過去の事件の資料探しのお手伝いである。
セールスマン時代の名残か、何となくシンとしている空間が落ち着かない青島は、それとなく話題
を振ってみる。
「珍しいっすね。一倉さんが、一人でここに来るの」
「悪かったな、室井と一緒じゃなくて」
青島は資料を漁っていた手を止めて一倉を見上げると、にやりと笑われて顰め面を浮かべた。
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
「でも、思っただろう」
「思ってません」
「そうか。青島が室井に会いたくないって言ってたって、本人に伝えておく」
「一倉さん!」
ぎょっとして声を荒げた青島に、一倉は声をあげて笑い出す。
―また、からかわれた・・・。
青島はうんざりしながら、最早諦めモードである。
室井をからかうことに並々ならぬ執念を燃やしているとしか思えない一倉だったが、最近ではその
対象が青島にまで移ってきている。
いい迷惑だが、室井一人が犠牲になればいいとはとても思えないので、青島は諦めて出来るだけ聞
き流すようにしている。
その辺だけは室井より大人な青島。
おそらく相手が室井の友人だからだろう。
仏頂面で資料の束を捲っていた青島は、目的のものを発見して表情を明るくした。
「一倉さん、ありましたよ」
開いたページをそのまま一倉に見せる。
一倉もそのまま青島の手の上の資料に目を通して、頷いた。
「間違いないな」
「良かった!」
思わず笑みを零したのは、もちろん一倉から開放されるのが嬉しいからだ。
その笑みを見た一倉はふと考えるように、青島を見つめる。
青島はそれに気付いて少しだけ首を傾げた。
「一倉さん?」
どうかしたのか?とは聞けなかった。
顔に暗い影がかかって、一瞬だけ唇に柔らかい感触。
青島にはそれが何だか分からなかった。
完全に硬直して棒立ち状態の青島の手から資料をひょいっと持ち上げると、一倉は何事も無かった
かのように笑う。
「助かった。袴田課長によろしく言っといてくれ」
じゃあ、と片手をあげて去っていく一倉。
青島はもちろん反応しない。
資料を手にしたいた時のままの手の形で、蝋人形のように立ち尽くしていた。
刑事課に戻った青島は、眉間に室井バリの皺を寄せて考え込んでいた。
「遅かったじゃない。どこでサボってたのよ〜」
一倉が帰った後も中々戻らなかった青島に、からかい混じりですみれが声をかけてきたが、本人は
それどころじゃない。
あれも、キスというのだろうか。
青島は未だにパニックから立ち直れていないようで、阿呆なことを考える。
唇が触れ合ったのだから、それはキスだろう。
だが青島にとっては、あれはただの皮膚の接触だ。
じゃなければ、あれは浮気になってしまう。
冗談ではない。
何が悲しくて一倉と浮気しなければならないのか。
何のつもりで一倉があんなことをしたのか知らないが、悪戯にしても随分だと思う。
仮にも青島は一倉の友人の恋人だ。
からかうにしてもやりすぎである。
そう。あんなものはキスとは言わないはず。
青島は往生際悪くそんなことを考えては、溜息を吐いた。
そうは思ってみても、逆の立場で室井に「あれは皮膚の接触だ」などと言われたら殴り倒してしま
うだろう。
されて嫌なことは、他人にするな。である。
青島は意を決して携帯を手にした。
こういうことは恋人に隠し立てしてはいけないことだ。
自分に後ろめたいことがないのだから、起こってしまった事実と一緒にそれをちゃんと説明してお
くべきだと思ったのだ。
室井に対して不義理を働くつもりなど、毛頭ないのだから。
それに、どうせ一倉の口から面白可笑しく室井の耳に入るのである。
だったら、早いうちに自分の口から室井に知らせておきたかった。
