■ 鬼ごっこ(5)
室井はタクシーを飛ばして青島の自宅前までやってきた。
室井から返事を貰おうとして電話をかけてきたのなら、自宅からかけているはずだと思ったのだ。
案の定、青島の部屋からは明かりが漏れている。
室井は一つ深呼吸をしてから、インターホンを押した。
何の反応もない。
いないわけがないと強気に思って、再度インタホーンを鳴らした。
催促するように、数回立て続けに鳴らす。
自分でも珍しいことをしていると思ったが、今青島に会わないと一生後悔すると思っているので行動が大きくなる。
聞きたいことは聞いて、言いたいことは言わないと。
絶対、後悔する。
観念したのか、インターホン越しに青島の声が聞こえてきた。
『……はい』
体調が悪いのか不機嫌なのかと疑いたくなるのような、テンションの低い青島の声が響く。
室井はもう一度深呼吸をした。
「室井だが」
『…!!…ガンッ』
……どうやら、受話器を落としたらしい。
インターホンの向こうで盛大な音がしている。
「あ、青島?」
『なんっ、どうして…っ』
「落ち着け。そして、ドアを開けてくれないか?」
ひどく動揺している青島を促す。
『……イヤです』
「!」
酷いことを言ったのだから当然といえば当然だが、門前払いを食うとは室井も思っていなかった。
だが、室井もここまで来て今更引けない。
「青島」
『もう、迷惑はかけませんから』
だから帰ってくれ、と言いたいらしい。
それに構わず、室井は勝手に喋りだした。
「君に聞きたいことがあるんだ」
『……なんですか』
「言いたいこともある」
『…だから、何ですか!』
「ここで話していいのか?」
尋ねると、インターホンの向こうで青島が黙る。
返事が無かったので、室井は勝手にすることにした。
「まず、聞きたいことから聞くぞ。君は」
『い、今開けるから、待ってください!』
何を言われるか分かったものじゃないと思ったのか、慌てた青島が受話器を叩き付ける音がした。
隣近所に聞かれたい話ではないだろう。
少し申し訳なく思ったが、開き直った室井は気にしないことにした。
しばらくして、鍵が開けられる音がする。
だが、ドアは開かない。
どうやら招き入れてくれる気はないらしい。
室井は自分でドアを開けると、玄関に背を向けた青島が立っていた。
「青島…」
「……用件、さっさと言ってください」
素っ気無く促されて、室井は躊躇わずに口を開いた。
「君は恩田刑事と付き合っているのではないのか?」
一拍おいて、青島が凄い勢いで振り返る。
「はぁ!?」
驚いて、目を丸くしている。
その目が真っ赤で、室井も驚いた。
驚いている室井を見て、青島はしまったという顔をした。
電話の後、いや、もしかしたら電話の最中から泣いていたのではないだろうか。
室井に悟られないようにしながら。
泣いていたのを知られたくなかったから、室井に帰って欲しがったのではないだろうか。
そう思ったら、室井は無意識に青島に手を伸ばしていた。
驚いてビクついた青島の腕を掴んで、彼に近づく。
「青島」
「な、なんすか…」
「恩田君とは?」
確かめないことには進めないのが、室井の性格である。
青島は室井の手を嫌がりながら、顰め面を浮かべた。
「アンタ、何聞いてたんすか」
「…?」
「俺が、何度アンタに告白したと思ってるんだ!」
恋人がいたら、誰がそんなまねするんだ!
