■ crisis(7)
「警視庁だ」
警察手帳を翳した室井に、シンジはもちろん青島まで目を剥いた。
室井は本部にいるはずだった。
―なんで室井さんがここに。
青島が呆然としているうちに、刑事たちによってシンジはあっという間に取り押さえられる。
そのまま室井の指示で連行されて行った。
ホッとしながら身体を起こすと、室井がベッドに腰を下ろす。
そして、青島の手首に絡まっていた紐を解いてくれる。
「ありがとうございます」
「いや…」
「えっと、何で室井さんまでここに?」
尾行に失敗した前回ならいざしらず、今回は上手くいっていたはずである。
見事に全員で乗り込んできてくれた。
口ごもった室井に、青島は苦笑した。
「また心配掛けちゃいました?」
やっと自由になった手首をブラブラさせながら尋ねると、室井は慌ててかぶりを振った。
「違う、いや、心配はしてたが、そうじゃなくて…」
「室井さん?」
困った顔をした室井が、青島の襟首に手を伸ばした。
マイクを外すと、残っていた部下に手渡す。
「…怪我はないか?」
室井が立ち上がったから、青島もベッドから降りる。
「ええ、大丈夫ですよ」
「お疲れ様。良くやってくれた」
真顔で言われて、青島は笑顔を返した。
「本庁に引き上げよう」
室井に促されて、ホテルを出る。
外に出ると、先に連行されていったシンジが、パトカーに乗り込むところだった。
出て来た青島を見てキツク睨んだが、何を言う間もなくパトカーに押し込まれて行ってしまった。
それを肩を竦めて見送る。
「すまない」
被疑者のパトカーが見えなくなりと、室井はぽつりと呟いた。
青島には室井に謝られる覚えは無かった。
「何がです?」
「…君を信頼しているのに、現場に来てしまって」
酷く言い辛そうに続けた。
「あの男に押し倒されてる君を想像したら、いてもたってもいられなかったんだ」
青島は目を丸くした。
珍しくも室井が完全に公私混同していたらしい。
無理もないかもしれない。
恋人が違う相手と際どい会話をしながら、ラブホテルのベッドの上で触れ合っているのだ。
会話を聞かされるだけでも、堪らないだろう。
あげく、相手はサドで変質的な殺人者。
室井の心情を思えば、文句など言えるわけもなかった。
「逆の立場だったら、俺もじっとなんてしてらんなかったです」
そう言うと、いくらか室井の力が抜ける。
「…そっか」
青島はそっと室井の耳元に囁いた。
「後で、口直しさせてください」
ニッと笑うと、室井は目を剥いた。
本当は今すぐ二人っきりになりたかったが、青島はともかく室井にはまだ仕事が残っている。
室井は苦笑すると、一瞬だけ青島の手を強く握った。
すぐに離すと青島をパトカーに促した。
本庁に連行された被疑者は覚醒剤の所持で現行犯逮捕。
青島相手に語った殺しの件を取り調べで叩かれ自白し、再逮捕。
事件解決である。
「お前なぁ」
呆れたような声を出す一倉を、室井は睨み付けた。
室井に睨まれることなど、日常茶飯事。
睨まれない方が珍しい一倉にとってみれば、極当たり前のことなので自然に流す。
「あのくらいの捜査で胃に穴を開けてたら、身体がいくつあっても足りないぞ」
ここは病院だった。
室井は事件解決から三日と経たずに、入院した。
胃潰瘍で。
「うるさい」
誰のせいだと言ってやりたかったが、何度も繰り返した会話だったので、室井ももう言わない。
「いいから、もう帰れ」
その代わりにさっさと追い返すことにする。
「人が見舞に来てやってるのに」
「そんな押し付けがましい見舞はいらん」
「友達、無くすぞ」
「胃の穴を広げるような友人もいらん」
「可愛くないなぁ」
一倉に可愛いなどと思われてしまったら、生きてはいけない。
室井が無表情の下で思っていると、不意に病室のドアが開いた。
「あれ〜?一倉さんも来てたんですか?」
明るく挨拶をしながら、青島が入ってきた。
「これ、着替えとタオルです」
大きめの鞄を室井に翳して見せると、備え付けのロッカーにしまってくれる。
「すっかり奥さんだな」
一倉の戯れ事に、青島は呆れた顔をした。
「ちょっと、からかわないでくださいよ。室井さんの胃に悪い」
愛があると喜ぶべきなのか、ヘタレだと思われていると悲しむべきか。
室井は思わず悩んだ。
一倉は苦笑している。
「揃って失礼なカップルだな……じゃあ、そろそろ帰るかな」
一通りからかって満足したのか、素直に退出しようとする一倉を室井は呼び止める。
事件のその後が気になった。
「素直に自供をしてるぜ。殺しはアレだけだったみたいだけど、覚醒剤の方では色々あがってる」
「そうか」
ごまかせないと思っているのか、割合素直に取り調べを受けているそうだ。
「あ、そうだ。青島に伝言があったんだ」
「え?」
目を丸くしている青島に、一倉はニヤリと笑った。
「『出てきたら必ず犯す』シンジからの伝言だ」
笑いながら一倉は出て行った。
が、室井も青島も全く笑えない。
「……5年くらいで出て来ます?」
「……もっと早いかもしれない」
「うわぁ」
青島は乾いた笑い声を立てた。
「刑事は恨まれてなんぼ、ですもんね」
室井は傍に立っていた青島の手を握って引き寄せる。
素直に身を寄せた青島は、ベッドの端に腰を下ろして小さく笑った。
「先のことだし、悩まないでくださいよ」
青島の手を強く握る。
「先のことだが、君のことだぞ」
「あるかも分からない未来の事件より、今の室井さんの胃の方が大事ですよ」
「俺は小さな可能性でも君の貞操の方が心配だ」
真面目に言ったら、青島が失礼にも吹き出した。
憮然とした顔をしている室井に苦笑して、眉間にキスをくれる。
「大丈夫ですよ」
「分からないだろう」
「分かりますって」
「何で」
微笑むと、今度は唇にキス。
「その時は、室井さんも一緒に戦ってくれるでしょ?」
目を剥いてその顔を見つめると、強い視線とぶつかった。
―敵わない。
そう思いながら、青島の背中を抱きしめる。
「もちろん」
そう答えると、青島がまた笑った。
END
2005.3.19
あとがき
ようやく終わりました!
事件については怪しいところいっぱいですが、目を瞑ってやってください(笑)
シンジさんの伝言は本当かどうか分かったもんじゃありませんね。
一倉さんですから(笑)
室井さんを本当に胃潰瘍にしてしまいました…。
最後まで踏んだり蹴ったりな室井さん…ごめんなさい(土下座)
のらねこ様。
リクエストをありがとうございました!
時間が掛かってしまいまして、申し訳ありませんでした。
最後までお付き合いくださった皆様も、本当にありがとうございました!
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