リダイヤルで見慣れた番号を呼び出すと、室井に電話をするにしては重たい気持ちで電話をかける。
数度のコールで聞きなれた声が聞こえてきた。
『はい』
「青島です。お疲れ様です」
『お疲れ様。・・・どうした?』
室井の声が少しだけ硬く感じるのは、青島に負い目があるせいだろうか。
それでも今更止めるわけにいかず、青島は一つ深呼吸をして切り出した。
「今晩、時間ありませんか?話しておきたいことがあるんです」
『・・・そうか。8時頃にはあがれると思う。それから君の家に行ってもいいか?』
「はい、お願いします」
『了解。・・・俺も会いたかったから丁度良かった』
室井の優しい声に、青島は短い礼を言って電話を切った。
室井に話したら、傷つけてしまうだろうか。
たかがキス。されどキス、だ。
優しい人だから、出来るだけ傷つけたくはない。
自分の行いで悲しませるなんて以ての外だ。
だけど、だからこそ、話しておかないといけないだろうと思う。
青島はため息を付いた。
―余計なことを・・・。
と、一倉を恨んだとしても仕方が無いことだろう。
「一倉さんにキスされました。ごめんなさい」
青島は目の前に座っている室井に、頭を下げた。
約束どおりの時間に現れた室井をリビングに通して、とりあえず座らせてすぐのことだ。
嫌なことは先に済ませたかったというのもあるが、青島自身が気になって気になって仕方が無かっ
たからだ。
室井がこの話を聞いてどう思うか、そればかり考えて一日を過ごしてしまった。
頭を下げた青島に、室井の表情は見られない。
それが怖くもあったが、室井が何かを言うまで顔を上げられない。
膝を突き合わせて、正座をして頭を下げている青島。
その頭上で室井が苦笑するのが聞こえた。
「・・・・・・・・・知ってる」
「ええ?もう!?」
青島が思わず勢い良く頭を上げると、室井はやはり苦笑いしていた。
「一倉が意気揚々と電話をしてきてな。君が電話をくれる少し前だ」
さすが一倉としか言いようがない。
青島が電話をしたのだって、一倉が帰って1時間も経っていない。
その間に、室井に電話を掛けていたのだ。
唖然とする青島に、室井は続けた。
「電話じゃなければ一発殴ってやったんだがな・・・」
「ご、ごめんなさい」
室井が怒りを感じていないわけじゃないのを、その口調から感じ取って再び頭を下げた。
どんな理由にせよ、やはり不快に感じないわけがない。
逆なら、やっぱり自分だって不快だった。
そう思って青島は頭を下げた。
「青島」
「はい」
「事実確認をするぞ」
「はい?」
何だか捜査中みたいな室井の口調に、青島は再び顔を上げた。
「資料探しの手伝いに借り出されて、一倉と二人で資料室に入った」
訳が分からないが間違いはないので、素直に頷く。
「はい」
「そこで雑談をしながら資料を探しているうちに、君が資料を見つけた」
「はい」
「資料を受け取るついでに、一倉が君にキスをした・・・。以上か?」
「・・・仰る通りです」
まさにそれ以上でも、それ以下でもない。
どうやら一倉はあることないことを言ったわけではなく、あったことだけを話したようだ。
もちろんそんなことで感謝をする立場じゃないし、する気も毛頭ないが。
意外といえば意外だった。
室井が腕を組んで難しい顔をしている。
「室井さん?」
青島が遠慮がちに声をかけると、室井は青島を見てちょっと笑った。
「心配するな。君の事は怒っていない」
そう言われて、青島は目に見えてホッとした。
肩の力が抜ける。
それを見て、室井は笑みを深くした。
「君から電話を貰って、すぐにこの話だと思った。正直に話してくれて嬉しい」
おかげで余計な疑いを持たずにすんだ。
そう言って笑う室井の表情はスッキリしていて、青島はホッとする。
が、すぐに室井が表情を引き締めたので、青島もつられて畏まる。
