるのだと思うと、うんざりもするというものだ。
「別に……で、何さ、朗報って」
「室井さん、またこっち来るって」
「は?」
「青島君がさっき連行してきた被疑者、別件の重要参考人だったらしいの」
青島は目を剥いた。
偶然とは恐ろしい。
本庁が捜査中だった事件の容疑者として捜していた男を、青島が連行してきたらしい。
それを聞いて、ちょっと慌てる。
「あ、俺また本庁の邪魔した?怒られる?」
すみれが苦笑した。
「大丈夫じゃない?後は逮捕するだけっていう段階だったみたいだし。それに管理官は室井さんよ?あの男が所轄の仕事に文句をつけるわけないじゃない」
それは確かにそうだった。
所轄が所轄の仕事をしているというのに、室井が理不尽に文句をつけるわけがない。
青島はあっさり納得すると、急に嬉しくなってきた。
「そっか、良かった良かった」
「事件解決が?室井さんが来るのが?」
素直に両方と言いそうになるのを、慌てて堪える。
「もちろん、事件解決に決まってるでしょ」
「そ?室井さんも、一つ特捜が減って時間も出来るでしょうしね〜」
結局すみれにからかわれる運命にあるらしい。
ひっそりと溜息を吐いた青島に、すみれは笑みを零した。
「まあ、良かったじゃないの。しばらく会えてないんでしょ?」
「ん、まあね」
「後は事件でも起こらないことを祈…」
その途端、警報がなった。
警視庁からの入電だ。
青島の顔が一気に暗くなる。
さすがにすみれも同情の眼差しだった。
「……祈るのが、ちょっと遅かったかも」
「青島君、行くよー」
呑気な声を掛ける魚住を振り返り、情けない顔ですみれを見た。
「俺…何か悪いことした?」
品行方正ではないが、決して神様に嫌われるようなマネはしていない。
でも多分、全力で嫌われているのだ。
でなければ、こんなタイミングで事件を起こしたりしないだろう。
青島のあまりにも情けない顔に、すみれは吹き出した。
そして寛大にも申し出てくれる。
「代わってあげるわよ?」
仕方が無いなぁと呟くすみれを見て、青島は逡巡した。
係りが違うが、人手が足りない時などにお手伝いしてもらうことは、互いにある。
すみれに行ってもらうことも不可能ではない。
だが、しかし。
これは青島の仕事だ。
「あ〜〜〜っ、もうっ!」
イライラしたように叫んで、天を仰いだ。
「行ってきますっ」
怒ったように怒鳴ると、駆け出した。
行きかけて振り返る。
「ありがとう、すみれさん」
すみれは苦笑した。
「いーえ。がんばれ」
「りょーかいっ」
やけっぱちでやる気を出した青島は、魚住を置いて駆け出した。
会ったからと言って何ができるわけでもない。
せいぜい足を止めて少しだけ会話を交わすだけ。
ただそれだけなのに、会いたくて堪らないのだから嫌になる。
***
青島は恐ろしく重たい足を運んで、自宅に向かっていた。
こんなに疲れる日は、滅多にない。
身体よりも精神的に疲れた。
ガッカリしたり期待させられたりの繰り返し。
挙句、結局室井には会えなかった。
路上でケンカしていた二人の男を連れて署に帰ったら、室井たちは本庁に帰った後だった。
まだケンカしたりない二人を魚住と一緒に宥めて、簡単に怪我の手当てをし、調書を取るのに3時間も費やした。
注意をして二人を帰し、定時を大幅に超えていた青島は、気落ちしたまま署を後にした。
真っ直ぐ室井の家に行って勝手に待っていようかとも思ったが、犯人が捕まったばかりなら室井もまだ忙しいだろう。
そう思えば、会いに行くことも躊躇われた。
―電話くらいしても…いいかなぁ。
無性に室井の声が聞きたかった。
とぼとぼと歩いていた青島は、自分のアパートが見えてくると、足を止めた。
自分の部屋の窓に明かりが見える。
泥棒の、わけがない。
合鍵を持っている人物は、ただ一人。
青島は駆け出した。
疲れているはずなのに、急に足が軽くなった気さえする。
階段を一気に駆け上がって、焦って覚束ない手つきで鍵を開ける。
ドアを乱暴に引いて、玄関に室井の靴を見つけた。
喜ぶのと同時に、安堵する。
今度はガッカリすることはない。
ドアの開く音が聞こえたのか、リビングから室井が顔を出してくれる。
寛いでいたのか、背広を脱ぎネクタイも外している。
走ったせいで息の上がっている青島を見て、室井は微笑んだ。
「お帰り、遅かったな」
青島は鞄を廊下に投げ出して、適当に靴を脱ぎ捨てると、室井に突進した。
目を丸くしながらも、室井は受け止めてくれる。
「と……青島?」
「室井さんだ」
「当たり前だろ?」
小さく吹き出した室井の肩に顔を埋めて、青島は繰り返した。
「室井さんだ…」
室井の手が、優しく青島の頭を撫ぜる。
しばらくそのままでじっとしていると、室井も付き合ってくれた。
落ち着いて、というよりは少し満足して顔を上げると、室井が頬にキスをしてくれる。
耳元にも触れられて、青島も室井の頬にお返しをした。
「……室井さん、特捜は?」
「君のおかげで、早々に片付いた」
「そっか……あ、いや、ただの棚ボタなんですけど」
また室井が笑った。
「それでも俺たちは助かった」
「なら、良かった」
青島の腰の辺りで室井は手を組んだ。
「恩田君に聞いた」
「え?」
「君が酷く…ガッカリしていたと」
「ああ、だから来てくれたんすね」
目の前の室井の唇を軽く奪うと、苦笑した。
子供みたいな駄々をこねて、困らせていないかなと少し不安に思う。
だけど少しくらい困らせてでも、会いに来てもらって良かったと思ってしまう。
―だって、本当はもっと早くに会えたはずなんだ。
―こんなに焦れることなく、会えたはずなんだ。
―だから、少しくらい。
口には出せなかった青島の我侭は、もしかしたら室井にそっくり伝わったのかもしれない。
いや、青島の我侭は、そのまま室井の我侭だったのかもしれない。
しっかりと青島を抱きしめて、笑ってくれたから。
「会いに来た理由なんか、君に会いたかったからに決まってる」
踏めない影を追いかけていたのは、室井も一緒だったのだ。
青島は破顔した。
END
2005.6.10
あとがき
たまには仕事する二人を…と思ったら、こんな話に;
仕事はしてますが、お互いにお互いのことが頭に過ぎって
仕方が無かったことでしょう(笑)
本当は室井さんを書かずに終わる予定だったのですが、
私と青島君が寂しいので追加しました。
そしたら、いつもと何にも変わらなくなっちゃいました(大笑)
……進歩が無くて、申し訳ないです!(汗)
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