■ 後悔先に立たず


「室井って嫉妬したりしないのか?」
居酒屋で二人で飲んでいる時に、一倉が言った。
青島はきょとんとする。
「え?」
「だから、こうやって俺と二人っきりで飲んだりすることに」
二人っきりをやけに強調して言うから、青島は声を立てて笑った。
「一倉さんとでしょ?有り得ない有り得ない」
そもそも、帰宅しようとして湾岸署を出た青島を一倉が拉致して監禁…もとい、強引に飲みに誘ったのだ。
その一倉からそんな質問が出ること自体、おかしい。
青島の台詞に一倉はわざとらしく溜息を吐いた。
「それはそれで失礼な言い草だな。俺だと恋愛の対象にならないってことか?」
「いや、だって」
「何なら浮気してみるか?」
ニヤリと笑った一倉に、青島は呆れた。
「遠慮します」
「何だよ、意気地がねぇなぁ」
「そういう問題じゃないでしょ。俺は浮気はしません」
それは相手が一倉だからとかではなく、誰が相手でも一緒である。
今の青島には室井しかいなかった。
やけにきっぱりと言った青島に、一倉は肩を竦めた。
「で?本当にしないのか?嫉妬」
もう一度聞かれて、青島は首を傾げた。
「無いと思いますけど…」
「俺以外でも、ほら恩田刑事とか」
「すみれさん?それこそ、無いですよ」
やっぱり笑い出す青島に、一倉も苦笑した。
すみれとは一倉も「ナイ」と思ったのかもしれない。
それだけ青島とすみれが色っぽい関係に見えないということなのだろうが、これはこれですみれに失礼である。
「じゃあ、真下警視とか」
「は?真下?止めてくださいよ。あいつ男でしょ」
一倉さんも男だしと素で答えると、今度は一倉が呆れた顔をした。
「お前も室井も男だろうが」
突っ込まれて、それもそうかと思う。
こういう場合、嫉妬の対象に男も入るだろう。
青島が今更そんなことを考えていると、一倉が苦笑した。
「同性の友達でも嫉妬したりすることあるからな。お前らは恋人なんだし、あって当然な気もするけど」
一倉の言うことも分からないではない。
だが今までに、室井が青島の交流関係に口を出して来ることは無かった。
すみれや真下と飲みに行った話は室井にもするが、バカ話を聞かせると呆れたように笑われるか、たまに「ほどほどにな」と釘を刺される程度だ。
嫉妬らしい動向は一切無かったような気がする。
不意に一倉が、「ふ〜〜〜ん」と呟いた。
「何すか?」
「いや、あんまり愛されてないんだなぁと思っただけだ」
青島は思いっきり眉を寄せた。
「どういう意味ですか?」
「嫉妬って愛情を計るバロメーターみたいなもんだろう」
「信頼しあってるって言ってください」
「どうだかな」
意地の悪い顔で笑っている一倉を、青島は睨む。
からかわれていることは分かっているが、「愛されていない」とは聞き捨てならない。
「ちょっとっ」
「好きなヤツのことは何でも気になるもんだろ?」
言われて、言葉に詰まる。
それはその通りだが…。
「だからって、あれこれ疑ってかかるのは、愛情と違うでしょ」
「でも、野放しってのもな〜。要は、程度の問題だと思うぞ?」
そう言われると、やっぱりその通りな気がする。
珍しくも正論で攻められて、青島はまたも言葉に詰まる。
室井の愛情を疑ったことなどないが、指摘されてみれば、確かに室井は青島の行動を制限するような発言は一切しない。
だからって、愛されていないなんて思わない。
思わないが、ちょっとくらい嫉妬とか独占欲とかを見せてくれてもいいかなと思う。
もしかしたら、室井もすみれや真下との交際を気にかけたりしてくれているのだろうか。
それとも、やっぱり全然気にならないのだろうか。
例え嫉妬してくれないとしても、それは青島を信頼してくれているからだろう。
大体嫉妬しまくり、束縛しまくりの恋人よりずっといい。
そうは思うのだが。
やっぱり、一倉の言う通り嫉妬は「バロメーター」のような気がする。
嫉妬するほど想ってくれていると知れたら、嬉しいだろうとも思う。
―室井さんも、嫉妬してくれたりするのかなぁ…。
考え込んでしまった青島に、酒を勧めながら一倉が言う。
「嫉妬もしてくれない恋人じゃ張り合いないだろう」
「してくれないわけじゃない、と、思います」
「そうか?」
わざとなのだろうが疑わしげに聞かれて、青島はムキになる。
「そうですよ!」
「じゃあ、かけるか?」
「は…?」
「室井が嫉妬するかしないか、を」


