立ち止まっているというよりは、身体をドアに隠して身を潜めている。
中を覗き見ている様子だった。
「新城?」
一倉が声をかけると、あからさまに驚いた新城が慌てて振り返った。
「しっ!」
口元に人差し指を立てて、注意される。
「・・・?何してるんだ?お前」
一応声のトーンを落として尋ねると、新城はいつもの無表情に戻って喫煙所の中を指差した。
一倉が首を傾げつつ中を覗きこむと、室井と青島が向かい合わせになりソファーに座っていた。
室井はこちらに背中を向けて座っているのだが、青島が本庁までやってきて話す相手は室井くら
いしかいない。
それに定規が刺さっているかのように真っ直ぐ伸びた背中は、見間違いようがなかった。
一倉は些か呆れた表情で新城を見た。
「デバガメ?」
「違う!」
器用にも、小声で怒鳴られる。
「じゃあ、何してるんだ?」
「・・・・・・ちょっと、話しを聞いてください」
新城にあごで中を指されて、一倉は肩を竦めた。
結局デバガメじゃねーかと思いつつ、デバガメすることに何の抵抗もない一倉は、素直に二人の
会話に聞き耳を立てる。
「もう・・・・・・無理だ」
室井が静かに言うと、青島は酷く悲しそうな目で室井を見た。
「そんなことを言わないでください」
「青島、もう無理なんだ」
「そんな・・・・・・約束したじゃないですか!」
青島の悲痛な声に、一倉は眉を潜めて新城を見る。
いつもは無表情な新城も、困惑気味に一倉を見ていた。
「・・・別れ話?」
「分かりません。さっきからやけに深刻そうなんですが・・・」
「これまで頑張ってきたじゃないですか!」
青島の声に顔を見合わせていた二人が視線をうつすと、室井が溜息を吐いていた。
「考えが甘かったんだ」
「後悔してるんですか、俺との約束」
「・・・・・・」
無言の肯定に青島の顔が歪んだ。
確かにこれは深刻な状況らしい。
「約束がどうとか言ってるな・・・・・・室井のヤツ、上に行くのを諦めたのかな?」
一倉にしてみれば、室井がそう簡単に諦めるとは思えない。
付き合いが長いだけあって、室井の性格は良く知っている。
一度こうと決めたら、それを簡単に覆せる男じゃないのだ。
「室井さんが青島との約束を反古にするという話なら、別れ話も同然じゃないですか?」
冷静を装ったふうな新城の声音に、一倉は苦笑した。
「かもしれないが・・・・・・嬉しいか?」
言ったと同時に睨まれる。
が、一倉には痛くも痒くもない。
「何故私が喜ばないといけないんですか」
「さぁな。そんな気がしただけだ」
新城が子供みたいに二人に絡むのは、気になるからだと思うのだ。
室井か青島の、どちらかのことが。
どちらのことが気になっているのかまでは一倉には分からないし、どっちだって一倉には関係が
無い。
ただ横恋慕したところで、あのバカップルの間に入っていけるとは思えなかったから、多少不敏
だとは思っていた。
今二人が目の前でしているのが別れ話なら、新城はやはり喜んでいるかもしれない。
しかし難しい表情を見る限り、二人が別れることを期待しているわけでもなさそうだった。
「なんか不服そうだな」
「別に」
「お前のことだから、ざまーみろくらい言うかと思ったが?」
例え新城がどちらかに好意を寄せているのではないとしても、新城のことだから鬼の首を取った
みたいに喜ぶのではないかと思ったのだ。
だか新城は一倉の軽口にも乗らず、難しい表情のまま呟いた。
「あの二人が」
「うん?」
「あの二人が諦めたら、誰が警察を変えるんだ」
ぽつりと呟いた新城の言葉に一倉は目を剥いた。
新城は室井のことを認めていたし、期待も寄せていた。
素直じゃないため口に出したりはしないが、室井に一目置いているのは態度に表れていたから、
一倉も知っていた。
室井に―それからもしかしたら青島にも、期待しているからこそ、二人が別れ話をしていても素
直に喜べなかったのかもしれない。
考え込んでいた一倉を置き去りにして、新城はつかつかと喫煙所の中に入っていく。
新城の姿に気が付いたのは、こちらを向いていた青島だった。
