■ せくはら5


青島は朝から本庁に向かっていた。
今日はお使いではなくて、本庁から所轄の手を借りたいと依頼があったので、助っ人に行くことになっているのだ。
満員の電車に乗って、本庁に向かう。
―あたたたた…仕方ないけど、もうちょっとどうにかならないもんかなぁ。
ぎゅうぎゅうとドアに押し付けられて顔を顰めながら、特に意味の無いことをぼんやりと思った。
青島のすぐ後で、もぞもぞと人が動く。
窮屈なのは分かるが、動こうにも腕一本動かすのでも一苦労だろうと青島は思う。
丁度真後ろの人の手が、青島の尻の辺りにあるようだった。
もぞもぞされるとちょっとくすぐったいのだが、こう混んでいては仕方が無い。
青島はじっと我慢していた。
「……?」
何となく、おかしい気がした。
いつまでももぞもぞとしてる手の感触に、背筋が寒くなる。
ふと、前回本庁へやってきた時の電車を思い出す。
―……まさか、ね。
青島は心の中で苦笑した。
そうそう、男の自分が痴漢に遭うわけがない。
一瞬でも「もしかして」と思った自分が自意識過剰な気がして、青島は恥ずかしくなった。
が、そんな思考も一瞬にして吹き飛ぶ。
ムニ。
背後の人間が、青島の尻を鷲掴みにしたからだ。
「…!!」
青島は息を飲んだ。
―え?あ?うそ?痴漢?また?ええ?やっぱりそうなの???
混乱して青ざめた青島だったが、痴漢が更に手を動かしたのでぼうっとしている場合じゃないと気がつく。
急に怒りも湧いてきた。
青島は狭い空間で何とか腕だけ動かし、ガシッと痴漢の手首を掴む。
首だけで振り返って睨みつけて……絶句した。
「よう」
手首を掴まれた一倉が、ニヤリと笑った。
青島は阿呆みたいに口をパクパクとさせる。
本当は絶叫したかったのだが、声が出なくて幸運だった。
まさか「痴漢!」と騒いで、一倉を警察に突き出すわけにもいかない。
暫く呆然と一倉を見ていた青島だったが、ニヤニヤ笑う一倉に沸々と怒りが湧いてくる。
「アンタ、何考えてんですか」
半眼になった青島に、「まあまあ」と言いながら一倉は笑った。
「ふと見たら、お前がいたからさ」
「いたら…触るって言うんですか」
一応周囲に気遣って小声にしてみるが、これだけ密集していたら意味はないだろう。
一倉は平然としたものだった。
「室井があの後、やけに心配してたからな」
「なに…?」
「お前、ニブすぎるんだよ」
「は?」
「俺に散々触られてたのに、全く気がついてなかっただろう」
周囲の人間がちらちらと見てくる。
青島は思わず赤面した。
「ちょ…一倉さん」
「これじゃあ、痴漢の餌食になっても気がつかないはずだよ」
「…っ、ちょっと黙ってくださいよっ」
―一体、何の羞恥プレイだ!
青島は思わず心の中で絶叫した。
一倉には羞恥心というものはないのだろうかと、本気で悩んでしまう。
そんなことにはお構いなしに、真っ赤になってる青島を見ながら、一倉はご満悦だった。
「室井が心配するのも分かるよ」
「あ、あれはあの時、一回だけですよっ」
小声で訴えてみた。
「お前、気が付いてないだけじゃないのか?鷲掴みにしないと気が付かないなんて、触りたい放題じゃないか」
「一倉さん!」
青島は首まで真っ赤になった。
周囲からは一倉と青島がどんな関係に見えているのか、非常に気になるところである。
「室井のためにも、もうちょっと警戒心を持ってやれ」
室井のためだと言われるとつい頷きたくなってしまうが、一倉の言うことには納得がいかない。
青島は溜息を吐いた。
「室井さんは心配しすぎなんですよ。男の俺のケツなんて触って楽しいヤツなんか、そうそういませんて」
開き直って膨れっ面で呟くと、一倉は苦笑した。
「お前がそんなだから、室井が心配するんだよ」
「俺のせい?」
「半分はな」
「残りの半分は」
「お前の周囲のせい。俺も含めてな」
堂々と言われて、青島は頭痛を覚えた。
げんなりとした青島の顔を見ながら、一倉は声を漏らして笑った。
「ほら…ついたぞ」
ドアが開くと、二人とも押し出されるようにホームに下りる。
青島はそのまま一倉に構わずスタスタ歩き出した。
もう相手にしていられない。
「青島」
「なんすか」
振り返りもせず適当に返事をすると、一倉が苦笑しながら言った。
「室井には言うなよ。後が怖いから」
青島に痴漢まがいの行為を働いたことだろう。
青島は渋面になって怒鳴った。
「言えるわけないでしょっ、そんなみっともないことっ」
それに、後が怖いのは青島も一緒だった。
「何が言えないんだ?」
聞きなれた声が割り込んできて、青島は足を止めた。
後から一倉がぶつかってこなかったので、一倉の足も止まったらしい。
青島が恐る恐る振り返ると、強張った表情の一倉がいる。
その後には能面…いや、ナマハゲのような表情の室井がいた。
「二人とも気がついていなかったようだが、俺も同じ車両にいたんだがな」
言葉にならない青島と、引きつった一倉。
「ま、まあ、待て、室井」
「待とう。いくらでも話を聞こう」
室井が笑った。
いや、ナマハゲが笑った。
―…………怖い。
青島の頭の中にはそれしか浮かばなかった。
一倉も似たようなものだったのだろう。
絶句している。
「早く説明してくれないか?」
「……いや、だからだな、その」
珍しくも、一倉が本気で動揺している。
長い付き合いの一倉も、こんなにキレている室井を見たのは初めてなのであろう。
青島だって見たことがない。
「あの…室井さん…」
おっかなびっくり声をかけると、室井が青島に視線を移した。
射抜かれて、硬直する。
「君のことは、後だ」
以前と同じ台詞。
やはり今回も、青島もお説教をくらうらしい。
青島が青ざめていると、室井はふと思い立ったように目を細めた。
青島に歩み寄ってくると、ガシッと腕を掴まれる。
「触られて気がつかない君の方が大問題だな」
「え、ええ!?」
「ちょっと来い」
「室井さん!?」
引きずられながら叫んだ青島を見つめて、室井が唇の端を持ち上げた。
青島は室井の笑った顔が大好きだ。
あまり笑わないだけに、笑ってくれると嬉しくなる。
だが、今だけは違った。
青島は心の底から思った。
―怖いから笑わないで。
引き攣った青島に微笑みながら、室井は言った。
「触られることがどういうことか、俺が教えてやる」