と、半ば叫ばれて、尤もだと室井も思う。
真下に言われたときはショックで頭から信じ込んでしまったけど、今の青島を見ていれば良く分かる。
青島が好きなのは、自分である。
そう確信すると、室井の中で何かが吹っ切れた。
掴んだ青島の腕を力強く引っ張る。
「わっ!ちょっ…っ」
それ以上の反論の言葉は出てこない。
室井が塞いでしまったからだ。
「っ…!…んっ……っ」
驚いている青島に構わず、室井は深く口付けた。
青島の腕が室井を押し返そうとするが、それも長くは続かない。
次第に力が抜けていく青島が廊下に膝をついた。
その状態の青島を、自分の腕の中に抱き込む。
そのまま何度も口付ける。
抵抗をやめた青島は、室井のコートをぎゅっと掴んで室井の唇を受け止めていた。
青島の目じりから涙が零れ落ちるのを視界の隅に捉えて、室井は漸く唇を解放した。
「青島…」
指先で目じりを拭ってやる。
息苦しさからくる生理的な涙なのか、それ以外の理由なのか。
室井には判断が出来なかった。
呆然としている青島も判っていないのかもしれない。
涙を拭った指でそのまま青島の唇に触れると、弾かれたように青島が反応を示した。
震える唇が、何とか言葉をつむぐ。
「何、考えてるんですか…。なんで…なんで」
会いたくなる理由が一つだったように、キスをしたくなる理由も一つしかない。
「君が好きだ」
「嘘だ」
間髪要れずに、とはこのことだ。
室井の告白の後、すぐに発せられた青島の言葉に室井は面食らった。
青島は唇を引き結んで、未だ潤んだままの瞳で室井を睨んでいる。
「嘘だ」
「青島、嘘じゃない。俺は君を」
「迷惑って言った」
確かに言った。
電話で言ってしまった。
「青島、聞いてくれ」
必死で説明しようとする室井の言葉を青島が遮る。
「迷惑だって、室井さんが言ったから、だから、俺」
室井を睨んだままの青島の瞳から涙が零れ落ちる。
「ちゃんと諦めようって…、室井さんにこれ以上嫌われる前にちゃんと…」
「青島…」
ポロポロ涙を落とす青島を見て、室井は絶句した。
「最後って決めて…アンタを想って泣くのも、これで最後って決めて…」
電話の後、そう心に決めて一人で泣いていたのだ。
室井を想って―。
「青島」
室井は青島をキツク抱きしめると、もう一度口付けた。
今度は青島も抵抗をしなかった。
室井が深く求めると、それに答えてくれる。
何度も重ねるうちに、青島の身体が後ろに傾く。
後ろ手で何とか身体を支えている青島を、室井は構わずに押し倒した。
「むろっ」
息づきの合間に静止の声を上げた青島の唇を、室井は再び塞いでしまう。
青島の前髪をかきあげて、頬を撫ぜる。
「青島」
口付けの合間に囁く。
「好きだ」
青島が潤んだ瞳で見上げてくる。
「君が好きだ」
室井の本当の気持ちと口付け。
何度か繰り返すと、青島が両腕を室井の背中に回した。
「…俺も、好きです」
「青島」
「もう一度言えるなんて、思わなかった」
泣き笑いを浮かべる青島。
室井はそんな彼が愛しくて堪らなかった。
再び腕に抱きこんで、唇を重ねる。
「っ…むろいさっ…」
何度も繰り返される口付けに、苦しそうに青島が声を上げた。
舌で唇をなぞってやると、小さく震える。
「んっ…なんか、別人みたいだ…っ」
室井だって、こんなに情熱的で切羽詰った自分を知らない。
驚いてはいるが、今の自分が酷く心地よい。
きっと腕の中に青島がいるから。
室井は微笑を浮かべる。
「こんな俺は嫌いか?」
真っ赤な顔をした青島が、室井を睨みつけた。
「卑怯です、それは」
「そうか…それはすまない」
そう呟いて、謝罪だとでも言うように、また口付ける。
「ちょ、待、って」
小さな音を立てて軽いキスを繰り返す室井の唇が首筋にずれて、青島が上ずった声を上げた。
耳たぶを甘噛しながら、目だけで青島の様子を伺う。
「待って、室井さん…っ」
一度首筋をきつく吸い上げてから、室井は顔をあげた。
「大丈夫か?青島…」
大丈夫も何も室井が追い詰めているのだが、真っ赤な顔をして呼吸を荒げている青島を見るとそう尋ねずにいられない。
