■ fainally(3)
久しぶりに足を踏み入れた青島の自宅があまりにも変わっていなくて、室井は思わず微笑んだ。
ソファーもテーブルもあの頃のまま。
雑誌やCDがその辺に散らばっていて、買い置きのアメスピが部屋の片隅に積まれてあった。
汚いとはいわないが整理整頓されているとは言い難い、何処か雑然とした部屋。
変わってないなと言いかけて、飲み込む。
青島と再会してから一度も、昔を匂わせるような話はしていない。
意識的に話題にしないようにしていた。
核心に迫るのが怖くて、ずっと逸らしてきたのだ。
室井は一つ深呼吸をして、口を開いた。
「…変わってないな」
コートを脱いでいた青島の動きが一瞬止まった。
青島から過去の話が出ることも、もちろんなかった。
きっと、青島も意識的に触れずにいたのだ。
室井がどこか緊張して青島を見つめていると、青島は小さく微笑んだ。
「……でしょ?」
微笑んだ青島に、室井はほとんど無意識に手を伸ばした。
腕を掴むと、驚いた顔で室井を見てくる。
「青島」
「待ってくれ、室井さん」
「これ以上待てるか」
強く言うと、青島が小さく身体を弾ませた。
本当に、限界だった。
触れられる位置にいるのに触れられないことに、室井はもう我慢がならなかった。
青島が室井を部屋に誘った理由など、二つに一つだ。
室井と同じことを考えているか、もう二度と会わないという最後通達を突きつけるつもりか。
どちらにせよ、室井はもう気持ちを決めている。
ダメだとしても、これが最後だとしても、気持ちだけはちゃんと伝えたい。
室井の頭の中にあるのは、それだけだった。
「聞いてくれ、あお」
「ちょっとだけ、」
言いかけた室井の口を、青島が手の平で塞ぐ。
「待ってください」
室井は切なげに眉を寄せた。
青島に二度と会わないと言われてしまえば、室井は気持ちを伝えられなくなってしまう。
その前にどうしても、室井は一言気持ちを伝えたかったのだ。
室井の表情を見た青島の顔が強張った。
それから、ぎこちなく微笑む。
「別れは俺から言い出したことだったから、今度も俺からって決めてました」
「…何を」
「口説くのは俺から、って」
はにかんだ青島に、室井は目を剥いた。
声を失くしてしまった室井から手を離すと、青島は真摯な瞳で室井を見つめてくる。
「好きです。もう一度、俺と付き合ってください」
それは室井が伝えたかった一言で、聞きたかった一言だった。
微かに震えた手で青島の肩を掴んで引き寄せると、力いっぱい抱きしめた。
すぐに青島も抱き返してくれる。
どうしても伝えたかったはずなのに、今となっては言葉にならない。
強く抱きしめられることで気持ちを表すことしか出来ない。
「青島…」
小さく呟いて青島の顎を捕らえると、そのまま唇を重ねる。
青島もそれに応えてくれた。
「青島」
舌で唇を割ると、すぐに迎え入れてくれる。
キスが深くなると背中にあった青島の腕が室井の首に回った。
「青島」
キスの合間に、何度も名前を呼ぶ。
その声が情けないほど震えてしまったが、室井も青島も気にはしなかった。
ただ夢中で唇を重ねる。
目の前の相手しか、見えない。
「青島」
切なく名前を呼ぶ室井に応えるように、青島が室井の頬を両手で包んでキスをくれる。
その手に触れて、確かめる。
―今、確かに青島と触れ合ってる。
「…青島っ」
切羽詰った室井の声。
青島の背中が震えるのが、回した腕に伝わる。
室井の頬に触れていた青島の手が微かに濡れていたが、やっぱり二人とも気にしなかった。
離れていた時間を埋めるような行為の後も、離れ難くて二人寄り添ったままだった。
「青島…大丈夫か?」
ベッドの上でぐったりしている青島の隣に寝そべり、室井は青島の髪を梳く。
青島が気持ち良さそうに目を細める仕草にドキッとするが、さすがにこれ以上は強いれない。