「あれ?新城さん、一倉さんも」
一倉だけ隠れて見ているわけにもいかず、新城の後をついて喫煙所に入ると、二人に「よお」と
だけ声をかけた。
「どうしたんだ?怖い顔をして」
新城の表情を室井が不審そうに見ている。
原因はお前らだぞ、と一倉は心の中で思った。
「あ、丁度良いところに!」
青島が表情を輝かせると、鞄を漁り出した。
それを見ながら、室井は多少呆れ気味に「仕方が無いな」と呟いている。
新城と一倉の出現で、何故だか深刻な雰囲気が消えてしまった。
二人が別れ話をしていたのではないような気が、早くもしてくる。
一倉はちょっと嫌な予感がした。
「これ、貰ってくださ〜い」
青島が差し出したのは、チョコボールである。
エンゼル缶が当たるとか当たらないとかいう、アレだ。
しかも、一つや二つじゃない。
1ダースはありそうだ。
唖然とする一倉と新城を他所に、青島が言った。
「あ、全部封は切ってありますけど、手付かずですから」
確かに、全部ビニールがはがされている。
が、一倉が気になるのはそんなことじゃない。
「なんだ?これは?」
「知りません?チョコボール」
「それくらい知ってる。何でこんなにあるんだ?」
「買ったからですよ」
・・・・・・・・・・・・。
青島は決してバカではない。
頭の回転も早いし、気転も利く。
だけど、時々日本語が通じない。
一倉は室井を見た。
室井は肩を竦めて、苦笑した。
「おもちゃの缶詰が、欲しいんだそうだ」
「は・・・?」
「銀のエンゼル5枚溜めると、貰えるだろう。ソレだ」
目を丸くした一倉に、室井が淡々と答える。
青島が握り拳を握った。
「室井さんと二人で死ぬほど食って、漸く3枚溜めたんですよ〜」
「だがもう限界だ、青島」
「後、2枚なんですよ!」
「3枚集めるのに、どれだけチョコボールを買ったと思う?」
「約束したじゃないですか、エンゼル缶当てようって!」
「・・・・・・糖尿病になるぞ、青島」
一倉は乾いた笑みを浮かべた。
―どこが、別れ話だ。
バカップルだバカップルだと思ってはいたが、これではただのバカである。
―勝手にやってろ。
匙を投げた一倉は、ふと新城を見た。
真剣になっていた分、新城の方が堪えているだろうと思ったのだ。
案の定、新城の眉間には深い皺が刻まれていた。
「室井さん!」
至近距離で怒鳴られて、室井がちょっと引いた。
「な、なんだ?」
「会議が始まるというのに、いつまでこんな所で油売ってるんですかっ」
「え?あ、ああ、すまない」
「青島もっ」
「は、はい?」
「所轄はそんなに暇なのか!?さっさと署に帰れ!」
「すすすみません」
それだけ言うと、回れ右をしてさっさと喫煙所を出て行ってしまった。
顔を見合わせている室井と青島を他所に、一倉は苦笑した。
さすがに新城に同情した。
「虫の居所でも悪かったんだろうか」
「新城さんって、いつもあんな感じじゃないですか?」
「それもそうだな」
「・・・・・・(本当に同情するよ、新城)」
「あ、一倉さん」
「・・・なんだ?」
「これ、あげます」
「って、おい、ちょっと待て。こんなにどうしろと」
「娘にやればいいだろう」
「・・・・・・・・・・・・(何だか腑に落ちないが)それもそうだな」
バカップルと上手く付き合っていく方法。
それは深く考えないこと。
一倉は今度新城に教えてやろうと思った。
END
(2005.1.19)
「銀のエンゼル」という映画を見に行った時に浮かんだコネタに手を加えたら、
無駄に長くなってしまいました(^^;
内容はSSS向きだったと思うのですが・・・。
新城さん、可哀想に・・・(笑)
新城さんって映画とか見て思うのですが、室井さんのことはちゃんと認めてますよね〜。
青島君のことはどうだか分かりませんが。
新城さんも室井さんには出世して欲しいのではないかと思います。
そんな新城さんの不幸な目撃談でした(笑)
何故か一倉さん視点ですけど。←新城さんより書きやすいからです。
新城さんがどちらのことを思っているのかは、皆様のご想像にお任せします(^^)