Sweet10


青島は息苦しさで目が覚めた。
寝惚けた視線の先には、ベッド脇に立ち呆れた顔をしている室井がいた。
「やっと起きたか」
そう言って、青島の鼻から手を離す。
どうやら息苦しかったのは、室井が鼻を摘まんでいたせいらしい。
青島はむくりと起き上がり、ふて腐れた。
「もうちょっと優しく起こしてくださいよ…」
「散々起こした」
起こしても起こしても起きなかったため鼻を摘まむという実力行使に出たようだった。
そう言われると返す言葉がないが、往生際悪く文句を言う。
「休みなんだから、少しくらい寝坊してたっていいでしょ」
「そんなこと言って、放っておけばいつまでも起きないだろう」
「う…っ」
また返す言葉がない。
実際、非番の日に寝過ごして、夕方に起きて愕然としたことが何度かあった。
付き合いの長い室井はそれを良く知っている。
「もう昼飯できてるぞ」
「朝飯じゃないんですか?」
「昼飯だ」
室井が腕を差し出し時計を見せてくるから、青島は愛想笑いを浮かべた。
「十分寝坊してましたね」
仕方なさそうに溜め息を吐いた室井だが、それ以上文句は言わなかった。
ほぼ一緒に暮らしていると言ってもいい室井は、青島がここのところ忙しく働いており深夜帰宅が続いていたことを知っているからだ。
「準備してるから、着替えてから来い」
「ありがとうございます」
頷いて応えた室井は、青島に小さな紙袋を差し出した。
青島が咄嗟に受け取ると、何も言わずに踵を返す。
「え…え?ちょっと、室井さーん」
呆気に取られていた青島が慌てて呼び止めたが、室井は振り返ることなく寝室を出て行ってしまった。
寝惚けた頭で何なんだ一体と思ったが、すぐに思い至った。
室井からのプレゼントだ。
貰うまですっかり忘れていたが、今日は青島の誕生日だった。
付き合いは既に20年近くなり、数年前に室井が購入したマンションに青島が居候する形で半ば同居している現在では、イベント事を大々的に楽しむことはなくなったが、それでも毎年誕生日だけはプレゼントを贈り続けている。
もうルーティンワークのようなプレゼント交換だが、青島は悪くないと思っていた。
付き合いが長くなり一緒に暮らすようになって特別なことをする機会が減ったからこそ、この日のプレゼントは少し特別に感じられたからだ。
青島は小さな紙袋を覗き込んだ。
リボンのかかった小さな箱が入っているから、なんとなく中身が想像出来て少し驚いた。
確かに毎年プレゼントは貰うが、コレを貰ったのは初めてだった。
贈り合ったところで二人ともつけられないからと避けていたところがあったから、何で今このタイミングで?と不思議に思いつつ、妙にくすぐったくて青島は笑った。
そうか、俺嬉しいのか。
何故室井が今のタイミングでコレをくれたのかは分からないが、まさかこの歳になって指輪を貰って喜ぶことになるとは思いもしなかった。
青島は笑いながらベッドを降りた。
そのまま寝室を出て、リビングに入り室井を探せば、キッチンにその後ろ姿を見つけた。
青島はいそいそとその後ろ姿に抱きついた。
「なんだ、着替えて来いと言ったろ」
パジャマのままの青島に室井は呆れたように言ったが、抱きついたことは咎めないから、ごろごろとその首筋に懐くように頭を擦り付けた。
「室井さん」
「何だ」
「プレゼントの渡し方がなってません」
手にしていた紙袋を掲げて室井に見せれば、室井は一瞬言葉に詰まった。
「何か一言、忘れてません?」
「…やっぱり言葉がいるか」
「でしょうね、俺はその方が嬉しいな」
言いながら、相変わらずゴロゴロと室井に懐いていると、室井が深呼吸するように息を吐き、ガスの火を止めた。
そして身体の向きを変えると、青島と向き直った。
青島の手から紙袋を取り上げて、中から箱を取り出しリボンを解く。
箱の蓋を開ければ、中に入っていたのは、シンプルなプラチナリングだった。
青島の左手を取る室井は硬い表情をしていて、青島はひっそりと笑った。
らしくない物を贈ることが気恥かしくて、言葉もなくプレゼントだけ渡してさっさと行ってしまったのだろうなと思った。
照れている恋人を愛しげに見つめながら、薬指に指輪が納まるのを待っていた青島だが、
「結婚しよう」
その一言にぎょっとして室井の顔を見たから、指輪が納まる瞬間はすっかり見落としていた。
唖然とした青島に、気まずいのか室井は眉を寄せた。
「君がちゃんと言えと言ったんだぞ」
青島は異様に熱くなった頬を右手で擦りながら首を振った。
「ち、違う、室井さん、違います」
「なに?」
「おめでとう」
「…?」
「誕生日おめでとう、です。俺が嬉しいって言ったの、おめでとうです」
今度は室井が目を剥いた。
「指輪の意味に気付いていたんじゃなかったのか?」
「ただの誕生日プレゼントじゃなかったんですか?」
二人は視線を合わせて、しばし沈黙した。
「察しが悪いな」
「違いますよ、室井さんが肝心なことを言ってくれなかったせいです」
「指輪なんか、プロポーズ以外ないだろ」
「どんだけ硬派ですか、今時恋人同士なら普通に贈るもんですよ」
気まずさからお互いに罪をなすりつけ合い、どちらからともなく笑みを零した。
