幸せなUNLUCKY










事件も起こらない平和な昼下がり。

青島は机に突っ伏していた。

いつも不必要に張り切っている青島が静かなせいか、すみれが怪訝そうな顔で見てくる。

「どうしたの?青島君。具合、悪い?」

むくりと顔を上げた青島の表情は確かに暗い。

が、具合が悪そうでも無かった。

「・・・・・・いや」

「じゃ、どうしたのよ」

悪いものでも食べたの〜?と聞いてくる辺り、すみれも大概失礼だ。

だが心ここに有らずの青島は、そんなことは気にも止めない。

怒るどころか半泣きですみれを見上げる。

「・・・・・・財布落とした」

「あら」

それは可哀想、と同情しつつもすみれはちょっと呆れる。

「落ち込む気持ちは分かるけど、社会人なんだからそんなにへこまないでよ。情けないなぁ」

すみれの言うことも尤もだが、青島は首をゆるく横に振った。

「それが、給料日まで後2日。一文無しなのよ」

「は?貯金とかないわけ?」

「定期ならある」

「青島君、定期預金なんかしてるの?」

青島が定期預金をしていることがよほど意外だったらしく、すみれは目を丸くした。

「しないとみんな使っちゃうから」

青島がそう答えると、すみれは納得した。

「後二日だし、こんなことで定期崩すのもあれだし、と思って昨日の晩から飯抜き」

机に直に頬をつけて、ぼやく。

なんのことはない。

腹が空きすぎて元気ながないだけだったのだ。

「カップラーメンとかの買い置きすらないの?」

「丁度切らしてる」

「あらら」

口を開くのも億劫そうな青島に、すみれが溜息を吐く。

そして、自分の机の引き出しから、買い置きしてあったカップラーメンを取り出した。

「しょうがないな」

すみれがカップラーメンを差し出してくる。

青島はそれに飛びつこうかどうしようかしばし悩んだ。

こと食べ物が絡むと、すみれは途端にけち臭くなる。

「失礼ね。人の親切を」

「見返りは?」

「お給料が出たら考える」

語尾にハートマークが見えるような言い方をされれば、青島が躊躇う気持ちも分かるというもの。

しかし、背に腹は代えられない。

「ありがと」

青島は礼を言って、カップラーメンを受け取った。

受け取ってしまえば躊躇う理由もなく、さっさと封を切る。

ポットからお湯を注いでいる青島の横で、すみれが意地悪そうに笑う。

「室井さんにたかればいいじゃなぁい」

室井に泣きつこうかと、考えなかったわけではない。

だが青島には出来なかった。

「・・・すみれさんじゃ、あるまいし」

「あら、私がたかったって奢ってくれないわよ。青島君じゃないとね〜」

「ちょっと」

含みのあるすみれの物言いに青島が軽く睨むと、すみれが片手を挙げた。

「失敬」

たまにからかわれるが、すみれは青島と室井のことを容認してくれている。

青島は肩を竦めて苦笑した。

「すみれさんがたかっても奢ってくれるよ、きっと」

「えー?そうかなぁ」

「ほら、あの人、結構お人よしだから」

「誰がなんだって?」




言った青島も、「なるほどね」などと頷いていたすみれも、後ろから聞き覚えのある声が割り込

んできて、引きつりながら振り返った。

「む、むろいさん」

眉間に皺を寄せた室井を見て、青島は愛想笑いを浮かべた。

すみれも一緒だ。

「いや、ほら、褒めてたんですよ、ね?」

「そ、そーよぉ。キャリアなんていけすかないのばっかだけど、室井さんはね。ほら」

「人間できてるから」

「ね」

丸きり嘘でもないフォローを入れる二人に、室井は溜息を吐いた。

「全く、君たちは・・・」

怒ってはいないようだが、呆れてはいるようだ。

「ささ、青島君。室井さんを接待しないと」

後でまた課長に怒られるわよーと言いながら、すみれが青島に室井を押し付ける。

押し付けているようだが、結局のところは二人きりにしてやろうというすみれの親切心だ。

後で何を請求されるのか恐ろしくもあるが、ここはすみれの好意に甘えることにする。

ここしばらく、会えていない。

「んじゃ、取調室にでも入りますか?」

「取調室?」

室井が怪訝そうな表情になる。

「応接室だと署長たちが来たらうるさいでしょ。取調室なら覗かれることもあんまりないし」