一倉が「愛されてない」なんて言うから。
「嫉妬は愛情を計るバロメーター」だなんて煽るから。
そして何より、酒が入っていたから。


「いいですよ!」
意味があるのかないのかさっぱり分からない一倉のかけに、青島は乗ってしまった。




***




ドアを開けた室井は、眉間に皺を寄せた。
「で?なんで、お前までいるんだ?」
飯を食べに来ないかと青島を自宅に誘ったら、どういうわけか一倉まで着いて来たのだ。
湾岸署に来ていた一倉に捕まったという青島の説明に、溜息を吐く。
「すみません…あのぉ〜…」
青島がすまなそうにしているから、室井は慌てて眉間の皺を解いた。
「君に怒っているわけじゃない」
「俺に怒ってるのか。冷たいな。友人をそんなに邪険にすることもないだろう」
図々しい一倉の言い草に呆れつつも、相手は一倉だし何を言ったところで始まらない。
言えば青島が萎縮するだけだからと、室井はあっさり諦めた。
一倉を相手にしていると、大抵の人間は忍耐強くなるのだ。
「鍋で良かったな」
そう呟いて、二人を招き入れる。
ついてきてしまったものは仕方が無いから、さっさと飯を食わせて追い出そう。
などと、長年の友人に対して思うにしてはちょっと薄情なことを考えながら、室井は鍋に火をいれた。



