■ あなたがいるから


室井はソファーに座り難しい顔をしていた。
視線の先では、床に腰を下ろした青島がテレビを見ながら笑い転げている。
笑い声がうるさくて不愉快に思っているわけではない。
ただ、笑う青島が室井の目には不自然に映っていただけだった。
青島は良く笑う方だし、感情表現が豊かで素直だ。
そう考えれば、バラエティ番組を見ながら笑い転げている青島の姿は不自然ではない。
それでも室井には、青島が心から笑っているようには見えなかった。
これは室井の勘であって、根拠があるわけではない。
室井の自宅に遊びに来た青島は、いつも通り久しぶりに会う恋人に嬉しそうに笑いかけてくれた。
いつも通り酒を飲み、いつも通り夕飯を共にした。
室井との会話を避けるようなこともないし、いつものように色んな話をしてくれた。
強いて言えば、いつもより口数が多かったかもしれない。
元から良く喋る男だが、会話をしていると「室井さんは?」「どう思う?」「どうします?」と、相手の話を聞きだそうとする。
話し上手で聞き上手なのだと思う。
今日の青島は違った。
食事の間中、絶え間なく話していた。
楽しそうに話していたから気が付かなかったのだ。
人はテンションが高くなると饒舌になる。
室井はそう思っていたのだが、本当は違ったのだ。
テレビを見ながら笑い続ける青島の張り詰めた背中が言っている。


