朝帰り・その後










朝っぱらから大きな欠伸をしている一倉を見て、室井は呆れる。

どうやら疲れてもいるようだが、二日酔いなのは顔を見れば大体分かる。

長い付き合いだ。

「いい年なんだから、翌日に引きずるような飲み方はするなよ」

呆れながら忠告してやる。

一倉が自分同様酒に強いことは知っているので、どれだけの量を飲んだか想像に難くない。

一倉はネクタイを緩めながら、横目で室井を見つめてくる。

「・・・?何だよ」

不審そうな室井に、ニヤリと笑って寄こす。

「いや?夕べは中々放してくれなくってな」

室井は眉間に皺を寄せた。

誰かがということだろうが、一倉の口調では夫人ではなさそうだ。

一倉が浮気をするとは思えないが、この男が何をするかなど分かったもんじゃないと常日頃思っ

ているので、激しく矛盾しているが気まぐれに浮気くらいしても可笑しくないとも思える。

浮気してもしなくても、「らしい」と言えなくもないのだ。

「・・・・・・まさかとは思うが、夫人に言えないことをしてるんじゃないだろうな」

「どうだろうなぁ」

「おい」

濁すというよりは勿体ぶるような一倉の発言に、室井が眉間の皺を深めた。

そんなことには構わずに、一倉は軽く笑った。

「ああ、そうそう」

「何だ」

「もうちょっと冷蔵庫にマシなもん入れとけって言っとけ」

「・・・?」

「朝飯を作ろうにも、あいつの家の冷蔵庫にはビールしか入ってなかったぞ」

「!」

そこまで言われて、室井はやっと気付いた。

それと同時に絶句する。

―何故、一倉が青島の家の冷蔵庫の中身を知っている。

―それどころか、「放してくれない」「朝飯」とは・・・?