真っ青になった青島がナマハゲに拉致されるのを、黙って見送った一倉。
さすがの一倉もあの状態の室井は恐ろしくて声が掛けられない。
室井の意識の全てが青島に向かったことをいいことに、一倉は黙ってやり過ごしたのだ。
「……さすがに悪いことしたかな」
青島のことだ。
一倉に触られた挙句、とばっちりで室井の逆鱗に触れた。
踏んだり蹴ったりである。
いくらか申し訳なく思うが、相手は青島の恋人だ。
諦めも付くだろうと勝手に判断すると、一倉は本庁に向けて歩き出した。
あの調子なら、今日は室井も青島も出勤しては来ないだろう。
であれば、二人の欠勤のフォローくらいは入れておいてやろうと思う。
一倉のせめてもの罪滅ぼし。
というよりは、明日の室井が怖いから、できる限りのことはしておこうと思っただけだった。



青島はこの日を境に、一倉と絶交を宣言。(三ヶ月は実行に移す)
そして、極力満員電車に乗らなくなる。










END

2005.6.4

あとがき


一倉さんがどんどんアレになっていくような気がするこのシリーズ…
次辺りで、青島君を強姦しかねないような(嘘です)
痴漢行為まで働いておりますが、一倉さん自身はただただからかっているだけのつもりです。
いい迷惑です(笑)

何でもいいですが、青島君がかわいそうです(^^;
次の「せくはら」ではまだ室井さんに被害にあってもらおうかな。
だからと言って室井さんが強姦されるわけではないですが(当たり前)



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