■ せくはら4
珍しくも不機嫌そうな青島が、珍しくも本庁にいた。
袴田にお使いを頼まれて来たわけだが、不機嫌な理由はそんなことじゃなかった。
「失礼しまーす」
捜査一課に入室した青島は、室井が不在なのを確認した。
残念な気持ちが半分、ホッとしたのが半分。
今のような気分で室井に会うことは、避けたかった。
室井の代わりに捜査一課長の姿があった。
一倉は一倉で苦手だからあまり会いたい相手じゃないが、用事がある相手も一倉だったから仕方がない。
袴田から連絡があったのか、青島の姿を見ても一倉は驚かなかった。
「よぉ、お疲れさん」
「どうも…これを袴田課長から」
そう言って一倉に封筒を差し出す。
一倉が中身を確認するのを待ってから、青島は踵を返した。
「じゃあ、失礼します」
「何だ、もう帰るのか?」
何気に引き止められて、青島は仕方なく足を止める。
「もう用事ないですもん」
「室井がいないからか」
からかうように笑う一倉に、青島は眉間に皺を寄せる。
一倉の戯れ事には大分慣れてきたが、今はそれに構うだけの余裕が無かった。
「そうですよ」
面倒臭いので聞き流すと、一倉がちょっと驚いた顔をした。
「何だ。機嫌悪そうだな」
一倉は聡い。
揚句、それならそっとしておいてやろうというような、細かい気遣いは持ち合わせていない。
ずばり言い当てられて、青島の表情が益々曇る。
「別に…」
「って、面じゃ無さそうだが?」
「一倉さんには関係無いです」
「かもしれないが、八つ当たりは良くないぞ」
青島はバツの悪い顔をした。
良く考えれば、あのまま青島が退出していれば、一倉とは極普通の会話しか交わしていないことになる。
引き止めて余計な口を突っ込んできたのは一倉の方なのだが、根がお人よしに出来ている青島だから、途端に反省してしまった。
「それは…すみません」
「いいさ。それより何かあったのか?」
物分かりの良い上司のような口ぶりで、一倉は言った。
青島は返事につまる。
言いたくない。
不名誉なことだ。
だが、何故か一倉の顔には「お兄さんに話してごらん。すっきりするから」と書いてあった。
しかも青島には八つ当たりをしたという、本来背負わなくても良いはずの負い目まである。
青島は躊躇いながら口を開いた。
「…に遭っちゃって…」
「何?」
「…痴漢」
「は?」
「痴漢に遭ったんですよ!」
半ばやけになった青島の叫びに、一倉はもちろん不運にもその場に居合わせた刑事たちが目を丸くした。
青島が不機嫌だった理由はまさにそれだった。
本庁に向かう途中の電車の中で、痴漢に遭ってしまったのだ。
不機嫌面の青島に反して、一倉は些か拍子抜けしたようだった。
「そりゃあ不運だったが…お前女子高生でもあるまいし。それくらいで落ち込むなよ」
呆れたような一倉の声に青島は目くじらを立てる。
「痴漢は犯罪!」
「いや、それはそうだが。なら捕まえてここまで連れてくりゃあ良かっただろう」
「気が付かなかったんですよ!普通男のケツなんか触ると思いますか!?」
何かごそごそするなぁとは思ったが、まさか自分が痴漢に遭っているとは夢にも思わなかった。
混んでいるから仕方ないと思っていたら。
降りる瞬間に。
「『ありがとう』ですよ!?言うに事欠いて『ありがとう』ですよ!?」
ドアが閉まる直前、慌てて振り返った青島に、背後にいたオヤジがにたぁと笑った。
その顔が虫唾が走るほど気持ちが悪かったのだが、忘れられない。
怒りで忘れられないのだ。
「俺が黙って触らせてたと思ってたんだ、あの野郎!捕まえてボコボコにしてやればよかった!」
「刑事なんだから、ボコボコにしないで逮捕しような」
「あんな男は簀巻きにして東京湾に沈めてやればいいんですよ!」
「…ヤクザかお前は」
一倉の突っ込みも、怒りで震える青島には聞こえない。
話しているうちに、また怒りが湧いてきてしまったのだ。
「俺のケツなんか触って、何が楽しいんだ!」
握りこぶしを握っている青島に、一倉は「ふむ」と呟いて青島の隣に並んだ。
それに気が付いた青島が一倉を見上げる。
「…一倉さん?」
「どれ」
わし。
「ひっ!」
喉の奥で悲鳴を上げる。
一倉に尻を鷲掴みにされたからだ。
捜査一課が静まり返る。
目の前で上司が堂々とセクハラをしているのだ。
本庁刑事たちは、珍しく青島に同情していた。
「…まあ、楽しかないな」
そう言って離れた男に、青島は呆然となった。
「尻くらい、そう気にするな」
確かに、尻くらいだが。
人が痴漢に遭ってショックを受けているところに。
追い討ちをかけるようなマネを。
青島は新たな怒りに、拳を振るわせる。
―マジで殴りたい。
殴ったら少しはすっきりするかもしれない。
青島の中で、何かが切れた。
拳に力を込めて、振り上げる瞬間。
背後から誰かに腕を掴まれた。
怒りに任せて振り返って。
青島の顔から表情が抜け落ちる。
「君が殴ると問題になる」
能面のような顔をした室井がいた。
青島の背中に、何故か冷や汗が流れた。
多分ほぼ同時に一倉の背中にも流れただろう。
「俺なら、何の問題も無いな」
そうなのかどうかは激しく疑問だが、怒りで表情が無くなってしまっている室井に何を言っても無駄である。
「む、室井。待て」
珍しくも一倉が引きつっている。
青島が関わってくると、あっさり理性を捨てる室井の性格を良く知っているのだ。
「ああ、強制わいせつ罪で逮捕するという手段もあるな」
静かな室井の怒りに、一倉はもちろん青島もひいた。
「いやいや、そんな大層なことじゃ」
「そうか、良し。じゃあ、自宅に電話しよう」
「待て!」
「夫人にお前が不貞を働いていると申告しなければな」
「俺が悪かったから!」
「当たり前だ」
室井にギロリと睨まれて、一倉は押し黙る。
「お前以外に誰が悪いと言うんだ」
「…ハイ」
「それでどっちがいい?逮捕か?電話か?」
「…カンベンしてください」
「む、室井さん」
青島はそっと室井に声をかけた。
「もういいですから…」
室井の視線が青島を射抜く。
「そんなに簡単に許すんじゃないっ」
「す、すいません!」
何故か怒られて、猫背気味な背筋を思わず伸ばす。
「……君のことは、後だ」
「ええっ?」
ぎょっとした青島を無視して、室井は一倉に言った。
―お、俺も怒られんの!?
声にはならなかった。
室井が怖いから。
「セクハラも犯罪だと知っているか?」
「…ハイ」
その後、一倉は室井に延々と説教を食らうことになる。
この日を境に、一倉は暫くの間青島には関わらなかった。
END
2005.2.27
あとがき
「せくはらシリーズ」第4弾です。
第4弾にして、初めて一倉さんが触っております(笑)
そして、初めて敗北しております(大笑)
いつもは室井さんか青島君が被害に被るだけだったのですが、
今回は一倉さんも酷い目にあったのではないかと。
まあ、青島君のお尻なんて、鷲掴みにしたらね…。
室井さんに殺されても文句はいえません。
ああ…でも、青島君はいつにもまして、酷い目にあってしまいましたね。
可哀想に…(お前が言うな)
くだらなくて申し訳ありません(^^;
でも、痴漢に遭う青島君は、萌えませんか?(そんなものに萌えないでください)
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