室井は慌てて一倉に問いただそうとしたが、室井が絶句している間に一倉はとっとと室井の傍を

離れていた。

室井に向かって片手を上げて、去っていく。

「上に呼ばれてんだ。また後でな」

「おいっ!ちょっと待て!」

と言ったところで待つわけもなく、一倉は一課から姿を消した。

「また後で」などと一倉が言ったということは、しばらくは捉まらないということだ。

室井は呆気に取られている場合じゃないと思い出すと、部下に一言だけ告げた。

「湾岸署に用事が出来た」









そんなやり取りを微塵もしらない青島は、刑事課で呑気に欠伸を繰り返していた。

睡眠不足は当然だし、着替えもしないでリビングの床で寝ていたせいか疲労も溜まっている。

だるいことこの上なかった。

袴田にせっつかれている報告書を眺めながら、一向に手は動かない。

「青島君、起きてる?」

すみれが背後から呆れたように声をかけてくる。

「辛うじて」

欠伸交じりに返事をすると、すみれが溜息をついた。

「夜更かしでもしてたわけ?あ、デート?」

後半瞳を輝かせて尋ねてくるすみれに、今度は青島が溜息をついた。

それならどんなに良かったか。

と、青島はひっそりと思った。

何が悲しくて一倉と酔いつぶれるまで飲み明かしたのか。

そうなった経緯を殆ど覚えていないのだ。

一倉が室井に余計なことを言っていなければ良いのだが。

青島はそんな心配をする。

後暗いことはもちろん一つも無い。

だが、一倉は室井をからかうのを趣味にしているような男だ。

何を言われているか、分かったものじゃない。

そう思ったら、どんどん不安になってきた。

青島は一倉の口から根も葉もないことを言われる前に、室井に話をしておくべきだと思った。

思い立って、すぐに携帯を手にする。

が、それは少しだけ遅かったらしい。

凄い形相で刑事課に乗り込んできた室井を見て、青島は手にしたばかりの携帯を取り落とした。

「青島、ちょっと付き合ってくれ」

挨拶をしようとした袴田にも目をくれず、室井はすぐに青島を名指しで呼び出した。

断れるわけもないし、もちろん弁解もしなければならない。

憂鬱な気分で席を立つ青島の後ろで、すみれが楽しそうに笑った。

「デートじゃなかったみたいね」

返事をする気力もなかった。




室井に腕を取られて連れて行かれた先は資料室。

ここならば人があまり来ないので、尋問には最適なわけである。

「ちょ、ちょっと、室井さぁん」

青島を資料室の中に押し込むと、ドアを閉めた室井がじろりと睨んでくる。

「一倉を泊めたのか」

恐ろしくストレートな質問である。

青島は心の中で一倉を罵った。

一倉が「酔っ払って青島の自宅に泊まった」と言っただけだったら、室井はこんな形相で湾岸署

に乗り込んで来たりはしなかっただろう。

あること無いこと吹き込んだのか、それとも思わせぶりに青島と何かがあったと言ったのか。

どちらにせよ、青島にはいい迷惑だ。

だが、後ろめたいことは一つも無い。

「ちょっと落ち着いてくださいよ」

「泊めたんだな?」

青島の言葉を聞いているのか、いないのか。

性急に返事を寄こせと要求してくる室井に、青島は溜息をついた。

一倉が何を言ったかしらないが、室井を興奮させるには充分なことを言ったらしい。

「酔いつぶれて泊めましたけど・・・、もしかして何か疑ってます?」

上目使いで室井を盗み見ると、室井が苦虫を噛み潰したような顔をした。

「疑っているわけじゃない」

嘘をついているわけではなさそうだが、丸きり不安が無いわけでもなさそうだ。

青島は苦笑した。

「一倉さんを泊めたからって、何かあるわけないじゃないですか」

青島は本心でそう言ったのだが、室井は眉間に皺を寄せた。

「何故そう言い切れる」

「何故って・・・」

「酔いつぶれてと言ったな。であれば、君が寝ている間に一倉が何をしたって分からないじゃな

いか」

青島は思わず絶句する。

まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。

室井は本気で自分と一倉に何かがあったと思っているのだろうか。

青島が表情を曇らせた。

「俺が女の人を連れ込んだっていうなら疑われても仕方ないけど、なんで一倉さん・・・男相手に

疑われないといけないんですか」

室井も引かない。

「俺が君に惚れたように、他に君に惚れるヤツがいたっておかしくないだろう」

「何っ・・・」

「君は無防備だから、酒が入って酔いつぶれたところを狙われないとも限らない」

そういわれて、青島は怒りを露にした。

「何言ってるんだ、アンタは」

「もっと自覚してくれと言ってるんだ」

「・・・っだったら、アンタも自覚しろよ!」

青島の言葉に室井が目を丸くする。

「何で他の男と寝ないといけないんだ。俺は男が好きなわけじゃないんだ。アンタ以外の男の下

で足を開く趣味は無い」

青島にしては明け透けな表現で、きっぱりと言い切った。

室井はぽかんとしている。

それに構わず、怒りが収まらない青島はブツブツと続ける。

「いくら酔いつぶれたって、ヤられれば気が付かないはずないでしょ。そんなものは殴り飛ばし

てでも蹴り上げてでも止めさせますよ」

呆然としている室井をちらりと睨む。

「俺、逆ギレしてます?」

「あ?あ、ああ、いや・・・そうかな?」

乗り込んできた時の怒りはどこへやら。

返答に困った室井がしどろもどろになりながら、答える。

「それはすいません」

怒ったままの荒げた口調で頭を下げる青島。

室井はとうとう根を上げた。

「青島、ちょっと待て・・・」

「悪かったとは思ってますよ」

「は?」

「室井さんに心配かけたことは申し訳ないと思ってます。でも心外です。俺が寝るのは・・・」

「分かった!悪かった!失言は詫びる!」

いつの間にやらすっかりに立場が逆転してしまって、室井も謝罪をしてくる。

「君が誰とでも寝るなんて間違っても思っていない!言い方は悪かったが、君の事は信用してる

んだ!」

「じゃあ、一体・・・」

「信用してないのは、君の周りだ!」

今度は青島がぽかんとする。

それから、呆れた。

『女房妬くほど亭主もてず』とはきっとこのことだと青島は思った。

間違えてもそれほど男にもてた覚えは無い。

「室井さん・・・、あのですねぇ」

脱力しきった青島が何か言おうとするのを、室井は片手で制した。

「いい。分かってる。君に自覚がないのは良く分かってる」

「・・・失礼な」

「誰かと一緒に飲みに行くなとは言わない。俺に断りも無く誰かを泊めるなとも言わない。そんな

ことまで強制する権利は俺にない。だけど、頼むから。もう少しでいいから、警戒心を持ってくれ」

もう一度失礼なと言いそうになったが、何とか飲み込む。

室井が切実だったからだ。

室井はいつだって青島を縛り付けるようなことはしない。

ちゃんと信頼もしてくれている。

それだけは青島もちゃんと分かっている。

室井が何をそんなに必死になっているかは、青島にはわからなかった。

が、無理難題を押し付けられているわけではない。

やっぱり「女房妬くほど・・・」とは思うが、それで室井が安心するのなら。

青島はそう思って頷いた。

それだけでも、室井はいくらか安心したようだった。

それを見ながら、青島はやっぱり首を捻った。





室井の心情は、どちらかというと「親の心子知らず」に近かったようだ。

































END
(2004.6.26)


アンケートでご要望のあったSSSの「朝帰り」の続きです。
「朝帰り」の続きは、こんな話が書きたいなぁというのが前からあったので、
早く書きあがりました〜。

青島君が逆ギレする予定は無かったのですが(笑)
そのまま室井さんにお仕置きを言い渡されても面白かったですね。
でも、逆切れ青島君は書いてて楽しかったです。
また室井さんがヘタレてますね・・・。
おかしいなぁ。もっと強気だったはずなのですけどねぇ。
逆ギレする青島君に、完全に押されてしまいました(苦笑)