■ 大事な日


インターホンの音に、室井はネクタイを絞めようとしていた手を止めた。
時間は朝の7時過ぎで、突然の訪問にしては非常識な時間である。
室井は首を傾げながら、インターホンに応じた。
「はい」
『あ、いた。良かった』
向こうから返ってきた弾んだ声に、室井は目を丸くした。
その声だけで相手が誰かすぐに分かる。
「あ、青島?」
『朝っぱらからすいませ〜ん』
「いや、それはいいが……ちょっと待ってろ」
ネクタイを首に引っ掛けたまま、室井は玄関に向かった。
何の連絡もなしに朝から青島がやってくることなど無い。
何事かと焦りながら、室井はドアを開けた。
開けたと同時に目を剥いた。
目に飛び込んできたのは、綺麗にラッピングされた箱。
「おめでとうございます!室井さん」
満面の笑みを浮かべた青島が、それを差し出していたのだ。
思わず受け取って、室井は漸く自分の誕生日を思い出した。
反応の鈍い室井に、青島は可笑しそうに笑っている。
「あ、やっぱり忘れてた?」
「覚えてた…数日前までは」
それは本当だった。
前に電話で青島と「3日は会いたい」という会話を交わしている。
その時は忘れていなかった。
なんだかんだと年末年始は忙しくお互いの予定がつかないと分かった辺りから、すっかり忘却の彼方に追いやってしまっていたらしい。
室井の返事に「室井さんらしいや」と青島は苦笑している。
「わざわざこれを渡すために?」
「ええ、まぁ。朝っぱらから、す」
「感謝はしていても迷惑でなんか有り得ないから、謝らないでくれ」
突然の訪問をまた謝ろうとした青島の言葉を遮ってしまう。
青島だって忙しくて時間が無いはずだった。
それなのにこうしてプレゼントを持って会いに来てくれたことが、室井には素直に嬉しかった。
「ありがとう」
室井の気持ちが伝わったのか、青島は照れ臭そうに頭を掻いた。
「大したもんじゃないですけどね」
「気持ちが嬉しい。開けていいか?」
頷きかけた青島は、慌てて時計を見た。
「あ、すいません、俺もう行かなきゃ」
出勤途中に寄ってくれたのだろう。
これだけでお別れは寂しいが、今日に会えただけでも青島に感謝しなければならないだろう。
室井が頷くと、青島が不意に辺りを見回した。
「青島?」
「ちょっと玄関に入れて貰ってもいいですか?」
「…?もちろん構わないが、時間が無いんじゃないのか?」
「ええ、だからちょっとだけ」
やはり急いではいるようなので、室井は逆らわずに一歩引いて青島を玄関にいれてやる。
「お邪魔します」
言いながら玄関に入ると、青島は後ろ手でドアを閉めた。
そして、素早く室井の唇を奪う。
「!」
一瞬だけで離れると、青島は微笑んだ。
「おめでとうって言ったの、俺が最初?」
不意打ちに驚いてぼうっとしていた室井は、いくらか遅れてから青島の質問の意味を知る。
今日に、室井の誕生日に、一番最初にお祝いの言葉を伝えたのが自分かと聞いているのだ。
「ああ」
「やったっ」
何が嬉しいのか、青島が笑った。
その笑顔に目を細めて、室井は苦笑する。
―青島以外に、朝一で俺の誕生日を祝おうとしてくれる奴なんかいるもんか。
例え両親でも、それだけでわざわざ朝から電話をよこすわけがない。
友人や同僚だって、室井の誕生日を正確に覚えているわけがなかった。
それに、誰に言われたとしても、青島に言われるより嬉しいことはないだろうと思う。
何番目だって、青島が一番だ。
室井がそんなことを思っていると、青島が悪戯っぽく笑った。
「居なかったり寝てたりしたら、プレゼントだけ置いていこうと思ったんですけどね」
「そうか」
「いたら、おめでとうって言って、キスしてやろうと思ってました」
「……それもプレゼントか?」
「うーん、違う、かな」
応えながら、青島はまた時計を見た。
遅刻ギリギリなのかと思い、室井も大丈夫なんだろうかと心配になってくる。
「おい、大丈…」
言いかけた室井の襟首を引っ張った青島に、もう一度キスされる。
またも不意打ちで、室井は目を丸くした。
視線の先で、青島が大きく笑った。
「俺がしたかったからしたんです」
むしろ俺へのプレゼントだ。
そう言って、青島は玄関を開けた。
「じゃあ、行きます」
「お、おいっ、青」
時間が無いのは分かっているが、殆ど反射的に青島を引き止める。
青島は振り返って、室井を見つめた。
その目は思ったよりもずっと真剣な色を帯びている。
「何でかな」
「何がだ?」
「俺、今日、凄い気分がいいんです」
「!」
「可笑しいですよね、俺の誕生日でもないのに」
それだけ言うと、室井に手を振って走り出した。
室井も今度は引き止められない。
離れていく後姿を黙って見送る。
「…参ったな」
思わずポツリとつぶやいた。

青島は室井が生まれてきたことを、心底喜んでくれている。
多分室井以上に。
それが室井に伝わるのに十分な言葉を、青島はくれたのだ。
これほど心に響く誕生日を、室井は迎えたことがない。

手のひらには、青島の想いが詰まったプレゼント。
青島が形にして残していったのは、コレだけ。
そのはずなのに、室井の胸には確かに残った。
もっと暖かいものが。



視線の先に、青島の姿はもうない。
言いたいことを言ってやりたいことをやって、さっさと行ってしまった恋人。
室井には言いたいこともやりたいことも残ってしまったが、今はどれ一つ叶わない。
追ってはいけないから。
室井にも青島にもやらなければならないことがある。

「遅刻、しないといいが」
室井は微笑んで、ドアを閉めた。

早く時間を作って、青島に会いに行こう。
室井はそう心に決めた。










END


2005.1.2

あとがき


一日フライングですが、室井さんのお誕生日話です。

おめでとうございますー!

嵐のように来て嵐のように去っていく青島君。
室井さんはほとんど呆然としていただけという…(笑)
プレゼントは何だったんでしょうねぇ(おい)



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