『今は話しかけないで』


「青島」
「はい?」
テレビを見たまま振り返らない青島。
室井はもう一度名前を呼んだ。
数秒の後、青島は軽く笑ったまま振り返った。
「どうしたんです?」
「それはこっちの台詞だ」
「…室井さん?」
「何かあったのか?」
婉曲した物言いが苦手な室井らしく、聞きたいことを単刀直入に聞いた。
青島は首を傾げて室井を見つめてくる。
「何もないですよ?」
「嘘だ」
「本当です」
「……」
室井が無言でじっと見詰めると、青島も黙って見返してくる。
しばらくそうしていると、青島の顔から笑顔が消えた。
表情が抜け落ちると、酷く疲れた顔で溜息を吐く。
室井は出来るだけやんわり尋ねた。
「何か、あったのか?」
「……何でですかね」
青島がぽつりと零す。
室井は急かすような余計な言葉を挟まず、青島の次の言葉を待った。
「何で、所轄とか本店とか、仕切りがあるんすかね」
暗い表情で吐き出した青島に、室井ははっとする。
どうやらまた本庁と揉めているらしい。
室井は今、刑事企画課という部署にいるため、青島たちと一緒に事件に関わってはいない。
だから、何があったのか知らなかったのだ。
湾岸署で先日まで特捜本部が立っていた。
事件が解決して解散したことは、青島から聞いて知っていた。
そこで何かあったのだろう。
「俺たちって、そんなに信用できませんか。同じ警察官なのに…っ」
手を握り締めて、青島は憤りを吐き出した。
「青島…」
青島は何かを言おうとして、躊躇って、また口を開こうとして、結局唇を噛んだ。
「ああっ、もう!」
いらいらしたように髪を掻き毟ると、取り繕えない表情のままで室井に謝罪した。
「すいません……俺、今日は帰ります」
そう言って立ち上がった青島の腕を、室井はすぐに掴んだ。
こんな顔のまま、青島を帰したくはなかった。
「帰るな」
短く引き止めると、青島は俯いた。
「俺…きっと、室井さんに八つ当たりする」
「構わない」
即座に答えた。
青島の憤りの原因が自分と無関係にあるとは、とても思えなかった。
室井自身に憤っているわけではないだろうが、キャリアである以上関係がないはずもない。
例え、室井が所轄に理解あるキャリアでも、青島の恋人でも。
真摯な表情に室井の気持ちを感じ取ったのか、青島は緩く首を振った。
「違う…室井さんを責めてるんじゃないんだ…」
八つ当たりをしていると自覚しながらもどうにもならずに、青島は苛立っていようだった。
「分かってる」
「こんな日に会いに来るんじゃなかった」
「俺は会えて嬉しい」
嘘偽りのない本音。
青島は複雑な表情で、室井を見つめていた。
「室井さん、困るでしょ。自分に関係ない本店のグチ聞かされても」
「…上手く使い分けられるといいんだが」
不意に呟いた室井の言葉の意味が分からなかったのだろう。
青島が訝しげに室井を見下ろす。
「何のことです?」
「警察官僚として君の話を聞くなら、君の声は現場の刑事の代表の声だ。俺はちゃんと聞いて、現実を知る必要があると思う」
そこで一旦区切って、青島を抱き寄せた。
室井はソファーに座ったままだから、青島の腹にしがみ付いているような形になるが、室井は気にしない。
青島は少し慌てたらしく、どこに置くべきか悩んだ腕を宙に彷徨わせている。
「室井さん?」
「…恋人として聞くなら」
「!」
「君の愚痴を聞いて、宥めて、抱きしめて、キスして…慰めたい」
室井がちらりと青島を見上げると、青島は一瞬呆けてすぐに赤面した。
『慰める』の意味が通じたらしい。
「む、むろいさん」
青島が落ち込んでいるのに、ふざけているわけでも誤魔化そうとしたわけでもない。
警官としてキャリアとして、現場の刑事の話を聞くことは室井にとって大事なことだ。
室井がそれだけの力を付けたときに、改善していかなければならない現実。
それが警察官として室井がやりたいことで、青島との約束でもある。
だが、室井はキャリアだが、青島の恋人でもある。
張り詰めた青島を見ていれば、慰めて癒してやりたくなるのも本音だ。
「青島に何をしてやるのが一番いいのか分からない…情けないな」
青島の腹に額を当てて、室井が呟いた。
「…そんなこと、ない」
青島の指が室井の髪に触れる。
室井はその手を掴んで、指先に口付けた。
「ありがとう」
「…礼なんて、俺の台詞です」
「俺はまだ何もしてない」
「……」
青島がソファーに乗り上げて室井に抱きついてくる。
結構な勢いでタックルされたのでソファーに押し倒される形になったが、室井はちゃんと青島を抱き返した。
「気持ち、貰いましたよ?」
ぽつりと呟いた青島の頭をそっと撫ぜる。
「今の俺には、君に出来ることは二つしかないんだ」
慰めることと、諦めずに一緒に頑張ること。
青島の憤りを解決してあげられれば一番良いのだが、今の室井にそれだけの力はない。
自分自身に不甲斐なさを感じ、室井は青島の頭を抱きこんで眉間を寄せた。
ぎゅっと抱きしめると、青島が小さく吐息を吐いた。
「充分」
「…そっか?」
「一緒に、頑張ってくれますよね?」
「もちろん」
「なら、俺も頑張れる」
「そっか」


自分だけでは頑張れない。
その道を選んだのも、努力するのも、自分自身だけど。
隣を見れば、いつだって君がいる。
同じ先を目指している君が。
だから、頑張れる。


室井にとって青島はそういう存在だった。
青島にとってもそうであるといい。


室井は青島を抱きしめたまま、そう願った。










END


2004.10.5

あとがき


明香様から頂いた27000HITリクの
「落ち込んだ青島君を慰める室井さん(シリアス風味)」でした。
何だかどこをとっても微妙な話に…っ(汗)
青島君が落ち込む原因を考えたら、
「事件」か「室井さんとの関係」かな…と思いまして、
一応事件絡みで落ち込んでいるという設定にしました。
具体的に何があったとは触れていないので分かりにくかったでしょうか…。
難しいことが良く分からず、詳しいことを書けませんでした。
申し訳ありません;

大人な(?)室井さんを目指したのですが、
むしろ室井さんの方が悩んでませんか?(滝汗)
シリアスかといえばそうでもない気がしますし(^^;
明香様!こんな出来で申し訳ないですー!



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