そんな艶かしい姿を晒されては今すぐ続きをしたくなるのだが、室井は理性で何とか押し留まる。
「…室井さん、あの、」
「何だ?」
落ち着かずに視線をさまよわす青島の頬を優しく撫ぜてやる。
「っ…、あの、俺…、まだ、その…」
言いよどむ青島に、鈍感な室井もなんとなくピンときた。
所謂、「心の準備が…」というやつだろう。
当然といえば当然である。
青島にしてみれば、今の今まで片思いで、挙句ついさっき室井に最後通達されたばかりなのだ。
身体を繋げるどころか、室井と交際することさえありえないと思っていたはずなのだ。
青島を押し倒している室井自身でさえ、あまりに性急だったと思う。
好きだと気付いて告白したら、いや告白するより先にキスをしたくなった。
キスをして抱きしめたら、止まらなくなった。
もっと、欲しくなった。
「すいません、その、俺から好きだって言ったのに」
青島が申し訳なさそうに、困った顔で呟く。
真っ赤な顔で、唇に手の甲を押し付けて。
そんな仕草にまたグラッときそうになりながら、出来るだけ優しく微笑みながら青島のこめかみに唇を落とした。
「すまない、俺こそ、性急過ぎたな…すまない」
青島の身体を支えて、抱き起こす。
廊下の壁に青島をよしかからせて、濡れた頬を手のひらで拭ってやる。
くすぐったそうに目を細めた青島は、その室井の手に自分の手を重ねた。
「…あの」
「うん?」
「もう一回、言ってもらえません?」
照れくさそうに、だけど幸せそうに呟く。
室井は微笑んで重ねられた手を握った。
「何度でも。君が今まで言ってくれた分は少なくても」
朝になっちゃいますよ。
そういって笑う青島が、また涙を零した。
ようやく落ち着いて、少し照れくさくなってきた頃。
リビングに移動しながら青島が尋ねてくる。
「ところで、何ですみれさん?」
その一言で室井も思い出す。
結局は真下が勝手に誤解をしていたのだろうが、とんでもない誤解をしてくれたものである。
おかげで、青島を傷つけて泣かせてしまった。
自分が軽はずみに真下の言い分を信じてしまったせいでもあることは分かっているが、室井は真下を恨まずにはいられなかった。
だけど、反面真下に感謝する気持ちも無いではない。
真下の一言が無ければ、未だに自分の気持ちを自覚していなかったかもしれないからだ。
室井の心中は複雑である。
「室井さん?」
考え込んでいる室井に、青島が首を傾げる。
室井は苦笑して、事情を説明することにした。
その上で、「真下君の発言については、当事者の青島の判断に任せよう」と割り切る。
「…実はな」
事の発端を室井からすっかり聞いた青島は。
「覚えてろよ、真下…」
半眼になって低く呟いた。
END
2004.6.19
あとがき
終わりました!
リクエストしてくださった、上総さま。ここまで読んでくださった皆様。
お付き合いくださってありがとうございました!
青島君が乙女っぽくなってしまった気がしないでもないのですが…。
そのままイッとくべきだったかな…(おい)
ただ、男性でも「初めて」って怖いと思うのですよ〜。
ただでさえ、女性みたいにそういうふうには身体が出来てないわけで・・・ゴニョゴニョ。
この後室井さんには精々苦労してもらって、初夜まで辿りついて頂きましょう。
この室井さんなら、時間掛かりそうだなぁ(笑)
「最終的に室井さんの方が青島君にのめりこんでいく感じに…」というリクエストに萌えまして
そんなふうに書いたつもりだったのですが;
どうでしょうか。
そう見えていれば幸いです。
タイトルは「室井さんが逃げて青島君が追う。青島君が室井さんを捕まえたら、
今度は逆になるだろうなぁ」と思って、「鬼ごっこ」にしました。
そこまで書いてないから、わけのわからないタイトルかな?と思ってここで言い訳してみました(笑)
それにしても、恥ずかしいお話になってしまいました。
皆さんも青島君と一緒に赤面しながらご覧になって頂ければ幸い!(幸い?)
お疲れ様でした!
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