室井の誘導でタクシーを降りて、アパートの階段を上る。
毎日上り下りしている階段なのに、全く距離感が分からない。
手を室井に引かれ、足をそっと前に出して階段を確認する、
言われるまでもなく、一歩ずつでしか階段を上れない。
青島はすぐに視界を奪われる恐怖感と不便さを味わった。
「・・・盲目の人って、凄いですね」
この暗闇の中で生活をしているのだと思うと、感心するやら尊敬するやらだった。
青島の素直な感想が可笑しかったのか、室井は苦笑しているようだった。
「そうだな」と呟いた声で、それが伝わる。
耳だけが頼りの世界。
青島は自分の耳がやけに敏感になっているのを感じた。
「今鍵開けるから、ちょっと待ってくれ」
そう言って、室井が青島の手を離す。
急に軽くなった手のひらが心もとない。
室井の手が自分をどれだけ安心させてくれているのかに気がついて、青島は苦笑した。
ドアを開ける音がすると、再び手を握られた。
「中、入るぞ。段差に気をつけろよ」
「はい」
「靴脱げるか?」
「ええ・・・」
室井の子供になったような気がして複雑な気分を味わいながら、手探りで靴を脱ぐ。
部屋に入って室井が電気をつけた音がしたが、相変わらず青島の視界は真っ暗だった。
自分の家にいるはずなのに、どこにいるのか分からないような不安感に襲われる。
本当に盲目になったわけではないのに、これがずっと続くのではないかと思わず錯覚してしまい
そうだった。
「・・・大丈夫か?」
何を口に出したわけでもないのに、室井が気遣ってくれる。
青島はそれだけで少し安心できる自分が可笑しかった。
「大丈夫っすよ!」
元気に答えると、室井がほっとしたように息をつくのが聞こえた。
「そっか。・・・・・・着替えた方がいいな。寝巻きでいいか?」
そういうと室井はどこに何があるのか大体知っているので、ごそごそと寝巻きを探し出してくる。
青島は手探りでスーツのボタンを外し、ネクタイを引き抜いた。
「掛けておくから、貸せ」
室井に上着を渡して、シャツのボタンを外しに掛かる。
こちらはスーツのボタンより小さくて数が多いから、時間が掛かる。
「貸せ」
見かねたのか室井が手を貸してくれる。
室井がボタンを外していく衣擦れの音を聞いて、青島は妙な気分になった。
「何か変な感じだ」
「そうか?」
「何するわけでもないのに、室井さんに脱がしてもらってる」
何とはナニを指しているわけで、一瞬室井の動きが止まった。
それを感じて失言だったかな、と少し焦る。
一瞬だけ唇に柔らかい感触。
それが室井の唇だと理解するのに、数秒かかった。
「・・・・・・ちょっと、黙ってろ」
「・・・・・・もしかして、我慢してる?」
「黙らないと」
「黙ります。ごめんなさい」
青島が慌てて言うと、室井が少しだけ声を漏らして笑った。
つられて青島も笑う。
「ほら、腕通せ」
パジャマの上着に袖を通すと、また室井がボタンを掛けてくれた。
「・・・下は」
「あ、自分で脱ぎます。履きます。大丈夫です」
身の危険ではなく、そこまで室井にさせられないという気持ちで即答したのだが、室井に伝わっ
たかどうか。
室井は「そうか」と苦笑していた。
「痛むのか?」
夕飯が済んで痛み止めを飲んだ青島を、室井が気にかけてくれる。
「ん、少し。今痛み止め飲んだんで、大丈夫です」
麻酔が切れたのか少し痛みが出てきたのだ。
ふいに室井の手が包帯の上に触れた。
傷に気を使っているようで本当に軽く触れているだけだが、そっと撫ぜてくれている。
「失明、しなくて良かった」
そう言いながら、何度も撫ぜてくれる。
心底心配してくれてのは、病院で室井が言った言葉を思えば良く分かる。
「すみません、心配掛けて」
「謝らないでいい・・・だけど、あまり驚かせないでくれ・・・」
姿が見えなくてもその声を聞くだけで、室井がどんな顔をしているかが良く分かった。
眉間に皺を寄せて、切ない目で自分を見つめている。
室井に何度、そんな顔をさせただろうか。
青島はふとそんなことを思った。
怪我をするたび、室井に寿命を縮ませるような思いをさせている。
怒られることもあるし、今日みたいに懇願されることもある。
それでも青島は自分のやり方を変えられない。