「断じて君を疑ったりはしないが、ただ君に触れられたと思うとそれだけで面白くなかったりする」
気をつけて欲しいと言われれば、青島に反論することなど何もない。
むしろ、言われるまでもないという気持ちで頷いた。
「はい」
青島だって二度とごめんだ。
そう思っているのが顔に出ているのか、室井が緊張を解いた。
「本当はもっと怒ってたんだけどな」
他人事のようにぽつりと呟かれて、青島は目を丸くした。
「いや、だから君にじゃなくて。一倉に。・・・・・・・・・・・・まあ、油断があった君に全く腹立たなかっ
たわけではないが」
やはり返す言葉のない青島。
ちらりと視線を向けられて、思わず小さくなる。
それに笑みを漏らした室井が、おいでおいでをする。
青島は素直に膝を付いたまま、室井の傍に寄った。
当然のように抱き寄せられる。
「抱きたい。構わないか?」
いつになくストレートな誘い文句。
青島は思わず赤面しながら、苦笑した。
「断る理由なんかあるわけないでしょ」
翌日。
当然室井は本庁に出向き、これまた当然本庁に現れた一倉を掴まえた。
「昨日は素敵な電話をありがとう」
昨日青島を笑顔で許したとは思えない男の表情に、さすがの一倉も一歩引く。
だが、そんなことで一倉を放してやる室井じゃない。
掴んだ腕をそのままに、ずるずると引っ張っていく。
「おいおい。そうムキになるなって・・・。殴り合いでもする気か?」
「バカ言うな。何故殴り合わなきゃいけない。やるなら俺が一方的にお前を殴るんだろうが」
俺にはお前に殴られる覚えはない。
室井がはき捨てると、一倉は一瞬きょとんとしてから苦笑する。
「尤もだな。お前を殴る理由は俺にもないなぁ」
クスクス笑う一倉に構わず、室井は使用していない会議室に一倉を放り込んだ。
話をするのに、人気のないところを選んだのだ。
「どういうつもりだ?」
「何が・・・とは聞かないから、拳を握るな!」
室井が拳を震わせているのを見て、一倉は慌てて牽制した。
いつものからかいに乗せられて怒鳴る室井とはちょっと様子が違う。
それも当然だ。
一倉のからかいも今回は度が過ぎている。
一倉もそれがわかっているのか、両手を上げて降参のポーズを取った。
「悪かったよ」
あまりに素直に謝罪をされて、室井の方が目を丸くする。
そんな友人に苦笑する一倉。
「深い意味は無かった。薄暗い資料室で、ちょっと妙な気分になった。それだけだ」
それだけ、で片付けられてはたまらない。
室井は眉間に深い皺を寄せた。
「お前が妙な気分になった相手は、俺の恋人だぞ」
「分かってる。じゃなければお前に謝らないよ」
本当に分かってるのかと聞きたくなる。
いや、それ以前にそれが謝罪の態度かと問いたくなる。
が、それも今更だ。
一倉の性格について、今更とやかく言っても仕方がないのだ。
そこだけは室井も割り切ることにする。
「いいか?次があるなんて思うなよ」
「分かってる。俺だって死にたくない」
「心配するな、半殺しで止めておいてやるから」
「・・・その方が辛いもんな」
「その通り」
NEXT
(2004.7.9)
一応アンケートでご要望のあった、「ギャグテイストの一→青←室」を書こうとしたのですが・・・。
全てにおいて、微妙です。
「室青←一」ですよね・・・(汗)
ギャグにもなりきれてないし・・・(滝汗)
ち、力不足で申し訳ありません!
完結する前に言い訳するなって感じですよね(笑)
ちょっとでもそれっぽくなるといいんだけどなぁ・・・。
後一話で終わる予定です。
同性同士のキスなんて大したことないと思うのですが(そうか?)
青島君と室井さんも同性同士なので、そういう交際の場合は同性とのキスも気になるかなーと思ったのですが。
どうでしょうね?