露わになった額に唇を落とすだけに留める。
「…へーきっすよ」
にこっと笑われて、室井も目じりを下げた。
「そっか」
何となく触れていたくて、青島の髪を梳く手を止めない。
ふいに青島がその手を掴んで、室井の指先に口付けた。
「室井さん」
「ん?」
「ありがとう」
突然礼を言われても、何のことか室井には分からなかった。
青島が微笑む。
「俺を、好きでいてくれて」
そういうことかと納得すると、室井は緩く首を振った。
「礼を言われることじゃない。君に頼まれたから君を好きでいたわけじゃないから」
「……そっか」
青島が室井の頬に手を伸ばしてくる。
そっと頬を撫ぜられて、その手に触れる。
「…もう、だめなのかと思ってた」
室井は素直な気持ちを零した。
「俺のことを、避けていただろ?」
青島は少しだけバツの悪そうな顔をする。
「ええ…だって、言われたら困る」
「自分からって、決めてたからか?」
だったもっと早く言ってくれれば良かったのに、と少しだけいじけ気味に思う。
それに気付いてか、青島が苦笑した。
「それもあるけど、多分今のタイミングじゃなかったら、俺、室井さんに言われてもきっと頷けなかった」
室井と一緒に表彰された今だから、室井を口説こうと思ったのだと言う。
潜水艦事件も室井と一緒に解決したのだが、その時はまだダメだった。
足を引っ張らずに、ちゃんと室井の役に立てるという自信が、どうしても持てなかった。
そんな時に室井から何かを言われてしまったら、青島は室井を振らなければならなかった。
振ってしまえば、例え室井の隣を歩いていける自信がついたとしても、もう二度と室井に告白など出来ない。
それが怖かったのだと言う。
室井は青島の気持ちを聞いて、自分の判断が正しかったことを知った。
室井が焦って告白していれば、間違いなくもう二度と触れられなかったのだ。
「結局、俺の我侭だったんだけど…室井さんが待っていてくれて良かった」
頬に触れていた青島の腕が室井の首に掛かった。
引き寄せられるままに室井は青島の首筋に顔を埋めた。
「ごめん……ありがとう……」
掠れた青島の声に、室井はまた目頭が熱くなった。
間違いなく、青島を手に入れたのだ。
そう改めて思った。
「謝らなくていい……俺こそ、ありがとう」
「?」
「好きでいてくれて、ありがとう」
室井の肩に額を押し付けていた青島が小さく笑った。
「室井さん」
「ん?」
「涙脆くなった?」
「……」
「いや、また泣かせちゃったから」
茶化すように言ったが、室井を見つめる眼差しは酷く柔らかかった。
「……あれから、5年も経ってるんだぞ」
「そっか、年取ると涙脆くなるもんね」
回した手で青島の髪をぐしゃぐしゃにかき回すと、堪えきれないというふうに青島が声を漏らして笑った。
室井にしがみ付いてクスクス笑う青島。
それでも、青島がしがみついている室井の肩が少しだけ濡れていて、室井は優しく微笑んだ。
「君も歳を取ったということか」
「…5年、経ってますから」
笑ったままそう答えた青島が、キスをくれる。
軽く触れて離れると、濡れた瞳で微笑んだ。
「好きですよ」
「俺もだ」
だから、もう行かないでくれ。
声にはならなかったが、青島には伝わったようだった。
どちらからともなく、もう一度唇を重ねて。
「もう離しませんよ!」
そう言って、大きく笑ってくれたから。
END
2004.10.15
あとがき
何だかすみません(汗)
室井さんが女々しく、青島君が自分勝手な感じになってしまいました。
※2007年6月追記
改めて見ても、なんというか…なんて遠回りしてるお話なんでしょう;
5年ですよ、5年!両思いなのに5年も無駄にして!(書いたのお前だ)
そこはどうなんだと自分でも思いますが、
でも嫌いなお話でもないので残しておこうかと…思います(苦笑)
template : A Moveable Feast