「熱いから、気をつけて食えよ」
「はい、ありがとうございます。あ、グラス空いてますね、どうぞ」
「ありがとう、お前もどうだ?」
「頂きます」
これはどういうことだろうと、室井は思わず箸を止めた。
青島と一倉のやり取りを見ながら、この二人はこんなに仲が良かっただろうかと首を捻る。
仲が悪いわけでは無かったが、いつも押しの強い一倉に青島はどちらかと言えば一歩引いていた。
触らぬ神になんとやらである。
尤も、こちらから触ら無くても寄ってくるのが一倉で、遠慮の無い俺様発言や耳を疑いたくなるようなセクハラ発言も日常茶飯事であった。
その度にうんざりしたり憤慨したりしながらも、仕方なく一倉に付き合っているという感じが青島にはあった。
恐らく室井の友人だから、我慢してくれていたのだろう。
だが、今日の二人の様子は、ちょっと違った。
青島は進んで一倉と会話をしているし、一倉もくだらないことを言って青島を怒らせたりしていない。
「お前も飲め」
何故か機嫌の良さそうな一倉がお酌をしてくれるが、反対に室井の気分はあまり良くなかった。
「言われなくても飲む」
大体室井の酒である。
一倉に勧められる覚えてない。
などと、普段なら思うことの無いような心の狭いことまで考えてしまう。
「青島、肉食え。普段あんまり食えないだろ?」
「失礼な。いくら貧乏所轄刑事だって肉くらい食いますよ。まぁ、イイ肉は中々食えませんけど」
「良し。今度、美味い焼肉に連れてってやろう」
「えっ、マジっすか!良かったですね、室井さん」
急に振られて、室井は慌てて頷いた。
「あ、ああ」
「おい、奢るのは青島だけだぞ」
「分かってる」
思わずムッとしてしまう。
何故、一倉が青島に飯を奢ってやる必要があるのだ。
焼肉くらい、いくらでも食わせてやるのに。
室井がそんなことを悶々と考えていることなど、知る由も無い青島が一倉を軽くなじる。
「けち臭いこと言わないでくださいよ」
「ばか。アイツの方が給料イイんだぞ」
「あ、そっか。階級上ですもんね。室井さんの方が」
「どうせ、俺なんか降格されてるしな」
「何いじけてるんですか。部下の不祥事庇ってでしょ?名誉の負傷じゃないですか!」
珍しいことに青島が一倉を慰めている。
室井はソレを複雑な思いで見つめる。
降格なら俺もしている、などという不名誉な主張をしてしまわないように、何とか黙る。
わざとらしくいじけた一倉に、青島が苦笑しながら手を伸ばした。
「よしよし」
可哀相に、と一倉の頭を撫ぜる青島。
室井はほぼ無意識に手を伸ばして、青島のその手を掴んだ。
「室井さん?」
きょとんとした青島と目が合って、ハッとする。
慌てて手を離すが、もう遅かった。
青島と一倉にマシマジと見つめられる。
室井は気まずさから眉間にシワを寄せて、視線を逸らした。
途端に青島が笑った。
「ほらっ、やっぱり室井さんだって、嫉妬くらいするじゃないですか!」
喜んでいるような勝ち誇っているような青島の声に、室井は弾かれたように顔を上げた。
呆然としている室井に向かって、一倉が薄く笑う。
「そうだな。良かったじゃないか、愛されてて」
「あったり前じゃないですかっ。ねー、室井さん」
と、室井を見た青島は、そのまま硬直した。
室井の目が完全に据わっている。
一倉はそれを見ながら笑いを堪えていた。
「一倉」
「ハイハイ。俺は先に帰るぞ」
「ええっ!ちょっ、い、一倉さんっ」
さっさと立ち上がった一倉に、青島は慌てる。
恐らく今の室井と二人きりにされるのが怖かったのだろうが、そんなことは室井の知ったことではない。
そんなことより、青島にはしっかり話を聞かせて貰わないといけなかった。
室井の「早く帰れオーラ」に笑いを噛み殺して、一倉は青島に手を振った。
「じゃあ、頑張れよ」
何を!?と青島に聞かせる間もなく、一倉は出ていった。
部屋に残ったのは、当然青島と室井だけ。
青島が恐る恐る室井を見てくるから、笑みを浮かべてやった。
青島が引き攣ったから、きっと世にも恐ろしい表情になっているのだろうが、室井はそれどころじゃ無かった。
「どういうことか説明して貰おうか」
NOどころか、何を?と尋ねることすら躊躇われる空気に、青島は愛想笑いを浮かべた。
「え、ええと、その、一倉さんがですね。嫉妬は愛情のバロメータだなんて言うからですね」
「つまり君は俺の愛情を信じられないと言うわけか」
「まさか!信じてますよ!」
慌てて叫んだ青島を、室井はじっと見つめる。
その視線の強さに負けて、ぽつりぽつり言い訳を始める。
一倉との間にあったやり取りを聞かされて、室井は一倉を帰したことを後悔した。
結局青島は一倉に乗せられて、室井共々遊ばれたのだ。
一倉の笑みがそれを物語っていた。
「だ、だって、確かに室井さん、あんまり嫉妬しないし、一倉さんじゃないですけど、嫉妬してくれたら愛されてるなーって気がするし、その、うろたえた室井さん見れたら嬉しいなぁなんて」
嫉妬されたいなんて可愛いことを言う。
なんて、頭の痛いことを思わないでも無かったが、今は青島に、正確には青島と一倉に、試されていたことが腹立たしい。
嫉妬なんて。
しないわけがないではないか。
確かに青島の言う通り、青島の交遊関係に口を出したことは無い。
すみれや真下と良く飲みに行くようだが、それは青島の自由だと思っている。
青島のことを信頼しているから、間違いが起こる心配はしていなかった。
だが、全く気にならないと言えば嘘になる。
恋人がどこで何をしているか、気にならない方がおかしいだろう。
青島を縛り付けるような真似はしたくなかったから何も言わなかったがそれが裏目に出たらしい。
室井は青島の腕を掴むと、立ち上がった。
「む、室井さん?」
「君は、俺がどれだけ君を思っているか、分かっていないらしいな」
「そんなっ」
驚愕している青島の腕を引き寄せて強引に立たせると、ずるずると引っ張る。
向かう先は、当然のように寝室。
青島は引きつった。
「室井さんっ、お、俺が悪かったですからっ」
「心配するな」
優しく微笑んでやると、青島が真っ青になった。
「俺の愛情は、嫉妬なんて生ぬるいものでじゃなく、君の身体に直接教えてやるから」



深く静かな室井の怒りに、青島は一倉に乗せられたことを死ぬほど後悔した。
そしてこれ以降、室井に嫉妬して欲しい等と思うことは無かったとか。


室井は少しだけ一倉に感謝することになるのだが、これは青島には秘密である。










END


2004.12.4

あとがき


のらねこ様より頂いた32223HITリク
「悪事がばれて室井さんにお仕置される青島君のお話」のつもりです…。

室井さんを試すようなことをした青島君が、
室井さんの逆鱗に触れてお仕置きされる…という
ストーリーにしようと思って書き始めたのですが。
青島君の悪戯心に火を点ける役割りとして一倉さんを出したはずだったのですが、
むしろ一倉さんの悪事に青島君が乗っけられた形になってしまいました(^^;
お仕置きされる青島君はクリアできたかなーと思ったのですが、
やっぱりお仕置き部分は書いてないですしね(汗)
またも微妙なお話になってしまいました。
のらねこ様、リクエストをありがとうございました!
ご希望に添えておりませんでしたら、大変申し訳ありません;

一倉さんの降格を「部下の不祥事を庇って」としてしまいましたが、
本来は責任を取っただけなんですよね?
ちょっと脚色してしまいました…。すみません。
いや、それを言ったら、私の話なんてどれもこれも脚色ですが(笑)



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