驚きで反応が鈍くなってしまったが、青島だって室井の気持ちが嬉しくないわけではない。
今更離れるつもりはないし、時々はずっと一緒だと言葉に出して室井と気持ちを確かめあうこともある。
だが、プロポーズらしいプロポーズというのは、してもいないしされてもいない。
改まったことは今更室井との間に必要とは思っていないが、実際されると照れくさくも嬉しかった。
「だが、確かにそうだな」
室井は一人納得したように呟き、改めて青島と向き直った。
「誕生日おめでとう」
毎年、誕生日にはプレゼントを贈り、この言葉を贈る。
それだけのやり取りだが、それが愛しい時間であることは、室井にとっても変わらないようだ。
「ありがとうございます」
青島は笑ってもう一度室井に抱きついた。
今度は正面だったから、抱き返してくれる。
「それで?」
室井の唇が耳元に触れた。
「はい?」
「返事は?」
「ああ…んなもん、決まってんでしょ」
顔を寄せれば、室井からも近づいてくる。
触れるだけのキスをして、青島は笑った。
「喜んで」
室井からも小さな笑みと、軽いキスが返ってくる。
歳甲斐がないとは思うが、久しぶりに心が躍るような気持ちだった。
心のまま何度か唇を押しつけて満足すると、少々の疑問が湧く。
「でも、なんで今更ですか?」
二人の場合、プロポーズをしたところで、関係が変わるわけではない。
男同士だ、実際に結婚できるはずもない。
どちらかの籍に入りパートナーとなることは可能だが、二人の、特に官僚である室井の社会的立場を考えたら現実的ではなかった。
しかも、二人は既にほぼ同居状態であり、今更プロポーズされたところで二人の生活が変わることは何もなかった。
ほとんど使われていないが青島名義で借りているアパートは、室井と同居しているなど公にできないため便宜上そのままにしてあった。
本当の意味での同居は、青島が退職した後にしようと二人で決めてもいる。
なんとも気の長い話だが、この先離れるつもりがないのだから、二人の間には遠い未来の約束事も少ないがいくつか存在した。
そういう意味でも、既に事実上では結婚しているといってもいいくらいだった。
二人の気持ちの上では、とっくにそうであったはずだ。
だからこそ、何故今になって室井がプロポーズの意味を込めて指輪を贈ってくれたのかが分からなかった。
室井は青島を片手で抱き、片手で左手を軽く握った。
「別に深い意味があったわけじゃない」
こんな意味深なものを贈っておいて?と小首を傾げた青島に、室井は肩を竦めた。
「ただ、一つくらい目に見える形にしておいてもいいかなと思っただけだ」
婚姻届など提出する場所はなく、結婚式をあげることも不可能だ。
愛しい人を誰かに伴侶だと紹介する機会は、恐らく今後もない。
そんなことを後ろめたく感じる時はとっくに過ぎていたが、室井の気持ちも分からなくはなかった。
実際に入籍できるわけではないから、室井がくれた指輪は結婚指輪にはなり得ない。
だけど、間違いなく青島と室井には、結婚指輪である。
二人にだけ意味のある結婚指輪だ。
「室井さんとはとっくに繋がってるつもりだったけど」
青島は握った手を持ち上げて、室井の手の甲に唇を押しつけた。
「形になって目に見えるっていうのも、悪くないですね」
ニコリと笑えば、室井からも小さな笑みが返ってきた。
そうかと呟く声が嬉しそうで、可愛い人だなと思う。
プロポーズだとしたら、尚更室井の指輪の渡し方は間違えていると思うが、照れ隠しで青島に押しつけるように渡したのだということが分かるから、余計なことは言わないでおいた。
「指輪、ペアですよね?」
二人にとって唯一の形にするのであれば、室井の分もなければ意味がない。
案の定、室井は頷いた。
「それは俺にはめさせてください」
「ありがとう」
「礼なんて」
青島が受け入れた礼なのだろうが、そんなもの必要なかった。
礼を言わなければならないのは青島の方だった。
すっかり忘れるくらい存在の薄くなった自身の誕生日だが、今年は少し特別な年となったようだ。
そろそろ飯にしようと室井が離そうとした手を一度強く握り、青島は耳元で囁いた。
「今夜は、久しぶりにサービスしますよ」
室井は青島の冗談に眉をひそめたが、小さく溜め息を吐くと微かに笑った。
「君の誕生日だろ、それは俺の仕事だ」
ベッドでサービスするのが室井の仕事かと思うとすこぶる可笑しかったが、青島は笑ってもう一度室井に抱きついた。










END

2015.12.13

あとがき

お誕生日おめでとう!青島君!!
久しぶりの更新ですが、相変わらずのいちゃいちゃっぷりですね。
これで、この人たち50前後なんだよな…(笑)
全然Sweet10ではないのですが、指輪の意味合い的にはそれと似たようなものかなと
思いまして、そんなタイトルです。
今までありがとう、これからもよろしく的な。

いくつになっても、青島君は室井さんに可愛がられていればいいと思います!
おめでとう、青島君!!!


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