それを室井も良く知っている。
だからこそ、眉間に皺が寄るのだ。
青島はそっと手を伸ばして、室井に触れた。
目が見えないから、手探りでその顔に触れる。
傷つけないように、そっと。
「青島・・・?」
頬を両手で包んでから、確かめるように右手で室井の顔に触れる。
頬から逸れて鼻筋を辿る。
そのまま手を上の方に移動させると、眉間に当たる。
指に触れる感触に、青島は笑った。
「やっぱり」
「うん?」
「皺、寄ってる」
「・・・・・・嬉しそうに言うな」
室井が苦笑して、青島を抱き寄せてくれる。
青島は逆らわずに抱き寄せられたが、手は室井の顔から離さない。
身体を密着させたまま、青島はぎこちなく室井の眉間に唇を寄せた。
手で眉間に触れたままそこに唇を押し付ける。
「・・・・・・すいません。俺のせいだ」
そう言って、唇を滑らせて瞼に口付ける。
「青島?」
「アンタに、またそんな顔させてる・・・」
室井の青島を抱く腕が強くなる。
「俺が、好きでしてることだ」
「・・・好きで、眉間に皺を寄せてるんですか?」
「・・・・・・そうだ」
青島の突っ込みに低く呟く室井。
小さく笑うと、青島は右手で室井の唇に触れた。
やはりぎこちなくそこに自分の唇を重ねる。
一瞬室井が驚いて身を硬くしたのが、唇越しに伝わる。
軽く唇を吸って舌で室井の唇を舐めると、室井の舌に招き入れられる。
誘われるままに唇を合わせて、そのまま室井を押し倒した。
「青島・・・?」
押し倒されるとは思っていなかったのか、戸惑ったような室井の声。
指先で確かめながら、もう一度軽く唇を合わせる。
「室井さん・・・・・・バカだなぁ・・・・・・」
「何・・・?」
青島は室井を押し倒したまま、見えもしない室井を見下ろした。
今は何となく、見えなくて良かったと青島は思った。
「目の見えなくなった俺に将来誓って、どうするつもりだったんだよ・・・」
笑ったつもりだったが、不自然に震えた声は笑い声ではなかった。
視力が無くなればもちろん警察官ではいられない。
その時点で、「現場で頑張る」という室井との約束が果たせるわけも無い。
青島だって室井との関係が約束だけで成り立っているとは思っていなかった。
だが、一緒に歩くことが出来なくなれば、室井にとって重荷にしかならない。
そんな自分になんの躊躇いもなく「一緒にいよう」と言ってくれた室井が、愛しくて悲しかった。
「青島・・・」
室井の手が青島の頬に掛かる。
「泣くな・・・」
「・・・・・・泣いてません」
本当に泣いているわけではない。
大体、目元が覆われているから室井に見えるわけもないのだ。
室井がそういったということは、そう見えているということなのだろう。
そう思いながら、青島は否定した。
室井が身体を起こし、青島を腕に抱きしめると耳元で囁く。
「俺は君と離れる時は、どちらかが死ぬ時だと思ってる」
青島の身体がピクリと反応する。
耳元で囁かれたせいか、それとも内容のせいか。
「・・・やっぱり、ばかだ」
「かもしれないな。でも、それが本音だ」
青島は室井の背中を抱きしめる。
額を室井の肩に乗せると、当然のように頭を撫ぜてくれる。
いい年をして可笑しいと思うが、青島は室井にこうしてもらうのが好きだった。
室井もそれを知っている。
「君は?」
「・・・・・・何がですか?」
「俺が視力を失ったら、警官でいられなくなったら・・・?」
青島は室井の肩の上で、今度は本当に笑った。
「俺もバカだ」
「ん?」
「室井さん」
「何だ?」
「死んでも一緒にいましょうね」
例え視覚を失っても。
例え警察官でいられなくなっても。
例え何もかも失っても。
それでも。
最後の瞬間まで。
貴方だけは―。
END
(2004.10.2)
エセシリアス・・・?
おかしいなぁ。ただただちゅーが・・・(それは、もういい)
書いてみて分かったことは、自分で書いても萌えないということですね!(おい)
『LOVERS』のストーリーはアレなので、あれなんですけど(何)
視覚的には面白いと思います。目の保養にもなりましたし・・・。
この話を書く切欠になったチャン・ツィイーと金城さんのキスシーンはとても萌えました。
なのになぁ・・・あれぇ???(^^;
お目汚しで申し訳ないです!