「・・・・・・・・・そうだな」

室井は納得したが、取調室を覗かれた場合、青島がこっぴどく怒られることは間違いない。

管理官と取調室でお茶なんかしていれば、当然である。

その時はその時。と青島は思っていた。

室井の分のコーヒーを入れて自分のカップラーメンを持って取調室に入る。

「ま、くつろげるような場所じゃないっすけどね〜」

室井に椅子を勧めてから、青島も座る。

「すいません。飯食いながらで」

カップラーメンの蓋を開けながら謝ると、室井が首を振る。

「いや、こちらこそ飯の最中に押しかけてすまない」

「室井さんなら、いつでも大歓迎っす」

生真面目に謝罪をする室井に、青島は破顔した。

「そういえば、何かあったんですか?うちの署に用事でも?」

「・・・近くまで来たから、顔を見に来ただけだ」

眉間に皺を寄せてコーヒーをすする室井。

「そっすか」

嬉しそうな青島をよそに、室井は照れくさいのか思い出したように話を変える。

「・・・・・・さっき、『たかる』とかなんとか言ってたな」

「や、やだなー。すみれさんの冗談ですよ〜」

青島が微妙にどもるのは、「お人よし」発言が後ろめたいからだ。

それは気にせず、室井は顎を引いて青島を見る。

「金欠なのか?」

「えー・・・と。金欠と言えば金欠ですね」

「給料日までもつのか?」

「あははははは」

笑って誤魔化してみるが、室井の視線が鋭くなっただけだった。

「すでにもってないな?さては」

「あははははは・・・・・・はい」

観念して頷いた青島に、室井は溜息を吐いた。

「全く・・・、もう少し計画性を持て」

「いや、それが。財布落としちゃって」

後頭部を掻きながら言う青島に、室井は軽く目を瞠った。

情けないから話したくなかったのだが、仕方が無いので洗いざらい吐く。

「昨日、財布落としちゃったんですよ」

「飯は?大丈夫なのか?」

「あー、はい、まあ、一応。すみれさんに恵んでもらいまいたから」

カップラーメンを持ち上げて答える。

「夕飯は俺が奢ってやる」

「え!ああ、いや、大丈夫ですよ!そんな」

「困ってるんだろ?」

「や、ほら、もうすぐ給料日だし。何とかなりますって」

室井の眉間の皺が深くなる。

遠慮したのが気に入らないのかもしれないが、青島も引けない。

「恩田君にはご馳走になれて、俺にはなれないのか」

「何言って!」

ご馳走、には間違いないかもしれないが、たかがカップラーメンじゃないか。

そう思ったが、青島は言えなかった。

室井が複雑な表情をしているから。

これも嫉妬なのだろうか。

「何故俺に言わない」

感情を抑えたような低い声で室井は呟いた。

室井にしてみれば、青島が困った時に頼りにされないことが、ショックだったのかもしれない。

青島はもちろんそんなつもりじゃなかった。

ただ青島は。

「・・・しばらく会ってない恋人に、腹が減ったから飯を食わせてください、なんて言えますか?」

それこそたかりじゃないか。

ぼそぼそと答える青島に、室井は目を丸くした。

青島は長いこと会ってない室井に、そんな用事で電話をするのが嫌だっただけなのだ。

「だから、遠慮したのか?」

「遠慮したわけじゃない」

「してるじゃないか」

「カッコ悪い所を見せたくなかっただけですっ」

やけになっているというかふてくされているというか。

青島がずるずるとラーメンをすする。

脱力した室井が、苦笑した。

「心配しなくても、君がたかるつもりで俺と付き合ってるなんて思ったりしない」

「・・・・・・はい」

「とりあえず」

「はい?」

機嫌が治ったらしい室井の声に、青島はラーメンから顔をあげる。

「家に飯を食いにくるか、俺から金を借りるか、好きなほうを選べ」





答えなんか聞くまでも無い。






























END
(2004.12.30)


書いたのは多分「最悪の日」を書いた頃です。
古いですねぇ(^^;

室井さんは青島君を甘やかすのに抵抗がないのでいいのですが(それもどうか)
青島君の方に多少抵抗があるらしいです。
意味も無く甘えることはできても、
室井さんに寄りかかるようなマネはしたくない青島君がいいなぁと思います。